召喚
「はぁ~。めんどくさいなぁ~」
とある高校の一室、一人の少年が溜息をついていた。
この高校では、本日、年に一度の大イベント――学園祭が行われていたが、その学園祭も終了し、生徒たちは片付けに追われていた。
そんな生徒の一人である少年――神威真羅は、めんどくさくそうに荷物を運んでいた。
真羅が溜息をついていると、隣にいた別の少年が話しかけてくる。
「まあまあ。めんどくさいのはわかるけど学園祭が成功してよかったじゃないか」
そう話しかけてきた少年は、身長百八十センチ近くあり、髪は茶色がかった黒で、顔立ちが凄く整っている。彼の名前は、朝比奈勇志といい、文武両道で性格も良く正義感の強い学校一のモテ男であり、真羅の親友でもある。
真羅も身長は、百七十センチ以上あり顔立ちも整っているほうだが、彼と比べると劣ってしまう。
「だからって気合い入れすぎだろ……片付けることも考えろよ」
真羅は周りを見渡しながら言った。周りには、学園祭で使用した段ボールや、木材、布切れ、絵の具、工作セットなどが散乱している。
「ははっ、まあ、人気が出たからよかったじゃないか」
「いや、それはお前のおかげだと思うぞ」
「何言っているんだ? みんなで頑張ったからだろ? 僕は受付してただけだよ」
「まあ、それはそうだけど、お前の頑張りが大きいだろ」
(客寄せパンダとしてな)
このイケメンは受付にいるだけで人を集めてしまう。特に女子生徒に人気があるため今回の学園祭ではクラスの受付を担当し、人集めをしてもらっていたのだ。
「つーか、今日暑くないか? もう秋たぜ? 何でこんな日に室内で片付けしなきゃいけないんだ」
「まあ、確かに暑いね。でも数年前までは、真夏に学園祭してたらしいからまだいいんじゃない?」
この学校はもともと夏に学園祭を行っていたのだが、数年前に多くの生徒が熱中症になってしまったため、秋に行われることになったのだ。しかし、どうやら地球温暖化は確実に進行しているらしくまだまだ暑い。
「まあ、それはそうとして、今日この後に打ち上げやるって聞いたけど、本当にやるのか?」
「ああ、今から参加できる人を聞こうと思っていたんだけど、真羅はどうする?」
「うーん、そうだな。取り敢えず参加で」
「わかった、他の人にも聞いてみるよ」
そんな話をしていると、横から、
「なんだ? 打ち上げやるのか? なら俺も参加でよろ!」
と、軽い感じに言ってきたのは、クラスの学級委員長、吉村永司だ。
「あ~そうだ。学園祭の準備費が余ってるからそれを使おうぜ」
「いいのかい? 勝手にそんなことに使って?」
「いいだろ。俺たちで出した金だし」
「まあ、確かにそうだけど」
「じゃあ、今いないメンバーには俺がメールしとく!」
永司はそう言いながら走って行った。こんな彼だが、根はしっかりしているから学級委員になったのである。
このクラスには、部活の出し物や学園祭実行委員などでいない者が多く、本来なら三十人以上いるのだが、今は十数人しかいない。
「ねぇ、この後打ち上げやるの? なら私も参加してもいい?」
近くのにいた髪をポニーテールにした少女が話しかけてきた。
彼女の名は、東雲結衣といい。しっかり者で女子たちのリーダー的な存在だ。
「ああ結衣か、もちろんいいよ。ちょうど今、みんなに聞こうと思っていたし」
「ありがとう。他の子も誘うなら私も声をかけてみるよ」
彼女はそう言うと、周りを見渡し、ある少女を見つけると声をかける。
「ねぇ、この後打ち上げをやるけど、詩音も参加しない?」
そう、話しかけられた少女は、艶やかな黒髪を背中まで伸ばしていて、顔立ちは可愛らしく美少女と言っていいほど整っていた。
「うん、いいよ。真羅君はどうするの?」
そう聞かれた真羅は荷物をおきながら答える。
「俺か? 一応参加することにしたぞ」
「そうなんだ。珍しいね」
「ひどいなぁ、俺だって人付き合いぐらいしっかりするぞ」
この、真羅に親しげに話しかけてきた少女の名は、天崎詩音といい、真羅とは幼い頃からの付き合いだ。実は、彼女は真羅と同じく特殊な家系に生まれたため、小中学校は違うが昔から付き合いがあったのだ。
「そっか、ごめんごめん。 真羅君は暇な時は、よく家で本を読んでるイメージがあったから」
「はぁ~、そうだけど……まあ、いいか。――勇志、俺も適当にその辺のヤツに聞いてくるよ」
「ああ、頼むよ」
本当のことを言われてバツが悪くなった真羅は、さっき持っていたのとは違う荷物を運びながら、そそくさと逃げるように他のクラスメイトの所に向かって行った。
真羅は三人から離れると、教室の端で段ボールを片付けている男を見つけて声をかけた。
「おーい! 桐生! この後、打ち上げをやることになったんだけど来ないか?」
声をかけられた眼鏡をかけた少年――桐生明人は振り向きながら答えた。
「打ち上げか? 悪いな。参加したいんだが、今日は用事があるから無理だ」
「用事? この後なんかあるのか?」
今日は日曜日で、特に用事などはないと思っていた真羅は、気になり聞いてみると、彼は笑顔で答えてくれた。
「今日は前から欲しかったゲームの発売日なんだ‼」
思っていたよりかなりくだらない理由で、真羅は一瞬呆気に取られたが、すぐに気を取り直して、
「さすがだな。友達よりゲームを取るか。お前はオタクの鑑だな」
「そう褒めるなよ。俺はただ好きなものを好きだと言っているだけだ」
別に褒めている訳ではないのだが、彼のその前向きさには称賛している。それに真羅もあまり人のことを言えないので、聞き流すことにした。
彼はオタクだが、ネクラではなく明るい。そして彼はアニメやゲームのイベントなどがあると、例え県外でも参加しに行くアウトドアなオタクなのだ。しかも彼は、自分がオタクであることを恥じるどころか、堂々と宣言している。
彼はこの明るさと前向きさでクラスのムードメイカーになっている。
「つーか、ゲームなら明日でもいいんじゃないか?」
「いや、俺はすぐにやりたいんだ!」
「お、おう。そうか、じゃあ参加しないでいいんだな?」
「ああ、そう伝えといてくれ!」
そんなことを話していると、後ろからまた別の声がした。
「なあ、お前ら。何の話してるんだ?」
振り返ってみると、また別の少年がいた。彼の名は香月快斗といい、天文学部の部長を勤めている男だ。
「ああ、香月か。今この後にやる打ち上げのことを話しているんだけど、お前は参加するか? ちなみにこいつはゲーム買いに行くから来ないらしい」
真羅は明人を指差しながら言うと、快斗は少し考える素振りを見せてから答えた。
「じゃあ、俺は参加で」
「わかった。他のやつにも伝えとく」
真羅は快斗と話ながら、「あれ?」と首を傾げた。
よくよく考えてみると彼は天文学部部長なのだ。本日の文化祭では天文学部は出し物があったはずだ。何故彼がここにいるのか?
「なあ、今日って天文学部の出し物あったよなあ? なんでここにいるんだ?」
そう聞くと、彼は窓から空を見上げながら答えた。
「フッ、大丈夫さ。あいつらなら、俺がいなくても」
「そうか、要はサボったのか」
彼は天文学部の部長だが、これは多数決で決められたもので、彼自身も自分のことを「多数決で決められだけの肩書きだけで、自分は部長(笑)だ」とよく言っている。
「まあ、それはいいじゃないか。こっちが大変そうだったから来たんだし。それよりまだ声をかけてないやつっているのか?」
「まだ声かけてないやつか? そうだな……」
真羅は勇志たちの方を見てみる。勇志たちはすでに近くにいる他のクラスメイトたちに声をかけ終えていた。
それを見た真羅は、まだ声をかけてない者を考えた。
「ああ、杉谷がまだだった」
真羅は周りを見渡してみると、目的の男を見つけた。
その男は本を顔に被せて開いた段ボールの上で寝転がっていた。彼の名は杉谷翔大といい、髪は金色に染められ、耳にはピアスが付いている。
「おーい! 杉谷! この後打ち上げやるんだけど、お前はどうする?」
翔大はこちらに気付き、めんどくさそうに本を取り起き上がった。
「そんなめんどいこと誰が行く――」
「そんなこと言って、本当は来てくれるんだろ? ツンデレ?」
快斗がからかうように言った。翔大は不良だが、本当は情に厚く、義理堅い男で、こういう集まりにはいつもなんだかんだ言って来てくれるのだ。そのため周りから、ツンデレと呼ばれてからかわれることがあるのだ。
快斗の言葉に翔大は額に青筋を立てて、快斗の頭にアイアンクローを決めた。
「誰がツンデレだぁー!? 殺すぞ!」
「ぎゃあー!? 痛い痛い! 暴力反対!」
真羅はここで翔大を見て、あることに気づいた。
「なあ、杉谷……一ついいか?」
「ああ!? 今忙しい! 後にしろ!」
真羅は翔大の顔を見ながら言った。
「いや、言いづらいんだが……顔が絵の具だらけになってるぞ」
「え?」
翔大の顔は赤い絵の具がついていて、まるで血塗れのゾンビのようになっていた。
翔大が顔に被せていた本は、クラスの出し物の看板を作る際に参考にするため使われた物で、その際に絵の具が付着したらしい。
翔大は自分の顔を袖で拭い、その袖を見ながら絵具で赤くなった顔をさらに赤くし、
「何で早く言わないんだ!?」
「いや、お前が香月にアイアンクローを決めてたから言えなかったんだよ」
真羅は快斗を見ながら言うと、その快斗は笑いをこらえながら、
「別にいいんじゃないか? 今回の出し物はお化け屋敷だったし、ちょうどいいだろ」
「死ね!」
「ぐぎゃああああー‼」
翔大はさらに強い力でアイアンクローを決め、快斗が悲鳴を上げた。
真羅はギャアギャアうるさい二人を放置することにして、もうこのクラスにいる者には一通り声をかけたことを確認すると、勇志のもとに向かった。
「勇志! 香月と杉谷は参加で、桐生はパスだって」
真羅は勇志のもとに着くと参加できるメンバーを伝えた。翔大は何気なく参加することになっている。
「ああ、わかった。そしたら後はこの教室を片付けるだけだね」
「はぁー、最後の最後に一番めんどいのがあったな」
真羅は勇志の言葉に溜息をついた。
「まあまあ、みんなでやればすぐに終わるさ」
勇志はそんなことを言いながら片付けに戻った。それを見た真羅はもう一度溜息をつき、片付けに戻ろうとした。
そのとき、
突然教室の床が光り輝き、巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「わあっ、なんだ!?」
「なんだこれ!?」
「わからない! でもなんかヤバそうだ‼」
突然のことでクラスにいた者はパニックになっていたが、この中で真羅は魔法陣を見ていた。
(これは……初めて見るものだが、様々な術式が含まれているな)
真羅はなんと、この魔法陣を大体理解できていた。
実は、周りには隠しているが、真羅は代々特殊な魔術を扱う魔術師の家系に生まれ、幼い頃から魔術という至高の神秘に触れていたのだ。
そのため真羅はこの状況で、魔法陣の効果を大体理解するができたのだ。
「みんな‼ 早く教室から出るんだ‼」
勇志が大声で叫ぶも、周りの者は混乱しているためとっさに動けない。
(この魔法陣の中心になっているのは……空間転移、いや、これは……次元転――)
真羅がこの魔法陣から中心となる術式を読み取った時、魔法陣が一層強く輝いた。
次の瞬間、この教室にいた者は忽然と消えてしまった。