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救世主vs 魔人族

いつの間にか一年が過ぎてしまいましたね……。

もう少しペースを上げられたらいいんですけどね。

「ハッ! 下等な人間にしてはやるな」


 赤い魔将、シャルアが楽しそうに口角を吊り上げて嗤う。


「黙れ」


 一方グランは対照的に、静かな怒り秘めた低い声を出し、剣を振るっていた。


 一見すると互角のように見えるが、グランは深い傷こそないものの、全身に浅い傷ができ、息も乱していた。しかし、シャルアは息を乱すどころか、汗一つ掻いておらず、余裕の笑みを浮かべている。

 現在は均衡を保っているが、それが崩れるのも時間の問題だろう。


「動きが鈍くなってるぞ!」


「くッ!」


 シャルアの赤い魔力光を纏った拳を受けきれず、グランは後方に弾き飛ばされる。

 

「どうした? ここから先は通さないのではないのか?」


 シャルアはゆったりとした足取りで、グランの元に歩み寄って行く。

 グランは悔しげに顔を歪めると、剣を構え直して周囲を一瞥する。

 周りでは、騎士が必死に魔人たちを食い止めているが、力の差は明確で、今にでも突破されてしまいそうだ。この場にいる魔人たちは、歴戦の猛者であるグランから見ても、全員が並外れた実力を持っている強者だ。騎士団の精鋭とはいえ、元のスペックが違うため勝てる見込みは薄い。


「フッ」


 グランは覚悟を決めたように前に出る。


「ほう、来るのか?」


 攻めに出たグランを見て、シャルアは感心するように顎を撫でる。


「だがどうするんだ? 力の差は歴然、貴様はすでに満身創痍。仲間の助けも期待できないぞ?」


 シャルアは嘲るように嗤う。ボロボロで今にも力尽きそうな状態にも拘わらず、無様に立ち向かってくる様子が、心底面白いとでもいうように。


「嘗めるなッ!」


 グランは有らん限りの魔力を振り絞り、剣を上段に構えると、嗤っているシャルアに全力で振り下ろした。

 しかし、


「ぬるいッ!」


 全身全霊を込めたグランの一撃は、赤い魔力光を纏うシャルアの右手に、軽々と受け止められてしまう。


「なっ!?」


 これには、さすがのグランも驚愕の声を漏らし、目の前の光景が信じられないというように目を見開く。

 今の一撃は間違えなく、グランの人生の中で最高のものだった。倒すことはできなくても、深手を負わすことぐらいはできると考えていたが、実際は傷一つ付けることができなかった。


「ハッ、人間にしてはよく頑張ったが、そろそろ飽きてきた」


 シャルアはニヤリと口を歪ませて、右手と同じように左手に赤い魔力光を纏わせる。


「死ね」


 シャルアの暴力的な魔拳が、魔力が枯渇し動くことのできないグランに向け放たれる。


 しかし、シャルアの拳がグランを捉えようとした瞬間、突如二人の間に黒い影が割り込んできた。








「――ぶっ飛べ」


 勇志たちを見届けた真羅は、グランの元にたどり着くと、そのまま二人の間に割り込み、シャルアの顔面に拳を叩き込んだ。


「うぐっ!?」


 不意を突かれたシャルアは反応することができず、見事に吹き飛ばされレッドドラゴンの亡骸に突っ込んでしまう。

 しかし、真羅は動きを止めず、そのままグランの腕を掴み、後方に投げ飛ばした。


 

「――ッ!?」


 突然のことにグランは驚きの声を出す間もなく、そのまま落下地点に偶然いた武に受け止められる。

 ――お姫様抱っこで……


「ぬおっ!? 団長?」


 武も突然のことで状況が理解できずに間抜けな声を出す。作戦は勇志から伝えられているので、騎士たちを下がらせることは知っているはずだが、こんなやり方で下がらせるとは、思いもしなかっただろう。

 まあ、脳筋の彼が何かを考えていたとは思えないが。


 真羅はその様子を一瞥すると、他の魔人と戦っている騎士たちを確認する。皆、グランほどではないが、かなり消耗していた。

 魔人も多少は消耗しているようだが、動きはほとんど衰えてない。やはり、元のスペックが人間とは違うようだ。


「シャルア様ッ!?」


 真羅が騎士たちの助けに入ろうとしたとき、近くにいた魔人族の男が悲鳴じみた声を上げる。どうやら、こちらのことに気付いたようだ。

 その声に反応して他の魔人たちも動きを止め、吹き飛ばされたシャルアの方に顔を向ける。


「今だッ!」


 その隙に真羅が声を上げて合図を出す。


 すると、背後から魔人たちへ様々な魔法が飛んでくる。

 これは真羅が勇志に頼んだことで、自分が魔人の気を逸らすので、その隙に可能な限り魔法を叩き込んでくれと、皆に伝えてもらったのだ。

 まさか、敵の大将を殴り飛ばして気を逸らすとは、誰も想像できなかっただろうが……


 火球や雷閃、風の刃に石の弾丸など様々な魔法が一斉に降り注ぎ、さすがの魔人たちも後退する。


「ちっ、味方ごと撃つとは!」


 漆黒の翼を持つ魔人族の女が、忌まわしげに舌打ちをし、魔法の余波から逃れるために後ろに跳ぶ。

 騎士たちは全員満身創痍だったので、避けれるはずがない。たとえ彼らが万全の状態でも、これを受けたらひとたまりもないだろう。

 彼女の考えは正しい。だが、


「味方ごと? はっ、そんなわけないだろう」


「何?」


 真羅に鼻で笑われた女は、巻き込まれたはずの騎士たちの方に視線をやる。


 よく見ると騎士たちのいた所には、光の障壁が展開されていて、魔法は一つも直撃していない。それに、魔人が後退した隙をついて、前衛組が騎士たちを後方へ避難させていた。

 

「光魔法か! 術者はどいつだ?」


 別の魔人が声を上げ、障壁の魔力をたどっての術者を探し始める。


「あの白ローブの女だ!」


 先ほどの女が、障壁を張った本人がマリアであることを突き止め、彼女に向けて火球を放った。


「無駄です!――光の盾(ライトシールド)


 マリアはすぐさま自分の元に、こちらの世界で習った防御魔法を展開する。

 女の放った火球は、マリアが作り出した障壁に激突して、派手に爆発する。

 しかし、


「もらった!」


 爆風でマリアの視覚を潰した隙に、女が漆黒の翼を広げて障壁を飛び越え、頭上から持っていた剣を構えて突っ込んできた。


「――しまった!」


 マリアがそのことに気付いたときには、すでに剣が眼前に迫っていて、とても回避できる距離ではなかった。


 このとき、マリアは己の未熟さを呪った。

 ちょっとした慢心と油断の結果がこれだ……優秀な親を持ち、自身も天才などともてはやされて、調子に乗っていたのだろう。


 目の前に迫りくる死の恐怖に目蓋を閉じてしまう。


 ――――逃げるな! 最後までその眼で真実を見続けろ。


 心に直接伝わってくるような声が、頭の中に響いてくる。

 

 そして、次の瞬間。

 マリアが感じたのは、命を刈り取る冷たい刃ではなく、恐怖を溶かすような温もりだった。

 

 マリアは恐る恐る目蓋を上げると、見慣れた顔が目に入る。


「……今、終わった、とか思ってただろ?」


「し、しんら……さん?」


 マリアは混乱しながらも周りを見渡し、現在自分がどのような状況にあるのかを知る。現在マリアは、真羅に抱えられながら、空中を自由落下していた。

 下から「オレもあっちがよかったぁぁぁぁぁッ!」と、絶叫が聞こえてきたが無視する。

 

 密着しているしている真羅の体からは、不思議な温もりを感じる。それは体温や魔力とも違うが、全てを包み込むような温かいもので、不思議と恐怖は感じなかった。

 マリアは真羅の顔を見つめる。思えば、彼のことはほとんど知らない。元々彼を調査をするために近づいたのに、結局彼のことはほとんど分からなかった。

 今も何を思って自分を助けたのか、全く分からない。


 マリアが真羅を見つめていると、その視線に気付いた真羅が顔を向けてくる。


「俺の顔に何かついてるか?」


「――ッ!? いえ……」


 真羅が不思議そうに顔を近づけてきたため、マリアは顔を赤くして視線を逸らせる。そして、現在自分が真羅に抱えられていることを理解して、顔をさらに赤らめる。


「ん? 顔が赤いぞ、大丈夫か?」


「えっ! はい、大丈夫です……」


 マリアは内心でパニックを起こしていたが、そんなことに真羅が気付くわけがなく、そのまま地面に着地した。

 そして、マリアの耳元に顔を近づけて、周りには聞こえないような小さい声で囁いた。


「魔術師に“諦め”というものはない。それ故、魔術師に“不可能”は存在しない」


 真羅は抱えていたマリアを下ろす。


「うちの首領の言葉だ。覚えておけ」


 そう言うと、真羅は踵を返して、魔人族の方へゆっくりと歩いて行った。 


「キサマッ!」


 先ほどマリアを襲った魔人が、真羅の行動を挑発だと思ったのか、怒りの声を上げながら魔法を放ってきた。


「遅い……」


 真羅は冷静に放たれた魔法を見据えると、その魔法の術式(・・)(ほど)いた。


「なっ! 魔法が消えた!?」


「別に驚くほどのことでもない」


 魔法がいきなり消滅するという、不可思議なことが目の前で起こり混乱する魔人に向け、真羅はつまらなそうに吐き捨てた。


「ふざけるなッ! こんなこと有り得るかッ!」


「有り得ないじゃない。実際に在り得たんだろ?」


 淡々とした口調で相手を諭すように言うと、真羅は魔術で脚力を強化し、一瞬で魔人の懐に入った。


「なっ」


「真実から目を背けた。その時点でお前の負けだ」


 真羅はそう呟くと、魔拳を女魔人の腹に叩き込んだ。

 魔人は言葉を発することもなく、一瞬で意識を失いその場に倒れた。

 

「……こんなものか」


 真羅は倒れた魔人には目もくれずに後方を一瞥すると、どうでもよさそうに他の魔人族の方へ向き直った。そして、先ほど吹き飛ばしたシャルアが、鋭い眼光でこちらを睨みながら立ち上がろうとしていることに気付くと、不敵な笑みを浮かべて、持っていた剣を空に掲げた。

 すると、


「「「――――アクアピラー!」」」


 複数の顕言と共に、真羅の後方から数本の水柱が上がり、大量の水が魔人たちに降り注いだ。

 そして、それと同時に別の詠唱が響く。


「――荒れ狂う吹雪。生命を停める氷牢よ。咎人を凍てつかせ蝕む、白銀の氷獄を呼び起こせ!――――ブリザードプリズン!」

 

 顕言が放たれるのと同時に、真羅は後方の仲間たちの元へ駆け出した。そして、一拍遅れて魔人たちを強烈な極寒の吹雪が襲う。

 魔力を辿ると、小柄で眼鏡をかけた少女――氷室絵梨(ひむろえり)が、魔杖を掲げて魔法を展開していた。

 真羅から見ると大分拙く杜撰なものだが、初心者でこれを行使できたのなら上出来だろう。


「ふん。この程度の魔法、我々に効くとでも?」


 その吹雪を受けて平然としていた魔人が、不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 元々、過酷な環境で生まれた魔人族は、人間より遥かに頑丈で、この程度の吹雪では大きなダメージを与えることができない。 しかし、  


「阿呆め……」


 真羅が冷めた口調で呟くと、魔人たちの体が徐々に凍り付き始め、苦悶の表情を浮かべ始めた。


「なっ、体が! なぜこの程度の吹雪で?」

 

 男の魔人が混乱しながら驚愕の声を上げると、真羅は振り返ることなく溜息を吐く。


(あれだけ水を被れば体はともかく、体に付着した水は凍るだろ……こっそり術を強化しておいたしな)


 確かに魔人の体は人間より頑丈だ。彼らならこのくらいの氷など簡単に壊せるだろう。だが、それをいいことに、魔法をまともに受けた魔人たちは、真羅が密かに仕掛けておいた魔術の影響もあり、凍り付いて一時的に身動きがとれなくなってしまう。


 勇志たちの元にたどり着くと、真羅は仲間の状態を確認する。クラスメイトたちは魔法の使い過ぎで、魔力を消費させ肩で息をしているが、動けないほどではないだろう。騎士たちは治療を受けて動けるほどには回復していた。


「真羅! 無事?」


 今まで指示を出していた勇志が、声を上げて真羅の元へ駆け寄ってきた。


「ああ、全く問題はない」


 心配そうにしている勇志に対して、真羅は飄々とした様子で笑みを浮かべる。


「そっちは……って、訊くまでもないか」


 真羅は状況を確認するため、勇志にこちらの戦況を尋ねようとしたが、周囲で倒れている上位種の魔物たちと、そも近くで消耗しながらもしっかり両足で地面に立っているクラスメイトを見て、質問するのをやめた。

 初めのマリアの魔術で、かなりの数の魔物を削れていたが、それでも、上位種の魔物はそれなりに残っていたはずだ。どうやら、真羅が思っていた以上に、クラスメイトたちは力を付けていたようだ。


「話は後だ。ともかく逃げるぞ」


「ああ。――みんな! 撤退だ! 周りを気にせず、全力で王都まで走れッ!」


 勇志が叫ぶと、皆が一斉に駆け出した。戸惑う者が誰一人としていないのは、勇志の説明と指示の出し方が上手いためだろう。

 真羅は気付いていないことだが、勇志のリーダーシップは周りが思っている以上にすぐれているのだ。


「香月! 頼む!」


 勇志は走りながら、あらかじめ後方で控えていた快斗に、最後の指示を出す。


「任せろ! 最後を決めるのは俺だぁッ!――闇よ! 眩い光を蝕み、暗き深淵へと堕ちろ!――――ダークヘイズ!」


 快斗が顕言を放つと、漆黒の靄が魔人たちを包み込み、彼らの五感を狂わせた。


 この魔法は、闇属性の下級魔法で、漆黒の靄を放って相手の感覚を一時的に奪うものだ。

 闇属性は光属性と同じく珍しいものであり、召喚された救世主の中でも闇魔法を使える者は少ない。快斗はその闇属性を持つ数少ない者で、最後の撤退のときのため、後方で控えてもらっていたのだ。


「ふはははははっ! さらばだぁ!」

 

 快斗は額に大粒の汗を流しながら、ヤケクソ気味に高笑いをして一目散に逃げ出した。初の実戦で大役を任されたため、かなり緊張していたようだ。

 

 と、真羅はその様子を木陰(・・)で見ていた。

 不思議と先ほどまで隣にいた勇志すら、真羅がいないことに気付いていない。


「……全員逃げたな」


 仲間たちが視界から消えると、魔人族を包む漆黒の靄へ向き直る。

 

「さて、遊びは終わりにするか……」


 靄が突如、巨大な魔力の爆発と共に吹き飛び、蝕んでいた氷を払った魔人たちが姿を現す。

 

「消し飛ばしてやるよ。お前らを……」


 ゾッとする冷たい声で静かに呟くと、真羅は木陰から離れてゆっくりと歩き出した。

 このとき、彼の瞳は、終焉を連想させる黄昏(・・)色に輝いていた。



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