声
ニーナの胸に飾られた真紅の宝石。宝石と言っても勿論偽物であり、街の土産屋や道具屋に売られているようなものであった。それでも村人であるアークにとっては貴重なものであり、行商人から購入したものだった。
なんの変哲もないタダの玩具に近い石、本来なら何も起こる筈がない石。
しかし、それは明らかに奇妙な光を放っている。
石の中心で静かに輝いていた光りはやがて、部屋全体を覆う程の光の渦となり駆け回る。
驚くべきことに、その光の翻弄の走りに、周りの物が風を受けたようになびくのだ。
そして、何本もの光が部屋を駆け巡り、その空間を満たした瞬間、
『汝の願い聞き入れた。正しき契約手順は果たされ、今ここに成った。これより我は汝と共にある。古き誓いが生きている限り。』
どこからか、声がした。既に誰もいないはずのその部屋に確かに言葉が発せられる。
『しかして、契約者の魂は崩壊寸前。これはどのような状況か。しかたあるまい。<代償>を用いて奇跡を遂行する。』
その言葉で、変化が起こる。
部屋の中が徐々に暗くなっていくのだ。本来なら日没だろうと、もう少し光りの変化が遅い筈だ。そもそも彼が息を無くしたのは昼である。それを考えてもおかしい現象であった。
さらに奇妙なことは続く。
部屋に散乱し、壊れていたものが元に戻っていく。それはまるで映像を逆再生しているかのように有り得ない光景であるが、事実それは起こっている。
その証拠に部屋にいたアークの、いや、さらに少女の肉体をも徐々に再生していっているのだ。
部屋に差し込む日の光りが、点いては消え、点いては消えを繰り返し、さらにその速度を増していく。気づけば早すぎて分からなくなるほどに加速する。
その後の変化は圧倒的であった。
静かに元どおりになった部屋。そこにあるのは、いつかの生理され掃除が行き届いた頃の姿、ベッドなどの家具までも綺麗になっている。特に驚くべきはそこで寝ている二人の姿だろうか。
ボロ服を纏った二人は健康そうに寝息をかいているのだった。
『成功したようだな。ふむ・・・』
その声が木霊し、ありえないことに部屋は昔の光景へと戻っていたのだった。
ただ、それは完全ではない。若返って元気なニーナの首には確かに先ほどの石が今もかかっている。
それに・・・
窓際にいた鳥は先ほどと同じようにそこにいて、部屋の中を凝視しているようであった。それでも気づけばどこかへ消えてはいたが。
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(なんだか・・・暖かい・・・僕は死んだんだろうか?)
凄く心地良い感じがする。それはここ数年彼が感じたことのないような気持ち良さであった。
まるで、元気な頃に暖かい布団で木漏れ日の中、寝ているようなそんな気持ちである。
しかし、彼は知っている。そんなことは有り得ないということを。彼は自分の最後の瞬間を認識していたし、自身がもう直ぐ死ぬことも自覚していたのだから。
だからきっと、これは死後の世界なのだろうと彼は思った。
(僕は今度こそ、幸せになれるのか・・・)
そんなことを呟いて・・・・
「ねぇ、兄さん起きて下さい!もう昼ですよ。」
懐かしい声がした。もう、何年も聴いていないような気がする声だ。とても居心地が良いその声に僕は自然と耳を傾ける。
「ねぇってば、畑仕事は大丈夫なの?」
尚も聞こえてくる声に安らぎを覚える。出来ることならば、
(これが永遠に続きますように・・・)
「・・・兄さんは永遠に眠るつもりなの?それは、流石の私も困るんだけど。ちょっと、まずは起きてよ。」
不思議だ。この声は俺に答えて会話しているようでもある。
(あぁ、可愛いニーナの声がする。)
「か、か、可愛いって!何言ってるのよ、突然っ!」
『バシッ』
頭に衝撃を受けたアークは、その勢いで開かないはずの瞼を開けた。
突然、目に強い光りが入り何がなんだかわからなかったが、徐々に周りの輪郭が見え、色が分かってくる。
そこは僕の知っている・・いや、とても良く知っていた部屋だった。
それに、何故だろうか。有り得ない。
有り得ないが、確かに僕の目には昔の姿の妹であるニーナの赤く染まった顔が見えたのだった。
「あっ、えっ?そんな・・・馬鹿な。ニーナなのか・・・どうして・・・」
「どうしてって、兄さんもしかして寝ぼけているの?しかたないよね。毎日畑仕事で疲れてるもんね。今日は私が兄さんの代わりに一人で行って来てもいいんだけど。って、兄さん泣いてるの!?」
自然と僕の目からは涙が滴り落ちていた。
そんなはずはない、これは幻覚で夢なのだ。それでないならばきっと死後の世界と言うものだろう。
僕が激しく狼狽し、未だ状況が全く掴めないであたふたしていると、妹は困ったように腰に手を当て考えて込んでいた。
「調子悪いんでしょう兄さん。だったら・・」
「あぁ、いや、調子は戻った、多分。悪かった。僕も畑に向かうよ。」
とりあえず考えるより先に、そんな言葉が口をついた。今この瞬間に、これが幻覚でも天国でも僕には関係なかった。ただそこにニーナがいることが何よりも大事だった。
「本当に大丈夫?・・・分かったわ。兄さんがそう言うのならきっとそういうことでしょうね。そう良かったわ。それじゃ一緒に行きましょう。」
妹に手を引かれ、気づけば僕は畑でクワを振っていた。近くでニーナも同じように土を耕しているのを横目に、少しだけ時間をおいた僕は未だに混乱した頭で考えていた。
(これはどいう状況なんだ?どうして僕は、いや、ニーナは生きているんだ。それになぜ、この畑は耕されていないんだ。)
それは、畑に来て気づいた異変であった。僕の知る畑の大きさはもっと広かったはずなのだ。それが今いるここは、数年前の畑の規模であるようだった。
それでも僕は考えながらも手を動かし、昼過ぎになった頃だろうか。突然ニーナが大声をあげる。
「にぃーさーん!そろそろご飯にしないの?」
「えっ、ご飯?あぁ、そうかご飯か。そうだな、うん。そうしよう。」
昼食を畑で摂るなんていつ以来だろうか。既に遠い過去のように感じる。それでも、近くの草むらに座り、パンと水筒を取り出す姿はとても・・・・
そこで僕はとんでもない違和感を覚える。
(あれ、そんなはずは無い。いやしかし。)
僕の記憶が確かなら、まだこの位の畑の大きさだった頃、この時間のその場所にはいつも、もう一人・・・
そう『父さん』の姿があったはずだ。
その記憶を思い出した瞬間、僕の心臓がドクンと跳ねる。
もしかして、まさか・・・
今、この場所には確かにいなくなったはずのニーナがいる。いるはずの無い者がいるのだ。だったら・・・
それは希望、いや願望であった。
もしかして、いるかもしれないのだ。また再び、もう一度合うことが出来るかも知れない!『父さん』がっ!!
僕は焦る心を必死に抑え、ニーナのところへ走っていく。そして、
「どうしたの兄さん、そんなに慌てて、大丈夫、ご飯は逃げないよ。」
僕は少し深呼吸をし、なるべく落ち着いた声を意識して、それでもしっかりと言う。
「あぁ、それよりもニーナ・・・・『父さん』は今どこにいるのかな?」
痛いほど強く握った手は汗でぐっしょり濡れる。
僕の言葉にニーナが、少し驚いたように首をかしげて言った。
「・・・・兄さん、何を言っているの。私たちに父さんはいないはずよ。」
その言葉は有り得ない答えであった。想定すらしていない。
その動揺が口から漏れる。
「父さんがいない?もしかして留守にしているのか?何処かに用事があって・・・あぁそうか、そういえば戦争があったもんな、兄ちゃんうっかりしていたよ。」
いないとは留守にしているのかもしれない。いや、そもそも畑の大きさは僕の記憶違いで既に戦争が終わった後なのかもしれない。
しかしニーナの答えは、そのどれとも違った。
「留守?戦争?大丈夫兄さん。そもそも私たちが小さい頃から父さんはいなかったはずよ。母さんが死んで、私たちは村長に6歳まで育ててもらって、それからはずっと二人でここに住んでいるでしょう?私たちの父さんが誰かは村長も知らないって・・・忘れたの?」
「えっ、そんな馬鹿なっ!?・・・あ、あぁ・・・そうだね・・・そうだったね・・・」
びっくりしたように見つめる妹の表情に僕は咄嗟に取り繕ったことを言う。
有り得ない・・・有り得ない・・・・そんなことは絶対に。あんなに面倒を見てくれた僕たちの父さん。今でも父さんのことは鮮明に思い出せる。
誕生際の時には、僕たちの為に徹夜で森に入り食料を探してくれた。
僕たちに母がいなくて寂しいと泣いた時、様々な話をしてくれた優しい父さん。
熱でうなされていた時、畑の忙しい時に付きっきりで看病し、その後徹夜で仕事をした父さん。
そして、最後の日、僕に向かって笑顔で涙を流しながら『ニーナのことを頼む』って言った父さん。
そう、間違いなく僕たちには父さんがいる。では、なぜニーナはいないなんて言ったんだ?冗談・・・には聞こえなかった。そもそもそんな冗談を言う子でも無い。それではなぜ?そもそも、先ほど彼女はこう言った『小さい頃からいない』と。では・・・
「な、なぁニーナ。ほら昔、誕生際で珍しくラビットの肉を食べたことあるだろう。あれを獲ったのは誰だ?」
「えっ?それって兄さんが徹夜で獲ってきてくれたやつのこと?」
「なっ!?・・・じゃ、じゃあ、小さい頃俺が熱で数日寝込んだことがあるだろう。あの時看病してくれたのは誰だ?」
「それって村長のこと?村長、結構な年だから畑仕事は出来ないから看病ぐらいは面倒みれるっていっていた時のこと?」
そんな馬鹿な。そのニーナが話す内容は全て僕の知れないものだ。いや僕の記憶と違っている。まるで、父さんが行ったことが別の誰かが行ったことのようになっている。そんな馬鹿な話があってたまるかっ!!そうだ、これは夢に違いない。もしかしたら、ここは既に天国なのか?
「どうしたの兄さん。凄く顔色が悪いよ。やっぱり今日は休んでいた方がいいんじゃない?」
「えっ!?あっ?そう・・・だな・・・あぁ、そうだ。うん」
それでも僕の顔からは嫌な汗が吹き出て、顔が真っ青になった。そして息が苦しくなる。呼吸が辛い。
「ハァハァ・・・・ハァハァ・・・」
「大丈夫兄さん!!顔色が!?」
僕は咄嗟に胸に手を当て握る。
今にも窒息しそうである。息ができない。苦しい。
『ヒュー、ヒュー』と、呼吸が止まりそうになってきた時、
『落ち着けアークよ。お前の父は確かに存在した。お前の記憶は正しい。』
どこからもなく、どこかで聞いたことのあるような声がした。
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あの後、少し回復した僕は仕事をし、夕食を摂り、そして今、こっそりと家を抜け出し外にいた。なぜかというと・・・
『どうやら一時的にも昼間の混乱は収まったようだな。』
この耳元に響く声がしたからだ。
声はあの後、僕にこう言った『まさか、ここまで不安定になるとはな。よかろう、お主の父親について教えてやろう。深夜に一人で誰もいないところに来るのだ。』と。
沢山疑問はあるが、それよりもまず一番にきかなければならないことがあった。
「お、お前は一体何処にいるんだ?声はするが姿が見えない。」
その問いに、やはり耳元に人が居るような声が答える。
『そうだな。まずはそれから話さなければなるまい。いいか、これから話すことは全て真実だ。決して取り乱すではない。まず私には身体が無い、つまりは思考と魔力だけの存在である。そうだな、お前たち人類種で言えば幽霊に近い状態だ。』
「幽霊?お前は昔に死んだ存在なのか?」
『死んだ・・・とは正しくはないな。正確には眠りについていたが正しい。それに私はそもそも人類種ではない。』
彼の言葉には引っかかりを覚える。
「・・・?その人類種っていうのは人間のことなのか?だったらお前は一体なんなんだ?」
『そうだ、人類種とはお前たちの言う人間のこと。この世界には多くの種族が存在し、それぞれドワーフ族、エルフ族、妖精族などと分類されている。そして我は・・・まぁ、今はそんなことどうでもよいだろう。とりあえず我は人類種ではない他種族だ。そしてこれが重要だが、我は精神体だが、それだけでは存在出来ない者だ。何かの物、又は他の肉体に精神体を定着させることで存続している。そして今、我はその存在としてお前に定着しているのだ。』
「あ、あぁそうなのか・・・それじゃあ、僕は何かに取り憑かれいるのか。」
それで、どうして姿は見えないが声だけするのかは分かった。今まで幽霊などの姿は一度も見たことはないが、存在自体は知っていた。
しかし・・・
何とも言えない状況だ。彼が何者であるかはわからないが、移るものが無ければ死んでしまうということだろう。それはなんとも不便な状況だ。
『ほう・・思ったより驚かないのだな。話を進めるぞ。それで我は依代を探しており、少し前、ついにそれを探し当てた。それがお前だ。しかし、残念なことが一つあった。』
なんだろうか?もしかして、身長が足りなかったとか、若すぎたとかか?それとも・・・
『我が憑依する瞬間、既にお主は瀕死の状態であり、数秒後には死ぬ状況だったのだ。』
僕は一瞬、なんのことだろうと思い、そこで思い出す。僕が死にそうな瞬間、それは最後のあの日に違いない。
「じゃあ、やっぱりあの光景は夢ではなかった?なら、僕は・・・いや妹も・・いやそうじゃない。村人も全員死んでいるはずだ!だったらどうして今ここに・・・」
『それが大問題なのだ。我もお前もあのままでは死んでいた。そこでだ。我には魔法の才があった。そして我の知っている魔法に<時間魔法>があった。その魔法はこの世界の時を巻き戻すもの。』
時を巻き戻す魔法?
魔法の存在は話で聞いたことがある、見たことはないが。
それはつまり過去に戻るということだろうか?
「そうか、だから俺は・・だったらここは過去ということなのか。凄いな、魔法はそんなことまで出来るのか・・・」
『そうだ。無事魔法は成った。しかし、時間魔法には代償が必要でもあった。その時使った代償が<お前の父親の存在>だ。』
はっ?今一体なんて言った?代償に父さんの存在?
『<時間魔法>は程度により、その者の持つ<重要なモノ>が必要とされる。そして、お主にとって重要なモノが父親の<存在>であったのだ。』
「なっ!?それじゃあ、僕が、僕がここで生きているのは父さんを引き換えにして・・・」
そんな、僕は父さんの存在を消し去ったのか?僕が父さんを殺・・・・
『違うぞ少年。<時間魔法>はあくまでもその<実行者>の大切なモノを<実行者>から消費する魔法だ。つまりはお前が父親を殺したのではなく、お前の中の父親が消え去っただけだ。勘違いするな。』
「それでも、それでもこの世界から父さんが消えたのは間違いないじゃないかっ!」
『ああそうだ。しかし、その影響、つまり被害者はお前一人だけだ。つまり、お前は自分の命を救うため、自分の心を削ったに過ぎない。』
「そんなっ、そもそも・・なぜそんなことをしたんだ。それじゃ、お前が生きたいから僕を利用したってことだろ。僕はあの時死んだってよかったんだ!それをお前がっ・・・」
『そうでもない。我の魔法は望まない者に発現は不可能だ。そしてお前は確かに願ったんだ<力が欲しい>とな。死の間際、その願望に呼応して我は魔術が行使された。つまり、お前には確かに願望があったのだ。』
そんな?僕に?生への願望が・・・いや違う・・僕が願ったのは・・・
「<力>?・・・だったら聞きたい。お前は僕に力を与えてくれるのか?」
『そうだ。そのための契約と代償としてお前の身体に憑依している。我はお前に望む<力>を与えよう。その代わり、お前は我と心身を共にするしかない。』
そうか・・・声の言っていることは理解できた。そして、なぜ僕がここにいて、どうして父さんが存在しないのかも。確かに、声が正しければ父さんの責任は僕にある。それでも、僕には叶えなければならない約束が残っていて・・・
そう・・・それは・・・
「君の言っていることは分かった。確かに君の言う通りならこれは僕の責任であり罪なんだろう・・・」
僕は目を瞑り、少しだけ息を整えて心で叫ぶ。
御免ね父さん。僕は父さんの存在を犠牲にして生きている。
それでも、どんなことをしてでも父さんとの約束を守るよ。
そして目を見開き、宣言した。
「僕の身体を君に貸そう。その代わり、僕は君の<力>が欲しい。そう、妹のニーナを守り続ける約束を果たすために!!」
そう、この時、僕は前回の人生で叶わなかった約束
<決して違えてはいけない約束を守ること>
その約束を、もう一度守れる機会を得たのだ。
とても、とても大きな代償<罪>を払って・・・・・
次の日から僕は、元気に畑に行って懸命に仕事をした。
あの夜以降、声はあまり話しかけてこなくなった。
ただ、それでもたまに簡単に何かを質問してくることがあったが、それもどれもが『これはなんだ?』『あれは何というものだ?』という他愛もないものばかりであったが。
僕の変化に、最初は驚いていたニーナも直ぐに昔のよう僕を支えてくれた。それは少しだけ懐かしい、今は決して戻ることの出来ない光景であった。以前に2人きりになり過ごした日々、その時の記憶が蘇り不思議と胸がざわついた。
(父さん。僕は決して父さんのことを忘れない。そして、必ず、今度こそ父さんとの約束を守ってみせるよ。だから、僕のことを許して。)
僕はきっと生涯、その罪を背負っていくことになる。それでも、何を犠牲にしてでも僕には守るべきものがあるのだ。そして、今度こそ絶対に守り通してみせる。
--------そうして数日が経った頃-----------
ある晴れた日のことだった。突然それはやって来た。
仕事をしていた僕を遠くから呼ぶ村人の声。
「おーーーいっ!アーク!大変だっ。この村に貴族の使いの兵士が来て、みんなを集めているぞっ!お前も来い!」
僕は咄嗟にそれを思い出す。
そう・・・それは、父さんを殺したあの出来事であった。
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