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魔術師と光の邂逅

 またしても遅くなってしまい申し訳ございません。


「――君が(ひかり)なのか」


 目蓋を上げると、目の前には一人の男がいた。

 薄明りの空を思わせる瑠璃色の瞳が印象的な青年だ。

 

 ――この青年は何者だろうか?


 見た目は人間族のようだが、この森の奥に人間が立ち入ることなど滅多に無い。そもそも、こんな瘴気の溢れた場所に、真っ当な生き物が立ち入ることなどまず有り得ない。

 例え、強大な力を持っている魔人族であっても、この瘴気に呑まれてしまえば一巻の終わりだろう。


 ならば、この青年は何なのだろう。そもそも、彼は本物なのだろうか。追い込まれた自身が、死に間際に作った都合のいい幻想なのではないだろうか。

 いや……きっとそうだろう。

 こんな状況で自分を助けることのできる存在などいるはずがない。きっと自分を支えているこの青年は幻であり、実際は地面に倒れ込んでいるだけだろう。

 でも、最後に見る夢にしては悪くない。

 こんな場所で一人孤独に力尽きていくのなら、たとえ幻であったとしても誰かが傍にいてくれるのならば、死への恐怖も少しは和らいでくれる。

 心残りはあるが、やれることだけはやったので後悔はない。


(みんな………)


 押し寄せてくる微睡みに身を任せ、重くなってきた目蓋を静かに閉じる。


(無事で……いて――)


「――終わってない」 


 突然頬に痛みが走る。


「ふえ?」


 沈みかけていた意識が再浮上し、目を開いてしまう。


「これは夢幻かもしれないが、俺は確かにここに()る」 


 目の前に先ほどの青年がいる。付け加えると、その彼が自分の頬っぺたを抓っている。


「だから、君が眠りにつくにはまだ早い」


 瑠璃色の瞳がこちらの瞳を覗き込んでくる。

 その瞳はとても幻想的で、この真っ暗な闇夜に黎明(おわり)を告げているように見える。


「――キミは、いったい?」


「それは一先ず後にしよう。ゆっくり話している時間はないようだ」


 戸惑いながらも青年の正体を尋ねようと言葉を紡ぐが、彼はその問いには答えることをせず、顔を上げて前方に視線を移した。 


「感じないか?」 


「え?」


 青年の言葉の意味が分からず、何とか首だけを動かして彼の視線の先を見る。


「大物が来るぞ」


 青年が不敵な笑みを浮かべると同時に、闇の奥底から一段と濃密な瘴気が溢れ出す。


「こ、これは……」


 現れた巨大なモノ。まだ全体の半分ほど姿しかを現していないが、それでもソレが人とは比べ物にならないを巨体を有していることが分かる。

 そして、まず目に付くのは、刃のように鋭い赤黒い角。それも一本だけではなく、額から二つ、鼻先から一つと、計三本も備わっている。

 瘴気を纏いながら姿を現した赤黒く映るソレは、強靭な四肢でゆっくりと前進しながら大地を揺らし、その背に備わっている巨大な翼を広げる。


「ド、ドラゴンッ!?」


「そのようだな」

 

 驚愕によって思わず声を上げてしまうが、青年はひどく落ち着いた様子で答える。

 

「全長は約五十メートルほど。翼があることを鑑みると、巨体だが飛行能力も備わっていると推測できる。それにあの刀みたいに鋭い三本の角は厄介そうだ。あの甲殻からすると――」


「何でそんなに落ち着いてるの!?」


 突如として姿を現した(ドラゴン)を青年が冷静に分析し始めてしまったため、思わず声を荒げて問い質してしまう。 


「取り乱したってどうこうなるわけじゃない。まず、アレが何なのかを知らないと、対処できるものもできない」


「た、たしかにそうだけど……」


 目の前に巨大な竜がいるような状況で冷静に解析するなど、いくら頭でわかっていても常人には不可能な芸当だ。

 こんな状況で冷静さを欠かさずにいるどころか、小動物でも眺めているかのように落ち着いているこの青年は一体何者なのか。謎がさらに深まっていく。


「まあ、アレが何なのかは大体(わか)る。それにどう見てもこの瘴気はコイツが発しているな」


「あっ、ああ!」


 今まで巨体ばかりに注意がいっていたため気付かなかったが、この竜は瘴気を纏っているのではなく、体から瘴気を発している。

 すなわち――


「――コイツがこの瘴気の闇を撒き散らした犯人……」


「ああ、だがコイツも被害者ようだ」 


「えっ、それはどう――」


 この竜は瘴気を撒いた犯人ではあるが、元凶ではない。

 その言葉の意味を理解できずに、問い返そうと口を開こうとするが、それは青年の手によって遮られてしまう。


「それはまた後で。さっきも言ったけど、あんまり時間はないみたいだ」


 そう言って青年はイタズラっぽい笑みを浮かべると同時に、突然体が浮遊感に襲われる。 

 そして一拍おいて、自身が青年によって抱きかかえられたまま、宙に浮いていることに気付いた。


「わあっ、いきなり何を?」


「ヤツが仕掛けてくる。しっかり掴まってろよ」


 青年が落ち着いた声で答えると、次の瞬間、先ほどいった場所が何か鋭い鞭のようなもので切り裂かれる。


「尻尾も刃物見たいになってるようだ」


 闇の中に隠れていて見えなかったが、尾の先も角と同じく刃のように鋭くなっていた。

 この竜は頭部に三本、尻尾に一本で、計四本もの刃を持っているようだ。


「四刀流とは恐れ入る。特にリーチの長い尻尾は気を付けた方がいいな」


 刃が如き尾は逃した獲物に向かって襲い掛かっているが、青年はそんなことを歯牙にも欠けず、全ての攻撃を紙一重で躱しながらマイペースに竜の特長を見定めている。


「あ、そうだった。こんな状況で訊くのもあれなんだけど……君、体はまだ保てる? いや、その状態で大丈夫なわけがないか」


 青年は今思い出したと質問をしてくるが、こちらの返事を待たず、全てを見透かしているかの如く、自身で結論を出してしまった。

 しかし、実際、体は外見だけ何とか取り繕っているだけで、霊体基(なかみ)の方はズタボロである。先ほど命を削るほど浄化の力を酷使しまったため、いつ消滅してもおかしくないほど深刻な状態だ。

 本来ならばこのことを人間が把握できただけでも十分驚愕に値するのだが、何故かこの青年の場合だと然程不思議には感じない。

 この青年ならば、この状況を打破すること可能だと思える。不思議と彼からは不可能というモノが感じられない。彼を見ていると、この世に不可能なことなど存在しないとさえ思えてしまう。


「キミは――」


 どうしても彼の正体が気になってしまい、再び口を開いたが、それを問うことは叶わなかった。

 何故なら――


「――!?」


 ――その唇が青年の唇によって塞がれていたのだ。 












 

 真羅は有無を言わさず、目の前の銀髪の少女に接吻(キス)した。

 何の前置きも説明もない一方的なキスだ。


 キスとは愛情を示す行為であると同時に、誓約の意味合いを持つ儀礼である。

 しかし、魔術師における接吻(キス)は、誓約よりも他の目的で使われることが多く、体液の接触を行う行為は、精気の遣り取りを目的に行われる。

 代表的なものだと、吸血鬼(ヴァンパイア)の吸血や淫魔(サキュバス)の吸精などが挙げられるが、真羅が現在行っているのはそれらと目的が異なっている。

 彼は口内での粘液接触により、自身の魔力を少女に与えているのだ。

 魔力とは生命エネルギーの一種であり、個人によって性質こそ異なるが、命の源であることに変わりはない。この命の光が尽きようとしている少女には、もうそれを自分自身で補うことができないので、彼女を生かすためには外部から取り込ませるしかないのだ。

 しかし、こんな状況では手段が限られてしまう。その中で最も簡単で手短に行えるのがキスだっただけで、別に真羅に疚しい感情があるわけではない。


「うっ、ぐぅっ」


 当然のことに困惑して固まっていた少女が我に返り抵抗をしてくるが、力が入らないようで引き離すことはできない。仮に全力を出せたところで、小柄な少女では振り払えるとは思えないが、目の前に敵がいる状況で暴れられると回避に支障をきたすため、真羅は手早く多量の魔力を一度に流し込んでしまう。

 

「――っ!?」


 真羅の魔力が急激に流れ込んでくると、少女の体がビクッと痙攣し、恍惚とした表情を浮かべたまま彼に全身を預けてしまう。


「うっ」


 真羅が銀の糸を引きながら口を離すと、完全に骨抜き状態になってしまった少女は、力なく四肢を投げ出している。


「応急処置だが、効果は保証する。動けるか?」


「………」


 真羅は至極平然と声をかけるが、ぐったりとしている少女の耳には届かない。

 

(……刺激が強すぎたか? いや、多量に流し過ぎた?)


 恍惚とした表情を浮かべたまま反応のない少女に対し、真羅は疑問符を浮かべながらその顔を覗き込む。


(向こうの連中と同じ感覚でやったのが不味かったか……)


 実を言うと、真羅はこの少女の正体について大凡の見当は付いている。

 それ故、地球(もとのせかい)にいた同種のモノと同じ感覚で魔力を受け渡したのだが、どうやら彼女には刺激が強すぎたらしい。


神酒(ソーマ)か………まったく、アルス爺から貰った名の通りだ)


 ――ソーマとは、インド神話に出てくる神の酒を神格化させた月を司る神のことである。

 このソーマ酒だが、人間が飲むと神との繋がりを得られるが、代償として強い高揚感や幻覚作用が出てしまう麻薬のような飲み物だ。

 そして、この神威(かむい)真羅(しんら)の性質は、その神酒(ソーマ)と似ていて、使い方によっては万能薬に成り得るが、一歩でも間違えれば猛毒に変貌する劇薬である。

 魔術王(アルティマクス)はこのことを理解して、このソーマという名を彼に与えたのだろうか?

 かつてその魔術王にこの名を由来を尋ねたとき、彼は日本語で創魔(そうま)――つまりは“魔術を創る”という意味合いを込めて付けたと戯けるように語ったため、真相は未だに謎だ。


「そろそろ反撃に移りたいから正気に戻ってくれないか?」

 

 真羅は竜の尾を躱しながら、痙攣している少女を軽く叩く。


「へっ? あっ、ああっ! いきなり何をするんだっ!」


 やっと正気に戻った少女は、真羅の顔を見ると先ほどの出来事を思い出したようで、顔を赤らめたまま抗議をしてくる。


「何って……さっきも言ったが応急処置だよ。あのままほっといたら消えてただろ?」


「うっ、たしかにそうだけど……だからっていきなりあんなことするなんてっ! ――――初めてだったのに……」


 命を救われたことは事実であるため、少女はわずかに口籠るも羞恥がそれを上回ったようで、声を荒げて真羅の襟首を掴んで揺すり始めた。

 最後の言葉は聞こえないように小声で呟いたのだが、真羅の耳はしっかりとそれを捉えてしまう。

 

「ああ、いままでこういう経験がなかったのか。それはすまなかった。でも初めてだからってそんなに興奮するものでもないだろう?」


「興奮してないよ!?」


「分かった。次があるなら、そのときは一言断ってからするように気を付けよう」


「そういう問題じゃない!」


 真羅が尤もらしくズレたことを言い出したため、少女はさらに混乱し、目を回しながら彼の頭をさらに強く振り始める。


「おい、パニクってないで周りを見てくれ。ここで暴れると危ないぞ」


「危ない? 何が――」


 ゴアァアアアアアアアアアアアアッッ!


 少女の言葉を掻き消すように、(ドラゴン)が怒りの咆哮を上げる。

 巧妙に刃尾の連撃を躱し続ける真羅に対し、この瘴気を纏った竜は苛立ちを爆発させてしまったようだ。


「短気な竜だ。煩いからこんな近くで喚くなよ」

 

 少女は咄嗟に耳を塞いで咆哮を防いだようだが、その彼女を抱えていた真羅は至近距離での咆哮をもろに浴びせられたため、鬱陶しそうにその咆哮の主を睨みつける。

 常人ならば一瞬で震え上がってしまうような鋭い眼差しだ。

 しかし、この程度で竜が怯むことはない。数ある幻想生物の中でも最強クラスに位置づけられる竜種(ドラゴン)は、他の魔物とは一線を画した存在だ。

 たとえ世界が異なったとしても、竜が強大な存在であることに変わりはない。


(魔人の連れてた赤トカゲよりは歯ごたえがありそうだな。もっとも、あんな成体にすらなってない子供と比べること自体が可笑しいが)


 怒りを露わにした竜を前にして、真羅は先ほどの魔人たちの使役していた魔物のことを思い出す。

 先の戦いで魔将シャルアが連れていたレッドドラゴンなる魔物は、本来ならば全長三百メートル優に超える超大型の魔物だ。あんな二十メートルかそこらの大きさしかなかったあの個体は、生まれて間もない幼体だと推測できる。恐らくあのクラスの魔物になると、成体の個体の使役は困難なのだろう。

 この情報を返り血から得たときは、惜しいことをしたと遺憾に思っていたが、今回のドラゴンは期待できそうだ。


「ガアアァッ!」


 痺れを切らした竜が束の間の膠着を破り、観照(・・)していた真羅に向けて突進してくる。


「――っ、来るよ!」 


 ご自慢の鋭い三本の刃で獲物を貫こうとする竜に対し、その標的になった真羅は一向に回避行動を行わない。


「避けてぇぇぇ!」


 微動だにしない真羅に対して、その腕の中にいる少女は悲鳴じみた声で回避を促すも、彼が動く様子はない。

 そうしてる間にも、竜は巨体に似合わぬ俊敏な動きで彼らに迫ってくる。


「――ッ、やられ」 


 もはや避けることも不可能な距離まで竜が迫ってきたそのとき、沈黙していた真羅が口を開いた。


『――赤の境界』


 詠唱というには、あまりにも短い呪文。

 しかし、この一言で彼の神秘は顕現する。


「――ッガァ!?」 


 突進を仕掛けていたはずの竜が、突如何かに激突して弾き飛ばされる。


「え? 何が……」


 突進は避けられないと覚悟を決めていた少女が、困惑した様子で目の前に現れたソレを見つける。


「これは………魔法陣?」


 彼女たちの前には、複雑な形状を持つ赤い魔法陣が浮かび上がっていた。

 その赤い魔力光を放つ魔法陣は、陽炎のような揺らめきを展開し、まるで生き物ようにその図柄が流動している。

 

()には手を出すなって言ったからな。まあ、あんな突進ぐらいなら、こんな即席でも十分だろ」


「皆?」


 真羅の言った“皆”という言葉に少女が首を傾げる。

 あの竜と彼女を除けば、この場には真羅しかいない。彼の言う“皆”とはいったい誰のことを指しているのか。このときの少女には知る由もない。


「そろそろ動けるだろ? 正直、抱えながらだと戦いにくいんだが」


「えっ、うん。もう大丈夫だよ」


 今さらながら、自身がお姫様抱っこされていることを意識してしまい、少女は頬を赤らめたまま素早く地面に降り立つ。


「さて、できることなら手を貸してほしいが……まあ、その状態で無理はしないほうがいい。下がってな」


 真羅は万全とはかけ離れている状態の少女の前に立ち、下がるように指示する。

 しかし、少女はその言葉には従わず、真羅の隣に立った。


「いいや、ボクも戦うよ。これは本来なら、ボクがやるべきことだから」


「……そうか」


 揺るぎない意志と共に、少女の瞳には力強い輝きが宿っていた。

 その瞳に宿った光に気付くと、真羅はそれ以降何も語りかけることはせず、目の前の敵に意識を集中させる。


「――“レイルシア”」


 暫しの間続いていた沈黙を破り、不意に少女の方が口を開いた。


「――?」


「――レイルシア。ボクの名前だよ」


 銀髪の少女――レイルシアは真羅に向けて自らの名を明かした。


「……レイルシア」


 不意を突かれた真羅は、一瞬だけ硬直するも、すぐに意識を戻して、その明かされた彼女の名を口にする。


「一緒に戦うのに呼び名が分からないと不便だからね。憶えておいてよ」


「……」


 レイルシアと名乗った少女に対し、真羅は僅かの間沈黙するとおもむろに口を開く。


「――真羅。それが俺の名だ。まあ、別に憶えなくていいが……」


 そう、魔術師は自らの名を告げた。


    


 



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