魔法と属性
夜が明けると、真羅たちは再び玉座の間に呼ばれた。
玉座の間では、昨日カルストフの隣にいた宰相のローダスという男からこの世界について詳しい説明がされた。
まず、この世界は二つの大きな大陸からなっていて、そこには人間以外にも亜人族と魔人族という種族がいるらしい。
亜人族は、獣人やエルフといった種族の総称でファンタジー系小説ではよく出て来る種族と同じもののようだ。この種族はこのアーセル王国のある大陸で暮らしていて、人間とは協力関係にありこの国にも数は少ないが住んでいるらしい。
そして魔人族は、この大陸から北にある大陸に住んでいて、見た目は人間と大して変わらないが、角や蝙蝠のような翼を持っている者もいるらしい。そして、魔人族の最大の特徴は、魔力を高めると瞳が赤くなることで、その中でも高位の者は別の色に変わるらしい。
この種族は元々他の種族よりも強い力を持っているため、他の種族を見下していたらしいが、最近になって魔人族の王である魔王は、自分こそがこの世界を統べるべき存在であると考え、この人間や亜人たちの住む大陸に侵攻を始めたらしい。
魔人たちはその強大な力でこの大陸を瞬く間に侵略していき、現在はこの大陸の四分の一を魔人族に奪われてしまっているらしく、人間族と亜人族はこのままでは全滅の恐れがあるようだ。そのため、人間たちはこの危機から脱するため、魔人が退いた隙を見て、国同士で会議を行い、古くから伝わる英雄召喚の魔法を使用して異世界から救世主を呼び出すことになったらしい。
英雄召喚とはかつて、この世界の人間たちが信仰している女神ストレイアという神から授けられたもので、異世界の人間に強大な力を与えて召喚する魔法で、この世界が危機に陥った時に使うように伝わっているらしい。
そして、この世界には魔法というものがあり、この技術が一般的に広まっているようだ。
魔法は日常生活だけでなく戦闘でも使われていて、魔法を専門に扱う者を魔法使いというらしい。その中でも戦闘に長けた者を魔法師といい、研究を専門としている者は魔導師というらしい。
勇志が元の世界には魔法というものがなかったことを言うとカルストフたちは驚いていた。それほどこの世界では、魔導というものが当たり前に存在しているようだ。
それと、この世界には魔物というものが存在しているようだ。何故、どのようにして発生したのかはよく分かっていないらしいが、魔物は普通の動物より凶暴で、人々に見境なく襲ってくるため、種族に関係なく脅威になっているらしく、元々人々はこの魔物の脅威から身を守るために魔法を発展させていったらしい。
過去には、魔法で魔物を操ろうとしたことがあったらしいが失敗に終わり、魔物を操ることは不可能と思われていたらしい。しかし、今回魔人族が攻めて来た際には、魔人たちは魔物を使役していたらしく、これが決定打となり人間たちは魔人族の侵攻を許してしまったとのことだ。
以上がローダスから説明されたことである。
正直、真羅からしたら魔法のところ以外興味はないのだが、少しでも多くこの世界の情報は欲しかったので、真面目に聞くことにしていた。
真偽のほどは分からないが、彼が嘘をついているようには見えなかったので信じることにしたが、どこまでが真実なのかはまだ判断できないので後に調べるつもりだ。
カルストフからの指示でこの後、魔法の訓練を始めるために真羅たちの魔法の属性とやらを調べることになった。
魔術属性とは、自然現象を操る魔術に付与されている属性で、火や水といったものを中心に様々な属性がある。属性は系統とは違った魔術の分け方で、属性を持つ魔術は属性魔術と呼ばれている。属性魔術は自然現象を具現させるため単純だが高威力なので、戦闘ではよく使われる魔術だ。
系統も同じだが属性には適性があり、適性が高いほど魔術を顕現させやすくなる。適性は人によって違うが、仮に低くても魔術を行使できないわけではないので、元の世界では余り重要視はされていない。
まあ、こちらの世界ではどういった扱いなのかは知らないが、大体同じだろう。
真羅たちは王の間から出ると魔法訓練場という宮殿の施設に案内された。
魔法訓練場はドーム状になっていて、壁は魔法が当たっても大丈夫なように特殊な加工がされている物を使用しているとのことだ。
魔法訓練場には、この国の第一王女であるリーフィスとローブを着たこの宮廷に仕えている魔法使いたちが真羅たちを待っていた。
真羅たちが訓練場に入ると、リーフィスの隣にいた女性が前に出て礼儀正しくお辞儀をした。
「お待ちしておりました。勇者様方」
このローブを着た女性は、まるで晴天の空のように綺麗な青色の髪をしていて、日本ではまずいない容姿をしている。魔力の淀みが少なく真羅から見ても相当な使い手であることが分かる。
「私は勇者様方の魔法の指導を担当することになりました。宮廷魔法師、クリスチーナ・リルタスと申します」
クリスチーナが自己紹介をすると、皆を代表して勇志が前に出た。
「よろしくお願いします、クリスチーナさん。僕たちの世界では魔法は空想上のものだったので、実際に魔法を見れるのは正直楽しみです」
勇志は笑顔で思っていたことを素直に言った。彼は命懸けで戦うことを決意したが、やはり魔法という誰もが一度は憧れたことのあるものを実際に学べるということで、嬉しくなってしまうのは仕方ないことだろう。
この勇志の笑顔にクリスチーナは見惚れていたが、すぐに我に返り咳払いをした。
勇志は自覚していないが、彼はこの笑顔で今まで出会ったきた女性たちを魅了してきたのだ。本人は鈍感なため、まるで自覚がないので質が悪い。
「ではまず、皆様の属性を調べたいと思います。こちらの水晶に手をかざせば属性を調べることができます」
クリスチーナはそう言ってリーフィスの隣の台座に置いてある水晶を指差した。
その水晶は中心に八角形の魔法陣があり、それぞれの角には異なる紋章が描かれていた。
「魔法には、火、水、風、雷、土、木、光、闇の八つの属性あります。そして、人は皆このどれかの属性を持っています。この中で光と闇の属性は極めて珍しく、例外として無属性魔法があります」
「無属性?」
聞き慣れない言葉に誰かが呟いた。
「魔法には属性魔法と無属性魔法の二つがあります。魔法は初級、下級、中級、上級、最上級に分類されています。属性魔法は下級までなら使い手の属性が違っても使えますが、中級以上は使うことができません。しかし、無属性魔法は使い手の属性に関係なく誰でも努力すれば使えます」
勇志たちは魔法の説明を真剣に聞いていたが、真羅は、
(何言ってんだこいつ? 本人の属性というのは恐らく適性が高い属性のことだろうが、属性が違うものは下級までしか使えないっていうのは意味が分からん。この魔法の階級もこちら独自のものだからよく基準が分からないし、光と闇なんて属性向こうじゃなかったぞ)
真羅はクリスチーナの言っていることを理解できずにいた。魔術は仮に適性が低くても使えないということないのだ。確かに適性が低ければ魔術を発動しにくいが、術式の仕組みをしっかり理解して鍛練を重ねれば行使することは可能なのだ。
それを真羅から見ても相当な使い手である彼女が属性が違ったら使えないと言ったのだ。真羅はやる前から不可能と言っている時点で魔術師として失格だという考えを持っているので、余計に彼女の言っていることが分からなくなってしまったのだ。
それに元の世界には存在しなかった光と闇属性のことも気になってしまい、思考が纏まらずにいた。
真羅が考えている内にも、クリスチーナの説明は進んでいった。
「自分の属性を知ることは魔法使いにとってとても重要なことです。自身の属性が分かれば、行使できる魔法を把握することができます」
(それじゃあ、自分の可能性を殺しちまってるだろ)
真羅は呆れ気味にクリスチーナの言葉を聞いていた。確かに自身の適性を知ることは大切だが、それで適性のないものを行使できないと断言してしまうと、自分の可能性を潰してしまっているだけだ。そんなことでは、返って知らない方が可能性を広げられる。
(まあ、異世界だし、使い方も考え方も違うのは当たり前か……)
悩んでもしょうがないので、真羅はこの世界の魔法を元の世界の魔術とは全く別のものだと考えて割り切ることにした。
「それでは、皆様の属性を調べてみましょう。勇者様からこの水晶に手をかざしてください」
「分かりました」
勇志はクリスチーナに言われると、水晶の前に立った。
「ふぅ~。どの属性なのかな? なんか緊張してきた」
勇志が深呼吸しながら呟いた。一番最初のため緊張しているのだろう。
そんな勇志の様子を見て、リーフィスが微笑んだ。
「大丈夫ですよ。貴方は勇者に選ばれたのですよ? あまり緊張せず、気を楽にしてください」
リーフィスの言葉を聞き、勇志はもう一度深呼吸をすると力を抜き水晶に手をかざした。
すると、水晶に描かれていた魔法陣の紋章の一部が輝いた。
輝いた紋章は四つで、その紋章はそれぞれ、燃え盛る炎、荒れ狂う嵐、轟く稲妻、輝く星を模して描かれたものだった。
その紋章を見ると、周りにいた者たちが「おおっ!」と声を上げた。
「火、風、雷、光の四属性ですか……さすが勇者様です。しかも極めて珍しい光属性とは……」
クリスチーナは感嘆するような声を出した。しかし、勇志は意味が分からず首を傾げた。
「四つも属性を持っているのは珍しいことなのですか?」
「ええ。普通属性は一人一つしか持っていません。二属性の者も稀にいますが、四属性の者は歴史的に見ても数えられる程しかいないのでかなり珍しいでしょう」
これを聞き、クラスメイトたちも声を上げた。勇志も安心したように口元を緩めた。
もし勇者に選ばれたのに魔法の才能なしなんて言われたら、いくら勇志でもショックを受けていただろう。
向こうの世界では適性が高い属性は一つか二つが普通なので、このことから見ても四属性はかなり希少なことだろう。
「やったな! 勇志!」
「何かよく分からないけどスゲーじゃん!」
近くいた者が次々と勇志に声をかけて言った。声をかけた者も意味は理解していないが、取り敢えず凄いことだというのは分かったらしい。
その様子を見てリーフィスは微笑んだ。
「ふふ、他の方々も調べてみましょう。水晶の前に並んでください」
リーフィスの言葉に他のクラスメイトたちが水晶の前に次々と並んでいった。
「エイジ様は水と土ですね」
「二つか……やっぱり勇志が特別なだけなのか」
「いえ。二属性もかなり珍しいですよ」
永司は二つしか属性を持っていないが、これでもこちらの世界ではかなり珍しいことのようだ。
永司は落胆したような顔をしたが、四属性も持っている勇志が異常なだけだ。
「ショウタ様は雷ですね」
「ちっ、オレは一つか」
「これか普通ですので、そう落ち込まなくても大丈夫ですよ。それに皆様は膨大な量の魔力を有しているので気にする必要はありませんよ」
この後も次々と調べていったが、やはり皆属性は一つか二つだった。
そして後ろに並んでいた真羅たちにも順番が回ってきた。
「じゃあ、私が先にやるね」
そう言って先に並んでいた詩音が水晶に手をかざした。
すると、水晶に描かれていた三つの紋章が輝いた。
「これは! シオン様の属性は、水、木、光です! 三属性の上に希少な光属性ですよ!」
再び周りから歓声が上がった。三属性でもやはり希少らしい。それに光属性は持っている者がほとんどいないらしいので、この歓声はそのため上がったのだろう。
余談だが、実は真羅と詩音は互いの適性を知らない。まあ、理由は真羅が適性に対して余り関心がなかったのと、真羅が適性に関係なく魔術を使っていたためなのだが。
「最後は俺か」
最後まで残っていた真羅が前に出た。
(適性か……気にしたこと何てなかったな)
実を言うと、真羅にはこれといって適性が高いものも低いものもないのだ。そのため、真羅自身にも自分がどの属性に入るのか分からないのだ。
真羅は水晶の前まで来ると、わざと魔力を乱した。
(こいつらには前に勇志が、向こうには魔導がなかったって説明したからな。魔力を制御してたら逆に怪しまれるよな)
真羅は周りに不審に思われないように深呼吸をして周りに緊張しているように見せると、水晶に手をかざした。
しかし、魔法陣は一瞬だけ輝いたが、紋章には何も変化がなかった。
「あれ?」
何も変化がなかったため真羅は顔をしかめたが、すぐに気を取り直し、違和感がない程度に魔力と整えてもう一度水晶に手をかざした。
だが、先ほどと同じで、紋章には何の変化もない。
「んっ? どうなってるんだ?」
「おかしいですね?」
真羅が困惑していると、近くにいたリーフィスが水晶を触り始めた。
どうやら水晶に描かれている魔法陣を調べているようだ。
「特に異常はありませんが……もう一度手をかざしてください」
真羅は言われた通り手をかざすも、やはり変化はない。
「これは……」
クリスチーナが顔をしかめながら呟いた。どうやら、問題は水晶ではなく真羅にあるようだ。
「これって、どういうことですか?」
真羅は考えても仕方ないと思い、素直に尋ねることにした。
元の世界にも属性の適性を調べる魔導品は存在したが、真羅は使用したことがないため、余り詳しくはないのだ。
しかし、クリスチーナは気まずそうな顔をしていた。
「恐らく……貴方の属性は無です……」
「属性が無?」
彼女は先ほど、人の属性は火、水、風、雷、土、木、光、闇の八つの内のどれかと説明していたはずだ。 それなのに属性が無というのはどういうことなのだろうか。
真羅はこの世界の魔法の考え方を知らないので、首を傾げていた。
「はい。極めて稀なのですが、どの属性も持たない者もいます。そういった者の属性は例外として無属性と呼ばれています……」
「え? 属性を持たない?」
「無属性ということは、平たく言ってしまえば魔法の才能がない、ということになりますね……」
この話の最中、リーフィスはずっと悲しげな視線を向けていたが、真羅と目が合うと気まずそうに視線を逸らしてしまった。
「つまり、俺には魔法の才能がないってことですか?」
「はい……残念ですがそういうことになります」
クリスチーナも話が終わると気まずそうに視線を泳がした。
真羅からすれば、適性が低いことくらい特に気にする必要もないのだが、こちらの世界では才能までないことになってしまうようだ。
確かに適性が低いということは、同じ技量の者が同じ魔術を打ち合った場合、適性の差で勝敗が変わってしまうので、デメリットになってしまう。
しかし、術者の技量が高ければ、この差は簡単に覆すことができる。そのため、真羅は自身の適性よりも技量を重視しているのだ。
まあ、技量が同じ者どうしの戦いで、わざわざ同じ魔術を打ち合うことなど有り得ないのだが。
真羅はふと何か嫌なものを感じで後ろに振り返った。
そして、自らに向けられていた嫌なものの正体が判明した。
「え?」
真羅に向けられていたものは、軽蔑と呆れ、同情などが含まれた視線だった。
そして、それを向けていたのは周りにいたこの国の魔法使いたちだった。
クラスメイトたちは状況を呑み込めずに黙っていたが、魔法使いたちはひそひそと小声で何かを話していた。
「まさか救世主の中に無属性の者がいるなんて」
「女神に選ばれたのに無能とは……」
「救世主の恥さらしだな」
彼らは聞き取られないように小声で言っていたが、真羅の強化された耳には筒抜けだった。
どうやら、無属性というのは侮蔑の対象らしい。
まだ何もしていないのにこの言われようだ。高が属性魔術に適性がないだけでこれとは……
真羅は周りに顔が見えないように俯いた。
他者から見れば、才能がないと言われて気を落としているように見えるため、リーフィスは声をかけようとしたが、かける言葉が見つからず黙り込んでしまう。
しかし、真羅は気を落としている訳でも、悲しんでる訳でもなかった。
(これは寧ろ好都合だ。魔法の才能がないと思ってくれるなら、俺の正体がばれる可能性が低くなる)
魔術師であることは他人に知られてはいけない。これは向こうの世界の魔術師にとって、常識であり暗黙の掟でもある。
つまり、真羅にとってこの状況は都合がいいのだ。
ただでさえ、他の者は向こうの世界には魔導が存在しないと認識している。そんな世界で魔法の才能がない者が魔導に精通しているとは、夢にも思わないだろう。
真羅は俯きながら、微笑んでいた。利己的で、自分の夢に至ることしか考えない魔術師の笑みだ。
だが、そのことを知ることができた者は、この中に誰もいなかった。