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Kiss of Witch  作者: かなみち のに
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市野萱(イチノカヤ) (ツムギ)。僕の母の旧姓名。

(少々ややこしい話になるのだが

 御厨は祖母の旧姓。祖母の旦那さんが市野萱。

 で、祖母が僕を引き取る際に態々旧姓に戻した。)

母は同じ製薬会社に勤めていた父と出会い、結婚。

(その仕事の関係で父も元々三原家と面識があったらしい)

そして僕が産まれる。


妹が産まれて間もなく、最初はただの風邪だと診断された。

三日経っても熱が下がらず

近所の小児科医から大学病院へ。

精密検査をしても原因が判らない。

熱も下がらず肺炎を併発し危険な状態だと言われた。

母はもっとも信頼できる魔女「御厨絹代」に相談する。

彼女から、長女である「三原縁(みはら ゆかり)」に話が伝わり、

当時欧州に留学していた紹実さんに託された。

紹実さんはその5日後、指輪を手に入れる。

ドイツとオーストリアの魔女が協力してくれたらしい。

それは魔女の世界でもとても貴重な指輪だった。

健康と長寿が約束された「祝福の指輪」。

父と母は覚悟していたらしい。

それでも僕は生き延びた。

「指輪さえあれば」生き続けられる事が判った。


父が「噂」の類の情報を耳にしたのは

僕に指輪が託されて数年が経っていた。

父の勤める製薬会社のライバル社。

その製薬会社には「賢者の石」を探す部署がある。

エリクサー(不老不死の薬)としての賢者の石。


それは本来なら全く繋がらないであろう事件から始まる。

その製薬会社で会計監査が行われた際、

政治家への献金やら寄付やらの一部に不明瞭な個所が見付かった。

その調査の中で「委員会」と呼ばれる存在が浮上する。

他に何の意味も持たない、ただ言葉が示す通りの「委員会」。

お金の流れを監視する外部の組織だろう程度の一般認識。

監査に携わった外部の会計事務所に勤めているのが

父の大学時代の同級生。父が聞いたのは酒の席での愚痴の一部。

だが父は知っていた。

その昔、魔女狩りをした者達がそう呼ばれていた事。

製薬会社から流れるお金は「委員会」を経由する。

「魔女と疑われる者」を独自の方法で尋問できる権限を得る資金なのではないか。


「考えすぎ」「被害妄想」では済まないと考えたのは

父が「監視されている」と感じたからだけではなく

家の前に見知らぬ車が止まり、家族も見張られていると確信したからだ。

父は母と、僕と妹を守る決意を固める。

先ず父は僕達家族を「他人」に仕立てる事から始めた。

父の姓を捨て旧姓になるには離婚する必要がある。

殊更大袈裟に近所の人に通報させたのは

監視している者に知らしめるためでもある。

既成事実を創り上げ、父は

指輪を持って逃亡した。事にした。

自分の妻が「魔女」だとは誰にも言っていない。

自分の息子が指輪の所有者なんて誰にも教えていない。

紹実さんが言うには

「私がお前に指輪を渡した事で全てが動き始めてしまった。」

これは正解であり誤りだ。

委員会は既に「指輪」の存在を認識しその行方を追っていた。

紹実さんが何もせずとも、委員会はいずれ指輪の所在を掴んでいただろう。


確証は無い。

見張りだの監視だのただの勘違いかも知れない。

それでも父は家族を守るため、家族を捨てた。

母は僕と妹を連れて海外に渡るつもりだった。

だが僕の身体は長旅にも海外生活にも耐えられそうもない。

母は再び最も信頼できる自分の母親を頼り、僕を預けた。

そして念のためにと、祖母の旧姓を名乗らせた。

公、と言うか表面的には僕は母と妹と共に国外にいる。

何もかもが僕の存在を有耶無耶にさせるための手段。


離婚後、父も欧州に渡ったのは、その委員会の本体を探るためには当然の行動だろう。

年に数回程度、母とも情報交換をしていたが

父がスイスで仕事に就いてからは母も忙しく長い間会わずにいた。

ある日母は新聞でスイスで日本人が偽名で掛けた保険金の裁判の記事を目にする。

記事によると、その日本人は一月前に起きた列車事故の被害者であり、

遺体の身元を調べると、その日本人は「存在していない」事が判明する。

その事故のニュースは母も知っていた。

死傷者が多数発生し、テロも疑われた大きなニュースで日本にも流れた。

殆ど直感で、母はそれが父であると判ったらしい。

母は姉であり紹実さんの母、縁さんに連絡を取り、彼女を代理人とした。

偽名を使用していた事故の犠牲者の身内であると明かし、

父の「公文書偽造」であるとか「詐欺」の類の裁判と、

保険金に関する裁判が同時に行われた。

2年近く掛かった裁判によって罪に対する罰金を支払い、

保険金を受け取ると、

僕の元に父の死と口座番号が伝えられた。


裁判でも、保険会社の調査でも父の実名は公表も報道もされていない。

情報は閉じられていた筈だった。

しかし、自分と同じように小さな新聞記事から父の存在に辿り着く者がいたら?

母は改めて紹実さんに連絡を取る。

そして紹実さんの知り合いである碓氷薫が呼ばれ、

当時中学生だった僕の元に現れた。

父が亡くなった事で、

安全であった筈の僕が狙われる可能性があるだろうとの判断らしい。

(接触が必要最低限だったのも納得できる)

もう2年近くも前に、僕の父は亡くなっていて、

母も、紹実さんもその事は知っていたんだ。


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