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魑魅魍寮へようこそ!  作者: 山田えみる
最終章:山田九十九の物語
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魑魅魍寮へようこそ!

 そして、いつか、あるとき――。


 ※


 深夜の公園のベンチで、膝を抱えていた。


 膝や頬についた擦り傷は絆創膏を貼る暇がなかったから、とりあえず公園の水で洗ったけれども、いまだにじくじくと傷んでいる。ため息をひとつ、白い吐息が流れていく。


 「まったく、死んじゃえばいいんだ」


 あいつも。あいつも。お母さんも。お祖母ちゃんも。奥歯がぎりりとなる。膝を抱える腕に、力が入る。が、給食から全然何も食べていないことに気づいて、お腹がきゅるると鳴ってしまった。


 煌々と光る大時計を見上げる。

 「十一時、半……」


 本来であれば眠っているべき時間帯で、家ではこんな時間まで起きてると、怒られる。実際、ぼくはこんな時間まで起きていたことはなかった。夜更かしする子には、八尺様やくねくねさんやかんかんだらとかいうモンスターがやってくるのだと、小さなころから脅されていたから。


 ポケットの中の子供用スマホがさっきから鳴り続けている。けど、ぼくはずっと無視をしている。どうせ、メールには通り一遍のことしか書いていないだろうし、電話に出たところで、ど叱られるに決まっている。

 もとはといえば、お前らのせいなのに。


 「あーぁ、どうしようかなあ」


 なけなしの小銭で自動販売機からコーンポタージュを買って飲み干した。それを力任せにぶん投げると、その小さな缶はぼくの人生のように無計画な軌道で茂みの中に入ってしまって、コツン、と何かに当たったような音がした。


 「痛っ!」


 茂みの中に誰かヒトがいたらしい。ホームがレスなストリート系のヒトだろうか。先生からはよくそういった人には近づかないようにときつく言われているけど。


 がさごそと月明かりに照らされた茂みが揺れて、想像以上に小さなシルエットが顔を出した。かぐや姫のようなミニチュアサイズの和装の、少年。頬をつねったり、眼をゴシゴシしてみても、その生き物はたしかに目の前に居た。


 「あ、あんたは……」

 「あいたたたた。せっかく迎えに来て上げたというのに、酷い仕打ちですね。ぼくは座敷童界の皇帝こと、」

 「童帝の!」

 「ふぇ?」

 「『ひょん』! マジか! すっげえ、童帝だよ。マジでいたんだ、童帝って!」


 きょとんとする座敷童のひょんは、「そんなにぼくの名声って知れ渡ってます?」と照れて頭を掻いた。知っているも何も、ぼくはこの童帝に出逢うことばかりを考えていたのだから。


 「ずいぶん怪我されていますね、大丈夫ですか」

 「こんなの平気さ。だいたいぼくと喧嘩したやつらのほうがよっぽど酷い目にあってるよ。ざまあみろ」


 ぴょこんと、ひょんはぼくの座っているベンチに飛び乗った。ロッククライミングの要領で、ぼくの半ズボンの膝小僧の上に飛び移る。


 「まだ、丑三時まほうがかかるまで時間があります。よかったら、話してみてくれませんか。座敷童のぼくを知っているというのは――」

 「知っているさ。知っているとも。お祖母ちゃんから耳にタコができるくらい聞かされた。ちみもうりょうがばっこする不思議な世界の『物語』。お爺ちゃんが死んで、どこかおかしくなっちゃったのか、ずっとこの話をし続けてる」


 そして、そのお祖母ちゃんの奇行を母さんも止めることはしなかった。けれど、周囲の人間からは気味悪がられて、いつしか嘘つきババア呼ばわりされていたんだ。


 「だから、そんなこと言う奴を片っ端から殴ってやったのさ。そしたら、お祖母ちゃんに怒られた。もっと仲良くしなさいだって。暴力で言うことを聞かせる統治なんて、すぐに綻んでしまうんだからって。意味わかんねー」


 愉快な仲間たちと暮らした半年間だったと聞いている。いまの年齢になってもそれだけ思い出すということは、よっぽど密度の濃い半年間だったのだろう。どこまで本気かわからないけど、いまだに新しい話が出たりするのだ。


 「でも、この世界に戻ってきたとき、時間は全然経っていなかったんだって。そりゃ、もう嘘でしょ。なんかの夢でしょ。証拠の、時間がズレたiphoneもあるけど、もう壊れてるしさ」

 「でも、君は嘘つき呼ばわりする友達に怒ったんですね」

 「だってムカついたんだもん」

 「狂犬ですね」

 「わんわん」


 それで行き場をなくして、ふらふらしていたら、この公園に辿り着いた。やることもないから、ベンチで膝を抱えて、お祖母ちゃんの話していた、ちみもうりょうがばっこする世界の『物語』を反芻していたわけ。


 「それでちょうどお祖母ちゃんがこの世界に帰ってきて、そして残された『観測ラプラスの魔女』の力で、離れた箱庭せかいの様子を見ていたところまで終わったんだ。んで、お腹すいたからコンポタ飲んだら、ひょんに出逢った」

 「まるで何かの筋書きでもあるかのような、運命的な出逢いですね」

 「あ、知ってる、それ。『くだん』だろ?」

 「よくご存知で」


 袖で口を隠しながら、その小さな少年はくつくつ笑った。


 「それではいかがでしょう。嫌なことばかりのこの世界をしばし離れ、ほんの半年ほど、ある愉快な寮の管理人など」

 「え、やっぱりぼくにも何か隠された力が……? あ、言われてみれば、右眼が疼いてくるような……。左腕が燃えるように熱いような……。これがぼくの、チカラ……?」

 「ちょっと仰ってる意味がよくわからないのですが」

 「ですよねー」


 音の消えた、丑三つ時の公園で、ふたりの笑い声が響く。考えてみれば、こんな時間に小学生と、不思議な小人が話しているというのに、誰も通りかからない。もしかしたら、もう半歩踏み出しているのかもしれない。


 似て非なる世界に。


 「『観測ラプラスの魔女』の末裔、ぼくたちはあなたを歓迎します。あの寮の管理人として働いてもらうのはもちろんですが、それ以上に、あなたがこの箱庭せかいで『観測』した、その『物語』に興味があるのです。さぁ、みんなに聞かせてくださいな」

 「ほ、ほんとに連れて行ってくれるの?」

 「もちろん。でも、さっきからポケットの中の携帯電話が鳴っていますね。あなたも彼女の物語を知っているのなら、正しい『観測』をして、『選択』をしなければ」


 ※


 「あ、あの、おばあちゃん? ああもうそんな大声出さなくたって聞こえるって。うん、無事。大丈夫。ちょっと『ひょん』なことから、半年ほどアルバイトしてくるけど、いいよね? うん。そう! すぐ帰ってくるからさ。あーもう、また吐いてる!」

 「……あの人、まだ吐いてるのかよ」

 「うん、それじゃ、行ってくる!」


 ※


 「それにしても、あれから必死にこの箱庭せかい揺籠ガルガンチュアを追いかけて正解でした。時間軸が異なるので、そちらの時間ばかり経過してしまったようですが」


 似て非なる世界。

 見た目的には同じ公園だったが、『つちのこ注意!』の標識や『上昇優先道路』というものもある。あ、あれは噂に聞いていた『アラミタマート』だ。


 「現在の管理人がちょっと遠くのところに赴任をすることが正式に決定したので、代わりの管理人が必要だったのです。そのタイミングで、ようやくあのガルガンチュアに追いつきまして」

 「……そっか」


 時刻は六時、朝もやの中で街が起きだしてくるのを感じる。ぼくは肩の上にひょんを載せて、そのナビにしたがって歩いている。


 「それにしても久々に『観測ラプラス』と『箱庭フェッセンデン』のふたりの魔女が揃うのも久々のことですね。ん、というか、男の子でも、魔女って言うんでしょうか」

 「ぼく、女の子なんですけど」

 「え……」


 ひょんが大変失礼なことを言ったものだから、そこからはほぼほぼ無言で朝の街を進んでいった。五穀豊商店街を抜けて、川沿いに進んでいく。


 「……ほんとにあったんだ」


 三階建てのボロアパート。玄関には使い古された自転車があって、鎧のおじさんがそれに跨がろうとしているところだった。


 「おはようございます」

 「ああ、新しい管理人さんですか。おはようございます。わたしは――」

 「知ってます。ヒトー=ヴァン=フェッセンデン! 『どうかクビだけはご勘弁を!』が口癖の、デュラハンリーマンさん。小谷間まどかさんとはその後、いかがですか?」


 想像以上にぴかぴかに磨かれているところを見るに、きちんと交際しているのだろうと思ったけれど、背中に小さな鎧を背負っているのに気がついた。


 「……いったいどうやって」

 「筆舌に尽くしがたい方法で――、って、君にはまだこういう話は早いです。どうしましょう、ひょん。他のみなさんを呼んできましょうか」

 「その必要はないと思いますよ!」


 見れば、もう玄関にみんなが出揃っていた。


 まだ着慣れていないようなスーツに大鎌を背負っている青年、そのとなりで『I LOVE No1』と狐のアイコンが描かれているエプロンを着ている女性もいた。


 その向こうには、芋ジャージを着た銀髪の美人。その隣にはひまわりを思わせるような明るい女性と旦那さんに、その子ども。不安そうにパパとママを見上げている。


 最後に出てきたのは――。

 「九十九お祖母ちゃんからこの世界を『観測』してくるように言われました。ふつつつつかものですが、どうぞよろしくお願いします!」

 「君に逢えてよかった。ぼくたちも君の話を是非聞きたいんだ。こちらこそ迷惑をかけるかもしれないが、よろしく頼む。ぼくは――」

 「すめらぎおうま」

 「おや」

 「……知っています。お祖母ちゃんはこのちみもうりょうがばっこする箱庭せかいのお話をよくしてくれましたが、あなたの話は特に多かったんです。何も言わずに帰ってしまって、と」


 その青年は怒るでもなく、悲しむでもなく、ただ優しそうな顔をして微笑んでいた。それを見て、ぼくは安心する。息を吸って、彼らの方を見つめる。


 「よかった。これでようやく名乗ることができます。ぼくの名前は、山田 逢真おうま。九十九お祖母ちゃんと、母、ももがつけてくれた名前です」

 「ますます話が聞きたくなった。お腹が空いているだろう。ちょうど朝ごはんが出来たところだ、ニュー管理人さん」


 手を差し出されて、ぼくは彼らのほうに走り出していた。


 「魑魅魍寮へようこそ!」


おしまい。

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