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闇の中で輝く星


 闇に包まれつつある精霊の森にて、一つの星が今もなお、尽きることなく輝きを放っていた。

 

 瘴気に侵された森の中、銀髪の少女は闇を祓い続けていた。

 闇は森ごと少女を呑まんと襲い掛かっているが、その少女の奮闘により、彼女が立っているその周囲だけは、瘴気に侵されることなく正常な環境を保っていた。


「やあッ!」


 未だ抗い続ける者を侵そうと獣が如き瘴気の塊が襲い掛かるも、銀髪の少女の腕から溢れた光によって討ち祓われる。

 少女の髪は太陽光を遮っている闇の中であっても仄かに燐光していて、こんな状況でありながら彼女の戦っている姿は何処か幻想的で美しい。

 しかし、その姿とは裏腹に、この銀髪の少女の内心は不安と焦りで満ちていた。


(――っ、侵食が早すぎる。浄化が追いつかない)


 少女の手によって次々と瘴気が祓われていくが、闇の侵攻は彼女の浄化速度より速いため、瘴気の浄化が追いついていない。

 しかも、彼女から半径五十メートルほどの範囲は浄化の光が行き届いているが、それより先は光そのものが高密度の闇に呑まれてしまっているため、浄化の力が打ち消されてしまっている。


(ボクの光を妨げるなんて、闇の力が強すぎるよ……)


 この少女の浄化の力は決して弱いものではない。この世界では並ぶ者がいないほどトップクラスの力を持っている。彼女ならば大抵の穢れなど、容易く浄化してしまうだろう。

 だが、何ごとにも例外はある。


(こんなことできるのなんて相当な高位の闇精霊しかいないよ)


 ――闇の精霊。破壊と闇を司る魔神の眷属であり、この世界の神話において、この世を混沌と不浄に溢れたものにするべく、女神の率いる光の軍勢と戦った存在(モノ)である。

 この少女でも祓い去ることのできない闇を生み出せるモノなど、魔神かそれに連なるモノしかいないだろう。


(リアは無事に逃げ切られたかな……)


 光を呑み込まんと襲い掛かってくる闇に立ち向かいながら、銀髪の少女は先ほど別れたエルフ(・・・)の少女を思いやる。

 本来ならばこの少女が闇を食い止め、その間にこの先の村の者を避難させる算段だったが、闇の力が想像以上に強力なものだったため、瘴気の侵攻をわずかに遅らせるだけに止まってしまっている。これでは避難どころか、彼女が村に辿り着けるかどうかすら怪しい。

 彼女の焦燥の原因はそれであり、自身の不甲斐なさに呆れてしまう。


(でも、ボクが諦めるわけにはいかない!)

 

 だが、少女の瞳に宿る光は、決して絶えることなく輝き続けている。

 彼女に諦めるという選択肢は存在しない。ただ自分のやるべきことを全力でやるだけだ。


「負けてたまるかッ!」


 絶えず襲い掛かってくる闇に対し、少女は極大の光を放って周囲一帯の浄化を試みる。

 しかし――


「くそぉっ、ダメか」


 少女の放った光の影響で瘴気の侵食は一時的に弱まったものの、闇本体の勢いは衰えさせることができなかった。この周囲を浄化したところで、この闇の発生源を何とかしない限り、瘴気の侵食を止めることはできないだろう。

 彼女もそのことはよく解っている。しかし、この場で闇の侵攻を食い止める者がいなければ、この瘴気はあっという間にこの先の村を呑み込んでしまうだろう。

 せめて浄化を行える者があと一人いれば、この状況を覆せるかもしれないが、無いものをねだっても仕方ない。

 

「もぉーっ、こんな危ないモノ撒き散らして、いったいダレが得をするんだよ!  元凶(はんにん)めッ、出て来い! ボクが相手になってやる!」 


 いくら祓っても一向に止まる気配のない闇を見ながら、少女はこの場にいない元凶に対して怒りをぶつけ始めた。もちろん、それで元凶が姿を見せることはない。


「ううっ。当然、反応なんかするわけないよね……」


 全く反応がないため、返って冷静になったのか、少女は気合を入れ直すように自身の両頬をパシッと叩くと、覚悟を決めたように顔を引き締めた。  


(こうなったら仕方ない。残っている力の全てをぶっ放してやる!)


 このままでは埒が明かないと、現状を打破するべく、少女は自身に残された有らん限りの力を漲らせる。

 尋常ではない大きさのエネルギーは、彼女自身の体に収まることができずに、光の渦として全身から溢れ出してしまうが、それでも構わずに力を高めていく。

 

「はああああああああああっ!」


 雄叫びと共に少女の輝きは増していき、その全身が先ほどまでとは比較にならないにほどの光に包まれる様は、夜空に輝く一等星を彷彿させた。


「眩き星よ! 闇を消し去れぇぇぇぇぇぇッ!」


 闇に侵された森は、突如として出現した星により、暖かな光に包まれていく。

 恒星が如きその光は、彼女の雄叫びに応えるように広がっていき、瞬く間に闇を呑み込んでいった。


「はあ、はあ、はあ――」


 光が止むと、そこには瘴気を祓われて正常に戻った草木と、息も絶え絶えに荒い呼吸を繰り返す少女の姿があった。


「くぅっ」

 

 少女は立っていることもままならないようで、そのまま崩れるように膝をついてしまう。

 文字通り全力を出し切ってしまったため、彼女にはもう立ち上がる力は残っていない。

 苦肉の策だったが、その効果は絶大であり、周辺の瘴気の闇を見事に一掃している。遠方にあった闇は、未だに健在しているが、今の光の影響によりその侵攻速度は目に見えて衰えている。


(やっぱり、全部は祓い切れないか……でも、みんなが逃げる時間くらいなら……)


 体から力が抜けていく。意識が遠のいていく。もう立ち上がる力は残っていない。


(……みんな……無事、で……)


 最後に皆のことを想いながら、銀星の少女は目蓋を閉じる。

 身体から完全に力が抜けた少女は、その微睡みに身を任せて地面に倒れていった。

 しかし――

 

(――?)


 伝わってくる衝撃が軽い。まるで何かに支えられているかのようだ。

 こんな所に誰かがいるはずない。ならば、自分は一体何に支えられているのか? 

 こんな状況ではもう些細なことだが、疑問に思った少女はそれの正体を確かめるべく、もう一度だけ目蓋を開く。


「そうか――」


 目に映ったのは、薄明の空を彷彿させる瑠璃色の瞳が印象的な青年だった。


「――君が(ひかり)なのか」


 青年は確信に満ちた声で呟いた。

 











 


 

 瘴気の本流たる黒い靄の中は、光など一切存在しない漆黒の闇だった。

 ここには生命の気配が一切ない。死が蔓延し、生の存在が許されない地。生者は決して立ち入ってはならない終わってしまった場所。

 そんな闇の中に突入したにも関わらず、真羅はまるで森林浴にでも来ているかように静かに歩いていた。

 

(前が全く見えない。これじゃあ(もや)というより(きり)に近いか? いや、何も見えないからそのまんま闇だな)


 文字通り一寸先は闇という状況にも拘らず、真羅は呑気にその真っ暗闇を眺めている。

 この男からは緊張感というものが全く感じられない。周りの風景が異なれば、本当に散歩でもしているかのように思えてしまうほど落ち着いている。

 周囲に漂っている闇も、彼の存在に違和感を覚えていないのか、先ほどのように襲い掛かることはなく、全く反応していない。


(やはり闇属性魔法のものとも違うな。ならばこの発生源は絞り込める)


 こんなときでも、真羅の思考はこの未知の存在に集中している。いや、こんな状況であるからこそ、真羅の頭は完全に魔術師としての状態に移行しているのだろう。


(視覚が意味をなしてない。五感がまるで役に立たない。ならば――)


 彼は目を閉じ視覚で捉えることをやめた。

 それだけではない。五感を全て閉じ、魔術師が持つ第六感を研ぎ澄ますことで、この正体を解き明かそうとする。

 どのみちこの闇の中では、人の五感は役に立たない。暗闇は方向感覚を狂わせ、何も感じることのできない不安と恐怖から徐々に精神を蝕んでいく。

 この男にとっては大した問題ではないが、真っ当な人間ならばたとえ瘴気がなかったとしても、この空間には耐えることができないだろう。


(真っ暗……いや、何かある)


 真羅は五感と閉じた状態でしばらくの間歩き続けていたが、ふと第六感に何かを捉え、おもむろに魔眼を開く。


(……これは光か?)


 暗い闇の中、真羅の眼は彼方に一つの輝きを捉えた。

 その光は闇の中でも輝きを失うことなく、まるで夜空に浮かぶ星々のようにこの道を照らしている。


(こんな所でも光は(とも)るのか……)


 思わずといったように、真羅は歓心の笑みを浮かべてしまう。


(あの光は差し詰め、絶望という闇の中で輝く希望の星といったところか)


 こんな救いようのない闇に呑まれた場所にも、それに抗う光は在るのだ。

 魔道に生きる己では、手にすることの敵わぬモノが目の前に在る。


 ――ならば、この眼で確かめねばならない。

 ――ならば、この手で真実を明かさねばならない。


 それが己の定めた魔術師としての在り方なのだから――――


希望(ひかり)()らねばならない。今の俺ではどうしても判らないモノだが……)


 先にある星は、その輝きをより一層に強めている。

 急がねばならない。あれは命の輝きだ。

 星の輝きとは、生命(いのち)の光。星は自らの有する膨大な生命エネルギーを燃やして輝き、人とは比べ物にならない時間、暗い宇宙(ソラ)を照らし続けた後、緩やかにその命を終えていく。

 その光を強めるということは、自らの寿命を急速に消耗していることを意味している。あのような小さき星では、瞬く間にその命を燃やし尽くしてしまうだろう。


(あの光は失われてはならないモノだ。この世界にとって……いや、俺にとっても、か)


 あの星が輝きを失う前に、あの場所に辿り着かなくてはならない。

 光を見据え、真羅は颯爽と闇の中を駆けた。


 




 



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