「家のなる木」
「ある日、建物がふっとんで」
ある日、建物がふっとんで、荒涼としたわたしたちの島に、家のなる木が生えました。これから絶望に明け暮れようとしていたわたしたちは、自分たちの安易な考えを恥じて、みなよろこびました。「僕らはなんて、ばかだったのだ」……こういう類いのフレーズを、こんなに満面の笑みで言ったことなど、わたしたちにはなかった……
「家のなる木」
それは、とても大きな木で、島中ありとあらゆるところに、ほとんど一斉に生えはじめたのです。そして、「家」という名の実をたくさんつけました。……正確には、「家」というのは殻にすぎなくて、実のなかみであるタネをふくんだ果実は先に地面へ落ちて、おもいおもいの場所で芽を出します。そうすると、赤い花や黄色い花、トゲのある葉っぱなど……、それぞれ、まるでひとつの木から生まれ落ちた兄弟だなんて信じられないくらいに個性的な草花へと変わっていくのです……
のこった殻が地面へ落ちると、わたしたちはそれをひろい、各々の「家」とします。なかはけっして広くはないけれど、無駄がなく、快適です。夏は涼しく、冬は暖かく、快適です。とはいっても、やっぱり暑い……そんなときには、外へ出て、わたしたちは旅をするのです……
「新たな土地で」
新たな土地で、新しい「家」をさがします。ただ、「新しい」というのはあくまでも、これから住まう人にとって……のこと。浜辺で見つけた瑠璃色の「家」は、おなじように快適さを求めて旅に出ただれかののこしていった家……
家のなる木は、今日も新しい実をつけて、空いた殻は地面にあふれます。だれも使わない殻は、家にはならず、木が回収してその幹にもどり、養分となります。老朽化した家は、わたしたちがみずから、一家に一台の鉄床とハンマーを使って丁寧にくだいて、木の根元へかえします。そうしてわたしたちはまた、山で、湖で、浜辺で……好みの家を見つけ、入って暮らすのです……
わたしたちは思います。なんて快適な暮らしなのだろう、と。もう、地面に根ざしたコンクリートでの生活など考えもつかないようになって、「ああ、この木と殻の家と、鉄床とハンマーとがなかったら、わたしたちは死んでしまうのではないか……」そんな恐怖を感じる余裕まで、出てきてしまうのです……
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な、なんでしょうね、これは……。災害の多いわが国で、地面に根ざした、たいそうお金のかかる家での暮らし……しかもまわりはみな、だれかの土地で……というのをなんとなく不思議に思って、そうではない世界を、ちょっとだけ、夢見てみました……ちょっとだけ……。そろそろ、現実にもどりましょうか……
……そういえば、以前母親が、カタツムリの殻はそこら中に転がっていて、大きくなったら別のに取っ替えるのだと勘違いしていた……という笑い話を思い出しました。今日はこのくらいで終わりにしたいと思います。
2018/7/19 梶生モットシボ郎