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グレタが言うには
「リオに夢を見させたのは魔女に間違いないと思う。」
思う?
「3日も寝ていたのはどうしてなのか判らないのよ。」
それは多分指輪の影響だよ。
しばらく指輪を外していたから体力が落ちていたんだ。
「そう。」
まだ何か。
「ううん。いいの。」
グレタはこの時何も言わなかった。
それよりも、だ。
魔女ばかりの中にどうして吸血鬼のオジサマが紛れているのか不思議なんですが。
もしかして貴方も僕を心配してとか言わないですよね。
「俺もお前に借りがあるからな。」
借り?僕は何も貸してない。むしろ僕の命を救ってくれた。
「あーもうイイんだよ。黙って返してもらえよ。」
縁さんと母が彼と共に現れてグレタが戦闘態勢に入った事は後に教えてもらった。
友維が彼女を取り押さえ、橘さんに向かって丁寧に礼儀正しく挨拶する姿で信じたらしい。
彼の姿を見たからこそ「日本の委員会に何かやらかす」と思った。
「宣戦布告だ。」
「だが相手は委員会ではない。お前達魔女に。」
「本当はね、皆に黙っていようと思ったのよ。」
母が説明した。
「敵を騙すには何たらかんたらて言うでしょ。」
そうだ。紹実さんは「2人はしばらく帰れない」と言った。
「でもホラ。貴女達元々遠慮しないじゃない。」
何?ドユコト?
「ここにいる吸血鬼は、委員会の手下よ。手下?」
「協力者だ。むしろ俺が上だ。」
「あらごめんなさい。」
「気にするな。」
センドゥ・ロゼは本場の委員会から現れた助言者。
先日縁さんから連絡があった日本と欧州の委員会の繋がりは
何と吸血鬼だった。
縁さんと母は、ただその説明に来ただけだった。
「だから理緒が心配だから来たんだってば。」
「タイミングが重なっただけ。」
「私達はまだ向こうで仕事があるから戻るけど。」
ホラやっぱり帰る。息子が危機に陥るかも知れないのに。
何て事は言わない。
2人の母は僕の傍に居てはならない。
遠からず、日本の委員会にも欧州での状況は伝わるだろう。
それを阻止するための一つとして吸血鬼を呼び寄せた。
僕は囮で無ければならない。狙われ続けなければならない。
2人の偉大な魔女が傍に居たのでは
委員会は警戒するだけではなく、指輪を「諦める」可能性がある。
委員会に僕の指輪を諦めさせてはならない。
僕はこのときまだ知らなかったのだが
碓氷先生は、「委員会」を「対委員会の組織」として存続させた。
名前はそのままだが、中身は正反対の組織として存続しているのだ。
どこまで見越してそうしたのか判らない。
本人は
「組織は解体したり新たに構築したりは大変だろ?」
「なら今あるネットワークは活かして中身を替えるだけなら楽じゃん。」
ずっと不思議だった事がある。
いくら策士とは言っても実生活で利根先生と恋人同士で
僕の担任で、3人の魔女をスカウトして
いったいどうやって「委員会」の目から逃れ続けている?
「今いくつ名前持ってる?」
「4つです。この前ので1つ使いましたから。」
名前をいくつか使い分けている。それにしても。
僕の知る碓氷薫は教師で利根芳乃の恋人。
それ以上ではない。
彼女は魔女の世界に存在していない。彼女は魔女ではない。
それが委員会が彼女を狙わないただ一つの理由。
僕の家にあまり寄り付かないのも
「担任以上の関係ではない」と見せ付けるためだった。
学校以外の場所で彼女に会わないのは彼女の意思だった。
今日こうして2人の母達と、2人の教師がこの家にいるのは
それ自体とても危険な行為だ。
(利根先生とセンドゥ・ロゼが「委員会」の動き完全に把握したからこそ)
母が帰る間際僕に言った。
「理緒。いいわね。自分の信じた人を信じなさい。」
僕は1人工房に戻り眠るよう言われた。
グレタは乱れた睡眠を治すように専用に睡眠導入剤を調合してくれて
「少し苦いわよ。」
うん。ありがとう。
「皆がいたから黙っていたけど。」
突然恐ろしい事を口にした。
「夢の魔法ってね、本人に直接掛けるものなのよ。」
対象に直接対峙しなければならない。
「心当たりある?」
それって僕が起きている時にしか掛けられないの?
「いいえ。起きている時と眠りの浅い時。就寝直後か起床寸前。」
工房には鍵を掛けていない。誰でも入り込める。
でもこの屋敷の敷地には結界が張って外からは見付け難い。
グレタは口にこそしないが「近い魔女の仕業」の可能性を示した。