エルフの隠れ里
夜も更け月明かりが精霊の森のを照らしている。
そんな草木の生い茂る鬱蒼としている森の中だが、そこには不自然に道が存在していた。
自然ではなく人の手が加えられたその先には一つの村があった。
エルフの村、エルフの隠れ里とも呼ばれるその村は現在は未知の脅威に対して警戒態勢がとられていた。
そんな村の入り口では二人のエルフ族の男たちが警備を行っていた。
「気を抜くなよ。レイルシア様が対処に向かってくれたとはいえ、魔物の凶暴化はすぐに収まるとも限らん」
村の中から出てきた警備隊の隊長を務める男が、門番をしていた二人に声をかける。
「分かってますよ……レイルシア様……無事だといいが……」
「おいおい、レイルシア様は私たちより遥かに強いんだぞ。それにこの村一番の魔法の使い手であるリアもついているんだ。そう簡単にやられるはずがないよ」
門番の一人が不安そうに呟くが、それをもう一人が励ますように肩を叩く。
光の精霊であるレイルシアはこの世界において女神の眷属であり特別な存在だ。精霊は人類よりの強大な力を有しており、この森の魔物程度がたとえ束になって掛かってきても打ち倒すことは容易いだろう。
今朝早くにレイルシアと村の魔法使いリアはこの森に棲む魔物たちの凶暴化の原因を探るため調査に向かったのだが、すでに日は落ちてるが二人は未だに戻らない。
異常がないことを確認した隊長が他の場所を見回るべくこの場を離れようとした時、門番の一人が森の奥に人影を見つける。
「おい! 誰かが来るぞ」
門番の声に二人が森の奥に視線をやると、二つの人影がこちらに向かってくるのを確認する。
「レイルシア様だ!」
視力に優れたの一人が門番が人影の正体がレイルシアであることに気付く。
レイルシア側も門番たちに気付いたのか、手を振りながら駆け寄ってくる。
「みんな! 戻ったよ!」
村が瘴気の影響を受けていないことを確認したレイルシアは、笑顔を浮かべながら真羅の方を見るが、当の彼は疲労困憊の上に襲い掛かってきた魔物に魔術を行使した影響ですでに体力の限界に達していた。
「もう限界……おやすみ……」
レイルシアを追って門の近くまで来ると、真羅はリアを背負ったまま崩れ落ちてしまう。
「えっ? シンラ?」
突然のことで困惑しているレイルシアをよそに、真羅はスヤスヤと穏やかな寝息をたて始めた。
「んん……」
真羅が目を覚ますと見慣れぬ天井が目に入る。
「あっ、起きた。シンラ、身体は大丈夫?」
レイルシアは真羅が目を覚ましたことに気付くと心配そうに彼の体調を確認する。
どうやら倒れた真羅を看病してくれていたようだ。
「問題ない……」
身体に異変はなく、魔力も完全ではいないが回復している。
万全とはいかないが、これならある程度の戦闘なら可能な状態まで戻っていた。
現在真羅は木製の質素なベッドの上で寝かされている。おそらく、村の入り口で倒れた後にレイルシアたちが運んでくれたのだろう。
「……俺はどのくらい寝ていた」
真羅は自身の状態を確認すると、隣で座っているレイルシアに尋ねる。
「二時間ぐらいだよ。村の入り口に着くなり倒れるんだもん。心配したよ」
「そうか……それはすまなかった。さすがに連戦で体力も魔力もきつかったんだ。気を抜いた瞬間に眠ってしまったみたいだな」
真羅は自身の状態を改めて確認する。
肉体は通常通りに維持されており、魔力は現在使用可能な総量の約六割まで回復している。
魔力の回復力に関しては自信のある真羅だが、ある事情によって使用できる魔力量は然程多くはない。
異世界に来てからこれほど魔力を消耗することはなかったが、二時間で六割も回復しているならば回復量は地球にいた頃と変化はしていないようだ。
「ここは?」
「この村の村長の家だよ。シンラが倒れた後、みんなに事情は話してここにつれてきたんだ。リアも無事だし、キミのことも説明してあるから心配はいらないよ」
「そうか……」
真羅は本日にこの精霊の森で起こったことを思い返す。
まず初めに勇志たちと森の魔物と戦った後、襲撃してきた魔人族の将軍を倒し、瘴気の中でレイルシアたちと出会い、現れた三本角の竜を仕留め、その後に常闇の精霊を戦闘の末に撃退した。
正直、常闇の精霊以外は取るに足らない相手だったが、最後の相手は重すぎた。
そもそも精霊とは高位存在であり、人智の及ばない超常の存在である。そう気軽に一日に二体も遭遇するようなものではない。そういう意味では今回の真羅は幸運だったといえるかもしれない。
「俺が異世界出身だってことも話したのか?」
ふと気になった疑問を尋ねる。
真羅にとって異世界から召喚されたということは、別に隠すほどのものでないと考えているため、仮に話したとしてもレイルシアを糾弾する気はないが、これ以上余計な面倒事に巻き込まれるのは勘弁してほしい。
「村長や村の重鎮にはね。でも心配しないで、ここは外界から隔離された場所だから、外に情報が漏れることはないよ」
「そうか……」
真羅は連戦の疲れが残っているためか思考が纏まっていない。
魔術師としての第六感は危険を感知していないため、少なくともこの場は安全なのだろう。
「まだ寝ていた方がいいよ。高位の闇の精霊と戦ったんだ。無理をしちゃいけないよ」
「いや、もう大丈夫だ」
レイルシアの心配をよそに、真羅は起き上がりベットの隅に腰かける。
「誰かが来るみたいだ」
真羅の耳が部屋の階段から足音を感知する。
ここは建物の二階のようで、レイルシアとの話声に気付いたのか、一階から誰かが上がってきたようだ。
「おや、目が覚めたようですな」
現れたのは耳の尖った白髪で立派な髭を蓄えた青年。
リアと同じ耳の形をしているためエルフ族だろうが、彼女とは異なりその身からは数百年の年月を感じることができる。
「貴方がここの村長?」
この男性はまだ名乗っていないが、真羅はその身に湛えた魔力から彼が村長である確信を持つ。
彼は穏やかな笑みを浮かべているが、秘めたる魔力はリア以上であり、一目見ただけでアーセル王国の魔法使いたちよりも強い力と技術を持っていることが分かる。
「ええ、私はこの村の長を務めているエルドラと申します」
エルドラと名乗った男性は礼儀正しく頭を下げた。
真羅はその立ち振る舞いからやはり見た目通りの年齢ではいことを確信する。
エルフ族は長命で知られるが、彼から感じられる年齢は五百歳以上確実だ。この世界のエルフの寿命は約五百年といわれているが、彼からはそれ以上の年月を感じることができる。
おそらくは弛まぬ鍛練と研鑽からその若々しさを保っているのだろう。
地球の魔術師たちには見た目と年齢が一致しない者は多数存在しているため、真羅は違和感は感じなったが、改めて亜人族が人間とは異なる種族だと再認識をする。
「レイルシア様とリア、そして我々の村を救っていただき、誠にありがとうございます」
エルドラが再び頭を下げる。
真羅からするとこの村を救うことになったのはただの結果であり、レイルシアはともかくリアと村を助ける形になったのは成り行きだ。自分から積極的に助けようと思ったわけではないため、このことで礼をいわれるのはどこか居心地が悪くなってしまう。
「たまたま通り掛かっただけだ。礼をいわれるようなことはしてない」
「いえ、この村を救っていただいたのは事実です。何かお礼をして差し上げたいのですが、何かお力になれることはあるでしょうか?」
「礼か……」
真羅がこの村を訪れたのはレイルシアとリアの件もあるのだが、本来の目的は情報収集だ。
少し考える素振りを見せた真羅だが、欲しいものなど決まっている。人類種の中で最も知恵深いと言われているエルフ族の村に来たならばとにかく神秘に関する知識が欲しい。
ならば――
「この村にある伝承や魔法、神秘に関連の書物を見してほしい」
真羅は書物が在ることを前提に頼んでいるが、これはエルドラはこの村の長であり、その湛えている力からその手の書物は彼が管理していると確信を懐いていた。
「――書物ですか……でしたらこの家の地下の書庫があるのでそちらをお使いください」
「エルフの書庫! それはありがたい。さっそく見せてもらっていいか?」
書庫と聞くと否や、エルドラからの返答を待たず、真羅は腰掛けていたベットから立ち上がって地下に向かおうとするが、先ほどの戦闘での消耗によりふらついてしまう。
「ちょっとっ、まだ寝てないとダメだって!」
ふらふらと階段に向かう真羅だが、常闇の精霊との戦闘の影響が残っているのは明らかであり、レイルシアに腕を掴まれてベットに引き戻される。
「書庫も含め村についてはまた明日に紹介いたします。今夜はゆっくりお休みになってください」
その様子を見ていたエルドラも、真羅が万全とはほど遠いことを察して、今なお書庫に向かおうとレイルシアを振り切ろうとしている彼を諫める。
「……分かった。お言葉に甘えさせてもらう」
レイルシアだけでなくエルドラにも冷静に諫められた真羅は、改めて自身の状態を確認して大人しくベットに戻る。
書庫という言葉に心が躍るが、体力が全快していないのは事実であり、普段の彼ならば制止を振り切って迷わず駆け出していたところだが、神代から存在している精霊と数百年の時を生きるエルフの村長という年長者二人に抑えられたため大人しく従うことにする。
「初対面の私が居ては気が休まらないでしょう。私は一階に戻りますので、何かあれば声をおかけください。レイルシア様、彼を宜しくお願い致します」
エルドラは今一度頭を下げると、消耗している真羅を気遣って部屋から出て行った。
部屋に残された真羅は、レイルシアの監視もあるため大人しく回復に専念することにする。
その様子を見たレイルシアは、安堵の表情を浮かべ近くの椅子に腰かけた。
「そういえば、ボクのことは詳しく話してなかったね」
レイルシアは神代や精霊のことばかり話して肝心な自身のことを話していないことに気付く。
真羅も彼女のことについては、光の精霊であることと、神代の戦いによるダメージで最近まで眠りについていたことぐらいしか分かっていない。
「そうだな。名前と出自ぐらいしか話していなかったな。お互い自己紹介をした方がいいか」
真羅も自身が異世界から召喚されたことぐらいしか話していない。
お互い改めての自己紹介が必要だろう。
「じゃあ、ボクから話させてもらうよ」
レイルシアが椅子から立ち上がり、真羅の方へと向き直る。
「改めまして、ボクの名前はレイルシア。光の女神ストレイアが生み出した光の精霊――“銀星”の精霊。闇を浄化する力を与えられて生まれた星の精霊だよ。あ、ちなみに一番最後に生み出された精霊で、色々未熟なのはそのせいね」
屈託のない笑みを浮かべるレイルシアに対して、真羅はどこか納得がいったように顎を撫でる。
「あー、なるほど。お前さん精霊たちの末っ子だったのか……通りで……」
高位精霊にしては気配を隠すのが拙かったり、精霊としてできて同然のことができていなかったりと、彼女が未熟なのは単純に若さが原因だった。
精霊なので通常の生物と比べたら途方もない年月を生きてきたのだろうが、それでもこの世界の光の精霊の中では最も若いため、霊格はともかく精神的には彼女が最も未熟な精霊なのだろう。
「次は俺だな――俺の名前は神威真羅。異世界から召喚された人間で、神威家の一族に代々伝えられている魔術を受け継いだ魔術師だ」
「魔術師? あれ? 異世界って魔法は存在しないんじゃないの? それに魔法じゃなくて、魔術? 何なのそれ?」
魔術や魔術師という言葉に対し、レイルシアは頭に疑問符を浮かべる。
「向こうの世界じゃ一般的には知られてない技術なんだよ――というか、まずは魔術についての説明が必要か……」
真羅は少し悩むような仕草をすると、身体を起こしてレイルシアに向き直る。
「説明しようか……向こうの世界の神秘について――」
そう言うと、真羅は不敵な笑みを浮かべるのだった。




