魔術の理
「魔術とは、簡単に言うと“世界の裏側の理に干渉し、世界を変質させる技術”だ」
そう言うと真羅は、ベットの隣に置かれた机の上にある器に盛られていた林檎と思わしき果実を手に取る。
「現在の地球――いや、この世界もそうだが、世界の表側を支配している法則は“物理法則”だ。これは科学的な法則であり、“木に生っていた果実が重力に引かれて地面に落ちる”といったように、そこに住まう者からすれば当たり前な現象を引き起こしている法則だ」
真羅が果実を手放すと、当然だが果実は床に落ちていく。
「魔術は世界の裏側の法則を利用して、表の法則から外れた事象を引き起こす技術。つまり、本来なら表に出てこないはずの裏の法則――“神秘”。これを魔力というエネルギーを用いて、法則を書き換えて引き起こしてしまうのが“魔術”だ」
パチンッと指を鳴らすと、果実は重力に逆らって地面から真羅の手の上に戻っていった。
「この魔術を編むためには、その術式の基盤となる概念、“魔術基盤”が必要になる。この魔術基盤は、術式の構築に必要不可欠なものであり、魔術師はこの概念を基底として、そこから独自の式を構築していくんだが――」
真羅は手に戻った果実を軽く払ってから、何処から取り出したナイフで八つに切り分けた。
「――地球には多くの魔術基盤があり、神話や伝承に基づくものや、自然から神秘性を見出して魔術に組み込んだものなど、様々なものがある。そのため、色々な魔術系統や魔術体系があるんだが、この世界の魔術基盤に当たるのは、八つの属性――つまり、火、水、風、土、雷、木、光、闇の八つの要素が基となっている属性魔法だな」
八つに分けられた果実は、それぞれが火、水、風、土、雷、木、光、闇の異なる属性の魔法に包まれる。
「この八属性だが、これはこの世界の女神の力の一端であり、この世界の魔法使いたちはその力の一端を借りることで魔法を成立させている。神との繋がりが薄れた現代の地球では不可能な芸当だな。まあ、闇は女神の力とは言い切れないがな」
果実を包んだ魔法は、全て初級魔法に分類されるもので、周囲に被害がでることはなかったが、火と雷に包まれた果実は焼け焦げ、土で包まれたものは土塊に汚れ、木に包まれたものには木片が突き刺さり、闇に包まれたものは朽ち果てていた。
まともに食べれそうなのは、水と風と光の魔法に包まれ三つだけだ。
「そもそもだ。“神やら精霊やらの影響が強さ”イコール“霊力の濃さ”と言って良い。霊力は“魔術を成立させる要素”であり、世界の神秘性――魔術の基となる魔術法則の影響力とも言える」
真羅は生き残った三つを「食べる?」と訊きながら差し出したが、レイルシアに丁重に拒絶されたため、仕方なく自らの口に押し込んで呑み込む。
「――魔術法則。いや、正確に言うと神秘法則だが、これはその名の通り、神秘的な法則であり、世界の裏側を支配している理だ。表側を支配しているのは科学的な法則だが、これが世間一般に知れ渡っている普遍的な法則となる。そして、この科学的法則が表の“誰もが知ることのできる法則”であるのに対して、神秘法則は表には出てこない理だ。本来なら“神のみぞ知る法則”なんだが、魔術師たちはこれを解き明かして“真理”ってやつを求めている。――――とんでもない罰当たりだろ?」
真羅の顔に笑みが貼り付けられる。
自虐的だがどこか不敵さが窺える笑み。
好戦的とも取れるそれは、彼が神に挑む“挑戦者”であるためか。はたまた、彼が神をも恐れぬ“異端者”であるためか。
「まあ、真理が目的なのは、科学者たちも同じだが、やり方は違う。表側から探究するのが科学者で、裏側から探究するのが魔術師。解き明かせば、世間一般でも恩恵を受けられるのが科学で、そいつ個人の力にしかならないのが魔術。どっちが人々に求められているかなんてい言うまでもないな」
真羅は懐から科学技術の結晶とも言えるスマートフォンを取り出して弄ぶ。
科学技術はこのスマホのように開発者以外でも使用方法を知っていれば誰でも扱うことができるが、これが魔導品だとそうはいかない。魔導品の場合は物にもよるが魔力を扱うことができなければ使用することはできないのだ。
「表の法則なら誰でも利用することができるが、裏の法則の場合、そこに至れる者しか触れることができない。まあ、魔導品なら、基本的に誰でも使うことができるが、大前提として、魔力を操る技能が必要になる。説明書があれば誰でも使える科学技術の産物とは、比べるべくもないよな。この“スマホ”ってすっごく便利だし、今じゃ大抵の者は持ってる。これみたいに――」
「――キミ、ボクに教える気ある?」
話の流れが変わり始めたタイミングで、レイルシアが咎めるように口を挿む。
「ボクにはシンラが途中から意味不明な呪文をひたすら詠唱しているとしか思えないんだけど……」
魔術以前にレイルシアは科学とは縁遠い存在だ。精霊に対して科学という概念を前提とした説明をしたところで、彼らが理解することなど不可能だろう。
そもそも真羅に十全に理解させる気があったのかも怪しい。
「――ああ。そもそも、“科学”がこの世界では広まってないんだったな。科学を簡単に説明すると、魔術が世界の理を紐解いて干渉する技術に対して、科学は理を解き明かして利用する技術だ」
「――?」
真羅からすれば物凄く端的で簡単にまとめたつもりだが、レイルシアにはそもそも科学という概念すらないので、具体的な想像が湧かないらしく、いまいち理解できないようだ。
「まあ、精霊に科学がどうのこうの言っても仕方がないか……もっと、ものスゴク簡単に言うとだな、地球の魔術は一般には知られていないけど、種類はたくさんあるってことだ。これだけ理解してくれれば良い」
本当に凄く簡単に言った。
「それなら、なんとなく分かる……かな?」
いっそ投げやりとも取れるような説明だが、精霊であるレイルシアにとってはこちらの方が分かりやすかったようだ。それでも完全に理解できたわけではないようだが。
「大半の人間は、魔術なんて空想のモノだと思っている。信じている人間だって何か根拠があるわけでもないし、実際に見たことなんてないだろうさ」
「――? 魔法が空想?」
レイルシアが理解できないといった様子で首を傾げる。
魔法が空想だなどと、魔法の源である女神の眷属である精霊からすれば、自らの存在が空想上のモノであると言われたのと同じことだ。理解できなくて当然だろう。
「霊力が薄いから神秘自体が発生しにくいからな。実際に普通に暮らしていれば、まず見ることはないし、関わることもない。まあ、もし何の知識も対策も無しに関わったりしてしまえば、そいつは無事では済まないだろうしな」
魔術とは表には知られてはいけない技術であり、もし一般人が目撃してしまえば消されてしまうだろう。情報化社会である現代では、人一人行方不明になっただけでも簡単に情報が出回ってしまうため、始末まではいかないが記憶操作ぐらいは確実にされるので、その目撃者が魔術というものを知ることはまずない。
また、目撃したのが魔術ではなく、自然発生した神秘であった場合は、対策を知らない限り巻き込まれてしまえば無事ではいられない。
「――うーん、やっぱり異世界のことはよく分からないや――そう言えば、前に召喚された子たちも魔法が存在していることに驚いていたような……」
レイルシアはかつて異世界召喚が行われた時のことを思い返すが、当時のことはよく憶えていないようだ。実際、レイルシアは光の精霊の末っ子だったこともあり、召喚された者たちとはあまり深くは関わっていないため、細かなことまでは思い出すことができないようだ。
「とりあえず、異世界の魔法の種類がいっぱいあることは分かったけど、体系とか系統とかって言ってたよね。それってなんなの?」
思い出すことを諦めたレイルシアは、話を変えるように真羅が先ほどさらっと言った魔術体系と魔術系統について質問する。
「体系と系統についてな……あー、分かりやすく言うとだな……そうだな――魔術体系は簡単に言うと“魔術の流派”で、魔術系統は”魔術の分類”だな」
真羅は少し考える素振りを見せた後、顎を撫でながら魔術体系と系統についての説明を始める。
「例えるとだな――武術とかでも異なる流派の中に同じような技があるだろう。全く異なる場所で生まれた流派でも、同じ武術なら生まれる技も似通ってくるものだ。魔術もそれと同じで、全く異なる地域で生まれたのに、同じような術が存在するんだ。それで、その各流派が“体系”で、異なる体系の中で生まれた同じような系譜の技を一括りの分類にまとめたが“系統”だ」
「――? この世界の魔法で言うと属性が系統で、その魔法そのものが体系ってこと?」
真羅の説明に対して、レイルシアは魔術をこの世界の魔法と照らし合わせて考えるも、いまいち理解しきれないようだ。
そもそも、この世界には“魔法”という八つの属性と無属性を基にした魔法体系しか存在しないため、魔術の流派というものが呑み込めていないのだ。
「んー、魔法が体系っていうのは大体合ってるけど、属性そのものは系統ではないんだ」
レイルシアの質問に対して、真羅は顎を撫でながら少しの間考えこんだ。
「そうだな……こっちの世界の魔法と似たような魔術で“自然魔術”という系統があるんだが、異なる地域で生まれたとしても、自然の元素を使って、火とか水とかの属性を扱う魔術なら、それらは全て自然魔術という“魔術系統”に分類される。そして、向こうでいう陰陽道やカバラなどのその地域ごとに生まれた一つの魔術の集合体のことを“魔術体系”と言うんだ」
真羅は地球では有名な体系である陰陽道やカバラを例に出したが、当然異世界の精霊であるレイルシアには理解できない。
そもそもこの魔術師に相手の気持ちを考えるといった高等技術など期待するだけ無駄なことだ。
「つまりだ。この世界では属性魔法というもの自体が魔術系統であり、これは女神や精霊を起源としたものだ。そして、その属性魔法という系統が、それぞれの国や地域で発展していったのが魔術体系に当たる。まあ、俺はこの世界については詳しくないから、独自の体系っていうものがあるのかよく分からないがな」
これは真羅も知らないことだが、この世界に魔術体系といわれるものは存在していない。魔法の分類の仕方は属性を除けば、初級、下級、中級、上級、最上級の五つしかないのだ。
「――それと、様々な魔術体系が向こうの世界にはあるってことはだな。魔術の起源とも言える、神も地域や文化によって様々なんだ」
「神が様々?」
レイルシアが“何言ってるんだこいつ?”という顔で真羅を見詰める。
この世界で神と呼べるのは、光の女神と闇の魔神ぐらいなので、光の精霊であるレイルシアに神様がたくさんいるなどと言ってもそれこそ理解などできないだろう。
「向こうの神は、信仰の化身。人間の想いによって神格となった自然や概念――」
「――想いがカタチに? それだと人類が神様を創ったってことになるよ?」
「ああ、そうさ。形の無い力を“神”っていう形で定義したのが地球の神様だ。そのせいで、同じ神性でも場所によって異なる神格が存在してしまっている。海や嵐といった自然の化身、戦や愛だの概念の化身、こういった定番の神様は各地で存在している。俺の故郷だと最高神が太陽の女神である“天照大御神”だが、ケルト神話だと“ルー”、ギリシャ神話だと“アポロン”、といったようにな。各地によって同じ神性でも異なる神が存在している。この世界の最高神も太陽を司ってる女神だったけな」
日本神話の太陽の女神である天照大御神と、この世界の太陽となった光の女神を重ねて、頭の中でその類似点を思い浮かべる。
同一神性の女神が最高神であることに奇妙な偶然を感じるも、別に不可解な事でもないため、深く考えるのを止めて、疑問符を浮かべたまま固まっているレイルシアに説明を続ける。
「神は自然と概念の化身。信仰という想念の結晶だ。形のない自然や概念を原初の神とするのなら、それが人々の想念により形になったモノが神話の神。そして、それらは文明の発展より、信仰が薄れ、霊力の濃度減少の影響でこの世から消えてしまった」
霊力の濃さというのはすなわち神の影響力の強さと言い換えることもできる。
文明の発展により神への信仰が薄れてきた地球の霊力は薄く、逆に人類の誰もが女神を信仰し、神の眷属である精霊が実態を持って存在できているこの異世界の霊力は濃い。
「神が異なるということは、当然だが神話も異なってくる。どうやって世界が創られたか、どうやって国が造られたのか、どうやって人が造られたのか。過程は違うが、どの神話でも大体この三つについてのお話になる」
「国? 人の国なのに神話があるの?」
「ああ、国には正当性が必要だからな。元は神の国についての伝承で、大半は神々が敵対勢力との戦い結果、その土地を支配者となり、その後に支配権を人に譲って人の国になる。ここで重要なのは、その国は神々によって造られたものだから、そこの王の支配は神によって認められているっていうことで、その権力を正当性を示すことになるな」
「それは人の王が、神の威を利用しているってこと?」
「その認識でいい。まあ、あくまでもその国が造れた当初の話だから、信仰そのものが薄れた現代じゃ、その威光とやらが今もなお続いている国なんて少ない。そもそも、その建国の神話自体、初めからあったのか怪しいがな」
真羅は嘲るよう笑っているが、いくら正当性を示すためとはいえ神を利用していることに対してレイルシアは嫌悪感を懐いてしまう。
女神の眷属である光の精霊からすれば、生みの親たる神を人が利己的な理由で利用しているのだ。嫌悪感を懐くなという方が無理な話であろう。
「神が国を造ったっていう話は、作り話なの?」
「さあ? それはその時代の奴しか分からないさ。だが、さっきも言ったように、神というのは信仰の化身だ。その国の人々がその話を信じているのなら、それが真実なんだろう」
この異世界に限らず地球の神話でも神が人を造り出している。この世界では実際に神代から生きるレイルシアにとって神話が真実なのだ。そのこともあって人の想念から神が創られたという話自体、彼女からすれば理解し難いものだろう。
「――神が人を造ったのか。人が神を造ったのか。どちらも正しいし、正しくないともとれる。そもそも人は自らの理解が及ばないモノを“神”と呼ぶ。自らが理解できない超常のモノを無理やり理解できる形にしたのが“神”。だから、人は自分たちを生み出した超常の存在を神と定義にしたのであって、どっちが先かって聞かれると、概念か事象かによって変わってくる。まあ、実際に神話は過去に起こった事実を基にしたものなのか。それともただの適当な作り話なのか。なんてことは大した問題じゃないし、はっきり言ってどうでもいい。重要なのは、その“神”っていう概念が存在しているっていうことだけだ」
真羅は適当にまとめると話は終わりだとばかりにベットに寝転ぶ。
レイルシアは話のほとんどを理解できていないが、これ以上聞いたところで分からないものは分からないと割り切ることにした。
「とりあえず、ボクには理解ができないということは分かったよ」
「それでいい。自然の化身たる精霊が異世界のことなんか理解する必要なんかないのさ」
真羅は欠伸をしながら適当に答えるが、実際人間ではなく精霊であるに科学や異世界について理解させることは難しい。特に神秘の化身に対極である科学のことを理解させるなど不可能に近いことだ。
「ところで話は変わるんだけど――シンラはこの後どうするの?」
唐突に聞くが、レイルシアからすれば彼女にとって異世界である地球ことよりも、今目の前にいる真羅のことの方が重要なことだ。
彼の今後についてどう考えているかは、彼女にとっても深く関わることなのでぜひとも知りたいだ。
「――この後か……具体的には決まってないが、世界を旅してみたいな。この世界には俺の知らない神秘が山ほどあるだろうから」
真羅の考えを聞き、レイルシアは少し考え込む素振りを見せたが、覚悟を決めたように口を開く。
「――それらならさ、ボクと契約しない?」




