災いの予兆
毎度ながら遅くなって申し訳ありません。 最近はやたらと忙しかったもので……。
今回から新章に入ります。二話投稿したので読む時には気を付けてください。
闇に包まれていく。
深い森の中、黒い瘴気が嵐の如く木々を飲み込んでいく。
瘴気に触れた木は、瞬く間に黒に侵されていき、逃げ遅れた動物たちも、瘴気に捕まり呑まれていく。
生きとし生けるものは、皆等しく死に追いやれる。
闇に侵された地は、まるで終焉を迎えた世界のような有様だ。
そんな終わりへと向かっていく森の中で、未だ闇に抗い動き続ける影が二つ。
「はあはあっ」
「もうすぐだよ! 頑張って!」
息を切らして闇から逃げる少女を、もう一人の少女が励ましながら、その手を引いて走っている。
手を引かれる少女の容姿は、普通の人間とは少々異なっていた。薄暗い森の中で僅かに射し込む太陽の光に当たって輝く金色の長髪。生まれてから一度も日の光に当たったことのないのかと見間違えるほど白く美しい肌。ここまでは人間でも持ち得るものだが、彼女の耳は人間とは異なり横に尖って伸びており、まるで葉っぱを思わせるような特徴的な形をしていた。
「はあっはあっ。このままでは、この森がっ――」
「今は逃げることに集中して!」
手を引く少女も一見すると、普通の人間のように見えるが、その顔は人とは思えぬほど綺麗に整っていて、キメ細やかな白銀の髪は、日の光に当たらずとも幻想的に輝いている。しかし、金髪の少女と比べると、まだ幼さが抜けきっておらず、美しいというよりも可愛らしいといった方が適切かもしれない。纏っている衣服も、非常にシンプルな白いワンピースなので、町中ならともかく、このような深い森ではあまりにも場違いに見えてしまう。
「――っ。侵食が速い」
銀髪の少女が背後から迫る闇を一瞥すると、可憐な顔を歪めて呟いた。
瘴気の速度は然程速いわけではないが、その侵食力は凄まじく、闇に触れた木々は物の数秒で黒に染まっている。黒く変質した動植物は、放置すれば一日経たずに朽ち果ててしまうだろう。
(そのまま逃げたら、この森は終わってしまう……)
銀髪の少女は歯を噛みながら、決意を固める。
「……キミは先に逃げてくれ。アレはボクが何とかする」
銀髪の少女は走りながら、金髪の少女の手を強引に引っ張って自身の前にやると、そのまま瘴気の方に向き直った。
「――貴方様を置いて逃げるなど!」
突然のことに金髪の少女は一瞬硬直してしまうも、銀髪の少女の言葉に反論して立ち止まる。
「いいから! アレを止められるのはボクだけだ!」
「うっ、――で、ですが」
事実を突き付けられて、金髪の少女は言葉に詰まってしまうが、彼女にとってこの銀髪の少女は何か特別な存在のようで、それでも引き下がろうとしなかった。
しかし、今もなお、闇は周囲を侵食しながら迫ってきている。
「早く、村のみんなにこのことを伝えるんだ! 今それができるのは、キミだけだ!」
「――っ!」
そう、この闇はこの森全体を侵そうとしている。つまり、この森の中にある彼女たちの村も危険な状況なのだ。
「迷うな、行けぇぇー!」
「っ、分かりました。ご武運を……」
有無を言わせないような切羽詰まった叫びを上げると、金髪の少女は唇を噛み締め、迷いを振り払うように駆け出した。
彼女も分かっているのだ。自身がこのことを村の者たちに知らせねば、村全体が危機に陥ってしまう。それに、もしこの場に銀髪の少女と共に残っても、ただの足手まといになってしまう。
「うん、それでいい。キミは早くみんなを避難させるんだ」
ただ一人、この場に残った銀髪の少女は、笑みを浮かべながら振り返らずに呟いた。
「さて、これ以上この森を穢すことは赦さないよ」
今までと打って変わった怒りの形相を浮かべ、少女は闇の前に立ち塞がる。
「希望は絶望を打ち払うためにあるんだ。だから、ボクは負けないよ?」
言葉など交わすべくもない闇の塊に、少女は戯けるような挑発を噛ます。
闇はその立ち塞がる光すら侵さんと、衰えることなく彼女に迫る。
「これ以上は行かせない!」
迫りくる闇に、少女は自身の髪と同じ、白銀の光を纏い迎え撃つ。
精霊の森の一角で、漆黒の闇と白銀の光が衝突する。
時を同じくして、同じ森の中、一人の魔術師が動き出したのだが、このときの少女には知る由もないことだ。




