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魔王の研修

 そのまま俺は、この迷宮を根城として鬼達の頂点に君臨した。


 最深部ではないようだが、ある程度入り口から遠くて広い空間、そこには既に魔王の玉座があった。

 迷宮の石壁には変化はなかったが、その空間は謁見の間を彷彿させるような造り。

 ご丁寧に下々を見下せるような段差もあり、赤い絨毯も敷かれている。


 それはそれとして、俺はそんな装飾を施した彼女に質問する。


「俺が魔王になっちまったら、ボスはどうするんだ?」


 ある意味俺がその立場を奪ってしまったことで、今後の彼女の立ち振る舞いが気になっていた。

 まさかそのままトンズラというわけではないだろうが。


「心配しなくても私はあくまで道祖神に仕える巫女よ。もともと私は表舞台に出るつもりはないわ。他にも色々とするべきことがあるのよ」


 さしずめ俺は、雇われ店長ならぬ雇われ魔王といったところ。

 この魔王の間の建造も、そのするべきことに入っていたのかどうかは置いておく。


「とりあえず、あなたは挑戦者相手に剣士としての勘をとり戻しなさい」


 確かに俺は腕の力を取り戻せたとしても、剣術にはかなりの空白があった。

 手始めにそんな奴等を相手にするのが理想なのかもしれない。

 これまでの方針通り、なるべく死人は出さないよう俺は言いつけられた。

 元剣聖の魔王と知れば、それだけでも挑戦者の数は減るだろう。


 単に彼等を相手にするだけなら、別に魔王を名乗る必要はない。

 しかしそれには理由があり、鬼達の制御は俺自身がしなければならない。


 基本的に鬼は、何も指示がなければ刷り込み済みの行動をとる。

 これまではそれだけで事足りていたのだが、これからはそうもいかない。

 魔王という新しい概念の投入により、彼らの動きにも臨機応変さが必要となるのだ。

 時には挑戦者を魔王の間まで誘導させたり、時には特定地点を鉄壁の防御で固めたり、彼等の行動を管理しなければ俺は何時までたっても戦闘に参加出来ないのである。


 彼等の操作は魔王の玉座で行なわれる。

 最初は面倒だと思ったが、いざやってみると考えが変わった。

 はっきり言ってこれは面白い。


 俺が玉座に着くと、何もない目の前の空間に様々な色や形の光が浮かび上がる。

 迷宮の地図が一瞬にして描かれ、鬼達の配置や侵入者達の存在等、それらが視覚的に時間差なしで投影される。

 それだけではなく、特定した鬼が見たままの映像も映し出され、そのまま自分が動いているように操作も出来るのだ。

 使用者の目の動きと脳波を読み取る仕掛けなので、ただ座って映像を見ているだけでいいらしい。


 俺の左腕が実際に機能しているのは確かに驚きなのだが、そんなことすら当然に思える程、彼女の持つ魔法は計り知れない。

 彼女は魔法ではなく科学と訂正するが、俺にとってはその二つに確たる差はないのである。

 しかしそれらが例え魔法の一言で片付けられても、俺が思っていた魔法の概念を遥かに超える技術であることに違いはない。

 そんな世界と関わりを持つ俺も、ある意味、人とはかけ離れた存在なのだろう。



 

 俺が魔王として降臨してから何故か挑戦者が全く来なくなり、俺は鬼共の相手をするしかなかった。

 暇に感けて集中するがあまり、俺は剣士というより鬼を束ねる軍団長として秀でてしまったかもしれない。


「あら、意外に余裕そうね?」


 俺が玉座で仮眠をとっていると、そんなボスの声が聞こえてきた。

 魔王がこの有様では、そう思われても仕方がない。


「ああ、鬼の操作に熱中して、寝るのも惜しいぐらいだよ」


 一応サボってないことを強調しながら、俺は目を擦る。


「気をつけることね」


 確かに挑戦者が来ていたとすると、俺の命はなかっただろう。

 しかし彼女の論点はそこではなかった。


「文献によれば、これによく似た環境が多くの人をダメにしたそうよ」


 彼女の話では、隔離された暗い空間で特定のことに没頭すると、人間関係をはじめ他の事が嫌になるそうだ。

 確かに剣の方が疎かになっているという意味では、彼女は正しい。

 しかし最近地震が一度起こったくらいで、他には何も報告することがない、そんな毎日だったのである。


「そう言われても、魔王になってからは誰も来てないぜ?」


 ボスの話によると、俺が鬼と関係があったことが発覚してから、一時的に迷宮への出入りが規制されていたらしい。

 街全体の住人が今後の方針を話し合っていたとのこと。

 街を形成する発端となった者が鬼とつるんでいた、そう考えれば無理のないことである。


 その会合を指揮していたのは、街の発展には全く興味を示していなかった、あのカーシであった。

 それはそれで皮肉な話であるが、これではっきりしたことはある。

 例の拉致事件の裏にはやはり奴が噛んでいたらしく、奴を中心として俺の悪事の噂が広がったとのこと。


 ノーラ自身は知らずに協力していたとして、俺の予想通り非難の対象となることはなく、逆に同情を買うまでに至ったようだ。

 その後の女三人の関係は分からないが、カーシがそのままノーラを保護したのだろう。


 そうして奴の思い通りになったことは正直癪である。

 しかしノーラがどういう選択をしても、それは最早俺の関与するとことではない。

 彼女にはもう、己の生き方を自分で決めるだけの力はあるのだから。


「それから地震のことだけど、あれは私が仕掛けたわ」


 普通に考えれば信じられない彼女の自白だったが、今の俺は何でも信じてしまう。

 彼女がそう言うのなら、そうなのだろう。


「実は彼等、集団を募って一気に迷宮の制覇を目論んでいたのよ」


 それは俺も前々から想定はしていた。

 もし俺が迷宮を攻略するとすれば、その戦法が一番効果的だと思われるからだ。

 しかしそれはあくまで迷宮攻略という目的ならではの話である。


 財宝が眠るという餌があるからこそ少人数で一攫千金を狙う、それ故に誰もそこまで実行しなかった。

 そんな連中をまとめてしまう財力を持つ輩は、迷宮封鎖にまで踏み切った、カーシ本人なのだろう。


「それで、あの地震とどんな関係があると?」


 それでは問題を先延ばししただけで、根本的な解決にはなっていない。


「迷宮は地盤沈下の恐れがあると警告したの。すると、大人数を投入することは不可能だという結論に至ったところよ」


 しかしながら流石はボスといったところか、ぬかりはない。

 巫女としての仕事も、ある意味ちゃんとこなしている。

 勿論誰の為かは言うまでもないだろうが。


「ということは、まだ当分待たなきゃならないってことか」


 計画が中止となったということは、つまりそういうことである。

 俺は溜息混じりに、独り言のように呟いた。


「それでいいのよ」



「待たされる身にもなれっての」


 彼女のお気楽な台詞に文句をつけたが、逆切れのように返ってくる。


「何を言っているの?魔王は絶えず待たされる存在なのよ」


 彼女は一体どこの世界の話をしているのだろうか。

 俺が思っている魔王のイメージとは多少違う。

 それもやはり、また例の過去の文献からなのだろうか。


「待ちくたびれたからといって、地団駄を踏んじゃ駄目よ。それこそ足元が危ないわ」


 絶句した俺に追い討ちをかけるように彼女は続けた。


「おいおい、あれは方便だったんじゃないのか?」


 それでは迷宮内での戦闘も危ういということだ。


「冗談よ」


 彼女は笑ってその場から去って行った。



 タイミングを失ってしまったが、俺はまだ彼女に訊きたいことがあった。

 それはノーラと鬼の関連についてである。

 何故あのようなことが起きたのだろうか。


 色々な考えが錯綜したが、今となってはボスの策略だった可能性すら否めない。

 たとえそうだとしても恨むつもりもないし、恨み言と解釈されてもつまらない。

 その気になれば何時でも訊けるのだと、俺は謎を保留することに決め込んだ。


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