異世界の神話
「――かつて、誕生したばかりのこの世界には混沌があった」
光の精霊から神代の話が語られる。
「そしてある時、その混沌が光と闇に別れた」
彼女から紡がれる言葉に応えるよう、夜空の星々が瞬き輝く。
「その光は女神という形になり、世界の半分を光で照らした。闇は魔神という形になって、世界のもう半分を闇で包んだ。そして、それぞれの神たちはまず初めに精霊を造った。神と精霊たちは互いの領域には干渉せず、この時はまだ平和な時代が続いていった……本当に平和だったんだ」
どこか懐かしむように、レイルシアは夜空の星たちを見上げた。
「精霊たちが生まれてからしばらく――人間からすれば気の遠くなるような年月が過ぎた頃、二柱の神はそれぞれ新たなる生き物を創造した。女神様は動植物を創造し、自分の領域で育ませた。一方、魔神は魔物を創造し、自身の支配下においた。それぞれの新しく誕生した生き物たちは長い時間をかけて繁栄していった。そしてまた、それなりの年月が経った時、魔神が世界の全てを闇で包もうと光の領域に侵攻してきたんだ」
これが悲劇の始まりであったと、その顔が悠然と物語っている。
おそらくは思い出したくもない過去だろうが、彼女は静かに語り始めた。
「魔神の支配下にある魔物は、現代の魔物たちと比べて遥かに強く、精霊でなければ到底太刀打ちできなかった。女神と魔神、光の精霊と闇の精霊の力は拮抗していたけど、魔物たちの存在のせいで光と闇の拮抗が崩れてしまった」
魔物は通常の生物と比べて力が強く獰猛なうえ、火を吐いたり、電撃を放ったりと特殊な能力を持つモノも多い。それに加えて神代の魔物は魔神の力の影響を受けているため現在の魔物よりも強力であり、真っ当な生物では対応することが困難であろう。
「その状況を打破するべく、女神様は自らの力の一端を生物に与えて、魔物に対抗しようとしたんだ。でも数で勝る魔物たちに対して、ただの獣では対抗できない。だから、女神様は知性を持つ者――身体能力ではなく、知能に優れた生物を異世界から呼び出し、その者に力を与えることにしたんだ」
「やはり、か。俺たちが最初ではないと考えていたが……」
召喚魔法が造られた以上、一度は行使されたと考えるのが普通だ。
「そして召喚されたのがさっき言った三十二人の人間で、女神様の加護を与えられた彼らは驚くべき速度で力を付けていき、闇の勢力との戦いはボクたちが優勢になったんだ」
当時を思い返しているのか、レイルシアはどこか懐かしむように表情を浮かべる。
「それ以外にも異世界から召喚された彼らは様々ことを教えてくれた。時間の概念や長さや重さの単位、名前なんかも彼らがもたらしてくれたんだ。女神様のストレイアという名前も、ボクの名前――レイルシアも彼らが付けてくれたんだ」
「なるほど、異世界なのに時間や距離の単位が同じなのは違和感があったが、神代に地球からもたらされたのか……一日が二十四時間なのはその時に決めたのか?」
「一日……というより昼と夜の概念ができたのは戦いの後で、ボクが眠りについた後だからよく分からないなぁ……でも話には聞いたことがあるし、たぶんその時に決めたんじゃないかな?」
レイルシア自身は昼夜の概念が生まれる前に眠りについてしまったためか曖昧に答える。
単位については翻訳魔法が働いたで説明がつかなくもないが、この異世界が地球と同じく一日が二十四時間であることや一年が365日であることなどは、ファンタジーだ何だといっても流石に不自然だ。
しかし、これらが地球から召喚された者たちを起源としておるのなら何とか納得できる。
まあ、この世界は太陽である女神が動いている天動説の状態になっているためか、うるう年が存在しないので若干年代にズレが生じてしまっているのだが。
「ここからはボクが眠りについた後で、伝承として伝わっているものなんだけど――戦いに勝利した女神たちだけど、同じ神である魔神を完全に滅ぼすことはできなくて、決戦の際に二つに割れた大陸の片方に魔神を二度と蘇らないように封印したんだ。その大陸のことは今では”魔界”と呼ばれているね。
「魔界って、魔人族が住んでる大陸のことか?」
「そうだよ」
「ん? というか魔人族って魔神が生み出したモノじゃないのか?」
「うーん……ボクが眠りにつく前にそんなのはいなかったから分からないけど違うんじゃないかな?」
話を聞く限り、神代の戦争があった時にはまだ人間も亜人も誕生していない。魔物に対抗するために人間の勇者を召喚したのなら、それ以前に魔人族という人間に類似した生物が存在するのは矛盾が生じてしまう。
釈然としないが、現時点で真相を暴くには情報が少なすぎる。
「話を戻すけど、戦いに勝利し、世界に秩序と平和がもたらされると女神様は最後に“人”を造り出した。そして、世界の闇を晴らして照らすために天へと昇り太陽になったんだ」
ここまでは真羅も王城に居た際に調べていた大まかな伝承と合致しており矛盾点はない。
この世界にも地球と同じ人がいるのは、おそらくだが地球から召喚した人間たちを参考に造られたからだろう。
「残された光の精霊たちは女神様を補佐するため、天へと昇り星となって一日の半分――つまり夜を照らすようになった」
「昼夜の誕生か、それは初耳だな。この世界の星は精霊が変化したものなのか……じゃあ、月も精霊なのか?」
率直な疑問だが、レイルシアはうーんと頭を掻きながら考え込む。
「――これもたぶんだけど、女神様の側近で“ルナ”って名前の精霊が月になったんだと思うよ」
「側近の精霊が月なのか。太陽の対って意味では分かりやすいが……というか衛星のくせに自分で輝いているのか?」
「――? 月は一番大きな星だし、当然でしょ?」
「あー、そりゃ異世界だもんな」
ここは異世界であるため当然と言えば当然だが、どうやらこの世界の夜空の星は向こうの世界の恒星とは異なるようだ。
地球では月が太陽の光を反射して輝いているのは常識であり、そもそも月は恒星ではなく地球の衛星だ。自ら輝いていたら違和感を生じる。
しかし、この世界の月は最も大きな星であり、他の星々よりも格の高い精霊のようだ。
改めてここが異世界であり、地球の常識が通用しない場所だと思い知らされる。
「話が逸れたな。続きを頼む」
「うん――それで、光の精霊の一部はの人々を導くために地上に残ったんだ。人々は精霊たちを信仰するようになり、精霊に付き従った人間たちは精霊の影響を受けて体が変化していった――すなわち、亜人族の誕生だ」
ここで亜人族の誕生が語られる。
地球には存在しなかった人種に真羅は興味をそそられた。
「亜人族か……彼らは女神が生み出したモノではなく、精霊の影響で変化して生まれた種族なのか」
「そうだよ。森の精霊に付き従った者たちはエルフ族に、大地の精霊はドワーフ族、獣の精霊は獣人族、海の精霊は海人族、空の精霊は翼人族――というように様々な種族が生まれたんだ」
この世界には人間以外にも地球には存在しなかった様々な種族が暮らしている。
彼らは亜人族という総称で呼ばれるが、精霊が起源であることを知り、真羅どこか納得した様子でを頷いている。
「だからエルフにドワーフか……向こうでは精霊の一種だったから人と言われても違和感があったが、精霊を起源としている種なら分かりやすいな」
「へぇ、キミの世界ではエルフは精霊だったんだ。だからリアを見て驚いていたんだね」
「ああ、精霊というより妖精といった方が正しいかな。手の平サイズの」
「そんなに小さいの? なんか可愛いね。一度見てみたいよ」
地球の妖精エルフは手の平に乗ってしまうほどの大きさで、見た目は可愛らしいがかなりのイタズラ好きなのだ。レイルシアは会ってみたいと思っているようだが、実際に出会ったら相当手を焼くことになるだろう。
「レイルシアって神代の決戦の前から眠ってたんだよな。何でそんなに詳しいんだ? 歴史あるっぽいアーセル王国の王城に残されてた資料より詳しいぞ」
真羅はアーセル王国の王城にいた頃、魔法の他に神話や伝承に関する資料も手当たり次第(勝手に)調べまくっている。
この世界は人界と魔界と呼ばれている二つ大陸があり、真羅たちが召喚されたアーセル王国は、人界の大陸の中央に位置する歴史ある大国だ。その国の王城にあった資料よりも眠っていたはずのレイルシアが詳しいのはどこか違和感を覚える。
「ボクは目覚めてからエルフの隠れ里で暮らしていたからね。彼らは人族の中で最も長命な種族だから伝わっている伝承も人間のものより詳しいんだと思うよ」
「エルフの隠れ里って、この背中のこいつが住んでる村か?」
「そう、リアはその隠れ里に住んでるエルフだよ」
改めて背負っている少女を見るが、見た目は耳の形状以外人間と大差ない。
しかし、エルフ族は人類種の中で最も長命であり約五百年の寿命があるといわれている。そのため、人間族よりも長く歴史を目の当たりにしてきたため、蓄積された情報も多いのだろう。
「その隠れ里まで後どのくらいなんだ?」
「もう少しで着くよ――それで、大まかことは話したけど、何か聞きたことはあるかな?」
「そうだな……じゃあ、エルフ族の隠れ里について――」
――グギャッ!
会話の途中で突然、近くの草むらから何かが飛び出す。
「危ないッ!」
レイルシアが叫ぶも、真羅のちょうど死角になっている位置からの襲撃であり、話に集中していた彼は反応が遅れてしまう。
「――ん?」
間の抜けた声を出しながらも、背中の少女を庇うように振り向いた彼の頭を凶刃が襲う。
「――シンラッ!」
静寂に包まれていた精霊の森に、レイルシアの絶叫が響き渡った。




