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グレタの言った通り、僕は殆どの夢を覚えていた。
だから身内の魔女達に対する恐怖心は拭い切れてなどいない。
夢か現実なのかあやふやでハッキリしていない出来事だってある。
痛いとか苦しいとか、酷い目に合った事象は夢だ(そうであってほしい)としても、
皆に冷たい態度を取ったのは夢なのか?
紹実さんを吹き飛ばしたのは?
どれもこれも怖くて聞けない。現実だったとしてもきっと許してはくれるだろうが。
数日間。僕は学校を休まされた。
それでも僕は学校に通っているらしい。
「よくできてるわよ。」
「元々私達以外と殆ど喋らないから全然バレレないの。」
「委員長はちょっと違和感あったみたいですよ。」
「そうなの?すごいわね。」
「態々私のところに来て聞くくらいですからね。」
藍さんは隣のクラス。
蓮さんと葵さんが何時も通り僕と接しているから遠まわしに確認したのだろう。
「あの人いつも変じゃないですか。て言っておきましたよ。」
こんな話をしている最中にも、紹実さんは僕の頭を撫でながら
頭の中を整理してくれている。
「それ私にもできるかな。」
友維は僕を心配してくれている。
「あー、お前マルチリンガルだろ?ちょっと難しいな。」
「何か関係あるの?」
「あるよ。一つのイメージに一つの道。あれ逆かな。まあいいか。」
簡単に言うと、「そうする側」の選択肢が増えてしまうと瞬間的な判断が遅れて道に迷う。
簡単に言うって言った筈なのにサッパリ判らん。
「友維は判るだろ?」
「つまり私のCPUが優秀過ぎるって事だな?」
「何かムカつく。余計なフォントは文字化けするから邪魔だって程度だこの野郎。」
「くっ。巧い事言ったつもりか。あ、でもゆっくり道を確かめながらなら出来なくは無いの?」
「まあな。ただそのー。」
紹実さんは申し訳なさそうに僕を見て
「一つ一つ確認しながらだと恐ろしく疲れるぞ。」
記憶はシーン(場面)で保存されている。だが前後の流れもある。
紹実さんはそのおよその流れを汲み取ってシーンの中から余計なコマを修正する。
「昔の映画みたい。」
と言うか、まるっきり「魔法」じゃないか。
他人のイメージを読み取って修正してそれを戻す。何だソレ。
科学的に再現は可能なのか?脳波レベルで映像の再現は可能なのか?
「ちよっと理緒、黙れ。」
喋ってない。
「頭の中が煩い。ゴチャゴチャ考えるな。」
「何それ何ソレー。やっぱりちょっと私も見たいんだけどー。」
「兄妹揃ってうるせーな。覗くくらいならできるから手を乗せてみ。」
「あ、私もー。」
「私も。」
何なんだ。何なんだいったい。僕のプライバシーとか無いの?
「藍はいいのか?」
「その人の中なんて見なくても判るじゃないですか。」
「それに。警戒されたらこれから頭撫でさせてもらえなくなりますよ。」
紹実さんまでもが揃って手を離した。
そうか。昼間橘さんが来て撫でてくれるけど全部見られているんだ。
「あくまで抽象的なイメージだよ。全部ってわけじゃない。」
「それに私も橘も実際の記憶より定着の薄い部分を選んでいるから。」
「だから何度も夢を思い出そうとするなよ?」
逆に言うと、紹実さんも橘さんも、僕の見た夢を見てしまうって事?
「そんなにハッキリとじゃないんだって。」
夢ってのは記憶の一部が混乱したり整理したりする過程で生じる現象であって
本人が「夢だ」と認識している以上は「「現実」の記憶として処理されない。
紹実さんが言うにはそれが「ノイズ」のように見えて
実際の記憶の流れを邪魔するのだそうだ。そしてそれを「整理」する。
消し去る事も可能だが、それが実際の記憶だったり
記憶に密接に関わっているとその記憶の部分まで消去されてしまう。
「夢はすぐ忘れるだろ?強烈な夢でも夢として認識している。」
実際の記憶にしても印象が薄ければ消えてしまう。
昨日の夕食を覚えていても、それを覚えておこうとしなければ
1週間もしない内に忘れているだろう。
「そんな事より理緒君は毎日姫様に頭ナデナデしてもらってるわけ?」
まあそうですね。
「何て羨まけしからん。」
いや、申し訳ないですよ。僕が神社に行ければいいのに。
「しばらくは止めとけ。それに。」
紹実さんは僕を見た。「話すぞ?」と言っている。
「それに、私やお前達の為にやっている事だからな。」
「私達?」
「お姫様が理緒君の頭を撫でる事がどうして私達の為なんです?」
「理緒が見た夢の大半は、私達魔女が理緒を殺す夢だ。」
「何で。」
「どうしてっ。」
「そんなに私達が怖いの?ねえ殺されるっていつも思ってるの?」
「ちょっと待て。そうじゃない。そう仕向けられたんだ。だからコイツは悪くない。」
「誰によ。」
「そんな事した奴は誰なんですか?」
「さあな。指輪を狙う魔女だろうな。」
それが委員会と関係しているのはは判らない。
ただ自分達の知らない魔女が近くに居て、僕に接触している。
「だから橘に撫でられまくったり私がこうやって抱き締めてもお前達の」
「何で抱き締めてんのよっ」
「何でって弟を癒すのは姉の役目だからな。」
「エロ魔女姉弟とかどこに需要があるんですか。」
「需要って何だ。」
「ちょっとっ私の事好きにする夢とか見なさいよ。」
この魔女達はさっきから人を振りまわしながら何を言っておるのや。
何だろうか。きっととても深刻な筈なのに
皆に囲まれているととても楽しくなってしまう。
だからこそ僕は、あんな夢を見せられたのに彼女たを信じていられる。
怖い。
は決して消えていない。でも大丈夫。
それ以上に楽しいから。