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異世界の魔法

 異世界に召喚されてから三日目の早朝、真羅は自室付近の廊下を歩いていた。外はまだ薄暗く、本来ならばまだ寝ているはずの時間帯だが、ユキに叩き起こされてしまったのだ。


「まったく、これだから夜行性は」


 真羅は眠たそうに目を擦りながら愚痴を吐いていた。

 ユキは使い魔だが、普通のハムスターと同じ夜行性なのだ。そのため、夜間に城の探索をしていたユキは、まだ日が昇る前に部屋に戻って来て、真羅を起こしてしまったのだ。


「図書室はこっちだったか?」


 真羅は先ほどユキから場所を聞いた、この城の図書室に向かっていた。この世界についての情報を一番手っ取り早く入手するには、この国で最も多く書物が集められている宮殿の図書室が最適なのだ。

 

 真羅が欠伸をしながら歩いていると、廊下の曲がり角から一人の男が現れた。


「おや? 貴方はたしか……召喚された救世主の方ですな?」


 男は四十代後半か五十代前半ぐらいの歳で、身なりは良いが髪には白髪が混じっている。こんな時間に城を出入りしていることから、恐らく、この国の貴族だろう。


(こいつ……どっかで見たことがあるような……まあ、どうでもいいか)


 真羅はどこかで彼を見たことがあるような気がしたが、すぐに興味を失い考えるのをやめた。


「ええ、そうです」


 真羅は無視して図書室に向かおうと思ったが、さすがにそれはまずいかと思い直し、普通に答えることにした。


「おお。貴方が……失礼、申し遅れました。私はサイト・クーランと申します」


 サイトと名乗った男は、愛想の良い笑みを浮かべたが、目は笑っていなかった。彼の瞳の奥には、目の前にいる救世主にどれだけの利用価値があるか、どうすれば自らの利にできるか、という欲が見え隠れしている。

 本人は隠しているつもりだろうが、真羅には筒抜けだった。


「私は真羅(しんら)を申します」


 取り敢えず、真羅も名乗ることにした。召喚された者の名前は、上級貴族たちには既に伝わっているので、ここで嘘をついてもすぐにバレるだろう。


「なに?……シンラだと?」


 真羅の名を知ると、サイトは急に表情を変えた。


「シンラ……そうか……貴様が無能の……」


 サイトはさっきまでの友好的な笑みと違い、見下したような嘲笑を浮かべた。


「ふっ。そうか、君が無属性の救世主か?」


 サイトは小馬鹿にするように嘲りながら言った。

 真羅は彼に対して全く興味がないので、一切表情を変えずにいたが、この言葉に昨夜のことを思い出した。


(……ああ、そうだ。こいつは、昨日俺を処分しろとかほざいてた奴だ)


 真羅の思い出した通り、このサイトという男は昨夜、カルストフに真羅を処分するように言った貴族である。真羅は彼が自身にとって何か害になるようなら、早めに処分(・・)しようと思っていたが、カルストフに止められていたので、何も仕掛けてはこないだろうと思い、すっかり彼の存在を忘れていたのだ。

 まあ、彼も自分が観察されていたなど、夢にも思っていないだろうが。


「ええ。私は無属性でしたよ」


 真羅はそのことに関しては、微塵も気にしていないので正直に認めた。


「ふん。随分と簡単に認めるのだな」


 サイトは真羅の返答が気に入らなかったのか、懐からタバコを取り出した。そして、そのタバコを口に銜えると、指をタバコの先端に近づけて何かを呟き始めた。


「焔の子らよ。我が指先に集いて灯れ!」


 ――魔術だ。

 真羅すぐに彼が呟いたのが魔術の詠唱であることに気付いた。


「――――イグニッション!」


 サイトが呪文を唱え終えると、彼の指先にライター程度の火が出現した。

 これを見た真羅は――


(……下手くそだな。魔力の制御が碌にできてないし、術式も綻んでる)


 ――呆れていた。


 着火の魔術(イグニッション)は向こうの世界にもある基礎的な魔術で、魔術師ならほとんどの者が使える簡単な魔術だ。そんな簡単な魔術なのに、この男は真面に術式を編めていない。正直、現象化しているのが不思議なくらいお粗末だ。


 そんな真羅の様子を見て、何を勘違いしたのか、サイトは得意げな顔でタバコに火を付けて口から紫煙を吐いた。


「ああ、君は魔法を初めて見るのだったな。今のは火属性の初級魔法のイグニッションというものでね……まあ、無属性の君には関係のない話だがね」


 サイトは指先の火を自慢するように見せつけてきた。

 この男は一体何を誇っているのだろうか。こんなものを見せつけて、恥ずかしくはないのだろうか。

 本来、こんなお粗末な神秘は恥じるべきでものであり、決して誇るべきものではない。

 真羅は内心で溜息をつくと、完全にこの男への興味を失った。


「ふぁ~……えっと……さ、斉藤さんでしたっけ? タバコは体に悪いのでやめた方がいいですよ」


 真羅はどうでもよさそうに欠伸をしながら言うと、体内の魔力を整えて、術式を編み、魔術を発動させた。

 真羅か起こした魔術により、周囲の大気が操られ、タバコの煙が彼の顔に集められた。


「ゴホッ、ゴホッ」


 サイトは顔の周囲に集められた副流煙を吸って噎せてしまい、懐にしまっていたタバコの箱を落としてしまう。


「大丈夫ですか?」


 真羅は全く気持ちのこもっていない声で言うと、落ちたタバコの箱を拾った。


「これ、落としましたよ?」


 真羅は手に持った箱をサイトに差し出す。


「ゴホ、ゴホッ。ああ、すまない……」


 サイトは悔しげに顔を歪ませながら箱に手を伸ばした。見下していた相手に気遣われるとは、結構な屈辱だろう。


「――ッ!?」


 箱に触れた瞬間、サイトはビクッと痙攣を起こし、目が虚ろになった。よく見ると箱には、魔法陣のようなものが描かれていたが、彼が触れた直後から徐々に薄くなっていき、最終的には完全に消えてしまった。

 真羅はその様子をほくそ笑みながら眺めていたが、魔法陣が消えると口を開いた。


「どうかしましたか? 気分が優れないのなら、ご自宅でお休みになられてはどうですか?」


 真羅は胡散臭い笑みを浮かべて、虚ろな目で立ち尽くしているサイトを気遣う素振りを見せて、手に持っていた箱を彼の懐に入れた。


「……ああ……そうさせてもらう……」


 サイトはさっきまでとは違い抑揚のない声で呟いた。


「ええ、それがいいですよ。それと、もうこれ以降、俺には関わらないでくださいね?」


「……ああ……分かった……」


 サイトはそう呟くと、虚ろな目のまま廊下を歩いて行った。

 真羅はその様子を欠伸をしながら一瞥すると、図書室に向けて再び歩き出した。


「これでもう、あの…さ…さい…斉藤とかいうのは何もしてこないだろう」


 相変わらず名前を覚えていないが、得に気にする様子もなく、真羅は先ほど拾った(・・・・・・)箱をポケットにしまう。


「さて、訓練が始まる前に済ますか」

 

 眠たげだった顔を引き締めると、真羅は廊下の奥へと消えていった。





 



 真羅が図書室で調べものを終えてから二時間ほどたった頃、勇志たちは魔法訓練場に集められていた。

 本日から魔法の訓練が始まるため、召喚された者たちは期待に満ちた表情をしていた。やはり、実際に魔法を覚えられるということは嬉しいようだ。皆、クリスチーナの説明を真剣に聞いている。

  

「――魔法を行使するには、自身の魔力を制御して術式を編み、周囲のマナを介して世界に干渉する必要があります」


 勇志たちはクリスチーナの説明を聞きながら、先ほど教わったばかりの魔力制御を実践している。しかし、まだ慣れていないため、ほとんどコントロールできていない。


「術式を編み魔法を発動させる方法は、いくつか方法がありますが、最も一般的なものは呪文の詠唱です」

 

 クリスチーナは魔杖を構えると、呪文を唱え始めた。


「――迸る紫電よ。我が貫く意思を槍と象り集え。雷閃を煌かせ、眼前に立ち塞がる敵を刺し貫け!」


 詠唱に合わせて魔力が高まり、杖の先端に術式が展開される。


「――――ライトニングスピア!」


 クリスチーナが顕言(けんげん)を唱え終えると、杖から雷閃が放たれ、訓練場に置いてある的を貫いた。

 初めて魔法を見た勇志たちは「おおっ!」と、驚愕と興奮が入り混じった声を出した。

 

 魔術を発動させる際に、呪文の詠唱で、魔術を事象・現象として顕現させるトリガーとなる言葉のことを“顕言(けんげん)”という。また、真詠唱の場合で呪文の最後の節にくる顕言は、“終言(ついげん)”という。

 そして、ある程度の技量を持ち、神秘を深く理解している術者ならば、工程を簡略化したり、無詠唱で魔術を行使できるようになる。


 呪文の簡略や無詠唱ができるようになれば、戦闘に於いて大きなアドバンテージになるで、この技術を身に付けることは魔術師にとっても重要なことだ。


「今の魔法は雷属性の中級魔法、ライトニングスピアといいます。このような魔法は、魔力制御による身体強化とは違い複雑な術式を組み上げなければいけません。魔法使いは、戦闘で下級魔法を使えるようになれば一人前とされ、中級魔法を使えるようになれば一流と認識されます」


 クリスチーナは中級魔法を軽々と行使していたので、こちらの世界では一流の部類に入るのだろう。魔法の階級は分け方は知らないが、今の魔法の術式は向こうの世界にある雷槍の魔術と似ているので、行使するには問題ないだろう。


「また、上級魔法は術式が複雑で、戦闘中に詠唱のみで発動させるのは困難なため、魔法陣を利用して魔法を行使します」


 クリスチーナはそう言うと、手に持っていた杖の先端を勇志たちの方に向けた。杖の先端には宝石が埋め込まれていて、その宝石には魔法陣が刻まれていた。


「術式の一部を魔法陣に組み込むことで、詠唱を省略して魔法を行使することができます」


 魔法陣とは、術式を文字を織り交ぜた図柄で表したもので、魔術の行使を補助したり、魔術をより強力にすることができるのだ。本来なら術式が複雑すぎて扱うことができない魔術でも、魔法陣を利用すれば行使することが可能になる。そのため、魔法陣を効果的に利用することは、魔術師にとって必須ともいえる重要なことのだ。


 魔法陣を有効に利用する方法は主に二つある。

 一つは魔法陣を肉体や道具に直接刻み込む方法で、この方法は魔術を行使する際に刻まれた魔法陣を起動させることで、魔術行使の過程を簡略化することができる。しかし、これにはデメリットもあり、魔法陣を直接体に刻むことは体に負担が掛かり、適性のない魔術を無理やり刻んでしまうと拒絶反応が起こり、最悪の場合は死に至る可能性もある。


 そして、もう一つは、術式を魔法陣にして体に定着させる方法で、この方法ならば魔導品(アーティファクト)を使わなくても魔法陣を扱うことができ、拒絶反応も防ぐことができる。だが、魔法陣は常に描かれているわけではないので、予め魔法陣に特定の条件を満たすと出現する術式を組み込み、魔術を行使する際は、詠唱などで呼び起こす必要がある。そのため、直接刻むより魔術行使の速度は遅くなってしまうのだ。

 どちらにもメリットとデメリットがあるため、状況に応じて使い分けることが大切だ。


「そして最上級魔法ですが、これを発動させるには大掛かりな儀式が必要なので、大規模な戦闘でなければまず使われないので説明は省きます」


 最上級魔法――恐らく、大魔術のことだろう。

 大魔術は、通常の魔術とは規模が違うため、並大抵の実力の者では行使することすら不可能なうえ、発動させるには大掛かりな儀式などが必要になってしまうこともあるので、戦闘中に使用するのは非常に困難なものだ。

 そのため、今の勇志たちには本当に関係ないものだろう。


「それでは、実際に魔法の使い方を教えていきます。まずは――」


 クリスチーナが魔法の使い方を説明し始めると、勇志たちは今まで以上に真剣に話を聞き始めた。


 真羅はその様子を中庭(・・)から眺めていた。不思議と誰も真羅がいないことに気付いていない。


(今朝、調べた通りだな)

 

 真羅はそんなことを思いながら、興味を失ったように明後日の方を向いた。 

 

「始めるか」


 真羅はポケットからタバコを一本取り出して口に銜えた。すると突然、タバコに火が付き紫煙が立ち上った。


「訓練サボってタバコ? ワルだねぇ~」


 後ろから声が聞こえたので振り返って見ると、詩音がジト目で睨んでいた。


「よく気付いたな」


 真羅は認識阻害の魔術を使って抜け出したのだが、詩音にはバレてしまったようだ。


「つーか、こんな初歩的な訓練したらボロが出るだろ?」


「うっ、そうだけど。でも、タバコはダメだよ。そもそも、なんで持ってるの?」


 彼女も訓練を抜け出しているためか、余り強く言えないようで、話を逸らしてきた。


「これか? 今朝、貴族の奴からパクっ……貰った」


「え? パクったの? ダメだよ、そんなことしたら」


「対処したから大丈夫だ。それに向こうから突っ掛かって来たし、変わりに学園祭で貰ったお菓子あげたから正確には等価交換だ」


「そ、そうなんだ……」


 詩音は呆れ気味に引きつった表情を浮かべる。


「そもそも、好きで吸ってるわけじゃない」


 真羅は口から魔力を流した紫煙を吐いた。そして、自身の魔力を整えると呪文を唱えた。 


『――生命(いのち)よ、芽吹け。翼を広げ、蒼穹へ羽ばたけ』


 唱えられた言葉は呪文というには短いが、この詠唱と共に術式が展開され、空中に光り輝く七色の魔法陣が浮かび上がり、魔力が込められた紫煙は、吸い込まれるように魔法陣の下に集められた。

 紫煙はそのまま魔法陣を通り抜けると、数羽の鳥に変わって空に飛び立って行った。


「疑似精霊!?」


 詩音は魔法陣から出て来た鳥を見て驚きの声を上げた。真羅はその様子を見てニヤリと笑った。


「正解。俺の疑似精霊は憑代(よりしろ)がないと、存在を長い間保てないんだ」


 神威家の固有魔術、【眷属生成】。

 この魔術は低位の疑似精霊を生み出すものだが、精霊は元々存在自体が曖昧なものため、憑代となる物がなければ数時間で消えてしまうのだ。

 

「まあ、憑代が煙だからそんなにもたないが、この王都を調べるには十分だろ」

 

「なるほど、調査用の使い魔だね」 


「ああ、召喚のせいで使い魔がいなくなったからな」


 しばらくの間、真羅は空へと飛び立った精霊たちを眺めていたが、突如何かを思い出したように、視線を訓練場に移した。


「そろそろ術の効果が切れる頃だ。適当なところで戻るか」


「そうだね。あっ! タバコはちゃんと消してね」


「ん? そうだったな」


 真羅は手に持っていたタバコを魔術で塵一つ残らず焼き尽くすと、訓練場に向かって歩き出した。


 詩音はその後を追いながら、蒼天に向かい羽ばたいて行く鳥たちを見上げる。その姿は、まるで何者にも縛られない彼の在り方を象徴しているように見えた。


 


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