救世主
真羅たちは少女の後に続きこの建物の廊下を歩いていた。
突然、教室にいたら魔法陣か浮かび、気が付くとよく分からない場所にいて皆混乱しているが、目の前で歩いている少女が説明してくれるようなのでついて行っているのだ。
先ほどまで騎士たちのせいで気が付かなかったが、少女と騎士たち以外にもローブを着たまるでお伽噺に出てくる魔法使いのような者もいて、少女の隣を歩いていた。どうやらこの少女はこの中では、最も地位が高いようだ。
クラスメイトの何人かは、不安を和らげようとこそこそとしゃべり始めていた。勇志や結衣たちは周りを警戒しているが、今は少女について行くしかないため、おとなしくついて行っている。そして最後尾を歩いている真羅と詩音は周りの状況を確認するため、周りには聞こえないように話していた。
「ねえ、真羅君。やっぱりここは地球じゃないのかな?」
「ああ、たぶんな。あの魔法陣には次元転移の術式が組み込まれていたし、ここはマナが濃すぎる」
マナとは、自然界に存在する神秘的な力で魔術を行使するのに関係するものであり、マナが濃ければ魔術を干渉させやすく、逆に薄れば干渉しにくくなる。地球では科学が発展し、神秘的な力が減ってしまったためマナは薄いのだ。
「確かにね。さっきは召喚の魔力の残滓で気付かなかったけど、さっきの場所はすごくマナが濃かったね」
「さっきの場所もやたら濃かったが、ここも濃いな……まるでパワースポットにでもいるみたいだ」
「そうだね。もともとマナが多い所にこの建物を建てたのかもしれないけど、それでもこんな場所は聞いたことがないよ」
詩音が言った通り、真羅もこんな場所は聞いたことがない。二人は魔術師であり裏の世界で活動しているため、こんなにマナが濃い場所なら耳に入ったことぐらいあるはずだ。それでもこんな場所は知らないため、やはりここは地球ではないのだろう。
「それにさっきから使い魔との連絡が取れない」
「そういえば、真羅君は使い魔を世界中に放っているんだったね」
詩音の言う通り、真羅は世界中に使い魔を放っている。そのため、使い魔と連絡が取れないことはほとんどなく、今までのことから考えると、ここは地球ではないのだろう。
そんなことを話していると大きな扉が見えてきた。少女は扉の前に立つと、こちらの方を向き口を開いた。
「こちらが玉座の間です。奥で父上がお待ちになっています」
「父上?」
勇志は少女に聞き返した。すると少女は振り返り笑顔で答えた。
「申し遅れました。私はこの国――アーセル王国第一王女、リーフィス・エリク・アーセルと申します」
「えっ?」
少女は再びとんでもないことを放った。
護衛の騎士がいたため地位が高い者だとは思っていたが、まさか王女だったとは……しかも第一王女である。
「この人、王女だったのか!」
「お姫様なんて初めて見た」
「日本語でしゃべっているように聞こえるし、ここって本当に異世界じゃないのか?」
クラスメイトたちがざわめきだした。得に男子が。
まあ、本物の姫を生で見たのだから仕方ないかもしれないが。
「私たちのこともお話ししますので、こちらへどうぞ」
少女――リーフィスがそう言うと、近くにいた騎士が扉を開いた。そしてリーフィスは扉の中へと入っていった。それに続き、真羅たちも扉の中に入っていった。
扉の向こうには、床や壁が真っ白な巨大な部屋になっていて、奥には煌びやかな玉座があり、そこに一人の初老の男が腰掛けていた。
その男はリーフィスと同じくプラチナブロンドの髪に碧眼で豪華な衣装を纏っている。眼光は力強いが敵意は感じられない。
「父上。救世主様たちを連れてまいりました」
「おお、ご苦労だったな。リーフィス」
玉座に座っていた男が視線をこちらに向いた。
「貴殿らが救世主か。私の名はカルストフ・エリク・アーセル。このアーセル王国の王している者だ」
髪や目からなんとなく分かっていたが、この男はリーフィスの父でこの国の王のようだ。
真羅はこの状況の原因の一端であろう男に警戒を強めた。
勇志はここで、皆が思っていたことをカルストフに尋ねた。
「すいません。さっきから気になっているのですが、救世主とはなんのことですか? それに僕たちは気が付いたら突然の場所にいたので状況がよく分からないのですが」
「そうであったか……それでは急なことでさぞ驚かれたであろう」
カルストフは勇志の言葉を聞いて少し驚いたような顔をした。こちらが何も知らないことは、向こうも想定外だったらしい。
「それではまず、なぜ貴殿らを召喚したのか話しをしよう」
カルストフは真羅たちを一度見渡すと話し始めた。
「現在、この世界の人間は滅亡の危機に瀕しているのだ」
「滅亡の危機?」
「実は、数年前に魔人族が人間の領土に攻めこんできたのだ」
カルストフは何かを思い返すような顔をして語りだした。
「魔人族の王――魔王は人間たちを滅ぼし、この世界を支配しようとしているのだ。我々も必死に抵抗をしたのだが、魔人は人間より強大な力を持っているため防戦一方で、瞬く間に領土を奪われてしまったのだ」
カルストフはそのときのことを思い出したのか、悲痛な表情になった。
「だが、最近になって突如、魔人族が退いて行ったのだ」
「退いて行った?」
勇志たちは首を傾げた。話の内容からすると、人間に攻め込んで魔人が退いて行ったのに、なぜ自分たちがここにいることになったのか。
「ああ。なぜ魔人は退いて行ったのかは分からないが、人間側には甚大な被害が出ていて、次に攻め込まれたたらもう耐えることができないのだ。」
カルストフは顔を悔しげに歪めたが、すぐに表情に戻して話を進めた。
「だが、魔王が世界を支配しようとしていることに変わりない。いずれ魔人族は再び攻めてくだろう。そのため、我々は魔人が退いた隙に、女神ストレイア様が古の時代に人に託したと伝わる英雄召喚の魔法を使い、異世界より救世主を召喚することにしたのだ」
「それでは、その救世主というのは――」
「そう、貴殿らがその英雄召喚で選ばれた救世主なのだ」
クラスメイトたちがざわめき出す。ほとんどの者は驚いたような声を出した。 まあ、何人かはこの手の小説に精通していたらしく喜ぶような声を出したが……
「救世主は皆、英雄召喚により、膨大な魔力と強靭な身体を得られると聞く」
真羅はそれを聞き自分の体内の魔力を確認すると、確かに魔力量が増えていた。真羅はてっきり、使い魔に割いていた分の魔力が戻ったのだと思っていたが違ったらしい。
さっきの召喚の魔力の残滓のせいで気付かなかったが他の者も増えている。しかし、制御ができていないたため、増えた分の魔力はほとんど垂れ流し状態になっている。
「その中には最も強く女神の加護を得た者――勇者と呼ばれる者がいると伝わっている」
「勇者?」
「そうだ。勇者に選ばれた者は、手の甲に紋様が浮かぶと伝わっている」
それを聞いた一同は自分の手を確認した。真羅も自分の手を見るが、特に変わった様子はない。
すると、同じように自分の手を見ていた勇志が、
「僕の手に紋様が浮かんでます」
その声を聞き、皆が勇志の方を向く。勇志の右手の甲には不思議な紋様が浮かんでいた。
「おお! 貴殿が勇者であったか」
カルストフは勇志の言葉を聞き、顔を一瞬だけ緩めたがすぐに元の表情に戻した。
「私からの説明は以上だ」
カルストフは一度、目を瞑ると何か決意したように目を開いた。
「いきなりで悪いが貴殿らに頼みがある」
カルストフは再び間を置き、言葉を紡いだ。
「どうか人類を救うため、魔王を討ち滅ぼしてはくれないか?」
この言葉にクラスメイトたちがどよめき、一部の者はやはりという顔をした。
勇志は少し悩むような顔をしていたが、何かを決意したように顔を上げた。
「みんな。僕は戦おう思う」
それを聞き、今まで黙って話を聞いていた真羅が驚き口を開いた。
「まてっ! 勇志! 今の話を聞いてたのか? これはゲームなんかとは違う! 本当に死ぬかもしれない危険なことなんだぞ!」
「分かっているよ。信じられないけど、これは現実なんだよね? でも僕はこの世界の人をほっておくことはできない。それにここに来てからなんだか力が湧いてくるんだ」
勇志の言葉に周りの者が、「確かに」とつぶやいた。それを聞いて真羅は耳を疑った。
(なぁっ!? みんな魔力を感じられているのか?)
魔力とは、生物が持つ神秘的な力のことであり、生き物は多かれ少なかれ皆持っている。しかし、普通は認識することはできない。
魔力を認識できるようになるためには、神秘的な力に触れ続けることで神秘に体を慣らす必要があり、現代では神秘的なものが減ってしまったため、自然に認識できるようになることはほとんどない。
そのため、魔力を認識できるのは、ほとんどが魔術師の家系に生まれた者なのだ。
真羅は驚いていたが思考は冷静で、すぐに理由を突き止めた。
(そうか! 召喚陣だ。召喚のときに使われた魔力と魔法陣に組み込まれていた魔力増加の魔術で、強大な魔力にさらされたせいか!)
もともと英雄召喚の魔法は膨大な魔力が使われていた上に、魔力増加の魔術により内側から急激に魔力が増えたので、勇志たちは魔力を認識できるようになったのだ。
「いくら力があっても俺らはただの一般人だぞ。戦えるわけがないだろう」
その言葉に勇志は、真剣な表情で真羅の顔を見る。
「そうだね、これは僕の我が儘だ。だから、みんなは付き合わなくていい」
勇志は自分の手の甲の紋様を目を向ける。
「僕は救える力を得たのに何もしないで見過ごすことなんてできない!」
勇志は決意に満ちた強い眼差しをしていた。彼の意志は堅い。真羅はもうこの状態の彼を止めることができないことは、付き合いが長いため分かった。
この男は基本、お人好しで正義感の塊なのだ。
「はあ~、分かったよ。どうせもう何言っても聞かないだろう? 好きにしてくれ」
「はは、ありがとう。心配してくたんだろう」
勇志は少し微笑むとクラスメイトの方を向く。
「僕は戦うよ。みんなは無理に付き合わなくていい」
勇志の言葉を聞き、前にいた永司、明人、翔大、結衣の四人が口を開いた。
「まてよ、勇志。俺も戦うぞ!」
「ああ、朝比奈だけにかっこはつけさせねえよ」
「まあ、このままこの世界のやつらを見捨てたら寝覚めが悪いからな」
「私も協力するよ!」
この四人に続き、他の者も次々と名乗りを上げた。女子の中には勇志を見ながら、顔を赤らめて言った者もいたが、結果的にクラスの大半の者が参加することになった。
「みんな……ありがとう」
勇志はお礼をいうと、カルストフの方を向いた。
「カルストフ陛下、僕たちは魔王討伐の任を引き受けます!」
勇志が魔王討伐を宣言すると「おおっ!」と、玉座の間に歓声が上がる。
(はぁ~。何で皆こんなに簡単に決めちまうんだ。確かにこいつらは嘘はついていないようだが、こんな拉致紛いなことされて戦えなんて……俺はごめんだな)
真羅はこの場の雰囲気を見て内心溜息をついた。
魔術師としての経験で嘘を見抜くにはそこそこ自信のある真羅から見て、彼らが嘘をついていないことが分かった。だが、だからといって戦争に参加する気にはならない。魔王というのは気になるが、勇志たちに魔術師であることが知られてしまうリスクを考えると、魔王とやらと戦うのは得策ではない。
現代において、魔術師というのは表舞台に出て来ることはなく、世界の裏側で活動していて、その存在は秘匿されている。
何故、魔術師たちが存在を隠しているのかというと、理由は単純に危険だからだ。
魔術という科学では説明できない超常的な力を操る魔術師がその存在を表向きに知られれしまえば、確実に良く思う者は少ない。恐らくほとんどの者が利用しようとするか、脅威と見なして排除しようとするだろう。
現在、魔術師の数は昔と比べてかなり減ってしまっている。魔術自体は決して絶やさないように、より精練され発展しているが、肝心な魔術師自体が減ってしまっているため、表舞台に出てしまえば潰されてしまうだろう。
そのため、魔術師たちは自らの存在を秘匿するようにしているのだ。
勇志なら知ってしまっても黙っていてくれるだろうが、情報はどこから漏れるか分からないので、知られるわけにはいかないのだ。
真羅はこれ以上何かを言って悪い印象を持たれたくないので、この場は黙って見ていることにした。
「そうか! 感謝するぞ、勇者よ」
「ええ。ですが、ここで僕からもお願いがあるのですが。よろしいでしょうか?」
「かまわん。申してみよ」
勇志は少し後ろを見てから答えた。
「この魔王討伐に参加できない者もいます。彼らを元の世界へ帰してほしいのです」
勇志が願いを言うと、カルストフたちは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「すまぬがそれはできないのだ」
「できない?」
勇志たちは言葉の意味が理解できず首を傾げた。
「そうだ。我々には貴殿たちを元の世界に戻す方法がないのだ」
「?」
カルストフの言葉にクラスメイトたちが、「どういうことだ?」と騒めき出した。
「英雄召喚の魔法は女神ストレイア様が人に託したものであり、古くから研究されたいるのだがほとんど解明されてないのだ」
「それでは、元の世界には?」
「すまないができないのだ。我々も全力で研究に取り組んでいるのだが、現在は魔人との戦いの最中のため研究が停滞してしまっているのだ」
「そんなぁ~」
戦いに参加しないと決めていた者が座り込んでしまった。他の者も唖然としてしまっている。何人かは予想できていたようだが、皆、無意識に来ることができるのなら、帰ることもできると思っていたようで暗い顔をしている。中には泣き崩れてしまった者もいる。
そんな中一人だけ、
(やっぱりな! あの魔法陣は一方通行だった。帰還用のもあるんじゃないかと少しは期待してたんだがな。くそっ! こないだ手に入れた魔導書も研究の途中だったのに!)
真羅は全く違うことを気にしていた。彼は基本的に魔術にしか興味がなく、数日前にずっと前から欲しかった魔導書を手に入れ、現在はその研究の真っ最中だったのだ。
真羅が憤っていると、勇志が口を開いた。
「みんな! 確かに帰ることができないのは僕も残念だけど、あきらめるのはまだ早い!」
勇志はみんなの不安を和らげるために笑顔を作り話し始めた。真羅は虚勢だと見抜いたが、他の者はすがるように勇志を見た。
「今は帰れないけど、魔王を倒せば研究が進んで帰る方法が見つかるかもしれない! そうですよね? カルストフ陛下」
「あ、ああ。魔人を倒せば研究は進むだろう。それに魔王を滅ぼせれば、我らが神であるストレイア様が新たな魔法を授けてくれるやもしれん。無論、我々も貴殿らを元の世界に送るために全力を尽くすことを約束しよう」
カルストフの言葉に、まだ帰れる可能性があることを知り、皆が安堵の表情を浮かべる。
(魔人と戦っても帰れる保証があるわけではないが、どのみち魔王を倒さない限り帰れる可能性はないってことか……)
そんなこと思いながら、真羅は勇志の方見て口を開いた。
「勇志。魔王を倒すしか帰る方法がないなら、俺も戦う」
「えっ? 本当かい、真羅?」
「ああ! 俺は元の世界に帰りたいんだ。方法がそれしかないならやるしかないだろ?」
このとき、真羅は戦うと口にしたが、彼が今考えていることは家にある魔導書のことだけだった。
やはりこの男は魔術師であり、基本的に魔術への探究心の塊なのだ。