111
「社務所に御神籤運びに行くだけよ。で、たまたま聞こえちゃった。的な。ね?」
ね?
「多分本殿の裏ね。私達も内緒話する時はいつもそこだかったから。」
僕は、その、止めておきます。
聞いちゃいけないような気がする。
彼女を泣かせたのは僕の所為で、彼女は僕に泣かれている姿を見られくは無いだろうから。
「そうだね。うん。私も理緒君と掃除してる。」
「話せるようだったら後で私にこっそり教えてね。」
佳純ちゃんは判って頼んでいるのか?
「任せなさい。」
何を?
本殿に近付かないように手水舎から
結構な時間を掛けてゆっくりとお喋りをしながら。
佳純ちゃんと2人で階段を半分ずつ掃きながら下った。
彼女は僕の体調面ばかり気にしている。
無理もない。あの時彼女に見付けてもらえなかったら。
佳純ちゃんは命の恩人だからね。困った事があったら力になるよ。
と言っても頼りになる姉がいて、その近くには小室さんや南室さんもいる。
僕の出る幕はまずないだろう。
「結姉はともかく絢姉ちゃんとか綴姉ちゃんは実は魔女なんじゃないかって最近思うよ。」
「あの2人で大抵の問題は片付いちゃうからね。」
佳純ちゃんはそう言うと手を止めた。
「だからこそ。」
「だからこそ甘えてばかりもいられないんだよね。」
少女の決意。中学生が背負うには重すぎる未来。
僕には押し付けていいからね。
「うん?」
僕に何が出来るか判らない。どれほどの力になれるのかも判らない。
でも僕の命は佳純ちゃんのモノだ。好きに使ってイイんだよ。
「え?ナニソレプロポーズ?中学生にはちょっと早くね?」
いやいやそうじゃなくて。
「判ってるよ。ありがとう理緒お兄ちゃん。」
「理緒君は好きな何かになあっ」
「ニヤリ」
「最強の魔女になってください。」
はい?
「結姉ちゃんに紹実お姉ちゃんが居たように。」
なるほど。判った。
「即答かよっ」
佳純ちゃんはこの時冗談だと思っていた。
だが僕は年が明けたらすぐに紹実さんに話をしようと決めた。
僕は最強の魔女を目指す。いつでもどんな時でも佳純ちゃんを守れるように。
階段を掃き終えて、またこの長い階段をゆっくり登ると3人はもう居なくなっていた。
藍さんも橘家でお手伝いだろう。
僕と佳純ちゃんは2人で「何でも無い会話」をしながら掃除を続けた。
彼女は僕の日常を聞きたがった。
3人の魔女。双子の魔女。チェコの魔女。魔女の姉と妹。
そして時折現れる僕を狙う魔女達。
僕にとってはそれは当たり前の連日。佳純ちゃんにとっては非日常的な日常。
「結姉が小さい頃はイロイロあったみたいだけどね。」
継ぐ者と呼ばれる存在を受け入れるこの街には
それでも問題を抱えて庇護を求める者も少なくなかった。
橘結が魔女を従えその問題の解決を図る。簡単な問題ばかりではない。
追掛け現れた者が尊大で強大な存在であったり、
被害者と思われた存在が加害者であったり、
もっと単純に幼い橘結を狙う者であったり。
何も無いのが一番だよ。
「理緒君が言うと説得力あるなぁ。」
橘家から小室さんと藍さんが御神籤やら御守りやらを大量に抱えて現れた。
「そっちはどうだ。」
「うん。殆ど終わったよ。持って来るものまだある?」
「いや姫とうちの母ちゃんが持ってくるので最後。」
「あれ?社務所開いてないのか。」
「え?そんな事ないよ。」
外から南京錠が掛かっている。
ここでちょっとした問題が発生する。
お察しの通り、社務所の中に鍵がある。
「合鍵は?」
「私が小さい頃に失くした。あれ?絢ちゃんが。」
「あ、そうだ。」
何したんだこの人達。
「中にあるんですよね?」
「その筈。一応家見てくるね。」
橘さんと佳純ちゃんが確認に走るが見当たらず。
荷物を運び入れるからと開放していた。
僕と佳純ちゃんが階段を掃除している最中に荷物を運んでいた橘父が
「ついいつものくせ」で締めてしまった。
と戻った橘さんが言った。
「今お父さんが鉤壊すから待ってて。」
「いやそんな事しなくても大丈夫ですよ。」
藍さんは壁を抜けら
「理緒君。」
僕かよ。出来るかな。
「何するの?」
壁抜けに慣れてて、この中でお手伝いした藍さんが適任のような?
僕も何度かお手伝いをした事がある。だから中の様子は判る。
壁を抜けた先に物があったらぶつかって動けなくなってしまうからそれだけは注意しないと。
この先に何か置いてありますか?
「何も無いよ。端っこに寄せてあるからドアの前は空間。」
手を扉に添えて深呼吸。
確かこうやって「ねずみのマリー」のおまじないを唱えるんだよな。
あれ?
おまじないを唱える前に、手が壁を抜ける感触があった。
このまま行っちゃえ。
バチン