救世主の休日
クラスメイトたちが中心の話です。
召喚されて三週間がたった。
本日は訓練も座学も休みで、召喚者たちはそれぞれ思い思いの休日を過ごしていた。
そして、真羅もこの休日を活かして、この世界の魔法を調べるために図書室に向かっていた。
「今日は一日中籠るぞ!」
真羅は珍しく張り切った様子で廊下を歩いていた。彼は神秘に関するものには目がないのだ。
「なにか面白そうなのが見つかるといいな~」
真羅は上機嫌で図書室に入ると、よく使っている奥の机に向かって行った。
しかし、本日は先客がいて、机では見慣れた四人の男たちが分厚い本とにらめっこしていた。
「へぇ~。珍しいのが来てるな」
「ん? 神威か?」
手前にいた髪を金色に染めた男――翔大がこちらの声に気付き顔を上げた。周りにいた三人も、それに反応して顔を上げる。
「お前ら何やってんだ?」
真羅が訊ねると、奥の席に座っていた明人が机の上の本を指差した。
「見ての通り、魔法の研究さ!」
「いやっ。復習だからな?」
翔大は机の上にある本を軽く叩きながら、妙にテンションの高い明人の発言を訂正する。魔法というもののは、明人のオタク魂を刺激してしまうようだ。
「藤原と村雲もか?」
真羅はテンションの高い明人を無視して、二人の間の席に座っている他の二人に話しかける。
「おう! 俺サマは魔法がさっぱりだからな!」
と、何故か自分の欠点を自慢するように言う、身長百九十センチを超える筋骨隆々な男。彼の名は、藤原武といい、クラス一の巨漢であり、空手部の主将を務めている男だ。
「うん。ぼくもなかなか上手く魔法を使えないからね」
と、力なさげに笑う小柄で眼鏡をかけた少年。名前は、村雲弘幸といい、物静かで大人しい少年だ。武とは性格も見た目も真反対だが、何故か気が合うようで、よく一緒にいるのを見かける。
「なるほど。だからここに来たのか」
真羅は納得がいったと顎を撫でる。
「で? 何か収穫があったか?」
真羅は意地悪げに笑って、机の上に広げられていた本を手に取る。
「はっ! 分かってるくせに。サッパリだよ!」
「だろうな」
翔大は不機嫌そうに顔を歪めた。そして、真羅はさも初めから答えが分かっていたかのように笑う。
「お前…殴っていいか?」
「断る」
「ぶん殴るっ!」
真羅は額に青筋を浮かべ殴りかかってくる翔大の拳を躱すと、机に寄り掛かって本を閉じる。
「避けんな!」
「落ち着けよ。この本見たって分かるはずないから」
「「「「えっ?」」」」
突然放たれた驚愕の言葉に四人が固まる。
「なに驚いてるんだ? こんな呪文や魔法陣しか書いてない物を読んだって理解できるわけないだろ」
真羅は四人に見せつけるように本をパラパラめくる。本の内容は基礎を省いたもので、彼らのような初心者では見たところで理解できるわけがない。
真羅は溜息を吐き、デキの悪い生徒に教えるような口調で話し始める。
「そもそも、自分の欠点を理解してないから、こんなの読んでも意味ねーよ」
「…じゃ、じゃあ…どうすればいいんだ?」
我に返ってテンションが急激に下がった明人が訊いてくる。
「そんなの実際に見てみないと分かんないよ」
「え? 神威くん…見れば分かるの?」
弘幸が驚いたように言う。真羅は周りに無属性のため魔法が苦手だと思われているので、驚くのは仕方ないだろう。
実際、真羅も魔法の訓練の時は、適当に受け流して、さも苦手なように見せていたので、どう思われても文句は言えない。
「ああ、なんなら見てやろうか?……面白そうだし」
真羅は本音を漏らしながら、胡散臭い笑みを見せる。
「えっ? いいの? じゃあ、お願いするよ」
しかし、幸弘はその笑みの意味を理解できなかったので、真羅の話に簡単に乗ってしまう。
「ああ。俺も丁度、魔法を調べようと思ってたからな」
嘘は言っていない。
実は、真羅が調べようとしていたのは、自分たちをこの世界に召喚した英雄召喚の魔法であり、救世主の力を見極めることができれば、英雄召喚が自分たちにどのような影響を与えているのか、詳しく知ることができるかもしれないと考えているのだ。
真羅の場合、元々様々な魔術を自身に施しているためか、大きな変化がなかったので、英雄召喚の効果がいまいち分からないのだ。
「お前らはどうする?」
真羅は他の三人に声をかける。
翔大は考えるような素振りをするが、明人と武は特に考えもせず、
「俺も頼む! 自分じゃよく分からないからな」
「俺サマもだ! 魔法はよく分からん!」
と、再びオタク魂に火が付いた明人と、脳みそにまで筋肉が侵食している武が高らかに叫んだ。
「杉谷はどうする?」
真羅は表情一つ変えずに二人をキレイに無視して翔大の方を向く。
「オレは元々三人に教えようとしてたんだが…」
翔大は悩むように頭を掻く。実はこの四人の中で一番魔法ができるのは彼で、どうやら今日は、彼が三人に教える予定だったようだ。
「お前…なんだかんだいってお人好しだな……いや、だからツンデレって呼ばれるのか」
「うるせー! 悪いかよっ!」
真羅が妙に納得がいったような顔で呟くと、翔大は顔を赤らめながら怒鳴った。
「それは知らん。で、どうするんだ?」
真羅は翔大の言葉をどうでもよさそうに切り捨てて答えを訊ねる。
「知らんって……はぁ~。わーたよ、オレも行くよ」
それを聞くと、真羅は内心ほくそ笑んだ。
「全員行くってことでいいよな? じゃあ、訓練場に行こうぜ」
そう言って真羅は出口に向かって行った。四人もそれに続き歩きだした。
「それじゃ、始めるか」
訓練場に着くと、真羅は四人に見えるように訓練場の中心に立つとさっきの本を開く。
「取り敢えず、なんでもいいから魔法を使ってくれ。藤原からな」
「おう! 分かった! うおおおおおー!」
真羅の言葉を聞くと、武が叫びながら魔力を高め拳に纏わせる。
「どうだっ!」
武が自慢するように拳を見せつけて吠えた。
その様子を見て、真羅は顔を手で覆って溜息をつく。
「そういや、それも魔法になるんだったな……それじゃなくて術式を編む方で頼む」
「ん? そうか、分かった」
武は拳の魔力を霧散させて呪文を紡ぎ始める。
「気高き武人の御霊よ! 我が身に打ち砕く力を!――――フォースアップ!」
武が無属性の身体強化魔法の詠唱を終えると、彼の体を青白い魔力光が覆った。しかし、その光は不安定で乱れている。
「なるほどな……」
真羅は武の魔法を見て納得するような顔をすると、今度は弘幸に同じこと指示をした。
「水よ。鋭き流れを以って、我が敵を撃ち抜け!――――ウォーターショット!」
弘幸が顕言を放つと、手元から水球が放たれる。放たれた水球は訓練用の的に正確に命中するが、威力が弱く傷一つ付けられない。
「はぁ~。やっぱり、どうしても威力が弱くなっちゃうな」
弘幸は溜息を吐き落ち込むが、真羅は、
「心配するな。原因は分かった」
と、威力が出ない原因をすぐさま見抜いた。
「本当かい?」
「ああ。後で教える」
真羅はニヤリと笑うと、今度は明人に指示をだす。
「次は桐生な」
「分かった。得意な魔法でいいんだな」
明人は得意げに笑うと、的に向けて手を突き出し詠唱を始める。
「全て燃やす煉獄の炎よ! 我が手で踊り、眼前の敵を打ち滅ぼせ!――――ファイアーバレット!」
明人の手から放たれた炎は、速度はあるが不安定で纏まっておらず、的に当たると簡単に霧散してしまう。
真羅はそれを見て、呆れたように頭を押さえて溜息を吐いた。
「どうだ! 俺がファイアーボールを改良して作った、ファイアーバレットは!」
「アホか……変に術式を変えたせいで威力が落ちてるし、魔力の消費も増えてる。呪文も余計なのが入ってるし……はっきり言って無駄だ。変にいじらずこの本通りにやれ」
そう言って、真羅は手に持っていた本を明人に投げつける。顔面に本が直撃した明人は、ギャアと、醜い悲鳴を上げて崩れ落ちる。
「じゃあ、杉谷も一応やってくれ」
「あ、ああ。分かった」
倒した明人に目もくれずに話を進める真羅に、翔大は戸惑うも、相手が明人ならしょうがないと、無視することにして呪文を唱える。
「雷精よ! 我が身に汝の加護を!――――サンダーエンチャント!」
翔大が使ったのは付与魔術のようで、彼の両手は雷を纏っている。
「お前は問題ないな。魔力が安定してるし、呪文を短縮しても術式が綻んでない」
真羅が感心ながら言葉を漏らすと、翔大が驚いたように口を開く。
「よくそんなことまで分かるな。自分でもそこまでは分からないのに……」
「まあな~」
真羅は理由を適当にはぐらかすと、四人の欠点について話し始めた。
「まず、杉谷は問題ない。桐生も魔法をいじらなければ特に問題ない」
二人は安堵の息を漏らす。明人の方は若干落ち込んではいるが。
「そして、藤原。お前は魔力制御は問題ないが、術式がダメだ。たぶん術式ってものをいまいち理解してないんだろ」
「おう! その通りサッパリだ」
何故か自慢げに言う武。それを見て真羅は溜息を吐く。
「はぁ~。まあ、他のやつにも関係してるから説明するぞ。全員よく聞いてろよ」
真羅は顔を引き締めて説明を始める。
「まず、魔法ってものは基本的に術式を組み立てなければならないのは知ってるな?」
「おう! それは知ってるぞ」
と、武は相変わらず自慢げに答えるが、この世界の魔法は術式を編まないものもあるので、本当に彼は理解していないのだろう。
真羅は気にせず説明を続ける。
「それで、その術式は呪文を唱えたりして編むんだが、お前らは呪文の詠唱自体が術式を編むことだと勘違いしてるだろ」
「「「えっ?」」」
三人が驚きの声を上げる。武だけは理解できずに首を傾げていた。脳筋の彼は術式自体理解していないようだ。
「別に驚くほどのことじゃない。呪文詠唱イコール術式構築だったら呪文短縮や無詠唱はどうなるんだ?」
「あ、たしかに……」
弘幸が納得したように呟く。
「いいか? 呪文というのは、力ある言葉であり、それを詠唱するってことは、魔力に指向性を持たせるってことだ」
真羅は先ほど明人に投げつけた本を拾う。
「詠唱ってのは術式を編むための手段の一つであり、呪文は術式を言葉で表現しているってことだ」
「どういうことだ?」
武が腕を組みながら唸り声を出す。
「脳筋のお前に理解しろってのは難しかったか……まあ理解して欲しいことは、大切なのは呪文の詠唱じゃなくて術式を編む方ってことだ。オーケー?」
「分かった! 大切なのは術式ってことだな!」
「……そういうことだ」
何気に酷いことを言われた武だが、特に気にする様子もなく満足げに笑っている。
「藤原はその術式がダメだから魔法を上手く使えないんだ」
「では、どうすればいいんだ?」
その言葉を聞いた真羅は、呪文の書かれた本を開く。
「頭で無理なら体で覚えればいい。今からお前に魔法を掛けるから感覚を覚えろ」
真羅は空いている左手を武に向ける。
「気高き武人の御霊よ。彼の者に打ち砕く力を――――上昇する力」
詠唱が終わると、武の体が先ほどと違い淀みのない魔力光に包まれる。
「すごい……」
全員が息を呑んだ。それほど、真羅の魔術行使は完璧なものだった。
「ついでに今、フォースアップを改造して他人を強化するようにした。これが正しい改造の仕方だ」
その言葉に四人が我に返る。この男は魔法の改造を片手間でやっていたのだ。
「一般的に知られている汎用の魔法は使い勝手が良いから広まった訳だろ? それを改良するってことは、先人たちが長い時間をかけて生み出した使い勝手の良い術式をさらに使い易くするってことだ。並大抵の実力じゃできない。それをだれかさんは、術式を理解してないのに無理やり改造して見事に劣化版を作ってしまったんだ。大体、神秘に触れてたった数週間で改造なんて、もうアホとしか言いようがない。それに――」
「ちょっと! 神威くん、それ以上はやめてあげて。桐生くんのダメージが……」
珍しく大声を上げる弘幸の隣では、ボロクソに言われた明人が完全に心を折られ蹲って涙を流していた。
「ん? まあいい。それよりも、もう一度今の感覚で魔法を使ってみろ」
真羅は蹲っている明人に全く気付かず、武に指示を出した。
「分かった! ――気高き武人の御霊よ! 我が身に打ち砕く力を!――――フォースアップ!」
顕言を言い終えると、今度は初めとは違い、武の体は安定した魔力光に包まれていた。
「おお、さっきよりも力が上がっているぞ!」
武は軽く体を動かすと、満足そうな表情で豪快に笑った。その様子を見て、他の三人は驚きで固まっていた。
才能がないと言われた者が少し指導しただけで、脳筋の魔法の精度を上げたのだ。驚くのは仕方ないことだろう。
「今の感覚でやれば問題ないだろ」
そう言うと真羅は、驚きで目を丸くしていた弘幸に歩み寄った。
「次は村雲だ。お前は術式はしっかり編めてるが、魔力を込める量が少ない。だから威力が出ないんだ」
「……え? ああ、どういうこと?」
周りの空気を無視して話を進められたため、幸弘は意味が理解できず訊き返えした。
「要は、魔法を行使する時はもっと魔力を高めて撃てばいいだけだ。やってみろ」
真羅は訓練場の的を指差す。
「うん……分かったよ」
弘幸は戸惑いながらも、先ほどより魔力を高めてから呪文を唱え始める。
「水よ。鋭き流れを以って、我が敵を撃ち抜け!――――ウォーターショット!」
幸弘から放たれた水球は、先ほどより明らかに速度があり、的を簡単に貫いて後ろの壁に激突した。
その様子を見て、魔法を撃った弘幸自身が驚きの余り口をポカーンと開いて固まっていた。
「な、ちゃんと威力が出ただろ?」
真羅は得意げに笑う。まるで、初めからこの結果を分かっていたように。
「……すごい……あ、ありがとう。神威くん……」
「ああ」
弘幸は感動し声を震わせて礼を言うが、真羅はどうでもよさそうに素っ気なく返した。
彼からすれば、基礎を教えただけなので、別に大したことではないのだ。
「これで全員解決したか?」
真羅は興味を失ったように欠伸をする。
「ああ、サンキューな」
「おう! 助かったぞ!」
いつの間にか復活していた明人と、さっきまで燥いでいた武が礼を言う。
すると、真羅は不敵に微笑んだ。
「いいって。俺も色々見れたから」
実を言うと、真羅は目的を果たしていた。彼の目的は召喚の影響を調べることで、今日四人の実力を調べることができたので、本日の目的は果たせているのだ。
「それじゃ、もう解散でいいな?」
「ああ、そうだな。てか聞きそびれたが、どうしてあんなこと知ってたんだ?」
翔大が何気なく真羅が一番聞かれたくないことを訊ねる。
「……伊達に本の虫って呼ばれてるわけじゃない」
本当のことを言うわけにはいかないので、サムズアップをして適当なことを答える。ちなみに、本の虫と呼ばれているのは本当のことである。
「……そうか。つーかそれ、褒め言葉じゃないからな。バカにされてるからな」
翔大は今ので一応納得したようだが、呆れたように溜息を吐いている。
「取り敢えず俺は戻る。続きは明日の訓練でやればいいだろ。じゃあな」
真羅はこれ以上追及されたくないので、踵を返して逃げるように訓練場から去って行った。それを見て他の四人も適当に解散していく。
真羅は訓練場を出て隣の中庭に行くと、近くにあったベンチに腰掛けた。
(たった数週間で普通に魔術が使えるのか……まあ、マナが濃いこともあるが……まあ、かなりのスピードで成長しているのは確かか……)
真羅は目を瞑り楽しそうに微笑む。
(召喚陣を解析した通りだったな。さて次は何を調べるかな)
真羅は無意識のうちに魔術師としての本性を露わにして嗤っていた。
このとき、彼の目蓋の下に隠れている瞳は妖しげに輝いていた。
そして、その様子を物陰から覗いている者がいた。
その者は、フード付きの白いローブを羽織っているため顔も性別も分からないが、フードからは綺麗な金色の髪が覗いていた。
「やはり彼は……」
そう呟きを残すと、白ローブは幻のように忽然と姿を消した。




