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実戦訓練

 重い目蓋を上げると、窓から射し込む朝日が目に入ってきた。


「久しぶりに見たな……」


 真羅は穏やかな微笑を浮かべる。


「そういえば、今日は実戦訓練が始まるんだったな」


 マリアと協定を結んでから三週間が経っていた。

 救世主たちは召喚されてから著しい早さで力を付けていき、現在はまだ拙い部分もあるが、この国の騎士団の精鋭部隊を凌駕する強さを身に付けていた。

 特に勇志は、騎士団長であるグランをも上回る強さを誇っていた。


 本日から初めての実戦訓練があり、王都の東にある“精霊の森”と呼ばれる場所に行き、魔物討伐をすることになっていた。


「試練か……取り敢えず訓練では何も起こらないといいんだが……」


 真羅は軽く伸びをするとベッドから下りた。


「……一体アイツは何なんだ。何故俺の夢に介入する?」


 しばらく真羅は顎に手を当てて考えるが、答えは見つからず溜息を吐く。


「まあ、考えても仕方ないか」


 気持ちを入れ替えるため、真羅は強めに頬を叩く。


「そんなことより、今日の実戦だ。何があってもいいように準備を整えとくか」

 

 そう呟くと、真羅はベットの傍にある椅子に腰かけて静かに目蓋を閉じた。

 

 






「ここが精霊の森だ。この先からは魔物が多く生息している。皆、気を引き締めて行動しろ!」


 木が鬱蒼と生い茂る森の前で、グランの力強い声が響く。

 

 真羅たちは現在、王都を出て“精霊の森”と呼ばれる場所に来ていた。


 精霊の森とは、アーセル王国と隣国の境にある森のことで、王都からは歩いて数日掛かる所にある。

 森の奥には古くから精霊が住んでいると伝わっていて、そこの精霊たちはとてもイタズラ好きで、森の奥にまで迷い込んでしまった者を驚かせたり、まっすぐに進んだつもりでも方向感覚を狂わせて元の入った場所に戻らせてしまうなど、様々な噂が広がっている。

 魔物もこの森に生息しているが、危険度は低いものばかりなので、新人の兵士の訓練にも使われる場所だ。


「この森には危険度の高い魔物は生息していないが、危険がないわけではない。気を抜けば死ぬぞ。充分注意するように」


 グランの話を聞き、初めて城の外に出たため浮かれてしまっていた者たちも気を引き締める。

 これは今までの訓練とは違い実戦なのだ。最悪死ぬ可能性もある。この中の何人がそれを正確に理解しているのかは不明だが、グランの言葉で皆に緊張が走った。


「それでは出発する。隊列を崩すなよ」



 精霊の森に入りしばらく進むと、近くの茂みがから物音が聞こえてきた。


「右から何かくるぞ!」


 茂みの近くにいた騎士が声を上げると、それと同時に茂みから何かが飛び出した。


「「「グギャーッ!」」」


 飛び出してきたのは三体の緑色の皮膚を持つ人型の生物だった。


「ゴブリンだ! 気を付けろ!」


 皆がそれぞれの武器を構え戦闘体勢になる。

 ゴブリンの背丈は成人男性の半分ほどだが、手には碌に手入れのされていない剣や弓が握られている。


「こいつは僕に任せてくれ!」


 近くにいた勇志が凄まじい速度で剣を持った一体のゴブリンに接近し、剣を袈裟懸けに振り下ろした。


「ハアァァァッ!」


「ギャギャッー!?」


 勇志が放った一撃は、見事にゴブリンを捉え真っ二つに切り裂いた。

 斬り裂いた場所からはドス黒い血が吹き出し、ゴブリンは断末魔の叫びを残して絶命した。


「うっ……」


 勇志はゴブリンの死体を見て顔をしかめる。

 相手が魔物とはいえ生物の命を絶ったのだ、そう気分のいいものではないだろう。


「大丈夫か?」


 真羅は勇志の側に行き声をかける。


「……うん、大丈夫。ただ、実際に魔物を斬るのは初めてだったから……」


 勇志は力のない微笑を浮かべる。


「そうか、無理はするなよ。これは実戦なんだ。いつもの訓練と違って油断したらマジで危ないからな?」


「分かってるよ。ちゃんと覚悟もしてきたさ」


 勇志は表情を引き締めて周囲の状況を確認する。

 どうやら、彼はグランの言葉の意味をしっかり理解しているようだ。


 残りの二体のゴブリンは、騎士団に援護されながら他のクラスメイトたちが対処していた。


「俺サマに任せろぉぉぉぉー!」


 先頭にいた武が拳を振りかざして呪文を唱えながら、大剣を持ったゴブリンに飛びかかった。


「気高き武人の御霊よ! 我が身に打ち砕く力を!――――フォースアップ!」


 武の体が安定した魔力光に包まれる。


「くらえッ!」


 武の拳はゴブリンの顔面を捉え、一撃で吹き飛ばした。

 ゴブリンは頭を完全に潰されて声を上げる間もなく絶命した。


「俺サマの勝ちだぁー!」


 ゴブリンを倒した武は、拳を突き上げ雄叫びをあげる。

 その豪快な戦い方に、周りの者は若干引いているが、本人は気付いていないようだ。


 そんな武を、最後のゴブリンが弓を構えて狙っていた。


「バカッ! 油断すんな!」


 そのことに逸早く気付いた真羅が、声を上げて注意する。


「藤原くん! 下がって!」


 真羅の声に反応した弘幸が、杖を構え呪文を唱え始める。


「水よ! 鋭き流れを以って、我が敵を撃ち抜け!――――ウォーターショット!」


 杖から放たれた水球は、最後のゴブリンに直撃して吹き飛ばした。

 だが、仕留めるまでは至らず、ゴブリンはふらふらと立ち上がった。


「ここは私が!」


 後方にいた結衣が弓を構えて矢を放った。


「グギャ!?」


 放たれた矢は、寸分違わずゴブリンの額に突き刺さり、その命を絶った。


 実は、結衣は小学生の頃から弓道を習っていて、その腕前は全国大会に出場するほど優秀なのだ。


「さすが東雲。やるな……」


 隣にいた永司が声を漏らす。

 彼も魔法を放とうとしていたようだが、発動させる前に倒されてしまったらしい。


「まだ油断するな! 周囲を警戒しろ!」


 グランの言葉に、敵を倒して気を抜いていた者が、慌てて周囲を見渡す。

 幸いにも周りにはもう魔物の姿はなく、真羅たちはさらに森の奥へと進んで行った。






「ハアァァァッ!」


 勇志の剣がゴブリンを切り裂いた。

 精霊の森に入ってから数時間が経った。真羅たちは魔物との戦闘を何度か繰り返し、皆実戦の空気に慣れ始め、普段通りに動けるようになっていた。


「みんな、だいぶ慣れてきたね」


 勇志が剣を鞘に収めながら微笑する。


「そうだな、皆動きが良くなってきてる。いい感じに緊張が解けてきたんだろ。でも油断はするなよ」

 

 勇志の言葉に、真羅はさりげなく注意を入れる。


「分かってるよ。真羅こそさっきから余裕を感じるけど、気を抜いてるんじゃないの?」

 

「ある程度は余裕がないと、いざって時に動けないだろ」


 二人は軽口を叩きながら周りの様子を見渡す。

 周囲にもう魔物の姿はなく、他の者も戦闘を終えていた。


「もう周囲に魔物はいないな?……よし、ここでしばらく休息をとる! 体は休めるときに休ませろ。それも戦いでは重要なことだ」


 後方で真羅たちを見守っていたグランは、周囲を見渡し魔物の姿がないか確認すると休息をとるように指示を出した。

 それを聞き、クラスメイトたちは「疲れた~」と呟きながら腰を下ろす。

 真羅と勇志も近くにあった岩の上に腰を下ろした。


「そういえば、なんで真羅は前衛なのにそんな軽装なの? 武器もただの剣だし」


 勇志は今の真羅の恰好を見ながら疑問を口にした。

 現在の真羅は、革製の手袋と胸当てを身に纏い上からはフード付きの外套を羽織っている。金属製の防具は一切なく、魔法が付与された魔導品(アーティファクト)も一つもない。それに武器は普通の鉄の剣だ。


 真羅は自分の装備を改めて確認すると苦笑をする。どう見ても世界を救う救世主には見えない。

 ちなみに勇志の装備は、国の宝物庫にあったオリハルコン製の魔導品(アーティファクト)の剣に、宮殿の鍛冶師が勇志のためにオーダーメイドで作製した真銀(ミスリル)製の鎧。そして、その上からは竜種の翼を加工して作ったマントを羽織っている。

 他の者もかなり上質な素材で造られた装備を身に纏っている。


「俺はスピード特化だからな。始めっから攻撃を受けないつもりで戦ってるから重い防具は邪魔なんだ。剣の方は………これは訓練で使い慣れたやつだから……な?」


「なるほど。だからその恰好なのか」


 勇志は納得したように微笑した。

 しかし実をいうと、防具のことは本当だが、剣は今朝の下準備に夢中になり集合時間に遅れかけて、間違えて持ってきただけである。

 微妙に間があったのは適当な言い訳を考えていたからだ。


「お前は、ザ、勇者って恰好だな……(パシャッ)」


 真羅が無言で勇志をスマホのカメラで撮影した。


「ちょっと! 何してるの!?」


「気にするな。元の世界に帰ったら皆に見せようと思って……」


「やめてよ! 自分でも恥ずかしいだから!」 


 スマホを取り上げようとしてくる勇志の手を、真羅がその自慢のスピードで躱す。


「くっ! ちょこまかと!」


「フッ、どうした? ヒーローさん?――――(パシャッ、パシャッ)」


 真羅は森の中を縦横無尽に飛び回りながら、勇志(勇者仕様)をスマホのカメラで撮る。


「ああっ!? もうやめてよ!」


「変に動くなよ。撮れないだろ?」


「撮れないようにしてるんだよ! そもそも何でスマホ使えるの? そんなに電気が保つはずないのに!」


 ――魔導品(アーティファクト)だからです。

 真羅は心の中で答えると、勇志が止まった隙をついてカメラを向ける。

 しかし、


「させるか!」


 ついに勇志が魔力を制御し身体能力を強化を行って真羅に迫った。


「おっと」


 だが、真羅は冷静にその動きを見切り、最低限の動きで勇志の手を躱す。その動きはやたら洗練されていて、とてもついこないだまでただの高校生だったとは思えない。


「どうなってんの? 今の?」


 勇志が真羅の動きを見て、呆れと困惑が混ざったような声を出す。


「さあな? 企業秘密だ」


 真羅は適当に嘯くと、さすがに自重してスマホを懐にしまう。これ以上は正体がバレてしまう可能性がある。

 勇志もそれを見て身体強化を解除した。

 

「はぁ~。消しといてよ、それ」


「後で忘れてなかったらな」


 二人は軽口を叩き合いながら再び腰を下ろす。


「それにしても皆強くなったな。まだ二ヶ月も経ってないのに」


 真羅は空を仰ぎながら、ふと思ったことを口にする。


「まだ二ヶ月か……もっと長く感じてたんだけどね」


「それだけ濃密だったってことだ。まあ、こんなことになってんだから無理もないか」


 異世界召喚などという非現実的なことに巻き込まれたのだ。やることが多かったため、随分と長く感じられたのはしょうがないことだろう。


「ん?」

 

 真羅が突然何かの気配を感じて、森の奥の方に鋭い視線を向ける。


「どうしたんだい?」


 突然親友の雰囲気が変わったため、勇志が心配そうに訊ねる。


「分からないか? 森の奥だ」


「森の奥?……むっ?」


 勇志も何かの気配を感じ、腰の剣に手を添える。


「何かいる! 気を付けろ!」


 同じく気配を感じたグランが声を上げて警戒を促す。


 すると突如、前方の木が薙ぎ倒されて砂煙が舞い上がる。


「――グルゥゥゥゥ」


 砂煙の中から唸り声のようなものが聞こえて、巨大な影が現れる。


「おいおい、マジかよ……」


 そのシルエットを見て、誰かが驚愕の声を漏らす。他の者も呆然とその影に釘付けになっていた。


「さがれ!」


 グランが焦りを含んだ声で叫んだと同時に、突如巨大な火球がこちらに飛んできた。


「ちっ!」


 それに逸早く反応した真羅が、剣を引き抜き十字に振るう。

 母である《破壊の戦姫(ブレイクヴァルキリー)》より受け継いだ剣技は、見事に火球を切り裂き、炎は勢いを失い消えていった。


「まったく……何でこんなのがここにいるんだよ……」

 

 真羅は面倒くさそうに目の前のものを見据える。


 砂煙の中から姿を現したのは、巨大な体と強靭な爪、悍ましい角を持った赤い竜だった。


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