奇想天街へようこそ!
ぴぴぴぴ。
まどろみの中、iphoneのアラームアプリの音が聞こえていた。ぼくは大きなあくびをひとつして、布団の中から携帯電話に手を延ばす。が、当たりどころが悪くて、畳の上を滑って、手の届かないところに行ってしまったようだ。音が遠のく。
――起きるか。
すめらぎおうまはむくりを身体を起こした。
出雲攻略において『畏怖』を食らうことで心身ともに急成長をした彼だったが、それから一ヶ月もすれば、いわゆる『少年』と呼ぶに相応しいところまで落ち着いていた。誰かさんがいたら、『食べごろショタの詩』を口ずさみそうだ。
すでに山田はじめと小谷間ともえは百鬼夜高にいったあとのようで、共同食堂には朝食の準備がなされていた。洗面所で顔を洗い、タオルで拭う。鏡には、見慣れない顔が写っている。こどもだったあのころよりも、2つの角は大きく成長していて、顔を拭うのも一苦労だった。
※
「怖がらないで。大丈夫。君、名前は?」
「……おうま」
「おうま君ね。わたしは山田九十九、今日からここ、魑魅魍寮の管理人になったの。これからよろしくね」
※
簡単な朝食を済ませると、手元の『魑魅魍寮ノート』をめくる。これは彼女が残していったもので、ぼくはそのまま管理人を引き継いているかたちになっていた。
『天井から雨漏りがしているようです』だったり、『ヒトーさんの鎧ぎしりがうるさい』『←すみません。油を挿しておきますね(まどか)』『高校生2人が不純異性交流をしておるのじゃー』とか。『家賃負けて』とか。
管理人の仕事の範囲で対応できることはするし、できないことはしない。この魑魅魍寮ならきっとどんなトラブルがあっても、なんやかんやで乗り越えられるだろうし、ぼくたちがそらなきに言ったことは、そういうことだ。
「とりあえず、憂姫の家賃がまだか……」
立ち上がろうとしたその瞬間に、この共同食堂に新しく現れた気配に気づく。ぎこちなくそちらへ顔を向けると、フードを目深に被った少年が、漆黒に塗りつぶされたような顔でこちらを見つめていた。
「そらなき、どういうつもり」
「つれないなあ。ようやく後片付けが終わったから、子孫の顔を拝みに来たのに」
「『失敗作』の間違いだろ」
「気にしているのなら謝るさ。詫びと言ってはなんだが、ひとつ美味しい話を持ってきた。出雲中央政府を継ぐ気はないか」
なに、を。
そらなきのその突飛な提案にぼくは唖然とするしかなかった。つい一ヶ月前まで、ぼくを殺そうとし、この魑魅魍寮を反乱分子として処断しようとし、生きるか死ぬかの戦いを繰り広げた相手だ。
千年前からこの世界を見続けてきた少年。
「……そろそろ引退をしようかなと思ってさ。疲れたよ、ぼくは。片付けれることはすべて片付けたから、勝者に座を譲りたい。どうだい、皇、箱庭を統治するなんて悪い話じゃないだろう」
口を開こうとすると、彼はもうそこにはいなかった。
※
「しーっ」
「しー」
「お姉さんと冒険へ出発だよ、れっつらごー」
「おー」
※
『尾裂だ。おうま、いま動けるか。ヒトーとまどかが百鬼夜高にいるから、お前しか頼れん。五穀豊商店街の噴水広場で酔っぱらいが暴れているらしい。至急、頼む』
「了解」
出雲攻略の成果のひとつとして、『鬼』であるぼくは外をわりかし自由に出歩くことが可能になった。生活費を稼ぐために、こうして管理人業のかたわらで、天網恢恢相談支援事業所のアルバイトもやっている。
たいていこういった酔っぱらい同士の喧嘩だとか、ストーカー被害にあっているとか、小さなことだったけれども、箱庭の心配をするよりは、よっぽど性に合っているような気がした。最近では、少しずつ赤面症も治ってきている。
「現場、つきました」
『どうだ?』
「やっぱり楸ですね。苦しんでます。あ、くねくねさんが怪しげな踊りを踊っていて、それが効いているようです。0.八尺様が大爆笑していますね。帰っていいスか」
※
「九十九さん、いったいこれはどういうことですか」
「ごめん。ひょん君、でも――」
「でもじゃありません。その無知な行動がどれほどの結果を招くか……」
「鬼さん、こちら。手の鳴る方へ♪」
※
「え、でもぼくお酒飲めないですし」
「ぽぽ」
帰ろうとしたぼくを引き止めた0.八尺様がそのミニチュアサイズの腕で張り紙を示した。どうやら『居酒屋ぽっぽ』はランチもやっているらしい。楸はいまだにくねくねさんが止めているし(あれってもしかしてずっと踊ってないと効かない技なのか)、楸の苦悶の声を除けば、お昼時といえばお昼時だ。
「じゃあ、いただきます」
「ぽ」
ぼくが最初の客だったのか、てきぱきと0.八尺様はカウンターテーブルの向こうで動き始めた。安っぽいテレビを付けて、BGMを流して、おしぼりと水を持ってくる。フライパンにじゅじゅーと肉の焼かれる音が聞こえて、お腹の虫が鳴った。
そとのせかい。
彼女はこの街で何を見たのだろう。結局ぼくと一緒にお散歩したことは、稲荷いのに見つかったあの時限りだった。ぼくは留守番をしていたが、彼女はよくこの街に繰り出していた。どんなヒトと交わって、どんなことを感じたのだろう。
出された料理は、『名古屋名物台湾風ナポリタン(アメリカン)』というものだった。よくわからないが、そのパスタは食べてみるとかなり美味しかった。ピリ辛のミンチ肉と、厚切りベーコン。独特のトマトソースが麺に絡まって、すぐにたいらげてしまった。
考えてみれば、ぼくは山田はじめが作った料理しか食べていなかったことに気づく。彼はこんな料理は作らないから、文字通り生まれて初めての体験だった。ちなみに、旧管理人が作っていたあれは料理とは呼べない。
「ごちそうさま。美味しかったです」
「ぽ」
八尺様、くねくねさん、それに姦姦蛇螺。
この街に平気な顔をして根付いていた彼らは、この箱庭が始まる前からのスタッフだったという。すめらぎそらのことも知っていたし、彼らがいたからこそ、ぼくたちは勝てたとも言える。
「そらを助けてくれて、ありがとうね」
「え、しゃべっ……」
「ぽぽぽー」
穏やかな平日の昼下がり、外からは楸の呻き声が聞こえてきた。
※
「……強くなるから」
「ん?」
「今度はぼくがつくもを守るから」
「うん、ありがとう」
※
商店街まで出てきたついでに、生まれてはじめてスーパーにも寄ってみた。よくはじめが買ってくるところで、名前は知っていた。ぶっちゃけ何を買えばいいのかよくわからなかったので、適当に見たことのある食材をぽんぽん放り込んでいった。
「10,498円です」
「……天網恢恢相談支援事業所でツケといてください」
スタッフルームに連行されたりいろいろあったけれど、話せばわかってもらえようで、どうにか何度も土下座をすることで赦してもらえた。角のせいで、床に穴が空いたほどだ。魑魅魍寮に帰ったら、財布を取って、また来ないと……。
両手にぎっしりのレジ袋を持って、ぼくは五穀豊商店街から東へと向かう。この住宅街を貫く道はやがて大きな川へとぶつかる。そこには天網恢恢相談支援事業所の入っている小さな建物があり、堤防沿いに歩いて行くと、魑魅魍寮が見えてくる。
ここも。あそこも。
たった一度だけだったけど、彼女と歩いた道だった。ちょうどこれくらいの夕暮れで、あそこではじめとともえに逢ったんだ。ぼくは角隠しのフードを被っていて、彼女の手をしっかりと握っていた。
ひとりで、歩く。
「……どうして」
言いたいことはたくさんあった。
でも、それはぼくだけじゃない。魑魅魍寮に棲む人たちや、あのとき関わった面々は、なんだかんだで、あの変な管理人のことが好きだった。適当そうに見えて、面倒見がよくって、いざというときには我がことのように考えてくれる。
だから、魑魅魍寮ではその話題はみなが避けていた。みながそのうちに哀しみを抱きながらも、表に出すようなことはしなかった。『平穏な魑魅魍寮』、まるでコメディ小説のような日常生活を、ぼくたちは続けてきた。
でも、いまは、ひとりだから。
「つくも」
堰を切ったように感情が爆発して、堤防の上で崩れ落ちる。レジ袋が大きな音を立てた。でもそんなものも聞こえないほど、ぼくの喉からは慟哭が溢れだしていた。
「うわあああぁぁああ……」
※
「うわ、おうまくんのおちんちん、王魔くんだね!」
「……」
「さっすが『鬼』だね! 鬼に金棒とはこのことだ!」
「……」
※
――じゃなくて。
※
「ねー、おねーさんが一緒にじゃないと寂しいよねー?」
「遊びに行くんじゃないです」
「ぷー」
「つくものことは好き。大好き。だから、ぼくがここに帰ってくる理由になっていて。ここでのほほんと待っていてくれれば、それでいい」
※
『ごめんね、みんな』
『ほんとうにありがとう』
※
「あれ……」
「はじめまして、じゃないか。すめらぎおうまさん」
魑魅魍寮のポストの上には、和装の小人がぼくを待っていた。が、ぼくの知っている彼ではなくて、ピンクの和装に身を包んだ少女だった。
「わたしは『ぬらり』。山田 穢見ルの状態がだいぶ回復してきたから、再具象化に成功したの。しばらくここの座敷童させてもらうから、よろしくね。ニュー管理人さん♪」
「『ひょん』は?」
「ひょんなことでしばらく留守にするって。とりあえずお腹がすいたわ。何か食べさせなさいな。って、ちょっと。そのレジ袋の中の卵割れてるじゃない!?」
『分かたれた物語』
次回で最終回となりますので、よろしくお願いします。
ここまで付き合ってもらえた方、書いてる自分自身がちゃんと九十九話までイケるとは思ってなかったんですが、どうにか読んでくれる方のおかげで書き上がりそうです。まだ早いですが、何があるかわかりませんので、先にお礼を申し上げます。




