7(国王視点)
「婚約だと?」
王の私室───私の部屋に側近のウォルフを伴って現れたヴァルダークに瞠目した。
これまでどれほどの縁談を持ち込んでも頷くことのなかった甥の変化…驚くのも当然だろう。
「それはいいことだが、相手はどこのご令嬢なのだ?」
容姿の優れたヴァルダークは女性受けも良く国内はもちろん、他国に訪問しようものなら滞在先の王女に一目惚れされることは毎度のことだ。
国内の貴族令嬢はともかく、他国の王女や高位貴族令嬢からの縁談を断るのは骨が折れる。こちらとしてはさっさと身を固めてほしいというのが本音だった。
ヴァルダークが身を固めるなら、もう譲位してもいいだろう。成人してからだいぶ経つのだし、それなりに自由も満喫できているはずだ。
今後に思いを馳せながら話に耳を傾け───相手の情報に衝撃を受けた。
「『小さな黒の聖女』です」
『小さな黒の聖女』…最近やたらと耳にする少女で、それはかつて召喚された神子を彷彿とさせる存在だった。
───既婚者でありながら、私は神子に惹かれていた。出会いがもう少し早かったなら、彼女…セリカを娶っていただろう。いや、セリカさえ頷いてくれたなら離縁してでも。
そんな彼女を思い起こさせる『小さな黒の聖女』は私も気になる存在で、ぜひ会ってみたいと思っていた。
幼いながらもセリカに恋慕していたヴァルダークが伴侶に選んだということは…。
「『小さな黒の聖女』は…セリカの忘れ形見ということは、ないな?」
つい声がわずかに震えてしまった。あまりに似ている存在に少し考えてしまうのだ。実はセリカの娘なのではないか、と。
もちろんあの頃のセリカに恋愛する暇などなかったし、身ごもっている様子はなかった。ありえないとは分かっているのだが…ひょっとしたら女神の加護でどうにかできたのではないかと…。
もしそうならば、嫉妬を覚えてしまう。
「それは絶対にないですね。叔父上もセリカに近づく男に目をつけていたからお分かりでしょう」
むしろ危なかったのはあなたのほうだ、と言わんばかりの鋭い目に背筋が凍る気がした。
ヴァルダークは気づいているのかもしれない……私がセリカに…あわよくば手を出そうとしていたことを。
「……大事な神子に何かあってはと心配だったからだ」
「そういうことにしておきますが…僕の婚約者に手を出さないでくださいね」
『小さな黒の聖女』はまだ15歳と聞く。むしろ私の息子より年下の娘のような年頃だ。そんなことはありえない。
「ハハッ、おまえにしては面白いことを言うな」
「先ほどのセリカの娘だと疑っていた様子を見るにつけ、まだ彼女に思うところがおありなのかと。『小さな黒の聖女』はどうしても彼女を彷彿とさせますからね」
…確かに否定できない。15年経っても忘れられず、失うと分かっていたなら───無理矢理にでも思いを遂げておけば良かったと仄暗い感情に支配されるほどだ。
だが、セリカはもういないのだ。いくら似ている存在だとしても、それは彼女ではない。
「『小さな黒の聖女』はセリカではない……婚約の件は分かった。聖女ならば誰も反対するまい。後ほど詳細を連絡してくれ」
「ありがとうございます。それでは今回は失礼します」
珍しく喜びに溢れた表情のヴァルダークは会釈すると、踵を返して静かに控えていたウォルフと部屋を出て行った。
たとえ笑顔を見せていても…神子とともに心を失ったのではないかとすら思っていた甥の変わりように私の心はざわついた。
『小さな黒の聖女』とはいったい───。




