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異変の謎と神話の断片  


 精霊の森の中、何の整備もされていない獣道を、真羅はリアという少女を背負いながらレイルシアと並んで歩いていた。


「森に異常が起きたのは三日前だったかな」


 レイルシアが今回起こった事件の経緯についてを静かに語り出す。


「何なのかは分からなかったけど、凄くイヤな気配を感じたんだ。だから、ボクはこのことをすぐに村のみんなに報せて、一緒にこの森を調べたんだ」


「嫌な気配ね。その発生源があの闇精霊か」


「……それが分かったのはついさっき、キミとあの“常闇”に出会った時だよ。調べ始めたばかりの時は全く気付けなかった……分かったのなんて森の動物が姿を消したことと、魔物が凶暴化したことぐらいだよ。あんなヤツがいるなんて想像すらできなかった……」


 自らの宿敵たる闇の精霊ことに気付けなかったレイルシアは、悔しげに掌を握り締める。


 常闇の精霊はその特異な性質上、発見することが非常に困難な存在なため、彼女が察知できなかったのは仕方のないことなのだが、それでも何もできなかった自身の無力さが余程悔しいのだろう。


「その後、凶暴化した魔物を討伐しながら調査を続けていったら、ちょうど今日の昼頃だったかな……キミが背負ってるリアと一緒に森を調べていると、この異常の元凶と思しき禍々しい巨大な球体――闇の瘴気を内包した水晶を発見したんだ」


「水晶……」


 瘴気を内包した水晶と聞き、真羅は常闇と遭遇する前に倒した黒い竜の胸元に埋め込まれていたモノを思い浮かべる。


「その水晶を調べようと近づいたその時だった、突然その水晶にヒビが入って瘴気が漏れ出したんだ」


「なるほど、常闇の罠か」


 自然に割れたのだとしたらあまりにタイミングが(わる)すぎる。十中八九、常闇の仕業だろう。


「たぶんそうだね。とっさに浄化を試みたんだけど、漏れ出る瘴気の量が想像以上に多くて対処できなかった……それでこのことを村のみんなに伝えるために、流れ出る瘴気を浄化して勢いを押さえながら村の方に走っていたんだんだけど――」


「――逃げ切れなくてレイルシアが留まって瘴気を抑え、その隙にこの子をその村まで急がせた。ってとこか?」


「……そう、正解だよ。そしてキミに出会った」


 レイルシアが「後のことはキミの方が詳しいと思うよ」と大まかな経緯を話し終えるが、話を聞いていた真羅は特に驚くこともなく、まるで初めから知っていたとでも言いたげな態度で欠伸を噛ましていた。


「ねえ、話、聞いてた?」


「おー、キイてる……聞いてるさ。あー、それよりもさあ、この子、リアだったか? こいつって何なの? 人間? 精霊?」


「ホントに聞いてたの!?」


 真羅からすると今回の経緯よりも背負っているリアの種族の方が気になるらしく、急に話を変えて尋ねてきた。この様子ではいままでの話を聞いていたのかすら怪しい。


「はあー、キミって本当に自由だよね――まあ、彼女のことはまだ紹介してなかったね。もう知ってると思うけど彼女の名前はリア。エルフ族だよ。そして、この先にあるのはエルフの村さ」


「エルフ?…………これが? マジ?」


 先ほどとは打って変わり、真羅は驚きのあまり絶句していた。


「えっ? そこに驚くの?」


 予想外の反応にレイルシアもまた驚きを隠せない。 


 正直、彼女からすれば、もはや真羅を驚かすことなど不可能ではないのか、と考え始めていた矢先にこの反応。しかも、この世界では一般的な常識であり、驚く要素など全くない内容でだ。


 この世界において、エルフ族とは自然豊かな森の中で暮らしている亜人種であり、人間族よりも魔力の扱いに長けており、精霊との親和性も高いと言われている種族だ。人里を拠点に活動している者が少ないため、町などではあまり見かけることはないが、その人間よりも長く尖った葉っぱのような形状の耳をしているという特徴を知らない者はいないだろう。

 

「俺の知ってるエルフとは(えら)く違う……」


 仮にも地球の日本で生まれ育った者ならば、ファンタジーに詳しくない者でも“エルフ”ぐらいは知っているだろう。


 大まかイメージとしては、その長く尖ったエルフ耳をしていて、その容姿は人間と比べてかなりの美形であり、プライドが高く、弓や魔法が得意な種族、といったものであろう。


 しかし、このイメージが定着したしたのは、ファンタジー小説の金字塔であるトールキンの書いた「指輪物語」による影響が大きく、史実に伝わるエルフのイメージとは異なるのである。


 本来の伝承や御伽噺に出てくるエルフは手の平サイズの妖精であり、弓を得意としているのは同じだが、プライドが高いといったわけではなく、イタズラが好きな小妖精である。


 また、エルフの王族は人間と同じサイズと伝わっているが、耳が長かったり尖っていることはない。

 現代ではエルフの代名詞ともなっている“エルフ耳”の起源は、昔の画家がエルフを描く際に人間と区別がつくように耳を少し尖らせたのが始まりであり、別に葉っぱのような形状をしているわけではないのだ。


 真羅の持っていたエルフのイメージは後者の手の平サイズの妖精であり、この世界にはエルフという種族があくまでも人の一種として存在していることは知っていたのだが、彼が召喚されたアーセル王国には基本的に人間しか住んでいないため、実際にエルフ族を見るのは今回が初めてである。


 そのため、こんなにも分かりやすいエルフの特徴を持ったリアを見ても、彼女がエルフであるという事実に結びつけることができなかったのである。


「初めて見た。こっち(・・・)のはデカいんだな。いや、向こう(・・・)のも現代まで生き残ってるモノの中には人間サイズのもいたが……」


 余談になるが、真羅は異世界に召喚される前に、地球で妖精のエルフを何度か目撃している。さらにいうと、弱っていた個体を保護をした経験もある。


 これら経験が今回の驚きの要因の一つになっているのだが、当の本人は気付いていない。


「“こっち”、“向こう”ね……」


 真羅が何気なく呟いた言葉に対し、レイルシアが何かを確信を得たように彼の顔を見詰める。


「……ねえ……シンラって、この世界の人間じゃないでしょ?」


 唐突な問い。


 傍から聞けば何を荒唐無稽なことを言っているんだと笑われるような問いだが、それはあくまでも“人間として”のだが、真羅の正体を見事に突いていた。


「ああ、そうだよ。知っていたんだな。いや、その様子じゃ“知っていた”よりも詳しそうだな」


 しかし真羅の反応は実に普段通りであり、あっさり自分が異世界人であることを認めた。


「これには驚かないんだね……でも、こっちの方がシンラらしいよね」


 出会ったばかりであるが、何故かこの反応をする真羅に安心感を覚えることに気付くが、レイルシアは苦笑を浮かべながらも、不思議とこの感覚を心地よく思えていた。


「うん、よく知ってるよ。なんせ、そのキミをこの世界に招いた召喚魔法を創ったのは女神様だからね。ボクも実際にこの目で行使されるを見たよ」


「やはり、神格が絡んでいたか。でなければ、加護や祝福が付与されることなんてないからな」


 異世界召喚の魔法は女神が創造し行使したという真実。


 そして、神話の時代にそれが行使されるのを、このレイルシアが実際に目にしているという事実。

 しかし、それらは真羅が想像した通りの内容であったようで、ようやく確信が取れたと更なる思考を巡らせていた。

 

「ということは神代に俺らと同じ異世界人がこの世界に召喚されたということか?」


「そうだよ。みんなキミと同じぐらいの歳で黒っぽい髪の子が多かったかな」


「黒髪か……それじゃ人種までは特定できないが……顔立ちはどんなだった? 俺に似ていたか?」


「うん。少し感じが違うけど、キミと似た顔立ちだったよ」


「なら黄色人種(モンゴロイド)か。俺に似てるなら日本人の可能性は高いな……」


 真羅はかつて召喚された異世界人は、恐らく地球人――その中でも黄色人種だと推測する。


 レイルシアが“少し感じが違う”というのは、真羅の母であるセイラが西洋人とのハーフであり、真羅の顔立ちも純粋な日本人とは少々異なっているためだと考えられる。


「もんごろいど? それは聞いたことはないけど、彼らは自分たちのことを日本人って言ってたよ」


「確定だな。並行世界って可能性もあるが、俺と出身は同じのようだな……時代の判断はできないが」


 レイルシアの言葉で以前召喚された者が日本人であるという確証を得ることができたが、それでは時代までは特定できない。


 しかし、自らを日本人と明言ていることから、少なくとも鎖国していて海外との交流が少なかった江戸時代よりは後の時代であろうことは想像できるが、それだけでは情報が少なすぎる。


「その召喚されたヤツはどんな感じだったんだ? 召喚の時に立ち会ってたんだろ?」


「うーん。確かにボク高位精霊だし、召喚の時にその手伝いをしてたけど……うーん、さすがに何千年も前のことだからあんまり憶えてないんだよね……つい最近まで眠ってたし、記憶が少し曖昧なんだよね………」


 どうやら、レイルシアはつい最近まで休眠状態だったようで、記憶が混濁しているようだ。 


「そうか、眠ってたのか。なるほど、通りで霊格が薄い(・・)わけだ。その神話の大戦でやられたのか?」


「……そんなことまで分かるんだね――そう、魔神との決戦の時にちょっとね。だから、実際に戦いが終わるとこを見たわけではないんだ。だから、召喚された彼らがその後どうなったのかは知らないんだ」


 真羅の推測通り、闇の眷属との戦いで深手を負ったレイルシアは、大戦の決着を見ぬまま長い休眠状態に入っていたのだ。彼女自身も自分がどのくらいの期間眠っていたのか分かっていない。


 ただ、神話の大戦が起きたのが現代から数千年前とされているだけで、実際にどのくらい前に起きたのか、厳密には誰も知らないのだ。

 もしそれを知っている者が現代にいるとすれば、その大戦で生き残った精霊たちぐらいだろう。


 それこそ、“常闇”のような。


「だから、ごめん……キミを元の世界に帰す方法は分からないんだ――」


 どうやら、異世界人である真羅が、元の世界に帰る方法を探していると勘違いしたようで、レイルシアは申し訳なさそうに頭を下げた。


「いや、そんなのはどうでもいい。その召喚されたヤツ……単体か? 複数か? そいつらは召喚された時どんな様子だった?」


 真羅は元の世界に帰る方法などよりも、召喚の対象となる条件の方が気になるようで、レイルシアの謝罪を軽く受け流した。


 この対応にはレイルシアも顔を上げて困惑する。


 普通に考えて無理やり異世界に召喚されたのならば、間違いなく元の世界に帰る方法を求めるはずだ。実際に神話の時代に呼ばれた異世界人たちも、まず初めに元の世界への帰還方法を尋ねてきたのだ。


 しかし、この魔術師にとっては、元の世界に帰る方法など自力でどうとでもなると考えているため、そんなものなど端から求めていない。


「えーとっ、召喚された子は三十二人で、みんなキミと同じぐらいの年齢だったよ。召喚された時は……そうだね……うん、すごく困惑してたよ。事情を話した後は……現状をイマイチ理解できなくて固まってる子や、元の世界に帰してほしいってパニックになる子が多かったかな。でも、(のち)に“勇者”って呼ばれることになる女神様の祝福を授かった子は、真っ先に協力を申し出てくれたよ。あー、後、一部の子は“げーむ”や“らのべ”みたいって興奮してたかな? それが何なのか聞いたけど、ボクにはよく分からなかったよ」


「なるほど。そんな娯楽物があるってことは、ごく最近のことだな」


 真羅と同じぐらいの年で約三十人であるということから、恐らく日本の高校生が一クラス分召喚されたと考えられる。また、ゲームやライトノベルで“異世界”というワードが一般的になっていることから、彼らが生きた時代はごく最近であり、恐らくは真羅が召喚された時からおよそ十年前後と考えていいだろう。


 彼らがその後、元の世界に帰ることができたのか。それともこの世界で生きていったのか。仮にこの世界で生きていったのなら、さすがにもう生きてはいないだろうが、もし元の世界に帰還することができたのならば、向こうの世界の次元に穴が開いたはずなので、それを“魔導連合”の過去の記録から探れば彼らのその後が分かるだろう。


(日本で発生した高校生の集団失踪事件を調べれば、その最初の召喚者たちのことが分かるかもな……こんなんならもっとニュースを見ておくんだったな。まあ、俺が召喚された時より先の時代だったら調べようがないが……だが、未来視で探ればもしかしたら……いや、そもそも異世界から戻った人間を“魔導連合”が見逃すはずがない)


「シンラ?」


 先の召喚された異世界人たちについて考えていると、急に黙り込んだ真羅をレイルシアが不安そうに見上げていた。


「ああ、恐らくその連中は、俺と同郷だろう……だが、今さらそんな何千年だかの人間のことなんて考えるだけ無駄だ。それよりも、その神代に起きたことを教えてくれ。何故、異世界人が呼ばれたのか。精霊とは、神とは何を」


 今得るべき情報は、異世界人のその後ではなく、かつてこの世界で何が起きたのかだ。


 異世界に召喚された人間というのは、真羅からすれば大変貴重な試料(サンプル)だが、そんなものは他人ではなく自分の身体という最も身近なものがあるため、現状では特に興味をそそるようなものではない。


「ボクからしたら、どうしてこの時代にシンラが召喚されたのかが気になるんだけど………でも、確かにキミにはそれを知る権利があるよね……うん、分かった。かつてこの世界で何があったのか、ボクの知る限りのことを話すよ」


 今現在、レイルシアには真羅の心情が理解できない。


 彼は元の世界に帰りたいと思っているのか。


 彼はその元凶の一端でもある自分をどう思っているのか。


 そして、彼はこの世界に何を求めているのか。

 

 しかし、そんな事情などは関係なく、今この場にいる彼は、神話の真相を知る権利がある。


 ならば、光の眷属たる自分は、彼に全てを話さなくては――否、真実を伝えなくはならない。

 

 レイルシアの顔から不安や困惑が消えていく。


「頼む」


 彼女の“光の精霊”として使命を果たさんとするその姿を目の当たりにした真羅は、自然と何時にもなく真剣な表情になり、その真実(はなし)を聞く姿勢を整えた。 


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