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ライラさまとレイダートさまの執務室へと向かっていると、頭の中に突然声が響いた。
『突然の来客がありました。今日は戻ってください』
レイダートさまの声だ。魔法を使って連絡してくれたらしい。口調はいつもどおり丁寧なのだが、どこか焦った声にライラさまとわたしは顔を見合わせた。
執務室まですぐそこなのにな…と、残念に思う。
「レイダートさまが突然予定を変えるなんて、お断りできない相手なのかしら」
首を傾げるライラさまにそれもそうだな、と納得する。曲がり角を曲がれば、レイダートさまの執務室へと繋がる廊下だ。
気になったわたしは曲がり角からそっと覗いてみることにした。
「まあ、レイリィ…はしたないわ」
「距離はあるし、ちょっとだけですから」
どのような来客なのかほんの少しの好奇心から顔を覗かせると、ちょうど2人の男性がレイダートさまの執務室の室内に招かれようとしていた。
どちらも若い男性のようだなと目を凝らして金髪の男性が目に入る。
「……っ…!?」
息が…止まるかと思った。それは会いたくて、でも合わせる顔がなくて…神殿に時々訪れていることを知っていても避けているひと…。
「レイリィ?どうし…」
わたしの様子がおかしいことに気づいたライラさまが心配そうに声をかけてくる。
だが、わたしは目を離すことができず…思わずその名を呟いていた。
「ヴァル…殿下…」
「え!?」
なんて大きくなったのだろう。感動で身体が震え、涙が溢れてくる。滲んだ視界のせいでちゃんと見られないのが残念だ。
視線に気づいたのか、ふとヴァル殿下が振り向いたように見える。
「逃げるわよ!」
突然ライラさまがわたしの腕を掴んできたと思うと走り始めた。先ほどのレイダートさまのように焦っているようなのだが、名残惜しく思うわたしが気になるのはヴァル殿下で。
「あの、ライラさま」
「レイダートさまにはまた時間を作っていただけるのだから、とにかくこの場は」
その時、ライラさまの言葉を遮るようにもう一方の腕を引かれた。
「うわっ…!?」
つい女の子らしからぬ悲鳴をあげてしまったが、掴まれている腕を見てさすがに恐怖を覚える。
逃げる間もなく浮遊感があったかと思えば急に視界が上昇して、気がつけば彫刻のような美しい顔が間近にあった。
「……ヴァル殿下…?」
おそるおそる手を伸ばしてそっと頬に触れると、整った顔がくしゃっと崩れて大きな手がわたしの手を覆った。
「うん、僕だよ……ずっと、ずっと会いたかった…」
ああ、やっぱりヴァル殿下だ……引っ込んでいた涙が再び溢れ出す。
「わたしも、会いたかったの…でも…っ…ごめんなさいっ」
まるで栓をなくしたように涙が止まらない。ヴァル殿下が優しく頭を撫でてきた。そのヴァル殿下も目を潤ませている。
「謝るのはこちらのほうだよ。君を守りたいと思っていたのに、守るどころか僕は…」
言葉を詰まらせるヴァル殿下はわたしを強く抱きしめた。
……ん?……
いま、わたしはどういう状況なのだろうかとふと気になった。目線がヴァル殿下に近いのはなぜだろう。改めて自分の状態を確認して…叫びそうになるのを堪えた。
わたしはヴァル殿下に抱っこされていた…。いわゆるお姫さま抱っこと呼ばれる横抱きではなく、子どもを抱っこするような縦抱きだ。
周囲の様子を見ると、いつまでも年を取りませんね…と言いたくなるこれまた美男子・レイダートさまが頭を抱え、ライラさまは驚いた表情でヴァル殿下を見ているようだ。
もう一人、ヴァル殿下と一緒にいた人は生温い視線を向けてきている……いたたまれない。
「ヴァル殿下、降ろしてください!」
「殿下、神子さまが困ってるみたいですよー」
「僕が離すと思うか?ウォルフ」
……ウォルフ?その名前に聞き覚えがあった。目を凝らしてヴァル殿下と親しいらしいその人を見つめていたのだけれど。視界が真っ暗になった。ヴァル殿下の手で遮られたようだ。
「僕以外の男を熱心に見つめてはダメだよ?」
……誰ですか?このひと……。何だか口説かれてるみたいで、メチャクチャ恥ずかしいんですけどーっ!!!
「……とりあえず中に入って話しましょう」
…そうですね。疲れた様子で呟くように言うレイダートさまに頷きかけ───いや、その前に降ろしてくださーい!!!
悲しいことにわたしの叫びはスルーされるのだった…。




