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異端者の禁術と異世界の神話

「えっ?」


 マリアはふと我に返ると、何の変化もない自分の体と、手の中の魔法陣に不可視の剣を収納している真羅が目に入った。


「いまのは……?」


 マリアは状況が理解できず、困惑した声で呟いた。

 先ほど自分は真っ二つに切り裂かれたはずだ。それなのに体には何の変化もないし、血の一滴も出てない。


 訳も分からず辺りを見渡すと、原因と思われる男が、イタズラが成功した悪ガキのような笑みを浮かべて立っていた。


「君が見たのはただの幻影さ。俺が斬ったのは結界だけだ」


 その一言でマリアはさらに困惑した。


 魔術を封じられていたはずなのに、この男はどうして自分に幻影を見せることができたのか。

 結界を叩き斬るという、明らかに人間離れしていることを、何故この男は意図も容易くできるのか。


 マリアが混乱していると、その心を読んだかのように真羅は余裕の笑みを見せる。


「いいね……ただの雑魚なら自慢の魔術が破られると、何が起こったのかも考えずに喚き散らしてるところだよ。だけど君は困惑しながらも、この状況を理解するために思考を廻らせた。さすがは教会の魔術師だ」


 意外にも真羅がマリアに送ったのは称賛だった。

 真羅が言っていることを理解できず、マリアは固まってしまう。


「……どういうつもりですか?」


「ああ、別に殺す気なんて最初からないよ。何のメリットもないし」


 真羅はマリアの問いにつまらなそうに答える。

 だが、その様子を見て、マリアは彼の言葉の意味を理解した。


「何が望み(・・)ですか?」


 マリアは単刀直入に訊ねる。

 彼は私を殺してしまうことは何のメリットもないと言ったのだ。つまり逆に言うと、私を生かすことは、彼にとって何らかのメリットがある――彼は私に何かさせたいことがあるということだ。


 真羅はマリアの言葉を聞いてニヤリと笑う。


「理解が早くて助かるよ」


 すると、真羅は笑みを消して真剣な表情を作る。


「この世界に召喚されたことは、互いに想定外のことだ」


 このときの真羅は普段とは違い、魔術師としての顔を出していた。


「ここは一つ、元の世界に戻るために協力しないか?」


 真羅が提案する。

 この世界に来たことは、お互い不本意なことだ。


「協力ですか……こちらとしては願ってもない話ですが……いいのですか? 貴方は私の目的が分かっているはずです」


 マリアとしては、彼ほどの魔術師が協力してくれるのは心強いことだが、彼からすれば自身の秘密を打ち明けるようなものだ。


「ああ。俺が禁術に手を染めた疑いがあることだろ? 君はその調査で俺に接触した」


 やはり、彼は気付いていたようだ。


「ええ。貴方は禁術に手を染めた疑いがかけられています」


 マリアは真羅の目を、真っ直ぐ見据える。


「単刀直入に訊きます。それは真実ですか?」


 真羅は少し間を置いてから口を開いた。


「……事実だ」


 何かを思い返すように、真羅は静かに目を瞑る。


「三年前、とある外道どもの組織に潜入した時、俺は奴ら研究していた禁術に触れた」


「三年前……」


 マリアは無意識の内に呟いていた。

 

「もしかして……あの生霊事件ですか?」


「ん? 知ってたか……いや、教会の者なら知ってて当然か」


 ――生霊事件

 それは三年前、とある魔術結社によって起こされた大量虐殺事件であり、その組織の死霊術師(ネクロマンサー)が禁呪クラスの禁術を発動させ、世界各地から無差別に誘拐してきた魔力保有量が多い子供たちを、生きたまま悪霊にしてしまった事件である。


 魔術を公にすることも恐れず一般人まで巻き込んだその組織は、『魔導連合』に派遣された執行部の魔術師たちによって殲滅され、この事件は解決した。



「俺はその事件の時、任務であの組織に潜入して、奴らの使ってる禁術を解析したんだ……いや、正確には禁呪だな、あれは……。

 まあ、だからその過程でヤツらの禁呪を妨害するために、禁呪クラスの術を使ったから、手を染めたって言ったら染めてる……のかな?」


 なんとも曖昧な答えである。

 だが、彼自身も任務でやったことであり、事件を解決するために使ったのなら、彼に責任を負わせるのは筋違いだ。


「そうでしたか……事件解決のためにしたことならば罪にするのは道理が通りませんね」


 事件の真相を知り、マリアは胸を撫で下ろす。

 彼は自分の私欲のために禁術に手を染めたわけではなかったのだ。


 しかし、


「元々、禁術の解析は趣味でやってたからな。漏れたとしたらそのときだろう……でも創ったのはバレていないからセーフだよな? それで解決した事件も多いし……」


 と、とんでもないことを真羅はぼそっと呟いた。


「なっ!? 趣味で禁術を!? やはり貴方はッ!」


「あっ、いや、調べただけで使ってないって! それに誰にも迷惑はかけてないし、寧ろ助かったやつの方が多いから――あぶなッ!」


 真羅のブチかました言葉に、マリアは十字架を構えて魔術を撃ち始めたが、真羅が先ほど見せた余裕を一切感じさせない態度で宥めたため、マリアは十字架を下ろして魔術を止めた。


「分かりました……取り敢えず貴方は、禁術を悪用してはいないということですね?」


「取り敢えずって……まあ、そういうことでいいや………はぁ~」


 真羅はめんどくさそうに溜息を吐いた。

 そして、マリアもその様子を見て、呆れたように溜息を吐く。


「趣味なんかで禁術を調べるからグレーリストに載ってしまうのですよ」


「ああ、知ってたのか? 俺も好きで載った訳じゃないんだが……はぁ~」


 真羅は再び溜息を吐く。


 『魔導連合』には、執行部――審問会という機関があり、そこには三つのリストがある。


 一つはレッドリストと呼ばれ、もう使い手の少なくなった系統の魔術を扱う魔術師の名が記載されている。言ってしまえば、絶滅危惧種の魔術師が載っているリストだ。

 どの系統にも属さない固有魔術を使う術師は、大半がこのリストに載っている。もちろん真羅も載っている。


 二つ目はグレーリストと呼ばれ、現在は特に問題を起こしてないが、その疑いがあったり、将来問題を起こす可能性が高い魔術師が記載されている。

 もちろんこれにも真羅は載っている。《異端者(ヘレティック)》の名は伊達ではない。


 最後はブラックリストと呼ばれ、何か重大な問題を起こした魔術師や、連合に加盟していない組織の外法魔術師などが記載されている。

 これにはさすがの真羅も載っていない。


 ちなみに審問会という名は、教会が連合に加盟した際に、教会の異端審問会という魔術師を取り締まる機関が、連合の管理下に置かれ、元々あった執行部に加わって、審問会という名に変わったものだ。現在は連合の執行機関として機能している。


「大分逸れたが、話を戻すぞ」


 真羅は顔を引き締め再び真剣な表情になる。


「元の世界に戻るために協力するってことは、それでいいか?」


「ええ。まずはこの問題を解決しなければ、話が進みません」


 マリアも真剣な表情になる。

 現状をどうにかしなければ何も進まない。


「取り敢えず情報交換から始めよう。そっちも色々と調べたようだし」


「ええ。分かりました」


 そう言ってマリアは、懐から手帳を取り出した。


「まずは私から話します。私はこの世界の伝承や神話について調べました」


「神話か…神聖術師らしいな。俺も伝承なら調べだが、特に有益な情報はなかったな」


「ええ。この英雄召喚は今回初めて使われたようなので、大した情報は得られませんでした」


「まあ、この世界の奴ら知らないみたいだし、期待はしてないさ」


 真羅はおどけるように肩を竦める。


「そしてその後に神話を調べたのですが、英雄召喚の魔法はこの世界の女神が人に託したようです」


「そういえば、王様もそんなこと言ってたな……なんだっけ、たしか……ストなんとかっていう女神が託したとか……」


「女神ストレイアです。この女神はこの世界の教会――神聖教会で崇められている、唯一神です」


「ん? 神は一柱しかいないのか?」


 真羅が首を傾げる。

 科学が発展した元の世界でも神と呼ばれる存在は何体もいたので、一体しかいないと言われると不自然に感じてしまう。


「いえ。教会で正式に認められているのが女神だけで、女神と敵対している他の神は、正式な神として認められていないだけです」


「ああ、なるほど」


 真羅は納得したように手を叩く。

 確かに教会からしたら、自分たちの信仰している女神の敵を、神として認める訳にはいかないだろう。


「この世界にはかつて、女神と魔神がいたそうです」


 マリアは手帳を捲りながら語り始める。


「女神は光の精霊を生み出し、魔神は闇の精霊を生み出しました。そしてこの二柱の神は互いに精霊を率いて、長い間戦いを繰り広げていたそうです」


「精霊ね……」


 ――俺の魔術に似てるな。

 マリアの話を聞き、真羅はふとそんなことを思った。


「その戦いは激戦の末、女神が勝利しました」


「まったく……神様ってのは、ほんと戦いが好きだな」


 真羅は元の世界の神話を思い出しながら、呆れたよう肩を竦める。


「おっと。聖職者さんの前で、こんなこと言っちゃダメだったか?」


 そう言いながらも、真羅に悪びれた様子はなく、おどけるように両手で口を押さえた。


「構いません。聖職者といっても私は魔術師ですし、主以外のものは神聖存在だとは思っていません」


「それもそうか。こんな異世界の神様なんて」


 いかにも教会の魔術師らしいマリアの答えに、真羅は思わず苦笑を漏らす。


「話を戻します。勝利した女神は、魔法でこの世界の生物を創り出しました」


「そのときに魔法で人々を生み出したってわけか」


「はい。その後、文明を築き上げてきた人類に英雄召喚の魔法を託したようです。いつか魔なるモノが蘇った時のために……」


「――魔なるモノが蘇る……それが魔王ってことか?」


「恐らく。そして、その英雄召喚や生命を生み出す魔法のように神話に出てくる魔法は、神話魔法と呼ばれているようです」


「神話魔法……」


 真羅は小さく呟き、楽しそうに微笑んだ。

 ――――神話魔法。それは真羅の好奇心を強烈に刺激した。


「真羅さん?」


 急に笑いだした真羅に、マリアが不思議そうに訊ねる。


「――ん? すまない。何でもない」


 真羅は我に返り、適当に誤魔化す。


「そうですか……話を戻しますが、私はこの神代の魔法が元の世界に帰る鍵になると考えています……と言っても、神話魔法は英雄召喚を除き、もう失われた魔法です。調べようがありませんでしたが……」


 マリアは不甲斐なさそうに肩を竦めるが、彼女の話を聞いた真羅は満足そうに笑みを浮かべる。


「気にするな。ないモノなんて調べられないさ。まあ、全員から僅かだけど“神気”の残り香を感じたし、女神の存在が断言できただけでかなりの収穫だろ?」


「へっ?」


 真羅が何気なく放った言葉に、マリアは間抜けな声を出して固まってしまう。


「……貴方、神気を感じることができるのですか?」


 ――神気、それは神のみが持つ気であり、人智を超えた力である。神と呼ばれる強大な存在が持つため、本来、人間では認識することができないモノだ。例外として、高位の神聖術師や神官は僅かに感じることができるが、一介の魔術師では認識する不可能とされている。

 しかし、この、まだ少年といっていい年頃の男は、驚愕しているマリアに対して、さも当然のように、


「できる決まってるだろ。そっちだって普通にやってるくせに」


 真羅には驕りや慢心といったものが一切なく、まるでこれが常識だと言うように平然としている。

 その様子を見て、マリアは追及する気もなくなり、このことについて考えることをやめた。


「……確かに全員から加護を確認できました。しかし、私たちには効果が薄いようですが……」


「さすが聖女様。そこまで分かるのか」


 感心したように声を漏らすと、真羅は懐から手帳を取り出した。


「そのことは向こうである程度調べたことがある。――神の加護は受けた者に様々な恩恵をもたらすが、その影響は信仰の深さによって変化する。つまり簡単に言うと、俺たちに効果が薄いのは、俺たちが女神を信仰していないからだ」


 既に異なる神を信仰しているマリア。神を信仰しない異端者である真羅。

 この二人が異界の女神の恩恵を受けれないは当然のことだろう。


「私たちに効果が薄いのは分かりますが、何故他の方は多大な恩恵を得られているのでしょうか? 日本人は神への信仰心が薄いと聞いていたのですが……」


「ああ、そのことか。簡単なことだよ」


 英国出身のために生まれてしまった疑問に、真羅は苦笑しながら答える。


「日本人は特定の宗教を信仰している者は、他の国と比べて少ないが、神を全く信仰していないわけじゃない。皆特に意識してないだけだ。

 例えば、試験か何かの合否の発表のときとかは神に祈るし、結婚式とかじゃ神に誓ってる。クリスマスは普通に祝ってるし、正月は神社に御参りに行ってる。

 まあ、日本人は特定の神を信仰しているわけじゃないから、神に関しては結構寛容なんだよ。だから異世界の神でも簡単に受け入れられて、その恩恵を受けられるんだ」


 神を微塵も信仰していない男が、神への信仰について語る光景はかなり不自然だが、マリアはその説明を聞き理解した。


「なるほど。だから皆さんは短期間であんなに力を身に付けることができたのですね」


「そう。まあ、一人だけやたら強くなってるけど、あれは元々持っていた才能が開花したんだろう。或いは単に女神サマに気に入られたのか……」


 真羅は親友のイケメン勇者様を思い浮かべ、「たぶん両方だろう」と呆れ気味に溜息を吐く。


「いい情報だったよ。じゃあ、次は俺の番だな」


 マリアに礼を言うと、真羅は自身が手に入れた情報を話し始める。

 普段ならば、妄りに情報を話したりはしないが、これは飽くまで情報交換なので、自分だけ話さないのは筋が通らない。


「俺は英雄召喚の魔法陣を調べたが、あれは一方通行で元の世界に戻ることはできない」


「やはり戻ることはできませんでしたか……」


 マリアは肩を落とす。

 彼女も戻れないことは分かっていたようだが、少しは期待していたらしい。


「あの魔法陣では帰ることができない――なら、新しく自分で創ればいいだけだ」


 さも当然のことを言うように、真羅はとんでもないことを笑いながら言った。


「なっ!? そんなことが可能なのですか?」


 マリアは真羅の言葉に驚愕しながら訊ねる。


「当たり前だろ。まあ、次元を越えること自体は比較的簡単にできる……が、次元転移は転移する座標を正確にしなければ、全く違う世界に行ってしまったり、元の世界に戻れたとしても全く違う時代に着いてしまう可能性が高い――というか、ほぼそうなる」


 驚愕の表情で固まっているマリアに目も呉れず、真羅は一人話を続ける。


「だから、元の座標を正確に捉える必要があって、それが難しいんだ」


 真羅の話が終わったところで、マリアが我に返る。


「詳しいですね……」


「まあ、前にやったことがあるからな」


「へっ?」


 マリアは真羅が言ったことが理解できず、再び間抜けな声を出す。


「前に……高一の夏休みだったか? 休みを利用して次元転移の実験をやったんだが、そのときは並行世界の地球に行っちまってな、全く別の異世界にはさすがに行けなかったな……あ、ちゃんと帰れるように術式は編んだよ」


 ――気にすべきはそこではない! 次元転移をしたということだ!

 マリアは心の中で叫んだ。

 しかし、混乱し過ぎて口には出せなかった。


「その世界は、なんか俺らの地球とは違う歴史を辿ったみたいでな。なんでも、数年前に謎の地球外生命体だかの襲撃にあって、人類は滅亡寸前まで追い込まれてたんだ」


 マリアは彼が何を言っているのか分からないため、黙って話を聞くことにした。


「まあ、正確には地球外生命体じゃなくて怪物や怪異なんだけどね。だから普通の兵器では全く歯が立たなかったらしくてね。人類は生き残るためにその地球外生命体と一緒に発見された不思議な力が宿った鉱石を使って戦っていたんだ。

 まったく、あのときはアニメやゲームの世界にでも跳ばされたのかと思って驚いたよ」


 その状況を驚いただけで済ます彼の精神力に、マリアは恐怖を通り越して呆れてしまう。


「その後、魔術師たちは何をやってんだろうと思って調べたんだけど、その世界の魔術師たちはとっくの昔に弾圧されて滅んでたんだ」


 真羅は心の底から残念そうに肩を落とす。


「でも、その地球外生命体とやらも、悪魔や邪神に比べたらどうってことなかったから、まあ放っといてもいいか。って思って帰ろうとしたんだけど、次元転移のせいで時空が乱れててすぐには帰れなかったんだよ」


 マリアはもう真羅の行動が全く理解できず、明後日の方を向いて固まっていた。

 まず、悪魔や邪神なんて明らかに比べるものが間違ってるし、そもそも、魔術師がいないだけで世界を見捨てて帰ろうとする時点でおかしい。


「それで仕方なくその世界に留まることにして、さっき言った鉱石を調べたんだけど、なんとその鉱石の力は精霊とかの力にそっくりだったんだ」


 まさかのここで、真羅の大好きな神秘的な力が登場した。


「それでその鉱石を研究して新しい魔術を開発してから元の世界に帰ったんだ。結構の間その世界にいたはずなんだけど、帰ったら一ヶ月しか経ってなかったんだよ。どうやら時間の流れが違ったらしい。まあ、そのお陰で、夏休みを丸々潰しただけで済んだんだけどね」


 結局は魔術に辿り着いたようで、真羅は楽しげに笑った。


 今までの真羅の話を聞き、マリアは何となく彼の本質を察した。

 この男は自分より遥かな高みにいる魔術師だが、魔術のような神秘的なもの以外には全く興味がない。言ってしまえば、彼は魔術バカ――いや、魔術オタクと言った方が正しいのかもしれない。

 

 そんなことを考えているマリアを気に留めず、真羅は話を続ける。


「このこと結社で同年代のヤツに話したら、何で誘わなかったんだ! って羨ましがられたよ……あいつら錬金術やってるのをネットの動画サイトに送ったり、集合時間に遅れかけて飛行の魔術を使って街中を堂々と飛んで、後日ネットにフライングヒューマノイドとして載ったりして、謹慎くらってたからどのみち無理だったんだけどね」


 大丈夫なのか……『神秘の記録』 。

 次世代の魔術師たちがそんなんでは、結社の未来が不安でしかない。

 マリアは呆れて溜息を吐く。そのことに気付いた真羅は、少し申し訳なさそうに頬を掻いた。


「話が大分逸れたけど、要は元の世界に帰ることは不可能じゃないってことだ」


 マリアは真羅の言ってることがほとんど理解できなかったが、彼なら元の世界に戻ることは可能だということは分かった。


「それで君に頼みがあるんだが」


 真羅の表情が再び真剣になる。


「……頼み? それは何ですか?」


 先ほどとはまた違う雰囲気の真羅に、マリアは息を呑む。


「俺は今、周りには無属性で通ってるから、大っぴらに魔術が使えない。だから、何かあったときは皆を守ってやってほしい」


 マリアは真羅の表情を見て、これが今回の彼の目的であることを察した。


「……意外ですね。結社の魔術師が他者を気にかけるとは……」


 元々、魔術師というのは自分のことしか考えないものだ。

 教会の術師のように神の名の下に人々を救うという目的があるならともかく、真理の探究を目的にしている結社の魔術師が、大した関係ない他者を守ろうとすることはかなり珍しいことだ。


「俺は善人じゃないから全く関係のない赤の他人を守ろうとは思わない。が、勇志たちはダチだ。赤の他人ではない」


 真羅ははっきりとした声で言い放った。


「……私は貴方を少し誤解していたようです」


 マリアは安堵したように微笑を浮かべた。

 彼は魔術にしか興味がないため、てっきり魔術の方を優先して、一般人の友人を見捨ててしまうのではないかと思っていたのだ。


「私は結社の魔術師たちは皆、目的のためなら手段を選ばない冷酷で自分勝手な者たちだと思ってました」


「それは間違ってない。魔術師なんて自分勝手な存在(もの)さ」


 真羅は何故か嬉しそうに笑う。しかし、その姿はどこか自嘲するようでもあった。


「……そうですね。魔術師というのは自分勝手な存在(もの)ですよね……結社でも教会でも……」


 真羅の言葉に、マリアは今まで出会ってきた魔術師たちを思い返す。

 自分を含め、皆それぞれ自分の目的や理想のために行動していた。


「それは魔術師だから仕方がない。今回も自分の目的のために全力を尽くせばいいだけだ」


 真羅は朝日の下で不敵に微笑む。


「自分の目的のために全力を尽くす……確かにそうですね……分かりました」


 マリアは、真羅の魔術師としての在り方に、一種の憧れを感じた。

 彼の在り方は、人としては歪だが、魔術師としては、一つの理想を体現していた。

 

 マリアは一度目を瞑ると、思いを込めて宣言する。


「私も私の目的のために皆さんを全力で守ります」


 マリアは朝日の下で、屈託のない晴れやかな笑顔を浮かべた。


 こうして二人の異なる理想(ゆめ)を持つ魔術師は、互いの目的(ゆめ)ために手を結んだ。


 

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