雷鳴と決着
シトシトと雨が降っている。
曇天の空には稀に稲光が見えるが、雨音は強いわけではない。
広大な森に生い茂る草木たちは恵の雨に歓喜の歌を謳い、その木々の中では小鳥などの小動物が雨宿りをしている。
「――? ここは?」
ふと、常闇は我に返り周囲を見渡す。
瘴気による汚染や戦いの傷痕が見当たらない。
精霊の森とは明らかに異なる森の中で、彼女は意識を覚醒させた。
「私はあの人間に憑りついたはず……」
彼女が意識を失ったのは、ほんの一瞬。
「……ここはどこ?」
辺りに無数の生命の気配がするが、人の姿は見えない。
恐らくはこの森に棲む動物たちだろうが、こちらを警戒するような視線をいくつも感じる。
「私は確かに彼の精神に侵入したはず……なら、この視線は――」
恐らくここは、憑りついた人間――ソーマの精神内。
このような森を心象内に備えているのは驚きだが、ここが彼の中だというのならば、必ずこの森のどこかに彼の本体――剥き出しの本性とも言い換えることのできる精神の核が存在するはず。
「こんな森の中に隠れるなんて、往生際が悪いわね」
冷静になった常闇は、嗜虐的な笑みを浮かべる。
考えてみれば何てことはない。ここがソーマの中であるのならば、この森は単なる彼の心象風景であり、彼にとって想い入れのある場所を再現したものだろう。
感じる小動物たちの視線も彼の思い浮かべている幻想で、実際に生き物が生息しているわけではない。
いや、得体の知れないあの男なら、自らの精神が何者かに侵されることを想定し、敢えてこのような心象を再現することで、侵入者から身をも守っているのかもしれない。
「確かにこれだけ視線が多いと、本体がどこにいるのか分からないわね」
常闇はフッと宙に浮かび、ゆっくりと上昇していく。
「でも、時間はいくらでもあるし……じっくり、じぃっくりと、貴方を侵してあげるわ」
狂気を浮かべた常闇の掌から、漆黒の靄が解き放たれる。
彼女は精霊の森の時のように、この闇の瘴気をばら撒くことで、徐々に逃げ場を奪おうと試みる。
ここが精神世界である以上、彼に対抗できる術はない。彼にできたとしてもあの状態では、何もすることはできない。
「どこに隠れようが無駄よ!」
勝利を確信した常闇が、何処かにいる彼の本体に向けて叫ぶ。
その声に合わせるように、掌の上で蠢いていた闇が、ゆっくりと森に迫って降下していく。
「さあ、覚悟しなさい!」
緩やかな速度だが、瘴気の闇は確実に森へと迫っていく。
そして、後一歩で闇が森に到達するその瞬間――
――――ゴガガアアアアアアァァァァッ!!
雷鳴が轟いた。
生じた激しい稲光により、常闇は思わず目を瞑ってしまう。
「……」
光が治まるのを待ち、常闇は静かに瞼を上げた。
まず視界に入ったのは、正常な森だった。
解き放ったはずの闇は、一遍も見当たらない。
「何が?」
全ての瘴気が打ち祓われていた。
この場でそれを可能とする者はいないのにも関わらずだ。
どんな腕の立つ人間であろうと、精神を内側から汚染されてしまえば、抵抗する手段はない。そもそも、ここは精神世界。彼女のような精霊でなければ入ることすらできない。
見上げた空には、落雷を放った黒雲が広がっている。
一見すると何の変哲もない雷雲だ。しかし、彼女の眼は、何かが映った。
「いるッ! 雲の中!」
雷雲の中に影が見えた。
ほんの一瞬だが、暴風により乱れた雲の隙間から、確かに何かの影が映った。
――――ゴゴゴゴゴガガガガアアアアアアァァァァッ!!
雷鳴とともに落雷が迸る。
「――この程度っ」
咄嗟に闇の衣を展開し、落雷を受けるべく身構える。
自然現象の落雷など、精霊である彼女には何てことはない。だが、この雷は明らかに、あの雲の中に潜むナニカが意図して落としたものだ。
その正体は分からないが、常闇は自身と同じく精霊かそれに近しいモノだと判断する。
それ故に、彼女の中には多少の油断が生じていた。
威力は未知数であるが、自身を滅ぼせるほどのものではない。そう、高を括ってしまう。
事実、彼女を打ち滅ぼせるものなど、女神とその眷属を除けば皆無だろう。
しかし、それはあくまでも常闇が生まれた“世界”での話である。
――――愚かな……
迸る雷は容易く闇を突き破った。
「――がッ!?」
常闇は腹部に強烈な痛みを感じる。
落雷は正確に彼女の臍を打ち抜いていた。
天より降り注いだ雷は、細く、鋭く、濃密だった。
彼女の知らない現象。
理解の及ばない現象。
唯一、常闇が理解できたことは、この雷が高位精霊である己を撃ち滅ぼせるほどの神秘を有しているということだけだ。
「くッ! 何が!?」
この“世界”では、彼女の常識など無意味だ。
落雷により地面に墜落した常闇は、撃ち抜かれた腹部を押さえながらよろよろと立ち上がる。
――――失せろ……
上空より声が響いてくる。
やはり、雷雲の中には“ナニカ”がいる。
雷を落とした超常の存在。
自身と似ていながらも、明らかに異なる存在がこの眼で捉えられる範囲にいる。
好奇心が勝った常闇は、痛みを堪えながらゆっくりと天を見上げる。
しかし、常闇の眼がその存在を捉えることはなかった。
「――あっ」
彼女が顔を上げたその時、すでに雷光が眼前へ迫っていた。
「―――ッ!?、――――――ッ!!」
常闇の絶叫が、音の無い雷鳴によって遮られる。
再び降り注いだ落雷は、先ほどとは異なり、森全体を呑み込めるほど強大だった。
為す術もなく雷に呑まれてしまった常闇は、異常なまでの激痛により意識が遠退いていいく。
(――な、何、――が、お――こ――――?)
薄れていく意識の中、最後に彼女の目に映ったのは、雷雲の中よりこちらを見下ろす二つの眼だった。
気が付くと、朽ち果てかけた森の中に倒れていた。
自身から出た瘴気の残留が草木を侵している様子から、ここが“精霊の森”であることが分かる。
「うっ」
腹部に生じた痛みにより、虚ろだった常闇の意識が覚醒する。
「………あれは、何だったのかしら?」
立ち上げる気力がないのか、バチバチと帯電している体を仰向けにして、日の沈みかけた空を仰ぐ。
目に映る空には、先ほどのような雷雲はなく、夜の帳が織り始めた天には、輝く星々と新円を描く月が現れていた。
「――忌まわしい」
目を見張るような美しい星空を見て、常闇は憎悪と嫌悪を吐き出す。
現代の地球では滅多に御目にかかれない壮大な星空だが、彼女の眼には明らかな憎しみが浮かんでいた。
「――伝承に曰く。 魔神を打倒した女神は、世界を照らすために空へと昇り太陽となった。そして、それに付き従った光の精霊は、星となって夜空を照らすようになった……」
一つの人影が星々の光を遮るように見下ろしてくる。
「光の眷属は嫌いかい?」
この世界に伝わる伝承の一説を謳いながら、魔術師は不敵な笑みを浮かべた。
「ええ、嫌いよ。一匹残らず殺し尽くしてしまいたいほど……」
分かり切った答えだ。
闇の精霊にとって、女神とその眷属は忌むべき敵でしかない。本来ならば自分たちのモノである夜を侵している星々など、彼女たちからすれば忌まわしい敗北の記憶でしかない。
「そりゃそうだな」
真羅は常闇の眼に夜空が映らぬように、見下ろした状態のまま顔を近づける。
「まあ、それはそうと、随分と彼を怒らせたみたいだな」
この一言で常闇は全てを理解した。
「さっきの“アレ”は何?」
不可思議な森。雷雲の中に潜むナニカ。
この男はそれらの全てを知っている。
真相を知るべく、常闇は魔術師に問い質した。
「切断された右手には、既に受肉を果たしている」
しかし、魔術師はその問いに答えることなく、身を引いて明後日の方を向いてしまう。
常闇もそれに釣られて体を起こしながら、彼の視線の先に目をやる。
「なっ!」
目に捉えた光景に、常闇は思わず声を漏らしてしまう。
彼女の視線の先では、先ほど切り落とした真羅の右手が、光を放ちながら鼬と狐を掛け合わせたような謎の獣の姿に変化していったのだ。
「俺の雷さまは、隠していようとヘソを獲る」
バチバチと放電している右腕の切断面が常闇へと向けられる。
「お前は既に雷神の鉤爪に捉えられている」
その漏れ出る雷が、常闇の腹部から溢れる雷と繋がった瞬間――
「――戻れ、ナルカミ」
――雷獣が宙を駆けた。
「――ッ!?」
稲光が常闇の腹部を貫く。
雷光となった雷獣が、雷の尾を引きながら真羅の右腕に帰還する。
「――雷獣。それは雷界に住む獣であり、落雷と共に地上に降り立ち、時が来れば再び落雷に乗って天へと帰還する」
雷獣となった右腕は、本来在るべき場所へと帰還を果たした。
「そして、今日最大の雷は、お前が取り込んだ“鉤爪”に宿っている」
帰りの雷は、先ほど真羅が撃ち込んだ“爪”に帯電していたのだ。
そのため、現界した雷獣は、常闇に取り込まれた爪を通過して彼の腕へと帰っていったのだ。
「俺は別に右手ぐらい如何でもいいんだが、俺の雷さまは“許さない”ってよ」
真羅の言葉に反応するように、爪を失った左手の人差し指が放電する。
どうやら、彼の言う“雷さま”がご立腹のようだ。
「ずいぶんとヒドイことをするのね……」
雷獣に撃ち抜かれた常闇は、腹部を押せえながらよろよろと立ち上がる。
しかし、雷に貫かれたはずの腹部には、風穴ではなく底の見えない闇が広がっていた。
「自分から飛び込んできたんだろう? 俺は“やめろ”と言ったはずだ」
不敵な笑みを湛えた魔術師は、小馬鹿にするように肩を竦める。
「それとお前、雷が苦手だろ? 耐性とか弱点じゃなくて、精神的に」
「……」
核心を突くような魔術師の言葉に、常闇は口を噤んで押し黙ってしまう。
「雷が苦手って奴は、まあ少なくはないだろう。単に大きな音や稲光が嫌いだったり、過去に何らかの形で被害にあったりと、原因はそれぞれだが、お前の場合は後者の過去に関係することが原因」
言葉が紡がれるたびに常闇の顔から表情が消え薄れていくが、魔術師は気にすることなく語り続ける。
「伝承じゃ、闇の精霊は光の精霊に敗北してる。恐らくだが、神代の時代の戦いで、雷系譜の精霊に負けてるんだろ?」
「………」
「俺が雷を出したとき、僅かだが対応が他の魔術より早かった。警戒しただろ? 過去の経験から」
――闇が溢れる。
常闇の腹部に空いた穴からドス黒い闇が漏れ出る。
言葉ではなくその色褪せた瞳が、真羅の言葉を肯定する。
伝承には語られることはなかったが、“常闇の精霊”は古の戦いで光の眷属である雷光の精霊に敗れている。
真羅はこの事実を知っていたわけではないが、魔術による落雷を放った際にこの可能性に気付き、雷系統の魔術を中心に攻めていったのだ。
「やめとけよ。これ以上は互いのためにならない」
真羅は不敵な笑みを消し、酷く冷めた表情で溢れた闇を見詰める。
「もう十分に俺の魔力を喰っただろ? これ以上は一滴もやらない」
その言葉を聞き、今にも襲い掛かってきそうだった闇がピタリと止まる。
「“永久の闇”って言われても、正直何なのか分からない。 闇とは言葉にする分には簡単だが、その実体を正確に捉えるのは難しい。というよりも、実体が分からないモノを総称して“闇”と言うんだ。そんなモノを理解しろって方が困難だ」
光の届かないモノ。実体の分からないモノ。得体の知れないモノ。
それら理解の及ばない何かを総称して“闇”を言うのだ。
それらは理解できないからこそ“闇”であり、解明されてしまえば、もはやそれは“闇”とは言えない。
「だが、一つだけ分かったことがある。 お前の闇は有限だ。宇宙と同じく“果て”がある。いや、この場合は“底”といった方が正しいか」
雷が迸る人差し指が常闇に向けられる。
「“爪”を取り込んでくれたおかげで、内側がある程度だが把握できた。 お前に取り込まれた物は、ゆっくりと分解されながら沈んでいき、“底”に至ると物質・非物質に関係なく純粋な神秘に変換される。これこそがその闇の能力。そして、俺の爪はたった今、完全に分解されてエネルギーへと変換された」
元の爪がなくなったことを示すように、真羅の人差し指から新しい爪が生えてくる。
「さすがにエネルギー変換されると、自分の身体の一部であろうともう認識はできないから、その後どうなるのかまでは分からない。だが、その神秘を集めることが、お前の目的であろうことは推測できる。 ――――ああ、別に答えなくていい。そこは重要じゃないから」
自分から話し出したにも関わらず、真羅は興味なさげに話を続ける。
もとより彼の目的は常闇の目的を聞き出すことではないし、今さら確信を得た仮説の答え合わせなどにも興味はない。
「その神秘を集めて何を企んでいるか……なんてことはどうでもいい。大方の想像はつくしな。
――話がずれたな……幾ら魔力を吸収して貯蔵できるといっても、受けたダメージそのものを消せるわけじゃない。俺が聞きたいのは、これ以上やるなら、先に貯め込んだ分も全部吐き出させて、お前の目的を台無しにしてやるけど、それでもまだ続けるのか? ってことだ」
魔術師の瞳に黄昏が浮かぶ。
互いのためにならないと言っておきながら、彼の口元は好戦的に吊り上げられている。
――殺るなら最後まで続けてやるぞ?
言葉にせずとも、その姿が物語っていた。
彼の意図を理解した常闇は、静かに目を瞑り、溜息を吐き出す。
「止めておくわ。貴方の全力には興味があるけど、これ以上は本当に洒落にならなそう」
「賢明な判断だ」
常闇の答えを聞き、真羅の瞳が元の黒色に戻る。
「俺としてもこれ以上は殺されそうだったからな。引いてくれるなら助かる」
「よく言うわ。散々私の秘密を暴いた挙句、思い出したくない雷光のことまで思い出させておいてね」
平然と嘯く真羅に、常闇は呆れるように肩を竦めた。
「それで、最後にもう一度だけ聞くわ。貴方、私の――」
「――断る」
答えは変わらない。
問いは聞くまでもなく“契約”の件であり、真羅は常闇が言い終える前に答えを放った。
「後悔するわよ?」
「はっ」
常闇の忠告とも捉えられる言葉を真羅は鼻で笑い飛ばす。
「未来っていうのにはな、選択肢は無数にあるのに、選べるのは一つなんだ。そりゃあ、後で悔いることもあるだろうよ――」
後悔というものは、選ばなかった他の可能性に対してするものだ。真羅にとって“後悔”とは必ず起こり得ることであり、そんなことは言われるまでもなく理解している。
「――だから、後悔させてみろ。この選択が間違っていたと後悔させてみろよ」
真羅の瞳に薄明が浮かぶ。
その表情は絶対に後悔しないという確信ではなく、むしろ後悔することを望んでいるように見える。
彼の歪な心情は、残念ながら精霊である常闇には分からない。もっとも真羅の精神は、常人には理解できないような構造をしているため、元より理解できる者など皆無だろう。
「そう……なら、後悔させてあげるわ」
常闇は僅かに悲しげな表情を浮かべるも、すぐに嗜虐的な笑みを湛えて真羅を見据える。
「お誘いは断られてしまったし、これ以上は時間の無駄ね……さようなら、ソーマ」
いつ戦闘が再開されてもおかしくはない空気が漂い始めたためか、唐突に別れを告げた常闇は、夜空の闇に溶け込むように消えていった。
「嵐みたいな奴だ」
突然現れたと思うと、辺りをめちゃくちゃにして、突然消え去る。
その様は正に天災だ。いや、自然の化身である精霊は、ある意味天災と言っても差支えがないだろう。
(相変わらず気配はないな)
すでに遠くの何処かに行ってしまったのか、気配探知に優れた真羅でも、常闇の気配を捉えることができなかった。
初めて彼女と出会ったときからそうだったが、本当に存在が希薄である。
「そうそう、最後にこれだけはしないとね」
突如、背後から声がした。
咄嗟に振り向こうとするが、その前に何やら頬に温かい感触がした。
消え去ったはずの常闇が、真羅の頬に口付けをしていたのだ。
「本当は口にしてあげたいのだけれど、あの銀色ちゃんの臭いがするからやめておくわ」
「――残念。せっかくお返しが無駄になった」
真羅がベーっと舌を出す。
その舌は銀色に燐光していた。レイルシアに魔力を受け渡した際に、こっそりとその力を掠め取っていたのだ。
常闇が大人しくただ去っていくとは考えていなかったため、もし消え去るふりをして不意打ちでもしてきたのならば、彼も不意打ちで直接レイルシアの“浄化”の力を叩き込もうと考えていたのだが、光に対して敏感な彼女には見抜かれていたようだ。
企みを防がれた真羅は、付近の木にペッと唾を吐き捨てる。
着弾した木は先ほどの闇の影響で、黒く朽ち果てかけていたのだが、光に触れた瞬間に生気を取り戻していった。
「ちっ、キスしてくるまでは予想してたんだが。まさか頬とはな」
「まったく油断も隙もないわね」
「その言葉はそっくりそのまま返すとしよう」
キスをされた頬に違和感を覚え、真羅は先ほどの水銀で鏡を作り出して覗き込む。
銀鏡で頬を確認すると、そこには不気味な黒い紋様が浮かんでいた。
「私の祝福よ。貴方と再び会えるようにね」
「祝福か。ふむ、中々かっこいいじゃないか」
紋様を撫でながら、真羅は嬉しそうに無垢な笑みを浮かべる。
先ほどまでの不敵さが嘘のような純真な姿だ。
精霊の呪いを受けた者とはとても思えない。
「……そういう笑みもできたのね」
常闇は意外そうにその顔を見詰めると、今度こそ夜の闇に消えていった。
「……今度こそ行ったか」
気配で判断することはできないが、彼女が去ったことは直感で理解する。
戦いの終わりを確認すると、真羅は水銀を試薬瓶に戻し、どさっと地面に腰を下ろした。
「――魔力残量、一割弱」
真羅は自身の魔力を確認すると、戦闘時の不敵さが嘘であったかように、力なく項垂れる。
その様は、周囲にできた戦闘の爪痕と相まって、あたかも敗北者のような有様だった。
(――向こうも祓い終わったか)
瘴気の駆除を任せていたルビアたちがこちらに向かって来ていることを感じ取り、真羅はそのまま目を瞑って休眠状態に入る。
実を言うと、真羅はこの戦いで終始余裕げな雰囲気を醸し出していたが、実際はさほど余裕があったわけではない。
魔力の大半を消耗したにも関わらず、常闇の手の内を引き出すことは叶わなかったのに対して、こちらは“切り札”である疑似精霊の一体と、“奥の手”の一端を晒すことになってしまった。本来なら、この二つは勝利までの道筋が整わない限り使うつもりはなかったのだが、止むを得ず使ってしまった。
もしあのまま戦闘を継続していたら、真羅は本当に敗れていた可能性があるうえに、常闇の真価を暴くことができたかも怪しい。
戦闘では真羅の方が優勢であったが、手札の切り方に関しては、常闇の方が一枚上手だったと言える。
不敵な笑みを浮かべていたのは、彼の師匠の影響によるものであり、特に深い意味があってやっていることではない。言ってしまえば、ただの癖であり、別に余裕ぶっているわけでも、挑発しているわけでもないのだ。
(長い一日だった……)
真羅は魔力の回復を図りながら、静かに溜息を漏らす。
今朝の夢は、試練の訪れを告げる予知夢だ。
試練がこの程度で終わったとは考えていはいないが、一先ずは休息を取っても問題はないだろう。
これは試練の始まりに過ぎないのだ。
今後は今日以上の困難が立ち塞がると思うと心が躍るが、今は体力と魔力の回復が最優先だ。
これからの未来に想いを馳せながら、真羅は静かに眠りについて――
(――あっ、レイルシアのこと忘れていた)
休息を取る前に、やらなくてはならない最優先事項を思い出した真羅は、重い足取りで放置されていたレイルシアのもとに向かうのであった。




