「黒焦げアップルパイ」
「黒焦げアップルパイ」
たとえば……、喫茶店でアップルパイを頼んだとして、あなたはそれを食べるだろう。持ち帰って、あるいは勝手に厨房へ足を踏み入れて、それを黒焦げにはしないだろう。なぜか……そんなこと……、言うまでもないでしょう……
空想のなかでは、突拍子もないことをやってのけることができる……後ろめたいことでも。やってみるといい、わたしが前回書いた、わたしのカワウソくんのように……いたずらをしたり、電車を壊したり……、アップルパイを黒焦げにしたり……、現実ではとうていできそうもないことを空想してみるといい。これも一種のファンタジーだ。ファンタジーはなにも、魔法であったり、そういった意味での特殊ななにかが必要なことじゃないんだから……
あなたはアップルパイを……お店の人が丁寧に焼きあげた、きつね色をしたアップルパイ、完成されて、形を変えることをためらわれるほどの、素朴ながら、みごとな艶のアップルパイを、真っ黒焦げにします。焼きなおして、また焼きなおして。アップルパイは真っ黒になって、あなたは残念な気持ちになるでしょう。でも……
……どうです、あなたが焦がしたアップルパイも、愛おしく思えませんか……
極端な比喩を出してしまって、わたしは少し、罪悪感を感じています。でも、誤解しないでほしいのは……、ひどい人を気取れ、というのではないのです。あるいは、むしゃくしゃしたときに、人や物に当たらずに、邪悪な空想をくりひろげろ、というのとも違います。わたしはただ、あなたが焦がしたアップルパイを眺めてみたいと思うのです。それはきっと、素晴らしいものなんだと思うから……
あなた自身は、だれかのこしらえたパイをいつもお腹へ押しこんでいて、また、あなたのお兄さんは、あなたのパイを眺めて、のみこんでいるのです……食べたつもりがなくても、のみこんでいるのです。それを意識したときに……だれかのこしらえた、こんがり焼けたきつね色のアップルパイを目の前に見たときに、たぶんあなたは、触れるのをためらいます。でも、先に言ったように、空想するのは自由なのです……その自由を楽しむために、少しだけ、ひどい人になれれば……
「焼きなおし」
空想でも、創作でも……、すばらしい既存のなにかを壊すことは、ためらわれることなのかもしれない。なにかから影響を受けたとして、それをあなたが吸収して、ふたたび形づくることに、意味を見出せないこともあるかもしれない。焼きなおしたって焦げるだけ、なんて思って……
でも……、もしもあなたにその勇気があれば、やってみるといいのです。炭になったって、灰になったって、そこにはたぶん、意味があるのだと思うから……
(ただし、創作となると、著作権、著作者人格権など、考えなくてはならないことがたくさんあります……とだけ、忠告しておきます……)
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今回はなんだか、主張のようなものが入ってしまいました。ある意味で、不純物です……この迷宮にとっては。……、いえ、これは主張なんかじゃありません。わたしの空想から生まれた、とりとめのない物語なのです。人の作ったアップルパイを黒焦げにするなんて、馬鹿げている。……嘘だぁ、と言われてしまいますね。今回はこのくらいで終わりにしたいと思います。
2018/3/19 梶生モットシボ郎