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最終転職先

 あの大きなノーラは、こんな死に別れを納得して俺を送り出したのだろうか。

 そんな思いにふけっていると、彼女の意地の悪いような笑みが見えたような気がした。

 俺もせめて同じ表情をしようと唇の端を上げようとした瞬間、腕に激痛が走る。


 痛みを感じるということは、まだ生きているのだろう。

 そう感じていると、何か聞こえてくるような気もする。

 俺の耳は未だ正常に機能していないようで、不可解な音としか認識できない。

 その内に誰かが呼びかける声であることが分かった。


「しっかりして下さい!」


 意識が戻った俺は目を開けた。

 まだ視覚は戻っていないらしく、真っ白な光しか映らない。

 それでもその声の主は既に誰だか知れている。


 まだ生きているからこそ言えるが、本当にボスにはしてやられた。

 良く考えれば気付くことなのだが、もしボスが過去へと人を転送することが出来るとすれば、その逆も然り。

 即ち俺は未来へと送られたのである。


 先程俺が刀の先で貫いた物体は、自ら記述した例の手記であった。

 何故それが相手の胸元にあったのかは、以前説明を受けたので省略する。

 つまり手記の二つ目の刺し跡も俺がつけたという、なんとも出来過ぎた話である。 


 免許皆伝の証が無残な姿になったので、その代わりとして俺の刀を授けることにしたという次第。



 前置きが長くなったが、俺を倒したのはノーラその人である。



 俺の目にもやっと彼女を捉えることができた。

 彼女は仮面を外した涙顔で俺を覗き込む。


 彼女だと分かったのは、例の冊子が出てきた直後、腕を斬り落とされる寸前のことである。


 あれから五、六年は経ったというところだろうか。

 彼女は背丈こそボスと同じくらいになっていたが、まだ大人になったばかりという印象。

 可愛いらしいでもなく、妖艶でもない、今の彼女に適した表現は『可憐』といったところ。

 髪の毛をリンデ並に切り落としていたので、最初は女だと認識できなかったのだ。


「…御免なさい、痛いですよね?」


 恐らく俺は激痛を感じた時、無意識に呻き声を上げていたのだろう、ノーラの表情からそう感じられた。

 腕の落とされた部分はそのままだったが、傷口は硬く縛られ、既に止血が施されている。

 薬草を潰して漬した包帯のようなものが巻かれていたが、手際の良さにも驚かせられた。


 それよりも、感動の再会にしては微妙な空気である。

 それもそのはず、俺たちは先程まで殺し合いをしていたのだから。

 特に彼女はどう反応していいか分からないのだ。

 事の善悪は別として、彼女が罪悪感を持ってしまうのも不自然ではない。


 ここで俺はボスが言っていた言葉をふと思い出した。


『私はもう歳を取りすぎたわ』


 もしかするとあのボスは、こんなに感情を顕わにすることはないのかもしれない。

 以前俺にも忠告していたように、結局自分にも可愛げがないという意味であろう。

 そう思えると目の前の彼女にも優しくしてやりたいが、俺も可愛げがないのは確かだ。

 別に後にでもいいことを訊いてしまう。


「で、なんで仮面なんか被っていたんだ?」


 ノーラが言うに、彼女自身はあの時死んだことになっているとのこと。

 多分彼女の蘇生後のことは、未来の彼女であるボスが良きに計らったのだろう。

 戦災により見られない顔だという理由で仮面を被り続け、事情を知ったリンデの協力により隠し通したそうだ。

 カーシがあの襲撃を受けても尚彼女を欲しがるかは分からないが、そういう意味では用心に越したことはなかっただろう。

 彼女はどうやって命を取り留めたかは説明出来なかったが、俺にとっては謎でも何でもないので、そのまま話を続けさせた。


 リンデは仮面の少女を連れて、例の剣術指南施設へと身を寄せて数年を過ごした。

 ノーラがここまで強くなれたのは、紛れもなく女流剣士の功績である。

 その反面、年頃の女の子がそんな境遇で暮らしていたとなると、やりきれない気分にもなる。

 しかし嬉しそうに話す目の前の少女、いや女性を見ていると浮かばれたとも思える。


 あれからサミエはどうなったかというと、カーシとの契約書に関しては確かに俺が襲撃の際に燃した。

 それでも彼女は、書類の不備を理由に逃れた輩も少なくなかった中、借金分はきっちりと返したという。

 相変わらず律儀な彼女であるが、借金返済後は占い師に転職し大成功とはいかずとも結果をだした。

 女流剣士二人の経済的援助もしたそうだが、ノーラを囲む二人には頭が上がらない想いである。

 サミエはその二人にしか知らせていないが、何でも神の声を聞く事が出来るようになったのが転職の理由らしい。

 普通に考えれば馬鹿馬鹿しく思えて公言できないのも無理はないが、俺には心当たりが全くなくもないことが何とも言い難い。


 話は少し逸れたが、仮面の話に戻る。

 俺が素顔を晒しても、仮面を外さなかったのは『試練』だったからだそうだ。

 サミエが受けた神託によると、近々新たな魔王が再来するとのこと。

 それはボスが仕組んだことには間違いないが、少々手の込んだ物語となっている。

 魔王を倒すには、同じ仮面の男が持つ得物が必要という設定。

 しかも仮面をつけたまま奪わなければ、本当かどうかは怪しいが、その効力を失うそうだ。

 そして相手が仮面を取ると知った顔となれば、『試練』と呼ぶには十分な要素だろう。


 なんてことを過去の自分に課すんだ、とボスに苦言を唱えたくなる。

 その一方、ノーラに仮面を義務付けたのは俺が戦い易くするためでもあったのだ。

 もしあの時の相手が予めノーラと知れば、俺の行動に変化があったのかもしれない。

 今となってはもう、どうでもいい話なのだが。


 何故ノーラが魔王討伐に加担しているのかというと、先ず『魔王』と言うからには俺に再会できる可能性があったこと。

 可能性どころか思いっきり関係しているが、それについては何とも言えまい。


 今や冒険が彼女達の稼業となっている。

 ということはボスの目差すあの計画は、何だかんだ言いつつも、着々と進んでいるのだろう。

 新たに魔王とされる人物には少し妬けるが、少なくともボスが一人ではないのなら、喜んで彼女を任せることにしよう。


 ノーラは冒険者となったが、仲間としてサミエとリンデが加わっている。

 リンデはともかくとして、どう考えてもサミエは戦闘向きではない。

 俺はこのことをノーラに問うと、返ってきた答えはこうだ。


「先生、もしかして知らないのですか?」


 どうやら俺のすっ飛ばした数年間に何かがあったらしい。


「何をだ?」


 俺の更なる質問に対して、彼女はおもむろに手をかざし、何やら念じ始めた。

 するとそこから炎のようなものが現れ、勢い良く飛んでいく。

 確かに俺はそんな現象のことは全く知らない。


「魔法ですよ」


 どうやらボスは、またややこしい設定を組み込んだようだ。

 占い師としてではなく、サミエはこの分野の専門家でもあるらしい。

 今や剣士の後方支援には欠かせない存在で、サミエは彼女達の司令塔として活躍中とのこと。

 魔法云々に関してはどうとも判断しかねるが、彼女が三人のまとめ役だということは何となく納得した。

 少なくとも、あの破れかぶれの統率力は確かに恐るべきものがあったのだから。



「ところで、俺の左腕はどこにいった?」


 俺の出血を抑えたのもきっと、その魔法あってのことだろう。

 そう考えていると、切り離された生身の部分が気になった。

 俺はもう腕としての役割に期待はしないが、そのまま捨てておくには忍びなかった。


「それなんですが、御免なさい。あの大きな裂け目に落ちてしまいました」


 ノーラは済まなそうに肩を落としたが、俺はそれで正解だと思った。


「それなら、それでいいさ」


 俺が実際に剣を葬った墓場であれば何の問題もない。


 あの時俺は本当に自分の左腕を捨てたつもりでいた。

 多少回り道になってしまったが、ただ、それが心身ともに現実になっただけの話なのだから。


 これは伝説にするには過ぎた、ただの物語。



「でも、私には先生に話さなければならないことがあります」


 そう、彼女には未だ俺に告白するべきことがある。

 しかしそれを既に知る俺には、多少インチキ臭いが、聞く気がない。


「で、俺はこれからどうなるんだ?」


 俺は急に話題を変えるが、当然その展開を読めないノーラはついてこれない。

 そこで俺は少し解り易く続ける。


「一生、囚われの身というところか?」


 彼女にそのつもりはないだろうが、彼女が冒険者なら元魔王を放置するわけにはいかないだろう。


「そうですね」


 彼女はそう答えるが、俺は驚かない。

 俺が剣士としての信条をあらゆる犠牲を払って重んじたように、彼女達にも冒険者として譲れない何かがある。

 だからこそ俺と知っても斬れたのだ。


「確かそんな約束してもらってましたよね?」


 しかしながら、ノーラには彼女自身の思惑があったことを忘れていた。

 あれは健気な少女が魔王となった俺に持ちかけた精一杯の取引。

 そして時は経ったが間違いなく、彼女は俺の剣士としての未練を断ち切った。

 だから俺はその願いを叶えなくてはならない。


 しかし彼女はどこまで本気なのだか。

 今の俺は明らかに彼女には似つかわしくないのだから。


 そんな及び腰の俺の右腕を取り、彼女は自分の腕を絡める。

 小刻みに横へと腰を摺り寄せるのはどうかと思うが、囚われた身の上としては上等過ぎる部類の扱い。

 あえて藪の蛇を突くことは野暮でもあろう。


「一生面倒みますから、覚悟して下さい!」


 そんな彼女の満足そうな笑顔を見て悪い気はしないが、ここで剣を捨てたあの日のことを再び思い出す。

 確か自棄になっていて、あまり褒められた志しではないが、それも悪くないと思っていた自分がいたのだ。

 しかし普段の生活もままならないだろう今は、当分それに甘んじるしかないのだろう。




 こうして俺は剣士廃業、ヒモとなったのである。





                            終







※物語をここで終わらせたい方はこれ以上読まないで下さい。

 以下、幻の(?)第46話となります。





第46話『また続く茶番』



 俺達は、そのまま霊峰を下ることにした。

 ノーラが腕を放してくれないのだが、身体の一部を失った俺の状態も心配だったのだろう。

 よって自然と俺達の足取りは遅くなる。


 下山の途中、俺がかつて修練に励んだ森や林、荒行を積んだ滝、そして棲家としていた洞窟等を通り過ぎる。

 その都度、俺は彼女に当時のことを語った。

 熊と遭遇して数時間睨みあった話、流木が直撃しそうになった話、蝙蝠の羽根は意外と旨かった話、等々。

 あまり面白くなかったかもしれないが、彼女は一々微笑みながら相槌を打ってくれる。


 ここは秘境だけあって、まるで世界には彼女と俺しかいないように思えてしまう一時だった。


 俺の昔話も尽きようとしているところ、二つの人影が見えてきた。

 察するにサミエとリンデの二人、彼女達はノーラの『試練』が終わるまで待機していたのだろう。

 二人とも健在で何よりであるが、これで女三人揃うこととなった。


 もし彼女達が望むのであれば、俺が以前サミエに告げた通り、また家族のような暮らしをさせてもらうとする。

 しかし彼女達が冒険稼業に勤しむのであれば、今の俺は足手まといになるだけなのかもしれない。

 もはや自分の身すら守れないのだから。


 そんな俺の憂鬱をよそに、ノーラは俺の腕を放して、向こうにいる冒険仲間に手を振ってみせた。


「サミエさぁん!リンデさぁん!見て見て、先生ですよ!」


 恐らく思いもしなかったことに戸惑う二人、そんな彼女達に向かってノーラは駆け出していった。

 そして両手に彼女達の腕を取って、再び俺の元に駆け寄ろうとする。

 相変わらずの姉妹ぶりは微笑ましかったが、俺は一体どう二人に接すればいいのだろうか。

 彼女達にもそれぞれ俺に対する様々な想いがあるのだから。


 それぞれ鉄拳や平手打ちくらいで済めばいいのだが。



 覚悟を決めようとしていたその時、俺の目の前は真っ暗となる。


「ふはははは、愛しい男を返して欲しくば、この私を倒すことだな!」


 そして野太い声が響いたが、何となく聞いたことがある台詞だった。

 俺の知る限り、こんないかにもな文句を考えられるのは一人しかいない。

 そう決め付けると同時に俺の視界が開けた。


 なんとそこは見覚えのある地下通路。


 そしてかつて上司としていた女性もそこにいた。


 あれから五年くらい経っているのだとしても、彼女は全く変わりがなかった。

 これくらいの年齢になると五年とかいう月日は、悪い意味で変化が訪れるが、彼女はそれをも感じさせなかった。

 そんな不老不死ぶりも今更といえば今更なのだが。


「ほら、早く来なさい。あなたにはやってもらうことがあるわ」


 ボスは俺と再会したことを当然のごとく、挨拶もなしに話を進めた。


「確か、俺はクビになったんだろう?」


 彼女はどうか知れないが、俺は彼女とほんの数時間前に話をしていたのである。

 俺にとっては久しぶりでも何でもないのだが、彼女の態度に嫌味の一つくらいは言ってやりたかった。


「なら、その左腕の再生が報酬よ!」


 前と同じような展開であることは、もはや笑い話。

 詳細と同様に俺の肯否すら省略されたが、やぶさかではない。

 俺も丁度、腕の欠損で劣等感を抱いていたところなのだから。


「だが、あの刀もないし、もはや俺は剣士ですらないぞ?」


 だからといって俺はもう剣の道には戻れない。

 もう剣士としての魂は、元の左腕と共に消え去ったのだから。


「それはもういいから、急いで魔法を覚えて頂戴!」


 魔法とは、先程見たあの炎の類いのことであろうか。


「覚えろったって、そもそも一体何をさせようってんだ?」


 果たして俺に出来るのか、という以前に疑問はある。


「魔王に決まっているでしょ?他に人手がないのよ!」


 まさかとは思ったが、まだ魔王候補は不在だったようだ。

 恐らく存在しているように見せかけていただけなのだろう。

 先程俺をさらった際の声も然り。


 ボスは結局この数年間、たった一人だったのだろうか。

 彼女に色々言いたいことはあるが、今は只ひとつ。



「短髪のあんたも綺麗だったぜ?」



 俺の前を進む彼女は無口のままだった。


 多分俺は、どのノーラに対しても、自発的にこんな言葉を掛けたことはない。

 これは一番年上であるノーラ、つまり目の前のボスにとっても初めてのことかもしれない。


 そんな彼女が今どんな顔をしているかは、残念ながら、本人以外誰もわからないだろう。





 兎に角こうして俺は、……マジでまた魔王やんのかよ?!







                      今度こそ、お、し、ま、い




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