微笑む彼女
彼女は常に微笑んでいる。その笑みは花の如しと称される彼女だ、人々に囲まれる事も多いが彼女らの視線は必ずしも美しい視線だけではないし、美しき彼女への嫉妬で嫌がらせを行う人だっている。それなのに、それなのに彼女は、人間の様々な感情に晒されても、人間からの嫉妬などの悪意からの嫌がらせにあおうとも、どんな時でも変わらず美しい笑みを浮かべている。
僕はその事に得体の知れない気味の悪さを感じる。
❇︎❇︎❇︎❇︎
またパーティだ。よく貴族どもはこんなに沢山飽きもせず、ただただ互いの腹を探り合う楽しくもないものをやれるものだ。
(ああ、ここにいる者は皆欲の塊なのだな…)
溜息を押し込む作業もこう何度も繰り返すのはもういい加減に嫌気がさす。挨拶回りもひと段落したし、外の空気でも吸おう。このままこのパーティ会場にいたら腐っている人達にあてられ、自分まで腐ってしまいそうだ。
そう思い、庭園に出る。青々とした低木は丁寧に剪定されており、庭師の仕事に対する姿勢が伝わってくる。いい庭だ。人間の腐敗を浄化してくれているように感じる。
「ーー!ーー、ーーーー!」
しかし、こんなにいい庭でも浄化しきれないほど人間は腐りきっているのだろう。庭の奥から数人の若い女性の金切り声が聞こえる。
(ああ、まただ。)
声のする方へ向かっていくとやはりそこにはドレスを纏った少女達がいた。その少女達は1人の美しい少女を囲うようにして立っている。
「貴女、そんなに周りの男性方に色目を使って。いやらしいっ!」
「そうよ!高々子爵家の!妾の子のくせに!」
あいつの姿が見えないと思ったらまたあのご令嬢をいびっていたのか。あいつがこんなんだから…!
仕方ない、見てしまって以上、人として止めざるを得ないだろう。猫の皮を装備しゆっくりと少女達に近づいていく。
「あ、マリー、こんなところにいたのかー」
「え、お兄様⁉︎どうしてこんなところに!」
「「「カタルシス様⁉︎」」」
こんな奴らに軽々しく名を呼ばれたくはない、あまりの不快感に口が引きつりそうになるが、彼女らの慌てぶりに溜飲が下がる。
「えっと、あの、お兄様。これは…」
この期に及んで言い訳とは…。見苦しい限りだがさっさと追い払おう。
「あれだろう、ガールズトークってやつなんだろう?男の僕には分からないけれど。マリーも貴方達も、こんな所にいないでホールに戻って、着飾った可愛い姿を皆さんにみせておいでー。」
「!はいっ、お兄様。行って参りますわね!」
「「「し、失礼します!」」」
「はーい、行ってらっしゃーい」
ふう、うまく丸め込めた。あんな思ってもないセリフを吐くのは口が腐ってしまった気分だ。だがまだ先程までの笑顔を浮かべたまま美しきご令嬢と顔を合わせる。
「大丈夫だったかい?シンシア嬢。」
「助けて下さり有難うございます。助かりました。」
と、いつも通りの花のような笑顔で彼女は言う。いつも通りで先程までと同じ笑顔だ。
「どういたしまして、と言いたいけれど、僕は必要なかったみたいだねーその顔を見るに。」
僕は彼女を試すような目を向ける。
彼女のいつも楽しげに細められている目が少し見開かれ、目に強い光が灯る。無論、口元は笑んだままだ。
少し本性を出した彼女にならい、僕もいつもへらっと笑っている顔をやめ、口だけを笑ませる。いい雰囲気だ、少し核心をついてみよう。
「君って気味悪いね」
「………」
「あんなバカ令嬢達の聞き苦しい罵倒を聞き、纏わりつく様々な視線に晒される。そんな状況にありながら、君は常に笑っている。」
「………」
「こんなに腐った人達に囲まれているのに。」
「………」
「ねえ、シンシア嬢。何故君はそんな状況にありながら、ずっと笑っていられるの?」
「………」
彼女は暫く無言で僕の目を見つめていた。僕の真意を測りかねているようだった。そして彼女は一つ息を吐き沈黙を破った。
「無礼講って事でいいかしら?」
「ああ、今は無礼講だ。君の本心を知りたいんだ。」
そして彼女は呆れたように「まるで口説かれている気分だわ。」と呟き、困ったように笑う。
「そうねぇ」
彼女の目から光が消え、虚ろな笑みになる。
「この国にはロクな人間がいないわ。領民が税で苦しんでいるのに贅沢を続け、いい歳して女性に手を出す父や、自分が貴族である事を誇り平民と私をバカにする義母。私のこの顔に嫉妬し執拗な嫌がらせを繰り返す姉やマリー様。」
「………」
「貴族だけではなく王族も贅沢を始め、さらに税金も上げ始めたおかげで、ストレスからの国民同士の衝突も増えている。このままではこの国は滅ぶ。滅びてしまう。偉大なる勇者様達が築いたとされるこの国が。それなのに!」
彼女は肩を震わせながら
「このパーティに来てる人達ったら!誰もが自分のことしか考えてない!上を羨み下を蔑み!自分の利益ばかり求めて!国民の税をあげたと思ったら自分達は贅沢三昧!いつ国が滅びてもおかしくないこんな状況で!だから!」
女神をも霞むであろう満面の笑みを浮かべ
「そんな愚か者達を笑ってやってんのよ!」
そう吠える。
ああ、よかった。
「いいね、君。最高!」
久々に心から笑える。
「ねえ、シンシア嬢。僕と一緒に国を変えよう!君みたいな人を探していたんだ!」
久々に人に希望を抱ける。
「貴方と?」
まだまだ人手も足りなくて
「まあ、僕とは不安だろうね。」
僕の力もないけれど
「そうね、正直に言うと。貴方の評価は優秀だが優し過ぎる上に気が抜けていて王の風格がない、だもの。」
きっと叶えてみせよう
「そうだ、今迄はずっとそういう演技をしてこっそり同志を集めてたんだ。でも、もうやめる。君という優秀な同志も得られた事だし、これから本格的に動き出そうと思う。」
大丈夫、僕等なら
「手伝って、くれないか?」
頼もしい仲間もいる事だし
「ふふっ、いいわ。手伝ってあげる!私は何をすればいいのかしら!」
あとはもう進むだけだ
「ああ、僕のサポートを。僕のやる事・やるべき事、僕が道を外してしまったら引き戻して欲しいんだ。ずっとずっと」
願わくば
「僕の隣で」
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