訓練開始
遅くなりました。引っ越しで色々忙しかったもので。
真羅たちは属性の検査が終わると、今度は武術訓練場という所に連れていかれた。
武術訓練場は魔法訓練場とは違って、天井がなく空が見えている。壁も普通の金属で造られていて、隅には剣や槍が並べられていた。
その訓練場では、甲冑を纏った騎士たちが待っていた。そして、その中から一人の男が前に出て来た。
その男の年の頃は三十代後半ぐらいで、兜は着けておらず、髪は短く切りそろえられている。目には鋭い眼光が宿っていて、全身には強者特有の武威を纏っている。
男は真羅たちを一瞥すると口を開いた。
「待っていたぞ。君たちが召喚された救世主だな?」
「は、はい!」
勇志が緊張気味に答えた。どうやら戦闘経験のない彼でも、この男の武威を感じることができたようだ。
「そうか、君たちが……」
男は真羅たちに鋭い視線を向けてくる。それには敵意は込められていないが、真羅たちを見極めようとしていることが分かる。
「おっと、名乗るが遅れたな。私はアーセル王国騎士団団長、グラン・オリトスという者だ。陛下に君たちの戦闘の指導役に任命された。これからよろしく頼む」
グランは名乗り終えると豪快な笑みを浮かべた。話し方も今までの者と違って余り畏まっていないため、勇志たちの緊張を程良く解いてくれる。
「はい。よろしくお願いします!」
「ああ、早く一人前になれるように厳しくいくからな。しっかり覚悟しろよ?」
グランは意地の悪い笑みを浮かべながら言った。
普通、女神に選ばれた勇者にこの言動はどうかと思うが、真羅からすれば、年上に頭を下げられるのは余り気分がいいものではなかったので、こちらの方がかえって気が楽になる。
「それではまず、基礎的な武器の使い方から始めるか。そこにある武器から好きな物を選んでくれ」
グランが指差した先には、様々な武器が置かれていた。
武器は長剣や短剣から槍や斧などの様々な物があるが、刃はすべて潰されていた。恐らく練習用の物だろう。
勇志たちは言われた通り、自分の好きな武器を選んで手に取った。真羅も適当に片手用の剣を手に取ったが、何人かは武器を見て男心を刺激されたのか、選ぶのに時間がかかっていた。
「やっぱベタに長剣か? いや、大剣も捨て難い」
「サーベルやレイピアもあるな。あっ、刀はないみたいだ……ちっ」
「俺は槍だな。一回でいいから双槍を使ってみたい」
「厨二病を再発させてないで早く決めろよ……」
呆れ顔の翔大に急かされて、例の病気を再発させた者たちも武器を選び終えた。
「選び終えたな。それではまず、基礎の基礎から教えるぞ。武器を構えてみろ」
そう言ってグランは、真羅たちの前で腰の剣を抜刀して構えて見せた。周りにいた騎士たちも、それぞれの得物を構えて見せてくれた。
それを見て勇志たちは、見様見まねで武器を構える。
「あれ? なんか武器が軽くない?」
「んっ? こんな重そうなのに簡単に振れる?」
武器を構えた何人かは何か違和感を感じたようだ。
真羅も試しに軽く剣を振ってみると、同じように違和感があった。
(これは……身体能力が高くなっているのか? でも魔力ほどは上がってないな)
恐らく、真羅たちが感じた違和感は、召喚の影響で上昇した身体能力のせいだろう。
しかし、身体能力は上昇しているが、魔力ほど上がっているわけではないようだ。今の真羅たちの身体能力は、普通の人間よりは遥かに高いが常識外れというほどではないだろう。
これは、戦闘時は魔力を制御し身体強化を行って戦うことを前提にしているため、魔力の方が身体能力よりも上昇率が高いのだろう。
グランは武器を危なげに振っている勇志たちを見て苦笑いをしていた。
「君たちは英雄召喚によって身体能力が上昇しているからな。今は違和感を感じるかもしれないが、すぐに慣れるだろう」
どうやら、真羅の推測は正しかったようで、違和感の正体は急激に上昇した身体能力のようだ。
まあ、魔術師にとって身体強化など基礎中の基礎なので、違和感があろうと何の支障にもならないので、問題なく動けるのだが。
「まあ、君たちは今回が初めてだからな、慣れるまでは簡単な基礎訓練だけにしておくか」
グランがそう言って号令を出すと本格的に訓練が始まった。
訓練は基礎的な構えや武器の使い方から始まったが、訓練は進むにつれ次第に厳しさを増していった。
グランは簡単な基礎訓練などと言ったが、最終的にはとても基礎とは言えないくらい厳しいものになっていった。
どうやら本当に覚悟をする必要があるようだ……
訓練が終わると、勇志たちは完全に疲れ果ててしまいその場に倒れてしまっていた。
「ハアハア。グランさん容赦ねぇー」
「うぐっ。ヤバイ、吐きそう」
「これで基礎!? 俺、死ぬかもしれない」
「部活の練習とはレベルが違い過ぎる!」
倒れた者たちは体は動かないようだが、口だけは元気だった。
これも召喚の影響だろうか……
そんなことを考えながら真羅は、訓練場の壁に寄り掛かっていた。
真羅は若干、汗をかいていたが、呼吸は乱してはいなかった。 これくらいで、バテるような柔な鍛え方はしていない。
目を瞑って思い返せば、物心ついた頃から母にシゴかれていた日々が鮮明に浮かび上がってくる。
真羅の母は、格闘と魔術を組み合わせた独自の戦い方をする魔術師で、世界中の魔術師たちに名が知れ渡るほど、圧倒的な強さを誇っていった。
それにより、ついた二つ名は《破壊の戦姫》。
慈愛に満ちた笑顔で息子を叩きのめしてくる、トップクラスの魔術師だ。
幼い真羅に愛の鞭と称して、毎日のように拷問というのも生易しい稽古をさせてきた人物であり、真羅が今でも敵わないと思っている魔術師の一人である。
幼い頃の真羅は稽古の後、五体満足でいられることはほとんどなく、毎日のように瀕死の状態になっていた。しかし、そのおかげで、真羅はどんな状態であろうと魔術を行使できるようになったのだ。
真羅が過去の思い出(?)に浸っていると、やっと歩けるぐらいに回復した勇志が近づいて来た。
「ふぅ~。よく立ってられるね。僕なんてやっと歩けるようになったのに」
「ただの痩せ我慢だよ」
真羅は妖しげな笑みを浮かべて嘯いた。
「よく言うよ。息も乱してないのに」
やはり見破られたようだ。
まあ、騙すつもりもないので、別に特に問題ないのだが。
「体力には結構自信があるんだよ」
「本当かい? 初めて聞いたけど」
勇志がジト目を向けてきた。別に嘘はついていない。
体力に自信があるのは本当だ。伊達に拷問じみた稽古を受けていたわけではない。
「まあいいや。それよりも立ってるのが辛くなってきたよ」
「無理はしない方がいい。明日もあるみたいだからな」
どうやら勇志は無理をしていたようで、その場に座り込んでしまった。
真羅もそれに合わせて腰を下ろした。さすがに一人だけピンピンしていたら怪しまれてしまう。
「明日もかあるのか~。でもこれくらいしないと、魔王なんてものは倒せないよね」
「これでも怪しいだろ。魔王なんてどんだけ強いんだか分かんないし」
「はは。じゃあ、これくらいで音を上げるわけにはいかないね」
勇志は苦笑しながら頬を掻いた。二人は軽口をたたきながらも、現状を冷静に考えられていた。
勇志たちは本来はただの学生のため、召喚で力を得たといっても戦いには慣れていない。現状では魔王どころか、そこらへんにいる魔物にも勝てないだろう。
現実はゲームや小説ほど甘くはない。勇者に選ばれたからといっても初めから強いわけではないのだ。
「まあ、今日が最初だし、焦る必要はないだろ」
「そうだね。地道に頑張るよ」
勇志の瞳には力強い光が宿っていた。彼は現状をしっかり理解できているようだ。
正直、真羅は彼のことを不安に思っていたのだ。異世界召喚という非現実的な出来事があり、現状を把握せずに勢いだけでこの魔王討伐を請け負ってしまったのではないかと心配していたのだが、どうやら杞憂だったらしい。
真羅は勇志の瞳を見ながら安堵の表情を浮かべる。
勇志はその場の勢いだけで物事を決めてしまうような浅はかな男ではない。勇者になったからといって、調子に乗って愚かな行動はしないだろう。
しかし、
「くそ! 救世主なんだからもっと楽に強くなれないのかよ」
「俺、剣士じゃなくて魔法使いを目指すよ」
「ふっ。日頃の運動不足が祟ったぜ……(ガクッ)」
「うっ! もう限界、これ以上は無理……吐く」
「おおい! こっちに顔向けんな! 誰かバケツをー!」
他のクラスメイトたちは音を上げまくっていた。あれだけの訓練をしたのだから、音を上げても仕方ないと言えば仕方ないのだが……
しかし、真羅にはどうしても解せないことが一つあった。
「なんであいつら口だけは元気なんだ?」
結局この後、真羅の疑問が晴れることはなかった。
日は沈み、夜空には神秘的な蒼白い月が浮かんでいた。
現在、召喚された者たちは、訓練により疲れ果ててしまい、自室で眠りについていた。
そんな中、玉座の間では、クリスチーナとグランが玉座の前で跪いていた。
玉座にはこの国の王であるカルストフが腰掛けていて、隣には宰相であるローダスが立っていた。そして、跪いている二人の左右には、この国の上級貴族たちが並んでいた。
カルストフは周囲を一瞥すると口を開いた。
「揃ったな……では、勇者たちの様子について報告を始めろ」
「「はっ!」」
クリスチーナとグランは顔を上げ返事をした。
「では、私から始めさせていただきます」
クリスチーナはその鮮やかな青眼をカルストフに向けた。
「まず、召喚された勇者たちは皆、この世界の人間とは比べ物にならないほどの膨大な魔力を有しています」
「そうか。それは伝承通りだな」
カルストフは安堵の表情を浮かべた。
正直に言うと、カルストフたちは勇者たちが本当に戦力になるのか不安に思っていたのだ。
人々にとって最後の希望とも言える勇者が、実際、本当に使い物になるのか分からなかったが、これならば期待できそうだ。
「そして、彼らの中には複数属性を持つ者まもいて、特に勇者であるユウシ・アサヒナ様は四属性も持っています」
「何? 四属性だと?」
「はい。ユウシ様は火、風、雷、光の四つの属性を有しておりました」
「そうか、四属性の上に光属性まで……さすがは勇者に選ばれた者と言ったところか」
カルストフは半ば呆れ気味に呟いた。周りの貴族たちも驚きの余り言葉を失っていた。
どうやら、勇者が秘めている力は、彼が思っていた以上に強力なもののようだ。
「そして、他の救世主の皆様についてですか――――」
クリスチーナは他の召喚された救世主たちの詳細を話していった。
クリスチーナの話を聞き、周りの貴族たちから感嘆の声が上がっていた。
他の救世主たちも勇志ほどではないいが、強大な力を持っているようだ。
現在は力を使いこなせていないだけで、秘めている力は大きいのだ。
「――シオン・アマザキ殿は水、木、光の三属性でした」
「ほう。三属性のうえ光属性か。それは頼もしそうだな……」
「そして、最後にシンラ・カムイ殿ですが……」
クリスチーナは真羅の話になると、気まずそうに口を噤んでしまった。
「どうかしたのか?」
「いえ、すいません……シンラ殿ですが……彼は無属性でした」
玉座の間が急に静まり返った。
カルストフだけでなく、さっきまで上機嫌で語り合っていた貴族たちまでもが、驚愕の表情を浮かべ黙ってしまった。
「無属性だと? それはまことか?」
「はい……何度も調べましたが、彼の属性は無でした」
この言葉を聞き、我に返った貴族たちが、「バカな!」「どういうことだ?」と声を上げ始めた。
この世界では、無属性は魔法が使えない役立たずという認識がされている。
魔導が一般的に広まり、魔法が生活の一部を支えているこの世界で、魔法が使えないということは致命的なことだ。そのため、無属性の者は無能という蔑称で呼ばれ蔑まれているのだ。
「救世主に無属性などあってはならん!」
「汚らわしい。そんな者は救世主でもなんでもない。処分すべきだ」
「そうだ! 無能などこの城にいるだけで不愉快だ!」
何人かの貴族は嫌悪するように顔を露骨にしかめて罵倒していた。
貴族たちは家柄や沽券を気にするため、無属性の者を毛嫌いしている。そして中には、彼らのように異常なほど軽蔑して見下す者もいるのだ。
「――静まれ」
騒がしくなった玉座の間で、カルストフが冷たい声で一言放った。
その声は決して大きいものではなかったが、人の上に立つ者特有の覇気が込められていて、再び玉座の間が静寂に包まれる。
「無属性であろうと彼は女神に選ばれた救世主だ。不用意な発言は控えろ」
カルストフの声が響く。
まだ顔をしかめている者もいるが、自らの発言が如何に迂闊なものかを理解したようだ。
カルストフは玉座から貴族たちを一通り見渡すと、今度はグランに視線を向けた。
「グランよ。其方から彼らの様子を見てどう思った?」
グランはカルストフに問われると、跪いたまま顔を上げた。
「はっ! 彼らは急激に身体能力が上がってしまい、体に違和感を覚えているようでした」
「身体能力の上昇か……そちらも伝承通りのようだな」
カルストフは再び安堵の表情を浮かべる。
どうやら、伝承にあった、膨大な魔力と強靭な身体を得られるというのは本当だったようだ。
「はい。なので今回は、上昇した身体能力に慣れさせるための訓練を行いました」
「そうか。それで彼らの様子はどうだ?」
「はっ。今回行った訓練は、騎士団の精鋭ですら音を上げるほどのものでしたが、体を慣らすことはできたと思います」
「そ、そうか……」
カルストフは以前グランが考案し行った、騎士団の精鋭を育成するための訓練を思い出した。その訓練は、初めは簡単な基礎訓練から始まるが、段々と厳しくなっていき、最終的にはほとんどの者が付いて来ることができず中止になってしまったはずだ。
本来なら、あのレベルの訓練は初心者に行うものではないのだが、相手が勇者たちならば寧ろ適切なのかもしれない。
「それで、その訓練に耐えられた者はいたか?」
「いえ、いませんでした……ですが一人だけ余裕を感じさせる者はいました」
「ほう。そんな者がいたのか」
カルストフは関心したように微笑を浮かべた。
「して、その者は?」
そんな者は勇者しかいないだろうと、この場にいる者は皆思っていたが、その考えはすぐに裏切られる。
「シンラ・カムイ殿です」
玉座の間が再び静まり返る。この場にいる者は、先ほどとはまた違った意味で言葉を失っていた。
「シンラ殿が……それは真実か?」
「はい。私から見たところ、彼は周りに合わせるようにして訓練を行ってました。そして、他の者が限界に達し倒れたところで、彼も周りに合わせるように自然に座り込んでいました。恐らく、私以外の者は気付かなかったでしょうが……」
「そうか。其方が言うのなら間違えないのだろう」
グランはこの国で最強の武人であり、こんな場所で冗談を言うような人物ではない。そして、彼の観察眼は非常に優れている。そんな彼が言ったことなので真実だろう。
「皆の者、聞いていたか? シンラ殿は無属性だが身体能力は優れているようだぞ。彼が本当に無能かどうかを決めるには早過ぎではないか?」
カルストフは先ほど真羅を罵倒していた貴族たちを見据えた。貴族たちは返す言葉が見つからず、悔しげに顔を歪めていた。
「それに彼らはこちらの世界に来たばかりだ。まだ物事を判断するには早過ぎる。シンラ殿も含めてまだ彼らの様子を見ていく必要がある」
この言葉に先ほどの罵倒していた貴族たちは反論できずに黙り込んでしまった。
「我々は勇者たちを魔人族と戦えるように導く義務がある」
この場にいる者たちが息を呑んだ。このときのカルストフは人の上に立つ者が持つ独自の雰囲気を放っていた。
カルストフは跪いているクリスチーナとグランに視線を向けた。
「そのため、引き続き二人には勇者たちの教育を任せる」
「「はっ!」」
「他の者も異論はないな?」
カルストフは有無を言わせない威厳に満ちた声で言った。
当然、反論する者はいない。
カルストフはそれを確認すると息を吐いた。
「本日は解散とする」
この言葉に、ローダスは控えていた兵士に指示を出し扉を開けさせた。
まだ納得いかないような顔をしていた貴族もいたが、皆、大人しくこの部屋から出ていった。
だが、先ほど真羅を罵倒していた貴族の一人は、扉から廊下に出たところで不機嫌そうに呟いた。
「ふんっ! 命拾いしたな無能め……」
「お前がな」
月明りに照らされた自室で、真羅は呆れるように呟いた。
真羅の手には黒い手帳型のケースに入ったスマホがあり、耳にはスマホに繋がっているイヤホンが着けられている。傍から見れば、普通に動画を見ているように見えるが、スマホの画面に映し出されているのは現在の玉座の間の様子だった。
「まあ、邪魔してこないなら別にどうでもいいか」
真羅は興味を失ったようにスマホとイヤホンを懐にしまった。もし、あの貴族が、飽くまで真羅を処分しようとしていたのなら、その男は原因不明で命を落としていただろう。
「やっぱり団長にはバレてたか」
真羅は残念そうに呟いたが、顔は笑っていた。
「団長さん、あの中じゃ別格だったしな。しょうがないか」
真羅から見ても、グランはかなりの強者だった。どうやら、手を抜いていたのは見破られていたらしい。まあ、隠す気もなかったのでどうでもいいのだが。
「でも、俺が無属性だということは王様に伝わったな」
真羅が無属性であることを知れば、この世界の者は魔法の才能がないと勝手に決めつけてしまうはずだ。そうなれば、真羅の目論見どうり、自分が魔術師であることを知られる可能性が低くなるだろう。
「これで少しは自由に動けるな」
真羅は悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべてベッドに横になった。
窓から見える神秘的な蒼白い月は、見守るように世界を照らしていた。そんな月を眺めていると、急に眠気に襲われて段々と目蓋が重くなっていった。
しばらくすると、真羅は穏やかな寝息をたてて眠りについていた。