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「ううっ…行きたくない」

「ここまで来て今さら?ダメだよ」


 にっこり笑うヴァル殿下はわたしの肩にしっかりと手を回している。

 ……そう、肩だ。普通であれば腰に手を回すという表現になると思うのだけれど……だって小さいんだもの!


 ここは王宮の広間へ続く廊下。わたしはヴァル殿下が贈ってくれた美しいドレスを着て来ている。国王陛下への挨拶だけのはずだったのだが、どうせならとお披露目を兼ねた夜会を催すことになったらしい。

 侯爵子息の婚約者であるライラさまも参加するそうで、心強いのが救いなんだけれど。


「ほら~、わたしじゃ様にならないでしょ?」

「身長は関係ない。それに…きれいでかわいいよ、レイリィは」


 特別に飾り立てた言葉じゃない。それでも心から思っていることが分かるから照れてしまうし、何より嬉しい。


「ありがとう」


 きっと顔は赤くなっているだろうなと思いつつも見上げて微笑めば、ヴァル殿下が凝視してきた。


「どうしたの?」

「キスしたいな」


 思わぬ爆弾発言に後ずさろうとしたが…逃げることはおろか、身長差があるせいか抱き上げようとしてくるヴァル殿下に本気を感じる。


「お、終わってから!ね?終わってからにしよう!!!ここは人の目もあるしね!?」


 ピタッとヴァル殿下の動きが止まってホッとしたのもつかの間…。


「その言葉、忘れないでね?」


 完璧な笑顔を見るに、これは逃れられないようです……。本当にわたしの天使はどこに行ったのでしょうね(何度目だ、コレ)。


「さ、行こうか。僕のかわいい花嫁さん」

「………まだ違うよね」


 脱力しながらもさらに歩を進めるといよいよ大広間への扉が開かれる。わたしは深呼吸して一歩を踏み出した。


 ───あの方が『小さな黒の聖女』さま?本当におかわいらしいのね。

 ───私は神子さまを目にしたことがあるが、よく似ていらっしゃるな。


 おお、ヒソヒソと聞こえてくる言葉はどちらかというと好意的のようだ。国王さまが座る玉座へと向かいながら、周囲にいる貴族たちの声に胸を撫で下ろしていると厳しい目を向けてくるご令嬢たちも視界に入った。

 これはきっとヴァル殿下絡みだろうなと諦めの境地になる。


「何だか余裕そうだね」


 クスクスと笑いながら小声で囁くヴァル殿下にわたしも小声で答える。


「人が多いのは緊張するけど、国王さまへの挨拶はそんなには…芹香の時にお会いしたことが何度もあるからかな」


 国王さまには芹香の時に親切にしてもらった記憶しかない。それにヴァル殿下の血筋…少し似てるからやはり好感を持ってしまう。


「…叔父上には油断しないようにね」


 それはどういう意味かと聞き返したかったが、国王さまの元に近づいたため口を噤む。


 玉座には国王さまと王妃さま、そして国王夫妻の息子さんである王子さまもいらっしゃるようだ。大広間に入った時点で若い男性らしき方が視界に入ったから、多分そうだろう。


 王子さまの名前はリディト殿下。わたしが最後にお会いした時は2歳だったから、今は17歳になられているはずだ。感慨深いなあ。……わたしの方が年下になってしまったのだけれど。


 そんなことを考えている間に玉座のそばまで来て立ち止まると、カタンとわずかに音がした。気になったがまだ顔を上げるわけにもいかずにいると、驚きの声が耳に入る。


「セリカ!?」


 先ほどの音はどうやら国王さまがわたしを見て思わず立ち上がった音だったようだ。






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