118
その日は唐突にやってきた。
1月もそろそろ終わろうとしていた寒い日の夕方。
センドゥ・ロゼは他に3人引き連れて現れた。
全員外国の人だ。製薬会社の人達だろうか。
鏑木姉妹と別れ、桃さんと友維が道場へ向かい、
僕と三人の魔女だけになったのを待っていたのだろう。
数だけなら対等。
軽く挨拶なり前口上なり自己紹介があってから「事態」が始まるかと思っていたのだが
蓮さんがいきなり炎を投げ付けた。
「ちっ」
避けきれず、腕に炎が纏わりつく。立て続けに炎を浴びせる。
(避けてしまえば後ろの3人に当たると判断したからだろう)
全身が炎に包まれ、
「たいしたことないのね。」
油断した蓮さんのすぐ後ろに突然影が現れる。
どうして「前もって」それが僕に判ったのか判らない。
反射的に蓮さんを突き飛ばした。
「ちょっ。」
彼女は文句を引っ込めた。
僕と蓮さんの間に、炎に包まれている筈の吸血鬼がいたから。
センドゥ・ロゼは同行者達に言った。
「おまえ達は離れていろ。こいつらは強い。」
一体どうやって。
「考えるのは後です。」
藤沢藍が吸血鬼を結界で囲む。
殆ど同時に、僕はその突き出された藤沢藍の腕を取って引っ張った。
「え?」
無意識だったが、こうしなければ藤沢藍は後ろから吸血鬼に心臓を抉られたかもしれない。
僕達は距離を取って体制を立て直す。
「助かりました。」
結界の中に閉じ込めた筈の吸血鬼。
「確かに閉じ込めた筈なのに。」
「考えるのは後でいいんでしょ。」
蓮さんが再び炎を投げる
「来るのが判れば避ける必要もない。」
吸血鬼は腕を振ってそれを消し飛ばす。
「紹実さんはどうやって燃やしたのかしら。」
何処にでも居て、何処にもいない。
囲んだとしても、囲めていない。こんな相手にどんな攻撃が有効なのだろう。
「理緒君どうしてさっき私達の後ろにいるのが判ったの。」
なんとなく。影みたいなのが見えたから。
「その何となくを頼るわ。」
蓮さんが吸血鬼に炎を投げる。
振り払う直前に藍さんが彼と炎を閉じ込める。
逃げ場の無くなった炎が彼の身体を覆う。が、その姿を見失う。
影だ。
飛んでいるのか?
その影は僕達の後ろに回り込む。
だがそれを言葉で伝えるよりも速くそうされてしまう。
慌てて振り向いて、そこに。と言うのが精いっぱいだ。
「それでいいわ。」
藤沢藍がおよその検討で壁を作りぶつける。一瞬動きが止まる。
「動くな。」
渡良瀬葵の魔法も効き目は薄い。だがそれでも一瞬動きは止まる。
二拍。
再び一方から藤沢藍が吸血鬼を囲い、もう一方から神流川蓮が炎を叩きこむ。
今度こそ、吸血鬼は炎に包まれた。
だが
「どうしてお前がまだそこにいる?」
炎に包まれながら、彼は誰に向かって何を言っている?
「おまえがそこに居ては邪魔だ。こっちに来るか失せろ。」
目線の先には、
渡良瀬葵。
「委員会はあの女に指輪の強奪を任せたと聞いたが。」
何を言っている。
「そうか。お前が邪魔をするのはつ」
「黙れっ。」
「無駄だ。お前の魔法は俺はに効かない。」
「うるさいっ黙れと言っているっ。」
渡良瀬葵は真正面から突進する。
センドゥ・ロゼは軽く「いなす」。
躱して生じた渡良瀬葵の隙。その白い首に手を伸ばす。
掴まれただけで簡単に、小枝のように折れてしまう。
僕にどうしてこんな事が出来るのだろう。
僕は彼の腕を「触れず」に「止めた」。
頭が割れそうに痛んだ。奥歯を食いしばると鼻血が零れた。
抑えきれない。
渡良瀬葵が吸血鬼の「射程」から外れたのを確認して
意識を緩めると、お互いが引っ張っていたゴムが切れたように弾かれた。
うぇっ。げほっ
頭痛が酷くて吐き気がする。
「ふん。お前、知らなかったのか。それとも知っていて無視していたのか?」
何を言っている。
「おい。」
彼は引き連れていた3人に向かって言った。
「指輪は諦めろ。」
「何?」
「見た通りだ。最初からエリクサーなんて存在しない。」
「あの指輪は魔力を増幅させる物だ。」
「そんな筈は無い。我々の情報ではあの少年の指輪こそ「賢者の石」だ。」
「おまえ達に機会を与えてやったんだがな。」
突然、三人がぐにゃりとその場に倒れた。
「ちょっと何よ。話が見えないわよ。」
「一つずつ説明してやる。こいつらは製薬会社の連中だ。」
「お目付け役。とか言うのか?見張りだ。今コイツらのメモリーの一部を飛ばした。」
「もう一つ。その女は、いや、自分で説明しろ。」