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頭がどうにかなりそうだった。
夢は殆ど毎晩続き、現実との境が薄れるのが判った。
魔女達への疑念は深まり続けた。彼女達は僕を守っているのではなく
指輪を狙い現れる魔女達と共謀しているだけだ。
最初からそうだった。僕はただの餌だ。知ってたはずなのに。
魔女達はいつものように僕に接する。
いつもよりたくんさ僕に触れようとする。
僕はとうとうその手を払ってしまった。
こんな事をするつもりは微塵も無かった。
僕に触るな。
と言ってしまった後の皆の顔は、多分一生忘れないだろう。
これは夢ではない。
魔女達が僕を護衛しているのは
「問題を揉み消してくれる」からなんて、そんな安い報酬ではない。
態々同じ屋根の下で暮らして、朝から晩まで顔を見て
挙句休日まで一緒に過ごして。
相応の報酬が必要なのは僕にだって判る。
それが碓氷先生の策なのも判る。
それは厚意でも好意でもない。そんな事は最初から判っていた筈だ。
僕はいつから気付かないフリをしていた?
その日から、僕は工房に中から鍵を掛けた。
僕の様子がおかしいのはすぐに紹実さんに知らされる。
合鍵を使わせるまでもなく、彼女を工房に招いた。
元々彼女の部屋だ。僕のではない。
明け渡せと言うなら喜んでそうする。今すぐこの屋敷から出て行ってもいい。
「そんな事言って無い。何があったんだ。」
「何か見たのか?誰かに会ったか?」
彼女は僕の頭に触れようとした。
触るなっ
どうしてだろう。彼女に撫でられるととても安心するのに
今は触れられたくない。
紹実さんは3人が見せた反応とは異なり
強引に、力尽くで僕に触れようとした。
僕の手を取り、引き寄せ、抱き抱えるようにして
だがそうならなかった。
指輪がそれを望まなかった。
彼女は弾かれ、工房の壁に打ち付けられた。
そこが本棚ではなく、フラスコや実験器具の入った棚だったら大惨事になっていただろう。
ドカンと音がして、数冊の本が落ちて、
紹実んさの目付きが変わった。
僕はこの魔女に殺されるかもしれない。
だが紹実さんは襲ってこなかった。
僕を睨んだまま、後ろ向きにドアまで歩き、静かに外に出て行った。
これも夢ならいいのに。
暑くて、寝苦しくなって目を覚ますと、工房が燃えていた。
外へ出ようとするがドアが開かない。
僕を焼き殺すつもりだ。
シーツを流しで水浸しにして、頭からかぶり
シーツ越しに壁に手を触れ、壁を抜けた。
そこは神社の境内。
神楽殿で巫女達が舞っている。
魔女が現れ、僕を捕えて火あぶりにする。
目を覚ますと工房のベッドの上で、紹実さんに抱き抱えられていた。
慌てて振りほどこうとしたのだが身体が動かない。
彼女は立ち上がると、
「指輪は私の物。」
その手にはチェーンに掛かった指輪。
「いいえ指輪は私の物。」
神流川蓮。
「それは私のだ。」
渡良瀬葵。
「いいえ。私の物です。」
藤沢藍。
皆どうしてそんな魔女みたいな恰好をしている?
「所有者の変更には手続きが必要だ。」
「本人の承諾が得られない場合は」
「所有者の死を指輪に知らしめる。」
「この魔女の杖で。」
「この魔女の杖で。」
「所有者の心臓を。」
「所有者の心臓を。」
魔女は手に持つ杖を僕の心臓に振り下ろす。
どこからとごまで夢なのか
朝、疲れ果ててはいるが身支度をして工房を出る。(鍵は掛かっていない)
母屋のキッチンには皆がいる。
「おはよう。」
皆は僕に気付いて笑顔で挨拶してくれた。
だが僕が挨拶を返すより早く紹実さんが僕を見るなり
「誰だお前。」
誰って。
何を言っている?
「何者だ。理緒をどうした。」
僕は誰だ?
「お前ら離れろっ。藍っ。」
「判ってます。」
僕の周囲に結界が張られた。
「蓮っ中の奴を燃やせっ。」
正気を失ってしまったのは僕か?
それとも魔女達か?