異端の魔術師
たくさんのコメントありがとうございます。
一週間ぶりに覗いてみたら、総合評価がいきなり上がっていたので驚きました。
いったい何があったんだ……
二つの流星が激突する。
赤き輝きを纏う魔人の将と、異世界より召喚された魔術師の戦いは、最終局面に突入した。
同時に地面を蹴った二人は、互いに魔拳を相手に向けて放った。
「オラッ!」
「破ッ」
赤黒い光に染まった拳と、蒼白い輝きを纏った拳が激突する。膨大な力と力の衝突は、大気を揺るがし、大地を穿った。
しかし、衝突はそれだけでは終わらず、二人は逆の手に魔力を滾らせ、二撃目の魔拳を繰り出す。
「ラァァァッ!」
「覇ッ!」
再び魔拳が激突し大気が悲鳴を上げる。相反する二色の光が、薄暗い森の中を照らす。
二人の拳はしばらくの間拮抗していたが、突如、真羅が力を抜いてシャルアの体勢を崩すと、流れるような動きで鳩尾に蹴りを放ち、その勢いを利用して後方へ跳ぶ。
「飛べ」
真羅は空中で魔術の付与を解除して、魔拳をシャルア向けて放り投げた。
「なあっ!?」
魔拳が飛んでくるという、予想外のことが目の前で起こったため、体勢を崩していたシャルアは反応に遅れしてしまう。
「くっ」
とっさに両腕をクロスして受けるも、魔弾となった魔拳の威力は凄まじく、シャルアは勢いを殺し切れずに弾き飛ばされてしまう。
しかし、その驚異的な身体能力で、すぐに体勢を立て直し拳を構える。
「キサマ……今、何をした?」
鋭い眼光で今起きた現象について問い質すが、何故か真羅は不思議そうに首を傾けて、
「何って……俺、何か変なことした?」
「はぁ?」
問いを問いで返され、思わずシャルアも間抜けな声を出してしまう。
「今のだッ! どうやって、魔拳を飛ばした?」
「どうって………魔拳は付与魔術の応用だろ? だから単純に、投げるときに付与を解除すれば飛ばせるだろ」
何、当然のことを訊いている。とでも言うような視線をシャルアに向けながらも、真羅は親切に魔拳のことを解説し、自らの拳に再び魔術を付与して見せる。
しかし、それを見たシャルアは、訝しむように彼の拳を睨みつける。
「付与…魔法、だと? 何を言っている? 魔拳は身体強化魔法の一種だろ?」
「ん、身体強化? ああ、確かに拳に魔力を纏わせるだけのものもあるが、術式を編んだ方が応用が効くだろ。 つーか、俺はこの世界の者じゃないんだ。魔術の勝手が違うのは当然だろ?」
世界が違うのなら、魔術の在り方も異なる。それはある意味、当然のことであり道理だ。
この世界でいう魔拳は、拳に魔力を纏わせて強化する技術だ。それに対して、地球での魔拳は、拳に魔術を付与したものが一般的である。そして、身体の一部に魔術を付与して行う武術を“魔闘技”といい、真羅の母はこの技の達人であり、彼自身もかなりの腕前である。
「くくっ、確かに言われてみればそうだな。キサマの魔拳はどこか違和感があると思っていたが、仕組みが違っていたようだな」
「そうみたいだな。というより、ただ魔力を纏わせただけでこの威力とはな……どういう作りしてんだ、その体?」
楽しそうに笑うシャルアに対して、真羅は呆れるように溜息を吐く。
「まあ、どうでもいいか。早く続きをしよう。俺は時間稼ぎをするために残ったわけじゃないんだ」
そう、真羅は時間稼ぎをするために残ったわけではない。目の前の敵を屠るためにこの場に立ったのだ。
「ハッ、そんなことは最初から分かっている!」
目の前の男が仲間を逃すために残ったわけでないことは、シャルアも初めて対峙したときから十分理解している。しかし、シャルアには一つ腑に落ちないことがあった。
「だが、オレを倒すために残ったのなら、何故わざわざ魔拳で戦う? キサマが最も得意としているのは魔法だろう?」
シャルアはその赤い瞳で、咎めるように真羅を睨みつける。
「よく分かったな。まだまともに使ってないのにな……」
しかし、真羅は特に気にした様子もなく、感心したような声を漏らす。
「さっきキサマは、オレの部下の魔法を容易く消していただろ? あんな芸当を見せておいて、分からないとでも思ったか?」
「あれか……混乱してたからバレないと思ったんだが。ただの戦闘狂かと思ったら、結構冷静なんだな。いや、さすが魔人族の将といったところか」
先ほど魔人の魔法の術式を解体したことを思い出すと、真羅は納得したようにシャルアへ称賛を送る。正直にいうと、真羅はシャルアのことを猪突猛進な戦闘狂としか思っていなかったのだが、案外自身のことを冷静に分析していたため、彼への評価を改め始めていた。
「ああ、魔術を使わなかったのだったな……別にこれといった理由はない。まあ、強いて言うなら、お前の得意分野で戦ったほうが面白そうだと思ったからだ」
「面白そう、だと……」
なんとも気の抜けた答えに、シャルアは戸惑うような声を漏らす。
実際、今まで真羅が大した魔術を使わずに魔闘技で戦ったのは、単にそっちの方が面白い経験ができると思ったからであり、特に深い意味はないのだ。
「そうか、面白そうか……」
「気に障ったか?」
低い声で呟くシャルアに、真羅は心底どうでもよさそうに訊ねる。そもそも、彼に謝罪する気はない。
「くくくっ……」
「ん?」
しかし、シャルアは再び笑い声を漏らし始める。
「くくっ、面白そう、か。オレも同じさ」
「同じ? 何がだ?」
シャルアの言っていることが理解できず、真羅は首を傾げて訊ね返す。
「オレも面白いから戦っているのだ。敵は強いほどいい。互いに死力を尽くして戦い、最後は力尽くで捻じ伏せる。それがたまらなく好きだ!」
「……思っていた以上に重傷だな」
爛々とした瞳で語るシャルアに、真羅は呆れた――いや、哀れむような視線を送る。
「ハァ~。最後までお前の土俵で戦おうと思ってたんだが……」
観念したように溜息を吐くと、真羅は左腕を上げ、
「俺の魔術で潰してやるよ」
不敵な笑みを浮かべると共に、内包していた魔力を解き放った。
「――ッ!?」
吹き荒れる魔力の風に当てられ、目元を覆っていた髪がゆらゆらと逆立ち、不気味に輝く黄昏色の瞳がシャルアを貫く。全身が凍り付くような寒気と、身の毛がよだつような悪寒に晒され、シャルアは頭に響く警鐘に従って本能的に後方へ跳ぶ。
だが、魔術師として戦うと決めたこの男の前では、そのわずかな時間は致命的な隙になる。
――――パチンッ
真羅が指を鳴らすと同時に、彼の背後に無数の魔法陣が出現する。その数はおよそ二十で、全て同じ形をしている。
虹霓の煌きを放つそれは、輪転しながらシャルアを狙っている。
「まずは小手調べだ――――くらえ」
呟きと共に魔法陣から閃光が放たれる。その光は寸分違わず着地点に放たれたため、シャルアは回避が間に合わずに直撃してしまい、爆炎に包み込まれる。
「まだまだいくぞ」
再び真羅が指を鳴らすと、背後に展開されているものと同じ魔法陣が、シャルアを囲むように現れる。
「この程度でオレを――なにッ?」
爆炎を吹き飛ばし姿を現したシャルアは、自身を取り囲んでいる魔法陣を見て、間抜けな声を上げてしまう。
「吹き飛べ」
驚いているシャルアに、一切の容赦もなく魔法陣から一斉に攻性魔術が放たれる。しかも、それは一種だけでなく、火炎、雷撃、吹雪、風刃、極光、と様々なものが豪雨の如く降り注いでいる。
多種多様な魔術が一点に集中砲火されたため、空間が軋んで強烈な魔力爆発が発生してしまい地形を歪めてしまうが、真羅はそれでも構わずに魔術を撃ち続ける。
十秒程でその魔術の雨は止んだが、舞い上がった砂塵によりシャルアの姿は窺えない。だが、真羅は警戒を怠ることなく、シャルアを取り囲んでいた魔法陣を自身の周囲に移動させる。
「……これくらいじゃくたばらないか」
そう真羅が呟いたとき、砂塵を吹き払い全身傷だらけのシャルアが飛び出してきた。
幾ら魔人族の身体が頑丈とはいえ、さすがにあの猛攻を受けてしまっては無事では済まなかったようだ。
「ガァァァァァァァァァァァァァッ!」
獣のような咆哮を上げながら、鮮血に染まった拳を構えたシャルアは、真羅へ向かって一直線に突っ込んでいく。
しかし、真羅は特に慌てることもなく、不敵な笑みを湛えて、ただ静かに佇んでいた。
「それは愚策だ……」
僅かに落胆を含んだ言葉を呟くと、真羅はごく自然な動きで右手を軽く振った。すると――
「――ぐっ!?」
突如、シャルアの身体が何かに押さえつけられるように止まり、拳は真羅を捉えることなく彼の鼻先で停止した。
「まったく、あの状況で馬鹿みたいに突っ込んでくるとは……」
呆れるように溜息を吐いた真羅は、指先でシャルアの拳の隣の空間を弾くように突いた。すると、突如、シャルアの周囲が陽炎のように歪み、彼に絡みつく無数の白銀の鎖が姿を現した。
それを見て状況を理解したシャルアは、鎖から逃れようと全身に力を籠めて魔力を滾らすも、身動き一つできなかった。
その様子を真羅は、まるで蜘蛛の巣に捕らわれた哀れな蝶を見るような目で眺めていた。
「魔術師ってのはな、真っ向からは戦わないんだ。――俺たちに取って戦いってのは、化かし合いの騙し合いなんだよ」
哀れむように言葉を紡ぐ真羅には、先ほどまで纏っていた不敵な雰囲気が消え失せていた。
「……相手の魔術の本質を見抜き、裏をかき、より狡猾に、己が神秘で打ち負かす。それが魔術師の戦い方だ。正々堂々なんてあったもんじゃない」
このとき、真羅が浮かべた笑みは自嘲だった。
「まあ、それが魔術師だしな。そもそも、伝統ある正式な決闘ならともかく、殺し合いで卑怯もへったくれもないけどな」
身動きのとれないシャルアの前で自虐するように一頻り笑うと、真羅は笑みを消して静かに右手でシャルアの腹部に触れた。
「――ぶっ飛べ」
突然、真羅が触れていたシャルアの腹部が爆発した。
その威力は凄まじく衝撃が背部まで貫通し、彼の背後にあった木々をまるで鋭い刃物で切断したかように切り裂いていた。
「――ぐふっ」
土手っ腹に風穴を開けられたシャルアは吐血してしまう。そして、
「うわぁ……」
目の前にいた真羅は、身長差もありその血を顔面でもろに被ってしまう。
元々着ていた外套も返り血で赤く染まっていたため、現在の彼の姿はまるで死神さながらの不気味さを醸し出している。実際、シャルアからしたら死神以外の何者でもないだろうが。
真羅は頭を振って血を落とすと、周囲の魔法陣を消してシャルアを戒めていた鎖を解除した。
鎖が消えて支えを失ったシャルアは、自身から流れて生まれた赤い水溜りの中に崩れ落ちる。
「終わったか……」
戦いはもう終わったと、真羅は興味を失って踵を返して歩き出した。
「ま、まて……」
その声を聞いた真羅は、振り返り呆れを含んだ視線を向ける。
「せっかく隙を作ってやったんだ。何も言わずに飛び掛かってくればいいものを……ああ、もうそんな力もなかったのか?」
真羅が振り返った先には、全身ボロボロで満身創痍のシャルアが、倒れたまま頭だけ上げギラギラとした瞳で殺気で満ちた眼光を放っていた。
「はあ、はあっ。何をバカなことを! 飛び掛かったところで、キサマには届かなかっただろう!」
呼吸するだけでも辛いはずだが、シャルアは声を荒げて怒気を含んだ言葉を放つ。しかし、真羅は何でもないように涼しい顔をして佇んでいる。
「いや、一発ぐらいはくらってやろうと思ってたよ。でもその様子じゃあ、ダメージは与えられなかっただろうけどね」
何故か、真羅は心底残念そうに溜息を吐く。
「思って以上に頭は回るみたいだが、その性格をなんとかしないと俺には届かないよ。まあ、拳はなかなか良かったけど」
小馬鹿にしながら感心したようなことをほざくと、真羅は右手を振りながらシャルアに歩み寄る。
「何が起こったか理解してないみたいだから、特別に今の魔術の仕組みを教えてやるよ」
そう言って真羅は右手を見せつける。その五指には、指紋――というには少々複雑な模様が輝いていた。
「俺の指紋は術式紋様に書き換えてあってな、魔力を流すだけで魔術を行使できるんだ。でもベースが指紋だからあんま複雑なのはないけど」
「指に、術式だと……?」
「そっ。まあ、右手は全部“魔弾”なんだけどね。親指から順に、爆破、刺突、拡散、斬撃、追尾、ってなってる。さっきはまとめて撃った」
それだけ説明すると、「鎖の方は秘密だ」と言って、真羅はシャルアの傷口を眺め始める。
「うーん、これでよく生きてるなー。内臓は全部ズタズタだし、心臓も止ま――ほとんど消し飛んでるのに……魔人族はこれくらいじゃ死なないのか?」
不思議そうに顎を撫でながら、真羅は実験動物を観察するように眺め続ける。
「普通に魔人族でも死ぬわッ。ただオレがしぶといだけだ!」
真羅の呟きを聞いたシャルアは、獰猛な笑みを浮かべて答える。普通なら虚勢としか思えない台詞だが、その纏っている空気はとても嘘は思えないほど好戦的だった。
「なるほど……でも辛そうだな。もうどうでもいいし、トドメを刺してやろうか? ああ、死にたくないなら心臓ぐらいは治してやるけど?」
小馬鹿にするように胡散臭い笑みを浮かべて、真羅は左手に治癒魔術を展開する。
「ハッ、あまり嘗めるなよ。オレの負けだ。トドメを刺せ!」
武人としての誇りを穢すな。とシャルアは潔く負けを認めて立ち上がる。
「ん、いいのか? その様子じゃまだ戦えそうだが?」
「くどいぞ! この勝負はオレの敗北だ。どのみちこの傷では助からん。キサマこそ、オレから情報を聞き出さなくていいのか?」
先ほどのお返しとばかりに、挑発的な笑みを浮かべるも、真羅は特に気にする様子もなく、
「別にいいよ。興味ないし」
と、心底どうでもよさそうに素っ気なく答える。
だが、シャルアはそれを聞き、ここぞとばかりに攻める。
「なら、オレから一つ訊かせろ」
このとき、シャルアには一つだけどうしても知りたいことがあった。それは――
「キサマの名を教えてくれ」
そう、それは戦う前にも尋ねたことだ。シャルアはどうしても死ぬ前に、自身を容易く討ち破ったこの男の名を知りたかったのだ。
「……名か。所属している組織の都合で本名は名乗れないんだが――」
「心配するな。死人に口はない。冥土の土産として教えろ」
どこか申し訳なさそうに渋る真羅だったが、仕方ないと頭を掻きながら口を開く。
「魔術師、創魔」
静かに呟くと、真羅は目を瞑る。
「この名が魔術師としての俺を示すものだ」
真羅が名乗ったのは、彼が結社に与えられた通称だった。向こうの世界ではもっぱらこので呼ばれていたので、この場で名乗るならばこれが相応しいだろう。
「ウィザード、ソーマ……」
シャルアはその名を復唱し笑みを浮かべる。
「そうか、憶えておく。あと冥土の土産ついでにもう一つだけ聞いてほしい」
「これから死ぬのに憶えておくか………まあいい、遺言とかじゃなきゃ聞いてやる」
徐々に立っているのが辛くになってきたため、シャルアは真羅を見据えながら膝をつく。
「キサマの隠してるその“ナニカ”でトドメを刺してくれ」
それを聞いた瞬間、真羅の眉がわずかにピクッと動く。
「何のことだ?」
「とぼけないでくれ。もうオレに時間はないんだ」
シャルアが初めて懇願するような声を出すと、真羅から笑みが消える。
「何故?」
真羅は言葉数少なく問う。
「確証があるわけじゃない。強いて言うなら戦士の感だ」
シャルアは嘘偽りなく答える。
「――“感”か。高位の術師でも感じられないはずなんだがな。まさかそんなもので察してしまうとは……」
呆れと感心を含んだ複雑な笑い声を漏らすと、真羅はおもむろに掌を空に掲げた。
「そうか…………分かった、いいだろう」
真羅が笑みを消し目を細めると、彼の掌の上に虹霓の輝きが顕れる。
『――気高き御霊よ。永久へと逝け――――“死へ誘う叫び”』
彼が静かに言霊を紡いだ、次の瞬間、――――
――――シャルアは光の奔流に包まれた。
そのとき、シャルアが懐いた感情は歓喜だった。自分とは比べものにならない、圧倒的で別次元の力に身を委ねることは、彼にとって至高の喜びに感じられた。
そして、光の奔流に飲まれたシャルアは、恐怖も苦痛も感じる間もなく、文字通り血の一滴どころか魂の一片も残さずに消え去った。
ジャンルについてですが、書き始めたときに予定していた内容と比べ、随分変わってしまっているので、今後の話次第で変更するかもしれません。




