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またせたな!

「う、うわぁ! お、鬼だ、鬼が出たぞ!」


 突然、周りの男達が大騒ぎし始めた。

 それもその筈、俺を囲むようにして鬼が数匹、何の前触れもなく現れたのである。

 ボスが召喚した初対面を思い起こすと、俺もあのように取り乱すはずだったのだ。


「そ、そんな馬鹿な!お、鬼が迷宮から出られるなんて話、聞いたことないぞ!」


 カーシは必死に何かを訴えかけるが、それはただ空しく響くだけだった。


 ボスは間に合わないとは言っていたが、俺を弄る為の方便で、決して諦めていたわけではない。

 俺が時間を稼いでいる間にも、せっせと最終段階の調整を進めていたのだ。


 迷宮の鬼達よりも角が大きめであったが、それが波長を伝達する媒体なのだろう。

 ようやく遠隔操作の目処がついたようだ。

 時間ギリギリの登場であったことから、恐らくこれ以上の頭数は望めない。

 まともに戦っても無傷では済まないだろう。

 ここは再び俺の口八丁の見せ所である。


「お宅等の魔王ってのはその程度の認識なのか?言っておくが、鬼はまだまだ現れるぜ!」


 俺は周りに向かってそう言い放つ。


「じょ、冗談じゃないぜ!」


 すると冒険者達は、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 やはり瞬間移動という常識破りが、更に恐怖をかきたてたのだろう。

 俺だってそんな敵であれば、絶対相手にしたくない。


「おい、待て、お前等! 逃げるならせめて俺達の財産を運べ!」


 その中にカーシの息子の声があった。

 相変わらずのボンボンぶりであったのは見事と表現しておこう。

 当然彼の言葉に耳を傾ける者はおらず、彼もまたその喧騒に紛れて姿を消した。

 カーシの姿は確認されなかったが、彼も同じく逃げたのだろうか。


 もともと奴自身を亡き者にする遠征ではないので、俺はもぬけとなった屋敷に颯爽と足を踏み入れた。

 また歯向かってくるのなら、何度でも痛い目に遭ってもらうだけのこと。

 今回はこの建物ごと奴の財産を灰にしてしまえば、それでいい。

 俺が言えた義理ではないが、これがノーラへの手向けだ。


 その前にボスの用事を済ませておかなくてはならない。

 彼女の指定する部屋へ向かい、とある物を奪取せよという指令である。


 何故か彼女はこの屋敷の構造を熟知していたが、今更何も言うまい。

 彼女が示した通りの部屋に辿りつくと、俺は数ある本棚の一つに視線を向ける。

 二重になっている本棚の奥が扉になっているのだ。

 書斎にしては小さいと思っていたが、奥の間と合わせるとそれらしい広さになるのだろう。

 扉を開けると、財産が詰まっているだろう木箱がいくつも並べられていた。


 そして持ち主がその傍らに立ちすくんでいる。


「な、な、なぜこの隠し部屋を知っている?む、息子ですら知らぬというのに!」


 そう喚くカーシは、今まで見たことが無いくらい驚愕の表情だった。

 奴の息子も知らぬとは、責めはしないが、何だか寂しい気持ちになる。

 彼も俺と同類なのだろう、人間的に欠陥があるという意味で。


 ボスの目的は直ぐに知れた、というのも彼自身がそれを両腕で抱えていたからである。


「さて、その黒い箱、こちらに渡してもらおうか?」


 それが彼女の所望する代物であった。

 他の財宝とは違って、直ぐに持ち出せるように取っ手が付いている。

 非常の際にと用意してあったのだろう。


「こ、これだけは死んでも渡さんぞ!」


 先程から感付いていたが、彼はもう普段のような優雅を気取る話し方ではなくなっていた。

 もう余裕もへったくれもないのだろう。

 それにその方がまどろっこしくなくて、俺の耳には優しかった。

 奴の妙な丁寧さは不快に響くのだ。


「じゃあ、もう死んでくれ。また口論なんて流れは、もう沢山だからな」


 彼を殺す目的ではなかったが、俺は抜いた刀を振り上げた。

 このまま振り下ろしてもよかったが、得物が勿体無いような気もする。


「まて、まってくれ!この箱の中身はお前には全く価値のないものだ。他の物なら好きなだけ持って行っても構わない。だから……」


 それはカーシにとっては命よりも大事な代物なのだろうか。

 逃げずに回収してきたとすれば、それだけの価値があるのだろうが。


「残念だが、俺がそれを欲しているわけじゃないんでね」


 長くなりそうな奴の懇願だったので、話の流れは第三者の存在に委ねた。


「で、では一体誰が……」



「俺が魔王ってのなら、大魔王様ってところだ」


「そ、そんな嘘に騙されるものか!」


「俺は嘘でも一向に構わないがな?」


 俺はこれ以上のお喋りは無用と凄みを利かせる。


「く、くそっ!持って行け!」


 彼は投槍にそう答えて、その黒い箱も俺の足元目掛けて投げつけた。


「確かに貰い受けた。それじゃ一応確認させてもらうぜ?」


 俺は受け取った箱をその場で開ける。

 そこには多数の書類がまとめられていた。


「えーっと、何々、借用書?」


 俺がその一部を取り出すと、そこにはサミエの名前があった。

 これを形に彼女はカーシに顎で使われているのだろう。

 こんな紙切れでも、それなりの価値はある。

 重たい貴金属を持ち歩くよりずっと手ごろだ。


 勿論俺が探しているのはこれではない。

 そう思って更に箱の中身を探ってみると、一番奥に金属の塊が隠されていた。

 それは今まで見たことのないような…、いやある、俺が持つ刀の刃が同じ輝きをしている。


「なるほどね」


 俺はその拳大の楕円型金属を手にして呟いた。



「お、お前にその価値がわかるのか?」


 彼はそう問うが、俺としても同じ質問を投げかけたい気分ではあった。


「お、教えてくれ、一体それには何が隠されている?」


 奴はその金属に何らかの秘密があることに気付いている。

 それならばボスがこれを目的としていたことも合点がいく。


「おっと、言い忘れていたが、屋敷を出るなら早くした方がいいぜ?」


 俺としてはこれ以上、カーシの質問を受け付ける理由も時間もない。


「ここはもうすぐ炎に包まれることになる」


 今頃鬼達が屋敷に火を放っている頃合なのだ。


「お、おのれぇ、この人でなしが!」


 奴はそう叫びながらも、財産の一部を持って逃げようと他の箱をあさり始めた。

 彼は俺を人でなしと言ったが、それは決して間違いではない。

 何度も述べるようだが、俺は魔王なのだから。



 俺が外に出た時には、すでに炎は全体に広がり始めていた。

 この建物には、材木が思ったよりも多用されているのだろう。

 木を燃した際に起こる独特の弾ける音がそこいら中に響き渡る。


 完全に火の手が回る前に、カーシが急いで避難していくのが覗えた。

 俺と顔を合わすことを避けた為か、建物の裏手の方から出て行ったようだ。

 先に逃げた雇われ人達と合流する為に同じ方角を選んだのであろう。

 あの様子ではろくな財産が回収できていまい。


 財産といえば確か俺は回収物の中にサミエに関する書類を持っていた筈。

 これをここで燃してしまえば、彼女は晴れて自由の身である。

 彼女の性格からすると納得しないかもしれないが、それはもう俺の知るところではない。

 そして他の書類も持っていても仕方がないので、一緒に処分することにした。

 見る人から見れば俺は救世主にも映るのだろうが、これは魔王らしいただの気まぐれにすぎないのだ。


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