アークの不安
アークは自分の伸ばした腕を、茫然と眺めていた。あまりにことに思考が追い付いてこない。
人は、想像を絶するものを見ると思考が固まるというが、まさに今のアーク自身がそうであった。
周りの誰しもが、何と声を変えるべきか驚いて固まっている中、アークの頭の中は「なぜ?」「どうして?」という思考が空回りしていた。
体中から嫌な汗が流れつつ、いつまでも、終わりなく続きそうな思考に終止符を打ったのは、頭に響くような声であった。
『おい、そんな狼狽えるでない馬鹿者。いいか良く聞け。そこの爺さん達を救いたいのなら志願しろ。』
一体どういうことだろうか。
そこで、アークはふと思い出しす。以前に、この声が時を巻きも出し、村を、妹を蘇らせるほどの魔法を行使したことを。
その事実を知っているからこそ、もしかしたら、こいつはなら何とかできるのかもしれない。そんな期待が頭をよぎる。
しかし一方で、とても不安なことがある。
アークにとって最も大切なことであり、彼の生きる意義そのもの【妹を守る】ことだ。
そのためにも、彼は妹から離れる訳にはいかないのだ。
「アークよ。本当にいいんじゃな。お前が志願するということで。」
アークが固まっているのを静かに見守っていた村長だが、あまりに彼が動かいので、申し訳なさそうに小さな声をあげた。
周りの人たちはこの重要な、命を左右するだろう決断の場で、音を立てないように固まり、目線だけを村長とアークに向けている。
静まり返った空気に、誰かの「ごくんっ」と唾をのむ音だけが時折鳴り響くだけだ。
ここにいる全員が戦には行きたくないのだ。行ったらきっと帰ってこれない。誰しもが死にたくないのだ。
だからこそ、意外にも自分から手を挙げたアークに驚きつつも、少しだけ期待してしまうのだ。
「これで助かる」と。
緊張で張り詰めた空気を肌に感じながら、アークは震える声で嚙まないように声をだした。
「あ、あの・・・少しだけ外で考える時間をくれませんか?」
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緊張を吐き出すように、「ふう」と体の奥底から息を吐いて出た外は、広大な薄い暗闇が広がり、少しだけ肌寒い風と、虫の鳴き声が響いていた。
心を落ち着かせようと空を見上げれば、静かに漂う雲が、輝く星空を半分覆っている。
それをじっと見つめ、アークは先ほどよりも大きな声で語る。
「僕は、確かに人が死ぬはいやだ。あんな、あんな風に人の死を見届け、何もできない自分が許せないから。」
アークは多くの死を見届けてきた。目に映った光景は悲惨なものばかりで、それでも見ているしかなかった。
そして何度も強く思った。「どうしてこんなことに?」「なぜ何もできないのか?」悔しくて悔しくて、ただ涙を流したあの時間。
世界は理不尽で満ちていた。だからこそ彼は望んだのだ、『力』を。
それでも、彼にとって一番に大切な宝物は決まっているのだ。彼は闇夜に向かって問う。
「もし僕が戦へ行ったら、妹はどうするの?畑はどうするの?」
彼は決して妹をおいてはいけない。できれば一瞬たりとも目も離したくないのだ。
あの日、僕が目を離したばかりに妹は・・・妹は・・・
考えるだけで、目に熱さを感じ息が荒くなる。強く握り込んだ手の爪が、肌に食い込んでいた。
少しだけ間を開けて、静かな声が返される。
『大丈夫だ。我とて、また同じように大魔法を行使するのは避けたい。だからお前の妹を危ない目には合わせられないのだ。
それに、畑仕事も奴一人ではできないのも、ここ数日のお前らを見ていれば分かる。』
「だったら・・・」
『そこでだ。我の眷属を呼ぶのだ。』
「眷・・属?」
突然の聞いたことのない単語に、アークは口を開けたまま固まった。