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闇の根源


「君なら分かっていると思うけど、ボクはこの森を管理してい――」


「――ああ、分かってる。だから細かい紹介は後でいい。あの闇のことだけ簡潔に頼む」


「ううっ、キミはブレないな……」


 前置きを容赦なく切り捨てられたレイルシアは、諦めたように肩を落とす。 


「――昨晩……この森に禍々しい気配が突然現れたんだ」


「あの黒い靄か?」


「そう。それでボクは村のみんなにこのことを知らせて、今朝から腕の立つ数人と一緒に正体を調査したんだ………そしたら――」


「――ついさっき、あの闇を見つけた――いや、襲わ(のみこま)れたと?」


「……うん」


 真羅は相変わらず話を先読して問うが、どうやら核心を突いたようで、レイルシアは言葉数少なく肯定した。


「それでその見つけた奴はあの闇に呑まれた挙句、逃げ出せたあの女も結局呑まれたと……」


「……えっ!? リアを知っているのッ?」


 先ほど闇に呑まれてしまった“葉っぱ耳”の少女のことを口にすると、レイルシアは血相を変えて真羅に詰め寄ってくる。


「リアはッ? リアは無事ッ!?」


 レイルシアは鬼気迫るといった表情で問い質すが、真羅はそれに対して特に動じることもなく、彼女を宥めるために至極平坦な声音で答える。


「落ち着け。治療はしたから無事だ」 


「――そっか……よかった……」


 落ち着き切った真羅の言葉を聞いて安心したのか、レイルシアは胸を撫で下ろし座り込んでしまう。


「本当にありがとう……リアを助けてくれて」


 知人の安否が分かったためか、レイルシアは今にも涙が零れ落ちてしまいそうな顔で感謝の言葉を口にする。

 一度は見殺しにしようとしていた真羅からすると、自分にこの言葉を受け取る資格があるのか判断が難しいところだ。しかし、今にも泣き崩れてしまいそうな彼女に対して、その事実を告げるのはあまりよろしいことではないだろう。


「成り行きだ。気にするな……それよりも、話の続きを聞か――ッ!」


 礼の言葉よりもこの事態の詳細を優先するべきと考えた真羅は、何とも言えない微妙な表情のまま話を切り替えようとしたそのとき――

 ――突如、背筋に悪寒が奔り、咄嗟にレイルシアを抱えて駆け出した。


「きゃぁっ!?」


 突然抱きかかえられたため、レイルシアは可愛らしい悲鳴を上げてしまう。

 しかし、真羅はそんなこともお構いなしに、凄まじい速度で森を駆ける。


「きゅっ、急にどうしたの?」


「……分からない。――けど、“ナニカ”が来る」


 無表情になっていた真羅は、レイルシアを抱えたままこと振り返ることなく魔術を編む。


『――姿は見えず(S)足音は立たず(A)気配はなく(K)痕跡は消える(K)


 無意識の内に呟かれた呪文は、“省略法(ノタリコン)”という言葉の頭文字を繋げる技法で詠唱される。

 代表的なものではヘブライ語で“ああ(Ate)神よそは(Gebir)永久に(Leilam)強大なり(Adonai)”の頭文字を繋げた、“アグラ(Agla)”という言葉が有名だが、真羅はこれを応用した即興の呪文で魔術を編み上げる。

 何気に日本語をローマ字表記した場合の頭文字を繋げるという荒業なため、たとえこの詠唱を誰かに聞かれたとしても、呪文から秘められた意味を解くことは不可能に近い。

 短い詠唱の後、真羅とレイルシアの姿、発する音、生命の気配、存在の痕跡が喪失する。

 これは己を世界から隠蔽するための魔術。大抵の者では見るどころか、感じることすらできない。

 

《レイルシア、絶対に魔力は漏らすなよ。俺と君自体は隠したが、流出したエネルギーは感づかれる可能性が高い》


「――!? なに、ぐっ――」


 声には出さず念話テレパシーで頭の中に直接話しかけるが、何が起きているか状況を理解できていないレイルシアは、いきなりの念話による驚きと合わり、思わず疑問を口に出そうとするが、真羅は問答無用といった様子で口を片手で塞いでしまう。


《声は出すな。音は消したが、コレはさっきのドラゴンより遥かにヤバイ。だからできるだけ会話は念話でやってくれ。精霊ならできるだろ?》


《――う、うん。分かったから、何が起こっているのか教えてくれない?》


 いまいち状況は呑み込めていないレイルシアだが、戸惑いながらも真羅の念話に対して同じく念話で応じる。

 余談だが、霊的存在である精霊は、実体があったとしても肉体そのものを持っているわけではないので、肉体の口や声帯といった器官を用いない念話は、知性を持っている個体に限るが誰でも扱うことができる。

 

《――俺も詳しくは分かってない……ただ、物凄く嫌な感じがした》


《えっ、感じただけ? それに何か確証はあるのかい?》


《――勘》


《………それだけ?》


《ああ》


 思いもよらない答えに対し、レイルシアは思わず間の抜けた顔になってしまう。


《――っ、本当にそれだけ? 勘違いや気のせいってことはない?》


《ない。正確には第六感だ。俺の場合は実際に見るより正確に分かる》


 真羅の確信に満ちた断言に、レイルシアは思わず息を吞んで受け入れてしまう。

 精霊(じぶん)でも知らないような神秘(こと)を知っている彼が、ここまで言い切ったのだ。信じるのには、十分すぎる理由だろう。



《――すまない》


 真羅から突然謝罪の念話(ことば)が送られる。

 しかし、辺りには何も怪しげなものなどない。いったい彼には何が見えているのか、レイルシアには疑問が残るも、現状彼女にそれを解決するすべはない。


「――ッ!」


 突如、強い衝撃によって宙に投げ出されたレイルシアは、一瞬意識が暗転してしまうも、地面に落ちた衝撃によりすぐさま意識を取り戻す。


「シンラ!」


 咄嗟に真羅の安否を確認するべく名を叫ぶも、返事よりも先に視界が彼の様子を捉えてしまう。


「――ッ、あ」


 悲鳴にも似た驚愕の声が漏れる。

 目の前の現実を否定したくなる。


「シ、シンラ……」


 力ない声でその名を呼ぶと、レイルシアの頬に涙が流れた。

 先ほどまで自分を支えてくれた青年は、その身体を無数の漆黒の茨によって無残にも貫かれていたのだ。

 

「――何をしてる。早く逃げろ……」


 全身を茨に穿つ穿たれながらも、真羅ははっきりとした声でレイルシアに逃げろと訴える。

 

「――見ての通り俺は無事だ。早く行け」


「い、いやっ、そんなわけないよね!? 待ってて、すぐに助けるから」


 真羅は明らかに無事ではない姿で無事を主張するも、レイルシアは見捨てることなどできず、茨に貫かれた彼を助けるべく足を前に出した。

 しかし――


「まて! ダメだ! これ以上近づいたら――」


《ふふ、もう遅いわよ》


 見知らぬ声が頭に響いたかと思うと、突如レイルシアの足元から漆黒の闇が噴き上がる。


「――ぐっ、ぐああああぁぁぁぁ!!」


 レイルシアから苦悶の叫びが上げる。

 地面から噴き出した闇は、瞬く間に彼女を覆い、その小柄な体を包み込んでしまった。


「レイルシアッ!」


 自身も身体の至る所を貫かれているのにも関わらず、今度は真羅がレイルシアの名を叫ぶ。

  

(――どういうことだ? 闇の出現する予兆が全く分からなかった――)


 初めて真羅の顔から余裕が消える。

 魔術だけではなく、神秘に関連するものには、魔力の流れ、術式の構築、霊力の変動、物理的変化など必ず何らかの形でその前触れが起こってしまう。

 しかし今の闇は、現れるまでの間に、その予兆となることが一切起こらなかったのだ。


「――――くっ」


 真羅の口から声が漏れる。

 感知能力に関していえば、師である大魔女にも引けを取らないと自負している真羅とって、このような現象(こと)を目の当たりするのは久方振りだ。

 すなわち――


「――っ、くくっ、はっはっはっ!」


 ――漏れ出したのは悔しさでも苦悶でもなく、歓喜による笑声。

 幼い頃ならいざ知らず。経験と知識、技術を積み重ねた現在(いま)の彼には、久しく感じていない感覚だ。

 このような危機的状況にも係わらず、自身やレイルシアの身を案じるよりも、己の本能が未知への探求を叫んでいる。


「あら、苦痛のあまり頭がおかしくなってしまったのかしら?」


 背後から嗤うような声が聞こえてくる。

 それも当然のように、声を掛けられるまで、気配を一切感じることができなかった。

 真羅は本能のまま、声の主を突き止めるべく、茨に貫かれた状態で無理やり身体を捻る。


「無理をしない方がいいわよ。その茨はもがけばもがくほど、貴方の命を吸い上げて絡みつくから」


 漆黒の闇が嗤う。


 背後に佇んでいたのは、闇を纏う美女。

 性別に関係なく“人”を惑わす魔性の色香。

 全ての光を呑み込んでしまうかのような、底知れぬ暗黒を宿す瞳。

 闇を体現したかのような漆黒の髪を靡かせながら、嘲るような笑みを浮かべて佇んでいる。


「いや、すまない。やっと求めていた元凶(モノ)が現れたのでね。つい嬉しくて笑ってしまったよ」


 黒い美女からの嘲笑に対して、真羅は不敵な笑みを湛えて嘯く。


「ふーん……偶然じゃなくて、本当に気付いていたのね」  


 女は真羅の瞳を覗き込むと、何かを納得したように顎を撫でた。

 どうやら、彼女自身も見抜かれているかは半信半疑のようだったが、今のやり取りで確信を得たようだ。


「いや、姿や気配は分からなかった。逃げたのはただの勘だよ」


 真羅は不敵な笑みを浮かべたまま、美女の瞳を覗き返す。


「……あなた、何者?」


 魔性(・・)の女から嘲笑が消える。

 虚言は赦さないとでも言うように、瞳の闇がより深くなる。


「ハッ! そんなの答える筋合いはない。貴様こそ何者だ?」


 しかし、真羅はその問いを嗤い飛ばし、逆に問い返した。


「……ふふ。面白いわね、あなた」


 瞳の闇が僅かに薄れ、魔性の笑みが浮かべられる。


「俺も貴様みたいな(モノ)は嫌いじゃない――」


 一方、真羅は浮かべていた不敵な笑み消し、その瞳の闇をさらに覗き込む。 


「――だが、質問には答えろ」


 声音が低くなり、言葉からは色が薄れる。

 さらに奥深くへ踏み込む。この魔術師は闇など恐れはしない。


「――答えろ」


 有無を言わせない言霊。

 大抵の者では逆らうことのできない力ある言葉。

 しかし、彼女はその大抵には属さないモノだった。


「……思ったより積極的なのね」


「あー。やっぱり効かないか」


 真羅は女を言霊で縛ろうとしたが、この存在に対しては効力を全く発揮できない。

 

(でも、これでこいつの正体はあらかた絞れたな)


 しかし、真羅もこれは想定していたようで、特に気にすることもなく、先ほど通り不敵な笑みを浮かべる。


「ところで、あなた……自分の状況を分かっているのかしら?」


 茨がさらに強く巻き付き、真羅の全身にその棘が食い込む。


「はっ、分かってるさ――――やれっ、レイルシア!」


 不敵な笑みのまま、真羅は闇に呑み込まれたはずのレイルシアの名を叫ぶ。

 すると、闇の塊が内部から掻き消され、闇の女目掛けて銀の閃光が飛び出した。


「――何っ?」


 先ほどの一撃で仕留め切れなかったのかと、闇の美女も反射的に振り返って、その閃光を回避する。

 しかし、この男を前にした場合、その行為は命取りとなる。 


「目を離したな――俺から」


 闇の女が真羅から視線を外したその瞬間、彼女の胸が何かによって穿たれる。


「――ッ!?」 


 初めて女の顔から余裕が崩れる。

 彼女の目には、自身の想像通りに倒れ伏したレイルシアが映っている。

 闇こそ晴れているも、完全に意識を失なっているため、とても今の閃光を撃てるような状態には見えない。


「――何が?」


 先ほどの嘲るような笑みを消し、闇の美女は油断なく神経を研ぎ澄ましながら、真羅の方に視線を戻す。


「そんなに驚くようなことか?」


 いつの間にか、真羅の右手には一丁の拳銃が現れていて、その銃口からは煙が漂っていた。


「こんなちゃっちい茨なら、手首ぐらいなら問題なく動かせるぜ?」 


 真羅は不敵な笑みのまま、小馬鹿にするように銃を掌で回す。

 この世界には“銃”という概念がないため、彼女には自身が何をされたのか分からない。


「……」 


 しかし、それを挑発と受け取った女は、無言で闇の茨を放ち、拘束されている真羅の頭部を穿った。

 顔の大部分を失った真羅は、声すら上げることもできず、その場に崩れ落ちてしまう。

 

「残念。ハズレだ」


 たった今絶命したはずの男の声が響く。

 女はさらに警戒を強めながら、息絶えたかのように思われた真羅を睨みつける。


「それは俺じゃないよ」


 再び声が響いたかと思うと、茨に絡め捕られていた真羅の亡骸がドロリと溶けてしまう。


「ああ、ついでに彼女は返してもらったよ」


 崩れ去った亡骸の後ろから、ボロボロのレイルシアを背負った真羅が現れる。


「まったく……彼女を傷つけるつもりはなかったんだがな」


 気を失っているレイルシアの容態を確認しながら、吐き捨てるように呟く。


「偽物だったのね……」


「はっ、それこそ驚くほどのことでもないだろ?」


 実際のところ、拘束から脱出の仕組みは単純で、初めからレイルシアを抱えて走っていたのは外見だけ真似た泥人形(にせもの)であり、本物の真羅は系譜の異なる魔術で身を隠しながら、その人形を追うような形で数歩後ろを走っていたのだ。

 そして、閃光の正体も、先ほどレイルシアに触れた際に仕込んでおいた魔術を起動しただけであり、心臓部を穿ったのも、女の注意を逸らした隙に、泥人形を操り魔銃で狙い撃たせただけだ。

 

(しかし、攻撃を受けるまで全く気配を感じなかった――いったいどういう原理だ?)


 結果として、レイルシアを囮にする形になってしまったが、本来の予定では、彼女に危害を加えるつもりは全くない。

 もし相手が遠距離から攻撃を仕掛けてしくるのならば、レイルシアを抱えた泥人形に回避行動を取らせ、接近戦をしてきたのならば、その予兆を捕らえて反撃を試みるつもりだったのだか、気配すら感じさせずに攻撃されては、さすがの真羅でも反応しきれない。

 


「お前、面白いな」


 未知の神秘を前にして魔術師は笑う。

 崩れた泥人形まで歓喜に打ち震えている。

 どのような状況であろうと、目の前の神秘に食いついてしまうのは魔術師の(さが)だ。例え、目の前で仲間が瀕死に追いやられようとも、その性には抗えない。いや、抗う理由がないといった方が正しいか。


「あら、それを言うならあなたこそ。私を欺けた人間なんて初めてよ」


「それは光栄……といいたいが、この程度のことで初めてとは、今までの相手は相当レベルが低かったようだな」


「確かに退屈だったわね」 


「そうか、なら俺は退屈させないと保証しよう」


 適当に嘯きながらレイルシアを近くの木陰に寝かせると、今度こそ手を出されぬように守りの魔術を固める。

 彼女も人質にするつもりなど毛頭ないようで、その様子をただ静観していた。


「それじゃあ、仕切り直しといくか」


「ええ、私も思う存分味合わせてもらうわ」


 闇の美女は妖艶に自身の唇を撫でると、撃ち貫かれた胸元が何事もなかったかのように塞がっていく。


「ああ、俺も存分に(あば)かせてもらおう」


 泥人形に持たせていた魔銃が、勝手に真羅の懐に戻っていく。 


「さてと……始めるか」

 

 魔術師は湛えた魔力を滾らせると、静かに術式を編み始めた。   



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