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その日。皆は今後の事を話し合った。僕は翌日おおまかな部分のみを聞いた。
最初の標的は僕てはない。
鏑木姉妹。
態々転校までさせたのは碓氷先生の目の届く場所に置きたいから。
その元は利根先生の負担を減らす目的。
利根先生は今現在も日本の「委員会」と繋がっている。
欧州に渡ったのは現地の「委員会」を視察する為。
そしてここから碓氷先生が本領発揮する。
利根先生を「日本の委員会の関係者」として
欧州の「委員会」と接触させて信用させてしまう。
壊滅状態の欧州委員会にとって、もしかしたら日本の委員会は救いになるかも。
と思わせてしまうのが策士たる所以。
そのための餌として「指輪」の存在をチラつかせ
「現在日本の委員会は指輪を追っている。」
「ぜひ協力をしていただきたい。」
欧州側のプライドも保たせたまま口実を与え、
同時に日本の委員会に「欧州から助っ人が来る」と情報を与える。
組織の性格上、人員の問題や表立った行動に制約のある委員会にとって
欧州の協力はとても心強いだろう。
「国際的に」魔女が問題になっていると提起することによって
組織の権限を強化することができる。
碓氷先生が凄いのは、両者の利益をすり合わせる方弁を用意することではない。
どちらの側にもその存在を明かしているのにも関わらず
どちらの側にも「利根芳乃」を信じさせてしまうことにある。
「裏切った」と思われても仕方ないような状態だった。
だが手土産を持参した事で、さらなる信用を得ていた。
今回欧州から日本の委員会に派遣されたのは吸血鬼。
個人的にも魔女に深い恨みを持ち、欧州の委員会にその名を加えていた。
どうして魔女の中枢と繋がっているなんて考えようか。
その上で欧州の「委員会」を内部から組織改革してしまい
委員会やその類の組織や団体を監視する機関に入れ替えてしまった。
「薫ちゃん怒らせたら社会的に殺されるわね。」
ただ今回、利根先生を中心に物語を進めたために
鏑木姉妹が標的になってしまった。
そしてそれは委員会側の確認の意味合いが強い。
利根先生が渡欧する際に、2人を「指輪所有者」の監視役として
僕の通う高校に態々転入させた。のが建前になっている。
だが半年経過しても何の成果もなく報告も無かった。
(鏑木姉妹にその事実を伝えていなかったのだから仕方ない)
つまり「標的」とされるのは
「狩る側」として鏑木姉妹が適正な存在かを確認する目的にある。
難しい。ですよね。
どの程度で認めてもらえるのか判らない。
「そんなの手加減何てしないわよ。」
「望むところよ。」
「何言ってるの貴女達。」
何って鏑木姉妹が疑われないように本気で戦う算段
「必要ないわよ。」
「2人は理緒に恋してヨシノ利根先生を裏切った事になってるから。」
なんですと?
「でたな天然スケコマシ。」
何もしてねぇ。
ただそれだと2人も敵と見做されて狙われますよね。
「勿論。だから守ってあげてね王子様。」
ちょっと何を言っているのか判らない。
守られるべきは僕(の指輪)では?
「頼りにしてるわよ王子様。」
とんでもない伏線が張られていた。
年末、小室絢に恐ろしい目に合わされたのは
魔女達に指輪の効力を確認させるためではなかった。
あれは、僕に対して「魔女」が恐ろしい存在であると認識させるための「作業」
「魔女対魔女」の戦いは千日手に陥りやすい以上
数で劣ってしまった場合、僕は曝け出される可能性が高い。
今までのように、何の警戒も無く何の疑念も抱かず、ただバカみたいにボケっと突っ立ていると
どんな目に合うのか。
その有様を僕に見せ付けるため「だけ」の暴行。
ただだからって王子様とか煽てられても怖い。
「大丈夫よ。私達が守ってあげるから。」
「何の王子か知りませんが貴方は隅っこでプルプル震えてればいいんです。」
何て言い草だ。
「そうかそうやって言うのね。」
カナさんは何に納得した?
2人の母は午前中には帰り支度を済ませて出発した。
(吸血鬼のオジサマは昨夜の内にフラリと消えていたらしい)
グレタは引き揚げる前に
「2,3日もすれば普通に眠れるようになるわ。」
「夢を見るのが怖いのなら薬を使っていいけど乱用はしないでね。」
判った。本当にありがとう。
「リオ、本当は夢を覚えているのでしょ?」
ん?うん。まあ。ね。
グレタは僕の手を取って言った。
夢は夢でしかない。「現実的」であってもそれは夢だ。
「現実」と「夢」と言葉が別れているのは、二つが同一ではないから。
「貴方なら私の言っている事、判るわよね。」
魔女は言葉をとても大切に扱う。
言葉には意味がある。言葉には重さがある。
僕がどんな夢を見たのか彼女は尋ねなかった。
状況からおよその察しは付くのだろう。
すっかり巻き込んでしまって本当に申し訳ない。
「それはいいけど。ねえ。」
「貴方、私がその指輪を狙っている側の魔女だったらどうするの?」
どうするって?
「実はリオに夢を見させたのは私かも知れないのよ。」
君はそんな事しないよ。
仮にグレタに事情があって指輪を欲していたとしても、強引に奪ったりしない。
「どうしてそんな事言い切れるの?」
グレタなら直接言ってくるからだよ。指輪貸してって。
あのお祭りの日を覚えている。
彼女は日本の母親に喜んでもらおうと奔走した。
僕の知っているグレタはとても素敵な魔女だ。
母に言われるまでもない。僕は自分の信じた人を信じている。