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星の下で


 すでに日は沈み、空には星々が輝いていた。

 

 闇夜の下、真羅は気を失っている精霊を担ぎながら、暗い森を歩いていた。


「――昼は太陽となった女神が世界を照らし、夜はそれに付き従う光の精霊たちが女神に代わって世界を照らした。 いくら女神サマでも夜ぐらいは休まないとやってられないんだろうな」


 疲労困憊の様子の真羅は、重い足取りでふらふらと前へ進んでいく。


「眠い……お仲間は絶賛お仕事中なのに……君は何時まで寝ているつもりだ、レイルシア?」


 この世界の神話では、夜の間は女神が休息を取れるよう、星となった光の精霊たちが彼女に代わって空を照らしているのだと伝わっている。


 つまり、あの空で輝いている星々は、光の精霊であるレイルシアの同胞なのだ。

 この伝承がどこまでが真実なのかは、真羅では判断が付かないが、疲労困憊の彼の“眠りたい”という思いだけは、嘘偽りのない真実だ。


「怪我は治療したし、呪いも祓った。もうそろそろ起きてもいい時間だぞ? この寝坊助め」


 無意味な行為だと分かっているが、多少の悪態ぐらいは許されるはずだ。


 現に空に浮かぶ彼女の同胞たちは、特に天罰を落とすとこもなく、ただ静かに見守ってくれている。


 穏やかな寝息を立てて眠っているレイルシアを見て、いっそのこと夜空に帰してやろうか、と本気で考えるも、魔力の無駄だと思い留まる。


「はあ~、ねむい」

 

 真羅の気分など知る由もないレイルシアは、彼の温もりを感じながらすやすやと眠っている。


「まったく、人の気も知らないでよく眠っている。……あー、表情筋が疲れた」


 再び無表情となった真羅は、そのまま無言で歩き始めた。 



 しばらく歩き続けると、目的の場所へ辿り着く。


「こいつを忘れるところだったな」


 真羅の目の前には、常闇に出会う前に仕留めた三本角の竜の骸が転がっていた。


 おそらくは常闇の使い魔であったのだろうが、今では見る影もなくズタズタだ。


「中身はもう焼き切れているが、この角と尻尾の高純度の炎が如く輝く銅(オレイカルコス)は捨て置くのはもったいない」


 レイルシアを木陰に下ろすと、真羅は竜の亡骸に歩み寄り、その刃の如き角に手を添えた。


『――解析』


 短い呪文の後、掌から小型の魔法陣が出現する。


「――純度、割合、魔力伝導率……」


 ブツブツと呟きを漏らしながら、竜の角を調べ終えると、次は身体全体を解析し始める。


「――年齢、約六百。分類、竜種。構成物質……」


 戦闘時では調べることのできなった詳細まで、事細かに紐解いていく。


「――解析完了」


 一通り竜の詳細を暴きつくすと、真羅は魔法陣を解いて角から手を放した。


「鱗にもオリハルコンが含まれているが、角と比べると質が悪いな。角と尾は高質の緋緋色金(ヒヒイロカネ)か……よし、角と尾だけ回収するか」


 神秘合金(オリハルコン)炎が如く輝く銅(オレイカルコス)を原料に造られる合金であり、分量や材料により様々な種類がある。中でも赤いオリハルコンは“ヒヒイロカネ”といい、魔力伝導率が最も高く、優秀な魔導品(アーティファクト)の材料となる。


 この竜の角と尻尾に含まれているのが、高質な緋緋色金(ヒヒイロカネ)であることが解ると、真羅は半歩だけ距離を取り、人差し指をその亡骸に向けた。


「――ミヅキ」


 短い言霊。


 紡がれた言葉には、確かに力ある言霊があった。しかし、それは呪文詠唱のものとは異なり、家族や友人の名前を呼ぶような親しみが籠められたものだった。


 ――シュッ


 風を斬る音が鳴る。

 一拍遅れ、竜の角と尾の先が地面へと落ちた。


「ありがと」


 真羅は見えざる何かにお礼を言うと、地面に落ちた角と尾を拾い、そのままポケットに突っ込む。


 それは彼の身の丈よりも遥かに大きいのだが、不思議なことにその角と尾は、吸い込まれるようにポケットの中に収められていった。


「本体の方は丸コゲだし、素材にも試料(サンプル)にもならないな……消すか」


 しばらく、残った亡骸を名残惜しそうに眺めていた真羅だが、唐突に物騒なことを呟き始める。


「無駄にデカいし、オリハルコン含んでる。このまま自然に還るとは思えないな……消そう」


 僅かな葛藤の後に処分を決断した真羅は、徐に左手を竜の亡骸に向ける。


「――アニマ」


 再び親しみの籠った言霊が呟かれる。

 前回とは異なる言葉。おそらくは名前と思しき言霊。


 すると、次の瞬間、竜の亡骸が蒼白い炎に包まれる。

 この世の物とは思えぬ蒼炎は、瞬く間に亡骸をこの世から消し去った。


「ありがと」


 再び真羅がお礼の言葉を紡いだ時には、すでに竜の身体は跡形もなく消え去っていた。


 しかも炎が燃やしたのは竜だけであり、周囲の草木には一切焦げ跡は残っていない。

  

「……」 


 火葬を見届けた真羅は、目を瞑って沈黙する。 


 その様は竜を弔うために黙祷を捧げているかのように見えるが、これは単に魔力の消耗により、立ったまま眠りについてしまっただけだ。


「――はっ!」


 数秒間で覚醒した真羅は、目を擦りながら周囲を見渡す。

 そして、自身が僅かの間眠っていたことを理解し、眠気を飛ばすために頭を振る。


「気が緩んだな。まあいいか」


 木陰で寝かせていたレイルシアを背負うと、真羅は再び歩き出す。

 

「放置したままの耳が長いヤツも回収しないとな……名前は、何だっけ?」


 真羅はレイルシアと出会う前に助けた、葉っぱのような形の耳を持つ女のことを思い出したようで、霊脈と己の勘を頼りにふらふらと歩みを進めていく。


「――うっ……うぅ。ふあぁ~」


 間の抜けた欠伸が、真羅の背から聞こえてくる。


「ようやく起きたか。おはよう、寝坊助」


 もはや首を動かすことすら面倒くさいのか、真羅は振り向きもせずにレイルシアに声をかけた。


「ん~。あれ……シンラ?」


 目を擦っていたお寝惚け精霊が、目の前にいる魔術師の存在に気付く。


「おう。あれからずっと気絶してた君を治療してここまで運んできた疲労困憊の真羅だ」

 

 どうやら感情を込めることすら面倒になったようで、抑揚のない声が無理やりに吐き出される。

 これでも現状で最大限の努力をした結果、絞り出された言葉である。


 本人からすれば、状況把握ができていないレイルシアを気遣ってかけた言葉なのだが、感情の色が全く窺えない。


「ん? えっ? あれ? 何でボク、シンラに背負われてるの?」


 やはりと言うべきか、意識がはっきりとしてきたレイルシアは、状況を把握できずに困惑してしまう。


「いやいや、そうじゃない。あの時ボクは攻撃されて……ああっ!? シンラ! 大丈夫!?」


 意識を失う前の記憶を思い出したレイルシアは、目覚めて早々に真羅の身を案じる。


 彼女が意識を失う直前に見たのは、全身を茨で撃ち抜かれた真羅の姿だ。


 実際は真羅が魔術で造った人形だったのだが、真実を知らないレイルシアは、背負われたまま彼の身体を撫でまわし始める。


「大丈夫だ。俺の体は問題ないし、仕掛けてきた奴も追い払った」


 真羅は耳元で騒ぐレイルシアを安心さ(だまら)せようと、さも大したことがなかったかのように答えるが、相変わらず声に抑揚のないため、返って彼女を不安にさせてしまう。


「本当に大丈夫なの!? 声に全く生気がないよ!」


「問題ない。疲れてるだけだ……だから音量を下げてくれ。頭に響く」


 出会った時と異なり、今にも消えてしまいそうな力無い声だ。


 先ほどの常闇との戦いで、生命エネルギーである魔力を大量に消費してしまったため、現在の真羅からはまるで精気が感じられない。


 魔力を完全に枯渇させてしまったわけではないので、歩いたり走ったりと身体を動かすことはできるのだが、現状では戦闘や高位魔術の行使などは極めて困難である。


「うっ、ごめん」


 真羅の力の無いの様子から、現状を把握し切れていないレイルシアも、おおよそ何があったのか察したようで素直に謝罪する。

 

「構わない。だが、質問される前にこれだけは先に言っとく」


 歩みが止まる。


 今までは、かなりゆっくりではあったが、時間を無駄にしたくはなかったがために、レイルシアを背負っている間は一定の速度を維持したまま確実に前に進んでいた。


 しかし、その一刻も早く休息を取りたい真羅が、疲労困憊でもこれだけは伝えなくてはならないと判断した、一つの真実を告げる。


「さっき仕掛けてきたのは“闇の精霊”だ」


「――ッ!?」


 レイルシアの顔に驚愕と困惑が浮かぶ。


 闇の精霊は、光の精霊であるレイルシアの宿敵だ。

 光と闇の争いは神話の時代より始まった宿命であるが、光の眷属と闇の眷属との戦いは神代の頃に終結している。


「――いや。ま、さか……そんなの、在りえ――」


「――在りえた」


 うわ言のようなレイルシアの呟きを、真羅から放たれた力在る言葉に塗りつぶされる。


 この魔術師は事実を否定することを嫌うのだ。


「――もう闇の精霊は……でも………」


 しかし、困惑状態のレイルシアには彼の言葉が届いていないようで、すぐ傍にいる真羅にすら聞こえないような小さな呟きを繰り返している。


 しかし、無理もないだろう。

 打倒したはずの宿敵が再び現れたのだ。


 現在に伝わる神話では、光の女神たちが戦いの末に勝利したと簡潔にまとめられているが、実際は想像を絶するような激戦が繰り広げられていたのだ。

 そして、その事実は、実際にその戦場を駆けてきたレイルシアが良く知っている。

 

「ふッ!」 


 突然身に染みるような北風を顔に吹き付けられ、レイルシアは思考の檻から強制的に解き放たれる。

 

 困惑と疑問に捕らわれていたレイルシアを正気に戻すために、真羅がなけなしの魔力で口から冷風を放ったのだ。 


「困惑しているところ悪いが、お友達が見えてきたぞ」


 話しているうちに先ほど助けた、耳が葉っぱのような形をしている女性のもとにたどり着く。


「リア!」


 真羅の耳元で、レイルシアが倒れている女性の名前を大声で叫ぶ。


 顔をしかめながら、真羅はその女に歩み寄り、近くに刺さっていた翡翠の杖を引き抜いた。すると、周囲を覆っていた退魔の結界が霧散する。


「心配するな。治療も解呪も済ませている。ただ眠っているだけだ」


「っ! 本当かい!」


 再び耳元で大声が上がり、真羅はしかめっ面のまま無言で頷く。

 

「よかった……」


 レイルシアは今にも泣き出してしまいそうな声を漏らしながら、眠っているリアという女性が無事であることを確認して安堵する。

 

「……そろそろ自分で歩いてくれないか? 彼女を運べない」


「えっ、わあッ」


 安堵しているレイルシアを無理やり下ろし、真羅はすぐ傍に置いてあった香炉を回収する。そして、眠っているリアを無造作に抱える。


「さて。この先の村に連れて行きたいんだが……道案内を頼めるか?」


「うん。かまわないよ……って、里のことを知ってるの?」


 余所者であるはずの真羅が、さも当然のように里の存在を知っていたため、レイルシアは思わずスルーしそうになる。


「人の気配がするから何かがあると思っただけで、村だとは知らなかったさ」


「……まだ結構距離があるはずなんだけど。ここからでも気配が分かるの?」


 レイルシアは里までの距離を考えながら、真羅の人外じみた探知能力に、彼が人という種なのかを真剣に疑う。


「霊脈の流れを辿ったんだよ」


 これといった特殊な技能を使ったわけでもないのに、訝しげな視線を向けられてしまったため、真羅は首を傾げながらも素直に真実を話す。


「あー、霊脈か。なるほど」


 自身も地下に流れる霊脈を辿り、レイルシアは納得したように頷いた。


「そういえば後回しになってたが、ここで何があったか教えてくれないか? 瘴気の靄とか精霊とかについて」


 真羅は連戦になってしまったため、ずっと聞きそびれたままになっていた疑問を尋ねる。


 ちなみに、この質問を本来ならば、この背負っているリアと呼ばれた女性に訊くつもりだったため、現在真羅は内心で彼女を助けたのは完全に無駄になってしまったと落胆しているのだが、相変わらず表情が抜け落ちているため読み取ることはできない。


 そして、そんなことを知る由もないレイルシアは、彼に感謝の念を抱きながら「もちろん構わないよ」と笑みを湛えて了承する。


「でもボクも今回の件に関しては完全に理解しているわけじゃないし、精霊のこととかも話せば長くなるんだけど……大丈夫? 疲れてない?」


「なに、村だか里まではまだ距離があるし、歩きながら聞かせてくれれば問題ない。疲れてはいるが話をするぐらいはできるさ。むしろ何もしなかったら、歩いたまま寝てしまいしそうだ」


 レイルシアは真羅の身を案じるが、当の本人は疲労よりも興味が勝っているため、回復よりも情報を優先させる。

 冗談混じりにも聞こえるが、「歩きながら寝そう」というのは、別に冗談ではない。この男なら空を飛びながらでも、寝ようと思えば寝れるだろう。


「分かった。シンラがそう言うなら話すよ」


 出会ったばかりだが、真羅の性格をなんとなく理解できたレイルシアは、苦笑を漏らしながらこの一連の事柄を語るため静かに口を開くのであった。



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