執念の右腕
俺は前方に突進をしかけ、ワイルもまた俺に向かっていた。
この流れではどちらかの、もしくはお互いの、攻撃がまともに入ると致命傷は避けられない。
俺はそれを恐れてのことではないが、まともにぶち当たるつもりはなかった。
その勢いのまま体を右に捻って進行方向に歯止めをかけるように左足で地面を滑る。
その足で彼の顔面目掛けて目潰しをしかける様に砂を飛ばす。
そしてそのまま後ろへ跳んで相手が怯むだろうところに薙ぎ払いを叩き込む算段であった。
しかしながら考えていたことは彼も同じ。
同じ動きなのだが、利き腕が違う分お互い鏡を見ているかのようだった。
もし利き手が同じであれば、二人の動きは線対称ではなく、点対称を描いただろう。
俺たちは互いの肩を合わせるような体勢となっていた。
蹴った砂と砂のぶつかり合う微かな音だけが響く。
「いきなり目潰しとは、アジなマネしてくれるよな!」
汚いとも言われがちであるが、これも戦場を知る者には立派な手段。
剣術とは少し違うかもしれないが、体捌きも重要な戦術。
それにこの程度で終わるのであれば、所詮最初から相手にはならない。
ワイルもそれを承知のこと、その口元が少し緩んでいる。
「お前もな。お互い、鈍ってなくて何よりだ!」
俺もほくそ笑みながら返答した。
ここでの『鈍ってない』とは戦法はもちろんだが、最終確認の意味もあっただろう。
決闘開始前のやりとりにおいて、お互い口先だけではなかったと。
そしてこれこそが俺の求めていた戦いであり、命を落とそうとも悔いはない。
お互いに利き手側の肩が封じられる体勢となったので、得物を振るうことは出来ない。
ここは鍔迫り合いならぬ肩迫り合いといったところだろうか、肩で押し合っての均衡となった。
このまま続けるのであれば明らかに俺の不利。
それだけ体格の差があるのだ。
そこで俺は一気に自分の肩を引き、相手をその勢いのまま進行させる。
同時に右肩を外側にして後ろへ身体をひねって相手と背中合わせとなる。
そのまま身体の回転を止めず、今度は右肩を軸として、外回りとなった利き腕から薙ぎ払いを繰り出す。
しかし相手はそのまま前のめりとなっていたので、俺の刀は届かずに空を切った。
相手が体勢を立て直そうとしたところに攻撃を加えるつもりだったが、ワイルはわざと勢いを殺さず流れに身を任せたのだ。
これは対熟練者用の戦術であって、相手が素人である程かわされる確立が上がる。
例えかわされたとしても、相手が体勢を崩したところを追撃すればいいだけ。
それでもワイルはただ前のめりになったのではなく、歩幅を大きく取って距離をあけたのである。
そのまま彼は、俺が空振った刀を返す暇を与えず、峰の部分を後押しするように一振り加えた。
その作用で俺の利き腕が伸びてしまい体制を崩しそうになる。
ここで一つの可能性が浮かぶ。
もし彼が俺と同じ戦法なら、このまま勢いを止めては相手の思う壺かもしれない。
そこで俺は身体をそのまま回転させ、力に乗った刀をもう一度横に払った。
もし相手が追撃を考えていたのでは、何らかの手ごたえがあるはず。
それがないということは彼も迂闊には手を出さなかったのだろう。
どうやら刀の峰へと一撃くれながら後ろへ跳んでいたようだ。
そしてまた、お互い間合いを取ることとなる。
「ふぅ、怖いよ?怖いよ?」
彼はおどけたようにそう言ってみせ、そして嬉しそうに続ける。
「さっきので得物を放さなかったところ、左腕は本当に戻ったということだよな?」
確かに彼の言うように、その一撃は俺の刀が飛ばされてもおかしくない位、力強いものであった。
腕が完全に復活していなければ、そこで勝負がついていただろう。
「ああ、お陰様でな。だがそんな俺に二度も空振りさせる、お前も大したものだよ」
やはりワイルは、俺がこれまで戦ってきた中では一番手ごわい。
「剣聖に、いや魔王にそう言ってもらえるとはよ」
俺が魔王だとすると、それと対等に渡り合う彼も人離れしている。
さしずめ勇者といったところか。
それから俺達は互いの動きを読みつつ、決定打は放てずとも直撃と紙一重の攻防を繰り返すこととなった。
それぞれの装備に一つ、又一つと傷がついていく。
俺にはそんな緊張感が麻薬にも思え、その甘美な快感に溺れていたのかもしれない。
その一方で感覚は研ぎ澄まされ、ワイルの動きが妙に遅く感じる。
それでも勝負がつかないということは、恐らく彼も同じ次元にいるのだろう。
俺はそんな快楽にずっと浸っていたかった。
このまま時が止まればいいとさえ願ってしまう。
俺はこの瞬間の為に、いわば悪魔に魂を売ったのだから。
しかし何事にも終りはある。
燃える家屋の炎が下火になっているように、決着の時はやってくるのだ。
時間にしてどれくらい経ったのだろうか、感慨無量における麻薬効果も途切れつつあった。
俺とワイルは一旦互いから離れて、呼吸を整えていた。
麻薬が切れると、待っているのはその反動。
これ以上体が動かないような疲労感に襲われる。
ここからは自分とも戦わなくてはならない。
先に呼吸を正したのはワイルだった。
彼が剣術指南役としてどれだけ慣らしたかは知らないが、魔王となった俺の方が期間的に短いのだろう。
どうやらそこで差がついてしまったようだ。
彼は俺にこれ以上休む暇を与えまいと、息の根を止める勢いで迫って来る。
俺は別にここで死んだとしても悔いはない。
ここまでの戦いが出来れば本望であるからだ。
後は止めを刺されれば、この高揚した気分のまま終われる。
しかしながら俺の本能はそれを拒絶した。
そして思考も正常に働いている。
俺は、相手が自分の間合いに入る直前に刀を横に払った。
それはタイミングとしては早過ぎたので、ワイルは一瞬足を止めることで悠々とかわす。
そして俺が刀を振り切ったところを仕留めるつもりでいる、上段の構えだ。
俺が直ぐに刀を返しても対応できないが、それは普通に考えればの話。
刀は振り切られる前に、俺の左手から放れて宙を舞う。
俺は左足を開きながら、そこに重心を移行する。
振り切ろうとしていた左腕の作用で捻った腰、そこに神経を集中させる。
そこから下半身の逆回転運動で遠心力のかかった右腕、その手で刀を取る。
そして、がら空きになった彼のわき腹へと。
-----咆哮のような一撃を叩き込んだ-----
ワイルはうめき声と共に地面へ沈んでいく。
そのまま起き上がることなく。
それでも彼が死ぬことはないだろう。
なぜなら咄嗟に左手から右へと持ち替えたことにより、峰討ちとなっていたからである。
アバラの二、三本はいってると思われるが、普段身体を鍛えているだろうから気絶だけで済んでいる。
一般人だと、そのままあの世行きだったかもしれない。
ワイルの最後の一撃は俺には届かなかった。
俺の左攻撃をかわした時に勢いを殺してしまったこと、それと俺が右攻撃を加えた時の体勢移行によって遮られたのだ。
それともう一つ留意しなければならないことがある、俺の右腕のことだ。
俺の知る限り、この右腕はあんな荒業が出来るような状態ではない。
あの時、宙に浮いた得物に触ることは出来ても瞬時に握ることは不可能だったはず。
それを可能としたのも、この刀の力である。
この右腕の障害も言ってみれば、左腕に負った傷のようなもの。
刀を取ったことで左が正常に動くのであれば、右も然りであると考えた。
それが見事に的中したのである。
その考えを起こしてくれたのは、今、目の前にいる人物。
倒れている戦友ではなく、俺達の決闘を見届けていたもう一人。




