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目を覚ますと橘家の客室だった。
藤沢藍が泣いている。
ああごめん。また僕の所為なんだね。
藤沢藍は僕が彼女の涙を拭おうと伸ばした手を握ってくれた。
その脇から橘さんが僕の顔を覗き込む。
「何処か痛いとかある?」
え?いえ。
「ここが何処なのか判る?」
橘家の客室。去年もここで大晦日に仮眠とりましたよね。
あれ?もしかして年開けてたりします?
「まだまだ。理緒君が倒れてから30分も経ってないよ。」
倒れた?何で?
僕の身体がドアと一体となった姿を見て他の皆が驚きの歓声を上げる。
「おおっ」
「さすが紹実ちゃんの弟だな。」
完全に抜けた次の瞬間。中でゴトン。とかなり大きな音がした。
何かにぶつかったか。程度に思ったが中から何の反応も無かった。
「社務所の窓開けてそこから鍵寄越せって言っても返事が無くて。」
「藍が慌てて中に入ったらお前が倒れていたって。」
藤沢藍は壁抜けを一度仕切り直し、おまじないを呟くほど動揺していた。
「理緒君っちょっと。何でどうしてっ。」
「藍っ落ち着け。理緒が倒れているんだな?」
「そうです。どうして。」
「まず窓を開けろ。それから鍵を探せ。」
「カウンターの上に無い?」
「あ、ありました。」
半泣きの藤沢藍から鍵を受け取り中に入ると意識を失った僕がいた。
ぐにゃりと力が抜けたように倒れたので何処にもぶつけていないのは幸いだった。
「どうなったか覚えてる?」
手を添えて、「ねずみのマリー」を思い出して
おまじないを唱える前に手が抜けたからそのまま行ったら
頭の中でブレーカーが落ちるような音がして。
「理緒君は神社で魔法使うのは禁止ね。」
指輪と神社の関係とか反応とか判らないからそうするしかない。
指輪が過剰に反応しただけで僕は何とも無いし。
僕は本当に何とも無い。のだろうか。
「ごめんなさい。本当に。」
藤沢藍はずっと僕の手を握っている。
藍さんの所為じゃないよ。自分だってこんな事になるとは追わなかったから。
どうなるのか判っただけでも良かったんだよ。
明日の忙しい時にこんな事になったらそれこそ目も当てられないよ。
「よし。じゃあお昼にしましょう。」
「藍もいつまでもグダクダ言ってないで起こしてやれ。」
「ずっと手を握っていたいってならそのままでもいいけどな。」
藍さんは手を握ったまま立ち上がり、そのまま片手で僕を引っ張り起こそうとする。
「何でも無いならとっとと」
グイ。と引っ張ると驚きとともに言葉が切れた。
「どうした?」
小室さんの問いかけに
「軽すぎますよ。」
引っ張ったタイミングで起きたからそう感じただけだよ。
昼食。
「理緒君は今年も階段下お願いしていい?」
はい。助かります。
「助かるって何だよ。」
公園には自販機もトイレあるし
ドラム缶の焚火もあってそこそこ過ごしやすいんですよ。
社務所で巫女装束になってとか言われたらどうしようかと思ってたんです。
「あ、それでもいいわよ。」
イヤです。
「あれ?理緒君女装癖あるんじゃ無かった?」
無いよ。佳純ちゃんは誰からそれを。友維か?それとも
「言ってませんよ。見せただけです。」
見せた?
「これですよ。」
と、スマホのデータを見せた。いつだったか友維が見せた僕の子供の頃の写真。
「うわっなんだコレ。」
「いやっカワイイっ。」
小室さんと橘さんにまで知られてしまった。
小さい時に母が無理やり着せたんですよ。
「無理矢理って顔でも無いけど。」
「この照れた感じがちょっとヤバイわね。」
ヤバイって何だ。
仮眠後、軽く身体を解してから年越し蕎麦の夕食を早めにいただく。
「今年は魔女達がたくさんお手伝いしてくれたから本当に助かったわ。」
橘さんの言うように、昨年はもっと慌ただしかった覚えがある。
おにぎりを山のように作ったのはいつだったか。
「あ、理緒君おにぎり作っておいたからいくつか持って行ってね。」
うわあはい。
「なにどうしたの?」
いや僕もおにぎりの事考えていたので心が読まれたのかと
21時頃境内に行くともう既に数人の参拝者がいた。
早いな。
階段を降りる前に佳純ちゃんに一撫でしてもらい送り出される。
公園では消防の人がドラム缶を設置している。
この数年参拝者が増加し、寒い中列を作って待たなければならない。
見兼ねた橘父が少しでも暖をとってもらおうと設置を依頼したのが始まり。
夜が更けるに伴い列が作られる。神社から公園を抜け、丘の麓まで伸びる
やがてカウントダウンが始まり、今年もまた多くの人達と新年を迎えた。
たくさんの人から「おめでとうございます」と「お疲れ様」と声を掛けられ、
僕も足元に注意してください等々声をかけながら見送った。
ささやかな願いではある。この人達が気分よく参拝して素敵な一年を過ごせるような手伝い。
僕はここにカードを持って立ち、こんな事を想えるのも橘さんがいるからこそなのかもな。と思わずにはいられなかった。
初日の出が見えて、多分6時とか7時くらいなのだろう。
失礼して焚火の近くでおにぎりの朝食を済ませ、雲一つない晴天に感謝しながら案内に戻った。
しばらくするとバイクの音が聞こえた。
丘の入り口で救急車両以外は通行止めにしてある筈だ。
二人乗りのバイクは公園で止まった。
もしかして割り込みするのか?
ヘルメットを外したその顔を見て驚いた。




