敗走
すいません。今回は短めです。
「みんな、急ぐんだ!」
先頭で走る勇志が、背後にいる仲間たちに向けて声を上げる。
彼らは現在、“精霊の森”を駆けていた。
「はあ、はあ。あとどれくらいで森を抜けられるんだ? みんなもう限界寸前だぞ」
疲労の色を見せる英司が、苦しげな様子で訊ねる。
「もうすぐのはずだ。あと少しだけ頑張るんだ!」
勇志が疲労困憊の皆を奮い起こすように声を荒げる。しかし実際は、彼自身もすでに限界寸前で、皆に覚られぬように無理をして虚勢を張っているだけだ。
本来ならば、騎士団の者が先導するばずなのだが、肝心な彼らが先の戦いで負傷しているため、現状で皆を率いることができる者は彼しかいないのだ。
そんな中、最後尾では、詩音とマリアが周囲を警戒しながら密かに殿を務めていた。
「詩音さん。大丈夫ですか?」
「うん、問題ないよ。マリアちゃんは?」
「わたしも大丈夫です」
魔術師である二人にとって、これくらい造作もないことなのだ。
「しかし、敵は追ってくる様子がありませんね」
「そうだね。なんでだろう?」
後方を魔術で調べるも追手の気配を全く感じないため、二人は安堵と共に不審を感じていた。
「あれ……そういえば、真羅さんは?」
ここでマリアが真羅の姿が見当たらないことに気付く。
「真羅君? たぶん、勇志君の所にいると思うけど………」
真羅のことを訊ねられた詩音は、何か悪い予感がよぎり顔を引きつらせて先頭の方に視線を向ける。
突然真羅の姿が見えなくなったということは、大抵の場合彼が何かとんでもないことをやらかそうとしているときだ。詩音からしたらこんなこと察したくないのだが、付き合いが長い彼女はすぐさま理解してしまう。
「いやいや……いくら真羅君でもそんな目立つことは……あっ、でも目撃者がいなくなったら……」
「だ、大丈夫ですか?」
急に詩音が俯いて何かを呟き始めたため、マリアが不思議そうに声をかけた。
「う、うん。大丈夫だよ。あはははっ」
詩音は何かを誤魔化すように笑みを浮かべるも、嫌な予感を拭えず顔は引きつったままだ。
その表情を見たマリアは、これ以上この話を続けてはいけないと悟り話を切り替えることにした。
「そろそろ森を抜けます。今は周囲の魔物を警戒に集中しましょう」
「……そうだった。ここには魔人族だけじゃなくて魔物もいるんだったね」
すっかり忘れていたとでもいうように、詩音は気まずそうに頬を搔いた。真面目な彼女が現在の目的を忘れるとは、それだけその“誰かさん”が馬鹿をやっていないのか心配なのだろう。
マリアは詩音の気苦労を察し、ここは自分がしっかりしようと気持ちを入れ替える。
「ええ、ですがここら辺の魔物でしたら、私一人でも十分対処できるのであまり無理はしないでください」
「うう……心配させてごめんね、マリアちゃん。でも大丈夫だから、私も手伝うよ」
「先ほど辺りを調べましたが、魔物の反応はありませんでした。後方からも追手が来る様子はまったくありません――えっ?」
一通り周囲の索敵を終えたマリアが、突如足を止めて振り返る。
「どうしたの?」
突然立ち止まったマリアに、詩音は不思議そうに声をかける。しかし、マリアはそれに反応せず、信じられないといった様子で、目を見開いたまま、驚愕の表情で森の奥を凝視していた。
マリアの尋常ではない様子に、詩音も意識を集中させて周囲を探るも、多少魔物の気配はあるだけで、彼女が驚愕するようなものは確認できなかった。
「マリアちゃん?」
「は、はい! すいません。なんですか?」
詩音が心配そうに顔を覗き込むと、マリアが声を上げながら我に返る。
「本当に大丈夫? あっ! もしかしてさっきのヤツが追って来てるの?」
「い、いえ。すいません、なんでもないです。わたしの勘違いのようなので、気にしないでください」
明らかに誤魔化しているが本人も戸惑っているようなので、詩音は追及しないことにした。というよりもマリア自身が理解できていないようなので、問い詰めても答えられないだろう。
(今、微かに“神気”ようなものが……いえ、こんな所でそんなモノがあるはずがない……)
そう――たった今、マリアが感じたモノは、“神気”だった。
人には感じ取ることのできない“神の気配”。
人智の外にある“真なる神秘”。
高位の神官にしか認識するができないが故に、この場でマリアが感じてしまった“この場では在り得ない力”。
このような戦いの場には、最も無縁なものだ。それ故、マリアは今感じたモノを否定してしまった。
しかし、この判断は至って正常なものだろう。
――たとえこの森に本当に精霊が存在したとしても、彼らは“神気”など持ちえないのだから……。
マリアはこれ以上このことについて考えるを止めた。どのみち、このまま悩んでいても答えを得ることはできない。それならばいっそのこと気持ちを切り替えて、現状を解決するのに力を注いだ方が賢明だろう。
互いに腑に落ちないものが残っているが、詩音とマリアはそれ以上追及することはせず、そのまま仲間たちの後を追い始めた。
このとき二人の懸念の元凶たる男は、二人の気持ちを嘲笑うのかのように呑気に昼寝を始めていたのだが、この二人には知るよしもないことだ。
次回からは現代の話にする予定です。




