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魔術師と魔人族

「ちっ、人間め……やってくれたな」


 グランとの戦闘中、突然割り込んできた者に殴り飛ばされたシャルアは、レッドドラゴンの亡骸に手を置き、頭を振りながら立ち上がろうとしていた。

 口では不機嫌そうなことを吐いているが、彼の顔はを楽しげにニヤけていた。


「シャルア様! ご無事ですか?」


 シャルアが立ち上がると、彼の部下の一人が血相を変えて飛んできた。しかし、シャルアはそれを一瞥するだけで、すぐに人間たちの方へ視線を移し、好戦的な笑みを浮かべる。


「シャルア様!」


「うるさいッ! 俺がこの程度でやられるとでも思っているのかッ!?」


 殺気を放って喧しく騒ぐ部下を黙らせると、シャルアは自分を殴り飛ばした人間を探そうと目を凝らしながら立ち上がる。


 しかし、そのとき、辺りに複数の詠唱が響いた。


「「「――――アクアピラー!」」」


 顕言と共に水柱が噴き上がり、シャルアたちに大量の水が降り注いできた。


「小癪な。だが、こんなもの目眩ましにもならん」


 シャルアは降り注ぐ激流を物ともせずに突き進んで行くが、少し遅れて別の詠唱が響き、もう一つの魔法が放たれた。


「――――ブリザードプリズン!」


 極寒の吹雪がシャルアたちを襲う。しかし、生まれた頃から過酷な環境で生きてきた魔人族にとって、この程度の吹雪など大した障害にならない。

 しかし、


「しまった、水が」


 シャルアは自分の足元を見ると、先ほどの魔法によって作られた大量の水が、自身の足ごと凍り付いていた。


「ちっ!」

 

 シャルアは忌々しげに舌打ちをすると、纏わりついた氷を破壊するため魔力を拳に集め始める。


 だが、そのとき、


「――――ダークヘイズ!」


 顕言が響くと、漆黒の靄がシャルアたちを覆い始めた。特に痛みはないが、方向感覚が曖昧になってくる。恐らくは、闇魔法だろう。


(くっ、やられた。靄のせいで、ヤツらの気配が分からん)


 シャルアは魔力を高めて自身の感覚を研ぎ澄ますが、靄に阻害され救世主たちの位置を見つけることができなかった。

 しかし、それでもシャルアはさらに魔力を高め続ける。そして、


「ジャマだぁぁぁぁーッ!」


 大気が軋むほどの咆哮と共に、高めた魔力を一気に放出し、その衝撃で漆黒の靄を吹き飛ばす。

 その様子はまるで、空間そのものが爆発してしまったように見えるほど凄まじいもので、靄は跡形もなく消し飛んでしまう。


 靄が晴れると、正面に一人の男が立っていた。


「消し飛ばしてやるよ。お前らを……」


 男は何か呟くが、彼とは距離があったためシャルアの耳には届かなかった。しかし、男は特に気にする様子はなく、ズボンのポケットに手を突っ込み、ゆっくりとこちらに向け歩き出した。

 

「ほう……」


 シャルアは感心したように声を漏らす。先ほどの魔法は、明らかに撤退するために放ったものだ。それなのにこの男は、一人この場に残り、自分たちに向かって来ているのだ。

 傍から見れば、愚かな自殺行為にしか見えない。しかし、男の黄昏を彷彿させる瑠璃色の瞳には、躊躇いや迷いというものが一片も存在しない。


「よく残ったな。てっきり全員無様に逃げだしたと思ったのだがな?」


 シャルアは嘲るように口角を吊り上げて小馬鹿にするように笑うが、男は表情を一切変えず、鋭い眼光をシャルアに向ける。


「挑発には乗らないか……まあいい。なぜ残ったんだ? まさか、オレたちと戦うためなどと、くだらない冗談は言わないだろうな?」


「……」


 シャルアは強大な魔力と武威を放ち凄みを利かせて問うが、男はそんなものどこ吹く風と、無言のまま目を瞑り肯定の意を見せる。


「はっ! たった一人でか? 勇敢だな。いや、この場合愚かと言った方がいいか」


 シャルアは嘲るようなことを言っているが、口角は獰猛に吊り上がっている。その姿は、まるで獲物を見つけた餓えた獣のようだ。


「ふん。キサマ、名は? 無謀だが、仲間を逃がすために勇敢にもオレに挑んだ愚か者だ。名を聞いておいてやる」


 これはシャルアの本心だ。今まで数え切れないほどの人間を葬ってきたシャルアだが、皆自身の力を前にすれば、どんな強者でも恐怖や後悔といった感情を抱いていた。しかし、目の前にいる男からは、恐怖や後悔といったものは全く感じられない。そのため、シャルアは初めて特定の人間に興味を懐いたのだ。


 だが、男はシャルアの問いを鼻で笑った。


「ハッ。これから死ぬヤツに? それ意味あるのか?」


 男が放ったのは、皆が予想だにしなかった言葉だった。周りの魔人たちは、凍り付いたように黙り込む。

 訊ねた本人であるシャルアも、呆気に取られたように目を見開いていたが、それも一瞬で、すぐに口元に笑みを浮かべる。


「クククッ……面白いことを言う……確かに意味などないな」


「だろ?」


 男はくだらないことを訊くなとでも言うように、冷ややかな瞳でこちらを睨んでくる。


「くだらない御託を言ってないで、早く()らないか? そんな殺気立った顔でいられると不愉快だ」


「フッ、生意気なことを言う」


 冷めている男とは対照的に、シャルアは獰猛で楽しげな笑みを浮かべる。


「キサマ、少しはやるのだろうな? この場に残ったのなら、しっかりオレを楽しませてくれよ?」


 シャルアは嗤う。目の前にいる愚か者を。無謀にも自分に挑んできた人間を。

 しかし、


「何か勘違いしてないか?」


 男――真羅は、不気味に輝く黄昏色の瞳で魔人たちを見据える。


「お前らなんか、俺一人で十分だ。面倒だからまとめてかかってこい……」


 冷たく放たれた言霊は、絶対零度の寒気となってシャルアの背筋を凍らせた。


 ――これは挑発でも虚勢でもない。紛れもない事実だ。


 彼の瞳が悠然と語る。

 道理を知らない子供を諭すように……

 身の程を知らない愚か者を哀れむように……


 このときシャルアは悟った。この男は仲間を逃がすために囮になった捨て駒でも、相手の技量も分からない未熟者でもない。現状と自身の実力を正確に把握した強者(つわもの)だ。


 しかし、このことに気付いたのは彼だけで、部下の魔人たちは愚かにも、真羅の言葉を挑発として受け取っていた。今の寒気も何かの間違いだと思い込み、純粋に怒りだけを覚えていた。


「おのれ! 言わせておけばッ!」


「後悔しろ。人間」


「クソガキめ! 死ねッ!」


 数人の魔人が真羅に飛び掛かった。だが、すでに彼は腰に手を添え、剣を抜刀をするような構えを取っていた。 

 

「――水月、止水……」


 静かに呟いた瞬間、真羅の体がブレた(・・・)


「――終わりだ……」


 そして瞬間何かが煌いたかと思うと、飛び掛かってきた魔人たちの体がズレた(・・・)


「――?」


 魔人たちは突然の浮遊感に違和感を感じながら、呆然と自分の下半身(・・・)を眺めていた。


「なにが――」


 遅れて血が噴き出す。上半身と下半身が泣き別れした魔人たちは、何が起こったのか分からないまま意識を失った。


「思っていたより脆いな……」


 この状況を作り出した男は、返り血で外套を赤く染めながら落胆したような声を漏らす。それは小さな呟きだったが、シャルアの耳にははっきりと聞こえた。

 シャルアは部下の成れの果てから真羅へ視線を移すと、彼は赤く染まった外套を翻しながら何かを手にしていた。

 

「……透明な剣か? いや、魔法……風の刃か何かか?」


 シャルアは彼が手にしているモノを風魔法で作りだした剣だと推測する。

 この世界で目には見えず切断能力を持っている魔法は、基本的に風属性魔法しかない。そのため、シャルアは五感を研ぎ澄まし、間合いの分からない不可視の剣を警戒する。


「フッ……」 


 しかし、その対応を見た真羅は、嘲るような笑みを作って手に持っていた剣を頭上に放り投げた。


「む?」


 シャルアたちは警戒していたモノが突然放り投げたため、自然とそれに視線がいく。だが、その一瞬の隙が命取りになる。

 

「どこを見ている?」


 その声が耳に届いた瞬間、魔人たちから血飛沫が上がる。

 彼らが放り投げた剣に気を取られていたとき、真羅はすでに先ほどとは逆側で同じものを生み出していたのだ。

 

「お前ら! 下がれッ!」


 シャルアが大声で部下に指示を飛ばすが、それと同時に真羅は先ほど投げた剣をキャッチして、両手で不可視の剣を構えていた。

 

「遅い」


 そう呟くと真羅は地面を蹴り、近くにいた魔人の懐に飛び込み左手の剣を心臓に突き刺した。そして、その勢いのまま、右手の剣をシャルアに向けて投擲する。


「フンッ!」


 しかし、不可視の剣は魔拳により弾かれて、回転しながら空へ吹き飛ばされた。

 だが、真羅は特に気にした様子もなく、突き刺した剣を引き抜くと後方へ跳び、空いた右手を弾かれた剣に向けて突き出した。


「――戻れ」


 突き出された掌には水色の魔法陣が浮かび上がっていて、宙に舞っていた剣は、突如回転を止めて不可視の切っ先を真羅へ向けると、物凄い速度で飛んでいき、まるで鞘に収まるようにして彼の掌に浮かんだ魔法陣に入っていった。

 魔人たちはその物理法則を無視したような現象を、何の詠唱もなしに起こしたを見て唖然としていたが、シャルアだけは楽しそうに獰猛な笑みを浮かべていた。


「お前らは残った魔物どもを連れて逃げたヤツら追え。コイツの相手は俺がする」


 我に返った魔人たちは、出された命令の意味を理解して抗議の声を上げる。 

 

「何を言うのです。こんな人間、我々だけで十分です!」


「アホかッ! 相手との実力差も理解できないのか!」


 怒気を込めた声を荒げて部下を黙らせると、餓えた獣のような獰猛な笑みを浮かべ、

 

「アイツはオレの獲物だッ! 手を出すんじゃねぇッ!」


 瞳を爛々と輝かせ口角を凶悪に吊り上げる。その様子はまさに戦闘狂(バトルジャンキー)そのもので、真羅だけでなく見慣れているはずの部下たちも呆れるように黙り込んでしまった。

 

「分かりました。私たちは奴らを追います」


 魔人の一人がシャルアに変わり仲間に指揮を執り始める。どうやら、彼らはこのような状況に慣れてるようで、特に困惑する様子もない。寧ろシャルアが指揮を執っていたときより手際が良く、彼らはすぐに残っていた十数体の魔物を引き連れ、撤退した勇志たちを追って行った。

 

 その様子を真羅は黙って眺めていた。


「なんだ、止めないのか? アイツらはお仲間を追って行ったぞ」


 意外そうに顎を撫でるシャルアを尻目に見て、真羅は不敵に笑った。


「ああ、そんな必要ないからな」

 

 そう言って真羅は、血が染み込んだ(・・・・・・・)剣を構え直す。

 

「ん?」


 ここでシャルアはその剣の違和感に気付く。真羅が手にしている不可視の剣は、血に染まりその全貌を現しているのだ。それは繊月のように湾曲した片刃の(つるぎ)で、血に染まって紅く煌きながら、真羅の不敵な笑みを刀身に写している。


「血が染み込んで……そうか、風ではなく“水”だったか」


「やっと気付いたか」 


 シャルアの呟きを聞いた真羅は、感心したように刀身を撫でる。


 この剣の銘は水月といい、真羅の魔術によって生み出された高密度に圧縮された水の刀だ。

 これは魔具と呼ばれるものの一種で、魔術を付与して造られる魔導品(アーティファクト)とはまた違い、魔術により一から生み出されたものである。

 

「だがそうなってしまったら、もはやただの剣と変わらないな」


 赤く染まり姿を現してしまった水月を指差し、シャルアは楽しげに嗤う。

 だが、真羅は特に気にする様子もなく、水月の切っ先をシャルアに向ける。


「――流れろ――流水」


 彼が静かに呟くと、突如水月の刀身が乱れ始めた。

 

「刀身の水が流れているのか?」


「さあな。だが、止水ではないことは確かだ」


 真羅はシャルアの問いに適当に答えると、水月を上段に構えた。

 シャルアもそれに合わせ、拳に魔力を集める。


「フッ」


「――ッ!?」


 真羅が水月を振り下ろそうとした瞬間、突然背筋に悪寒が走り、シャルアはとっさに横に跳ぶ。

 そして次の瞬間――先ほどまでシャルアがいた場所が真っ二つに割れた。


「ちっ、これは!」


 今の斬撃を見てシャルアの頭の中に、レッドドラゴンが真っ二つに切り裂かれた光景がフラッシュバックする。


「レッドドラゴンを斬ったのはキサマだったのかっ!」


「…………レッドドラゴン?」


 しかし、真羅の頭の中では、先ほど一刀両断にした竜ことはなど、すでに忘却の彼方にあるようで、何のことだと首を傾げている。


「さっきキサマが真っ二つにした赤いドラゴンのことだ! Sランクの魔物だぞ!」


「……?」


 シャルアの言っていることが理解できず、真羅はしばらく辺りをキョロキョロと見渡していたが、心当たりがないようで不思議そうに再び首を傾げる。

 先ほどのことは、鬱陶しい小虫を払った程度の感覚で行ったため、真羅からすれば特に気に留めるほどのことではないのだ。

 ちなみに彼は魔物のランクについての説明は適当に聞き流していたので、Sランクと言われてもパッとしないのだ。


「キサマ、本当に憶えていないのか……」

  

「何のことを言っているのか分からないが……そんな余裕があるのか?」

  

 真羅はこの話を無駄だと判断し、水月を真一文字に一閃させる。しかし、シャルアは驚異的な反射神経でそれに反応し紙一重で躱す。


「今のを躱すのか……化け物だな」


「キサマだけには言われたくないな!」


 今の斬撃を見て狂気的な笑みを浮かべるシャルアは、獣のような鋭い踏み込みで真羅に接近し、赤く輝く魔拳を放つ。だが、真羅はその魔拳に赤くなった水月の柄頭を横から打ち込んで軌道を逸らし、カウンターでシャルアの腹に鋭い蹴りを放つ。


「グハッ!」


 魔術で強化された真羅の蹴りは、シャルアの強靭な肉体を軽々と吹き飛ばし背後にあった大樹に叩きつけた。内臓にまでダメージを負ったシャルアはその場で血を吐く。

 

「くくくくっ」

 

 しかし、シャルアは狂ったように笑い始める。絶対の自信を持っていた自身の魔拳を軽々と破られたにも拘わらず、心底楽しそうに笑う。


「……頭でも打ったか?」


 真羅は気遣うような声で訊ねるが、心配する気持ちは微塵も籠っていない。というよりも全く興味がないようで、明後日の方を向いて呑気に欠伸をしている。


「――くくくっ。まさかオレの魔拳を初見で防げるヤツがいるとはな」


「初見じゃない。さっきお前が団長に使ったのを見ていた」


 実はもっと強力なのを毎日のように受けていたからなのだが、そんなことを教える義理はないので、真羅は適当に嘯いた。


「ハッ! だが実際に受けたのは初めてだろ?」


「さあ、どうだったかな?」


 そんなことには微塵も興味のない真羅は、どうでもよさそうに水月を掌で一回転させると刃を地面に突き刺した。


「む?」


 真羅が急に剣を手放したため、シャルアが訝しむような表情を作る。

 しかし、突如真羅の顔から表情が消えた。


「そろそろ遊びには飽きた……出し惜しんでないで全力で来い。さもないと……潰すぞ」


 無表情の真羅は、シャルアを咎めるように無機質な声を吐いた。


「……気付いていたのか?」


 その言葉を聞いたシャルアは、目を細めて感情が消えた真羅を睨みつけた。


「当たり前だ、あんな腑抜けた拳。馬鹿にしてるのか?」


 真羅は無表情のまま怒気を含んだ低い声を放つ。先ほどの魔拳は明らかに手を抜かれたもので、彼からしたら侮辱されていると思ってしまうほどお粗末なものだった。


「くくくっ。いや、すまない。キサマがどこまでできるのか確かめたかったのでな」


 シャルアは笑みを浮かべたまま立ち上がると、両手を空に向けて突き出した。 


「キサマはオレが思っていた以上にできるようだ。だからオレも全力で相手をしてやろう」


 そう言うとシャルアは狂喜の笑みを浮かべて、周囲の大地が抉れてしまうほど、魔力を爆発的に高めた。


「――怒れる大地よ! 汝の憤怒は燃え盛る炎と成りて、其の身と共に天空へと集う!」


 紡がれていく呪文に合わせるように、シャルアの頭上に真紅の魔法陣が展開される。


「――天へ昇りし破局の導き手よ! 怒りのままに荒れ狂い堕ちろ!」


 膨大な魔力で術式を編み上げていく彼は、狂喜の笑みのまま声を荒げる。


「これがオレの最高の魔法だッ! くらえッ!――――ガイアカタストロフ!」


 最後の顕言と共に魔法が体現する。魔法陣から真紅の魔力光が迸ると、空に燃え盛る岩石が出現した。

 それは先ほどシャルアが放った“メテオフォール”ように小型の隕石群を降らせるものではなく、巨大な一つの隕石を空から落とす魔法のようだ。空から落ちてくる真っ赤に燃えている岩石は、いくつもの岩石を無理やり一つに固めたような歪な形をしていて、まるで彼の狂喜が具現されてしまったもののように見える。

 

 真羅は自身に向け落ちてくる隕石を無表情のまま眺めていたが、突如、不敵な笑みを浮かべて水月を引き抜く。


「……この程度なら防御するまでもないな」


 彼が小声で呟くと、手に持っていた水月から「キィーーーン」という耳障りな音が鳴り始めた。


「――震えろ――震水」


 真羅は水月の切っ先をシャルアの隕石に向けて狙いを定めると、腰を落とし腕を引いて“突き”の構えを取った。


「バカめッ! そんなものでオレの魔法を防ぐなど不可能だ!」


 シャルアが歪な笑みを浮かべ嘲るように嗤う。確かに巨大隕石を剣一本で防ぐことなど不可能であり、普通に考えれば一瞬で潰されて終わりだろう。

 そんな分かり切ったことを実際に行おうとなど、傍から見れば愚かにも程があるだろう。

 

 ――しかし、それは飽くまで普通の人間の話だ。


魔術師(おれ)に不可能はない!」 


 真羅は珍しく声を荒げて叫ぶと、魔術で全身を強化し神経を切っ先に集中させて、耳障りな音を立てている水月を落ちてくる隕石に向け放った。


 放たれた真羅の渾身の突きは、隕石に衝突するとその部分を粉砕(・・)した。


「なッ!?」


 シャルアが驚愕の声を上げるが、真羅の一撃は勢いが落ちることなく、そのまま衝撃が隕石を貫き、粉々に破壊した。

 砕け散った破片は、強烈な魔力の余波により塵と化して空へと消えていき、立ち上る砂塵の中から無傷の真羅が現れる。


「思ってたより脆いな」


 つまらなそうに真羅が水月を振ると、砂塵は何の抵抗もなく霧散した。


「キサマ…何をした?」


 何が起こったのか分からないシャルアは、さっきまでの狂喜の笑みを消し、鋭い眼光を向けて凄むように問う。しかし真羅は、特に怯える様子もなく不敵な笑みを浮かべたまま口を開いた。


「別に答える義理はないんだが……まあ、問題ないから教えてやるよ」


 そう言うと、真羅は紅く染まった水月を見せつけるように、目の前の虚空に浮かせた。


「この刀の銘は、“水月”。複数の形体を持つ魔具だ」


「……複数の形体だと?」


 この世界の魔具は、特殊なものを除いて形状を変えるものはないのだ。そのため、シャルアは思わず訝しむように表情を歪めてしまう。


「ん、疑ってるのか? なれならよく見とけ」


 しかし、それを知らない真羅は、嘲笑うかのように水月の刀身を指先で触れる。


「――流れろ」


 そして、彼が静かに一言呟くと、刃の部分の水が激流の如く流れ始めた。


「な? 変わっただろ?」


 そう言って、真羅は水月をシャルアの目の前に移動させる。ちなみにその表情は、先ほどまでの不敵な笑みとは違い、どこか自慢げで年相応の笑みを浮かべている。 

 さすがにシャルアも、目の前ではっきりと見せつけられたら信じざるおえない。


 水を静止させて、鏡のように周りの風景を反射し、周囲に溶け込む“止水”。

 刃の部分の水を高速で流れさせて、切れ味を高める“流水”。

 限界まで圧縮し、刀身を高速振動させて、物体を粉砕する“震水”。

 

 以上の三つが、水月の形体である。


「仕組みは単純だけど、かなりの汎用性がある、俺のお気に入りの魔具だよ」


 水月は術式が単純な分、他の魔具と比べて魔力の消費が少ないため、真羅は好んでよく使っているのだ。まあ、本当の理由は違うのだが。


「さて、種明かしはこれで終わりだ」


 もうこれ以上話すことはないと、真羅は水月を手元に戻し、笑みを消して鋭い眼光を向ける。

 シャルアもそれを見て、自分も話すことはないと、目の前の敵に神経を集中させる。


「そろそろ決着を着けよう。無論、本気でな」


「ハッ、この期に及んで手加減などするか! オレも全力で潰してやる」


 両者の眼光が衝突し、周囲が殺気で満たされる。 

 

「消えろ……」

 

「ブッ潰れろッ!」  

 

 互いの言葉を引き金に、二人は同時に地面を蹴った。



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