序
---------『魔王』----------
この世界で最も畏怖される存在であり、魔獣・魔人の頂点に君臨し、漆黒の世界を統べる王である。
その心は姦悪で染まりきり、一切の慈悲無し。
身体は竜より大きく、黒闇の固まりである。
そのように教会の聖典には記されており、大人から子供までが知っている常識である。
聖典が無い地域でも、子供の躾けに親は「言うことを聞かないと魔王に攫われるよ!」といって叱るのが常套句である。
そして、聖典に記された内容によると、魔王は遥か昔に天界に住まう神々により選定を受けた『勇者』により滅ばされ、そして神々は人間の世界に安寧をもたらした。
その後、平和は神々と信仰により守り続けられ、今もなおそれを率いているのが教会である。
『・・・・クソみたいな話しだな。そもそも俺様のカッコ良さや邪悪さの表現がダメだな。手下!作者を呼んでくるのだ。抗議してやる!』
暖かい太陽の光りが降り注ぐ木もれ陽の中、僕が畑の端にある木の下で涼みながら、協会の神父様から借りた古くボロボロになった本を読んでいると、低い男の声が横槍を入れてくる。
「作者はもういないと思うけど。と言うか『魔王』が聖書なんて読んで大丈夫なの?」
『何を言っておるのだ手下!我ぐらいの強者になれば聖なる力など、どうってことないのだ!』
(魔王って勇者の聖なる力によって滅ばされているはずじゃ・・・・)
『何だ、何か言いたげだな。』
「えっ、そんなことないよ。それより僕そろそろ仕事に戻らないといけないんだけど。」
そう言うと僕は、使い込まれた聖書を慌てながらもゆっくりと閉じ、静かに植物を編んだ袋にしまうと、代わりに桑を担いで立ち上がる。
『ええ~~~い、手下!またそんな下らないことをするのか?』
もうすでに何度も聞いたセリフが頭の中から響く。
「そんなこと言ったって魔王様、そうしないと食べていけないよ。僕が死んだら困るのは魔王様も同じなんだから。」
『・・・・仕方ない。さっさと終わらせるのだ手下!そして早く世界を征服するのだ!』
僕はそんな魔王の声を聞き流しながら畑に戻ると、汗を垂らしながら木で出来た桑を一生懸命に土へと振り落としていく。
たまに見上げる空は澄み渡った青色であり、初春の風がまだ冷たい。
『おいっ!呆けっとするな手下!』
僕の頭がおかしくなければ、僕の中には『魔王』がいる
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