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昨年と異なり魔女達は手慣れた感じで作業を進めた。
鏑木姉妹とグレタの手もあって相当捗ったようで
「この際だから他の準備も手伝ってもらおう。」
と新年の準備を手伝う事になった。
結構な労働だったのだが皆楽しそうだった。
橘さんの人と成りがそうさせるのだろうか。
印象的だったのは、鏑木姉妹が帰り際の台詞だった。
「受け入れてくれる感じがとても心地良かった。」
と言ったカナさんに続いてリナさんは
「本当に不思議な人ね。あの人のためなら何だってしちゃいそうよ。」
そう言って2人で(態々僕の手を取って)御礼を述べてくれた。
「誘ってくれてありがとう。」
僕の方こそ。手伝ってくれてありがとう。楽しかったよ。
「1日は忙しいのよね。2日に来るわ。」
解散後、それぞれの実家へと帰省する。
藍さんは
「新年の挨拶には行きますから。」
うん。
「昨年も言った筈ですよ。1人くらい貴方を守る魔女が必要でしょ。」
翌日、朝から小室家を訪れ去年のように小室家でお節作りををしていると
グレタが現れ
「日本のママがこの家のオセチ作り見学させてもらえって。」
「で、オセチって何。」
小室母と絢さん、藍さんにグレタを託し
僕は小室父と餅つきと蕎麦打ちに励んだ。
その日の夜遅く、お節のお裾分けにご満悦のグレタを送り届けて帰宅した絢さんが突然
「理緒っ何で黙ってたんだっ」
と怒りだした。
以前約束した通り、僕はこの人に嘘は吐いていない。隠し事もしていない。
だから今回は本当に全く心当たりがない。
「お前母ちゃん帰ってきてるならそう言えっ。」
車中、グレタから散々御礼を言われつつ
友維がこの場にいないのは欧州から母が帰国しているからだと聞いた。
去年楽しかったから今年もそうしたいって思っただけです。
母とは昨夜顔を合わせました。神社で過ごすと言ったら心配はされましたが
橘さん達と一緒なので問題ないだろうって送り出されたんです。
だから、僕は誰にも気を使ってません。
「でも。」
小室さんがとても悲しそうな顔をした。この人のこんな顔は初めてだ。
「でもお前には家族と過ごして欲しかった。」
藍さんと2人で一部屋って小室家の人々は何を考えているのだろうか。
「本当に良かったんですか?」
だよね。ちょっと他の部屋用意してもらうかそれとも藍さんが小室さんの部屋に
「何を言っているんですか?」
何って2人一部屋って
「だから今更何を言っているんです?」
「本当は自分が絢さんと一緒の部屋で寝たいだけでしょ。ホンいやらしい。」
誰もそんな事は言っていない。
「私が言っているのは理緒君の事ですよ。」
僕が何?
「さっき絢さんに呼ばれて怒られてたのでしょ?」
怒られたと言うか誤解していただけだから。
「あれ?何で家族と一緒に過ごさないんだって怒られたんじゃないんですか?」
どうして判るんだろう。
「今年は顔見てませんが南室さんているでしょ。」
小室さんの親友だよね。
「ええ。あの人ね、子供の頃捨てられたんですって。」
彼女は南室家に引き取られ、橘家に仕えるようになる。
紹実さんによって小室絢に引合されやがて親友となる。
ちょうど一年前。
藍さんの事情を知った小室さんが
「少しお前に似ているかもな。」
と親友の話をする。
「まだ小学生だったかな。綴が母親に「お母さん」て呼んだの見た時泣いちゃってさ。」
その時はただ「便宜上」そう呼んだだけだと感じてしまった。
「お母さん」
この言葉はただの記号ではない。
「リンゴ」「つくえ」「くるま」
これらの言葉と同一ではない。同一であってはならない。
南室綴の発した「お母さん」は「甲」「乙」と何か違うのか?
幼かった小室絢は結局何も言えなかった。何かを言ってはいけないと思った。
ずっとずっとそう思い続けていた。
「高校2年の時、綴が母親とうちに来てお節の手伝いしてさ。」
「その時「お母さん」て呼んだ姿でまた泣いちゃって。うっかり綴に見られたんだよ。」
「綴に何で泣いてるのか問い詰められて、母親を呼ぶ姿に感動したんだっ言ったら。」
「あいつ照れながら教えてくれたよ。」
1人の少年が南室綴の心を解した。
その少年は母親を事故で失い、父親から見捨てられた。
「綴は「私と同じだ」って思ったんだって。」
ずっと1人で過ごして、やがて祖父母に引き取られるのだが
彼はその祖父母からの愛を疑わなかった。
その姿を見た南室綴は、自分が南室綴である事を始めて感謝した。
「絢ちゃんがずっと気にしてくれていたのは判ってたわ。」
「今更かも知れないけど、今は本当の両親のように想っているの。」
「だからもう心配しないで。」
「今までありがとう。」
小室絢は「自分が家族に恵まれている」と自覚している。
だからこそ、人が家族と上手く過ごせているのかを気にする。
いい人だよね。
「ですね。貴方が惚れるのも判ります。」
惚れると言うか、憧れかな。素敵な姉とかそんな存在。
「そーゆー事にしておいてあげますよ。」
「それより覚えてます?」
何を?
「ちょうど一年前、ここで貴方にキスされたんですよ。」
違うから
してないから。されたの僕だから。