ここでわたしがさも小説のクライマックスのように泣き叫べば、背中を押してもらえると、あなたはそう『期待』していた。本当に、ズルい。
「九十話たっぷりかけてこんにちは、お母さん」
「……嘘でしょ」
誰もいなくなってしまった魑魅魍寮、残されたわたしは共同食堂で、山田 穢見ルという存在と対話をしていた。千年前に世界が崩壊してから、ずっとガルガンチュアの基幹システムと同化して、死という穢れを見続けてきた存在。
幼くしてそのような運命を辿ってしまったため、子どもを作りたいという想いだけを残して彼女は眠りについた。そしてそれはガルガンチュアの呪いとかして、共鳴する『意志』を呼び込んでしまった。
わたしの、生まれる前に死ぬはずだった、この子。
「いやいや、穢見ル、それはいくらなんでもおかしい。わたしをこの世界に転送したのは、山田姓の『観測の魔女』の代替品が欲しかったからじゃないの?」
「本当にそうだと思う?」
無邪気な瞳に見つめられて、わたしは喉を鳴らす。
「……思わ、ない。なぜなら、魑魅魍寮というシェルターを作った最大の成果である出雲攻略に、わたしが参加していないから」
「賢いママは好きよ、わたし」
「でもでも!」
わたしは頭を振る。いくら穢見ルがいつも突拍子もないことをいって、それに真実味があるからといって、さすがにこれは受容できない。だって。
「時系列がおかしいわ! わたしが転送されたのは4月の――、ううん、3月31日。そのときあなたはまだ一ヶ月も経っていないはず」
「ねえ、『観測の魔女』の代替品、あなたはいままで何を『観測』してきたの? 『意志』が物理法則を説き伏せることなんていくらでも見てきたじゃない」
「……それは」
「時間だってれっきとした物理法則よ?」
少女は笑う。
わたしは手のひらがじっとりと汗ばむのを感じていた。鼓動が高鳴る。死へと至る黄泉比良坂の『宮』の番人だと、穢見ルは言っていた。それほど昔から、ピースは提示されていた。
気づいていた?
気づかないふりをしていた?
この22週を迎えるまで手を打たなかった以上、どちらでも変わりはないのだけど。瞬きをして、唇を噛んで、押し潰されそうな肺から、わずかな息を紡ぎだす。
わたしは、きっと、『期待』をしている。
「それで」
「ん?」
「あなたは何のために、わたしはこの世界に呼んだの?」
狡い質問をする。
「わたしの『意志』はガルガンチュアの交接とたまたま時を同じくして発動したから、こちら側の箱庭の基幹システムに感染することができた。足りない知恵はすべてオリジナルの穢見ルから拝借したわ」
少女の口がすらすらと事実を述べていく。魑魅魍寮はもともとオリジナルの穢見ルが、そらを止めるために作った施設だということ。そこに同乗した彼女は、その計画を推し進めながらも、自らの目的を果たそうとした。
「そう、お母さんに真意がバレないように、いままで様々なトラブルに巻き込ませた。そして、二人っきりでお話ができるこの時間につなぐことができたの」
「……真意」
「ねえ、お母さん。死ぬことってどう思う? いままで経験をしたことのないような戦闘を経て、あなたは何度か死を覚悟することがあったはず。それに死に向き合う覚悟を決めたことがあったはず。どう思ったの」
眼を伏せる。
「望まれずにこの世界にかたちづくられ、産み落とされる前に殺されてしまうわたしの死については、どう思う? ねえ、お母さん。あなたは一度も向きあおうともしなかった。残酷に時間稼ぎをして、それで退路が絶たれたら、さも自分が決断したかのように、悲劇的に、同情的に、前にしぶしぶ進もうとする――、そんなことをしていたんだよ、あなたは!」
「……ごめ、」
「なーんて、言うとでも思った?」
きょとんとする。
少女は紅色の舌を少しだけ出して、笑っていた。
「そんな、あなたの『期待』に乗るようなことはしないわ。ここでわたしがさも小説のクライマックスのように泣き叫べば、背中を押してもらえると、あなたはそう『期待』していた。本当に、ズルい。被害者づらすることだけは、本当に上手」
「……」
見透かされていた。少し前の会話。わたしがこの世界に転送されてから起こったイベントの意味。おうま君を護りたいという母性本能。夏姫さんの決断。そして出雲攻略に向かった面々を見守る母のような気持ち。
それらはすべてわたしに選択を促す伏線だと思っていた。穢見ルの『件』もわたしにその選択をさせるための、長い長い脚本だと思っていた。
「そんなものは『選択』とは言わないわ」
「……」
「別にわたしは、死にたくないという6文字のメッセージをあなたに伝えるために、これだけの大舞台を動かしていたわけじゃないの。ましてや、殺してくださいなんて言わないわ。山田九十九が、『観測』し、『選択』をする。ただ、それだけのことを正しく行って欲しいから、こうしてチートを使ってまであなたの前に現れているのよ。いつまで経っても、あなたがぐじぐじしてるから」
少女は立ち上がり、わたしを見下ろす。
わたしがおうま君を庇って、そらなきに殺されそうになったとき、穢見ルは珍しく感情を昂ぶらせてこう叫んでいた。
『それは赦さない。わたしが赦さない。他の魑魅魍寮の面々がハッピーエンドを迎えたとしても、お前だけはここで幸せに終わることは赦さない』
『この現実から逃しはしない』
死という絶対的な解決法すら、彼女は赦してはくれなかった。選べ、と言う。それが生かすものであれ、殺すものであれ、他の誰にも責任を投げずに自分で選択し、その重みはひとりで背負えと言っている。
小さな、生まれる前の魂が。
「わたしは、あなたを――」
※
そのとき、麒麟と応龍を失った四瑞のひとりが名乗りを上げていた。出雲中央政府、第二階層。四天王だというので全力を出して鏖殺してみたら、まだ続きの中ボスクラスがいたので辟易しているところであった。
「我が名は、蓬来山霊亀、千年のときの中で神の力宿りし、神亀の怖ろしさをとくと味わうがよい」
「でかい」「でかいですね」「のじゃのじゃ」
さすがにこれまでの小物と違って、今回の亀は蓬来山を名乗るだけのことはあった。はじめは大仏めいた彫刻だと思ったほどである。全高10メートルほど、奥行きは、甲羅の途中から壁に埋まっていてよくわからないが、きっと恐ろしく大きいのだろう。
「どうだ、踏み潰してやろう」
「力比べなら任せてもらおう」
左前脚の踏みつけに対して、それを支えるのは、小谷間まどかが鎧内に挿入っているヒトー=ヴァン=フェッセンデンだった。箱庭外の魔女の力は、この巨大な亀の一撃をもろともせず受け止める。
「さ、いまのうちに!」
と、ヒトーが頭部を回転させて振り返る。
が、期待していたような反応はあまりなかった。というのも、四天王を大技で倒してしまったせいで、ほとんどの住民たちが疲弊していたからだった。憂姫にいたっては、夏姫にもたれかかるように眠っている。
「じゃあ、まだ働いてないぼくらが行こう」
そんな中で名乗りを上げたのは、大鎌振るう山田はじめだった。『神憑』の能力は刃毀れによってほとんど失われているが、それでも神に対しては絶対的な威力を持つ。
「ぼく『ら』?」
稲荷いのが首を傾げる。
夏姫は朱雀を焼き払い、憂姫は青龍を凍らせていた。楸は四瑞の一人目を毒殺し、椿はその二人目をなんか、こう、春めいた技で倒していた。稲荷いの自身は尾裂と連携して白虎を倒し、ヒトーと小谷間まどかは玄武を倒した。おうまは、鳳凰と別室で戦っている。
「はて。他に誰かいたかの?」
『いるさっ、ここにひとりね』
うちなる声がして稲荷いのは身体のコントロールを奪われる。ああ、たしかに小谷間ともえは戦ってはいない。が、彼女はわらわを宿していただけの、ただの人間のはず。
山田はじめと、小谷間ともえは互いに目配せあい、頷きあった。そして、巨大な壁とも思える霊亀に堂々と立ち向かう。
「いくよ、練習したあれだ、ともえ。君がかつて肉塊であって、かつ嗅覚に優れていたことを活かしたあの合体奥義だ!」
「ほんとあそこがあんなふうに曲がったり、かと思えば、あんなところをあんな方法で使ったり、色々びっくりしたけど、待ってましただよ、はじめ君!」
「「山田流&小谷間流合体奥義『天孫降臨』!」」
※
「わたしは、あなたを――」
「ちょっと待って」
わたしの『選択』を少女が止めた。
「それは『選択』とは言わないわ。崖っぷちでどうでもよくなっているだけ。……もう、本当に手間のかかるお母さん。わたしは黄泉比良坂を渡ろうとする夏姫にこう言ったことがあるわ」
『『観測』し、『選択』をした。それは素晴らしいこと。でも、あなたの『観測』は間違っていたの。だからその『結果』は収束しない』
「わたしの『観測』が間違っていたの?」
少女は呆れたように首を振る。
「なんでそう結論を急いで易きに流れようとするのかしら。山田九十九の観測が間違っていたなんて、わたしは言ってない。ただ、観測しようとしていないだけ」
ぴろりん。
わたしがあの世界から持ってきたiphone、そのLINNEの着信音。じゃない。あれはLINEだ。また誰かがコンセントをひっかけたかなんかでルーターの電源が抜かれていたのだろう。いや、ガルガンチュアの基幹システムなら意図して、給電を断つことくらいできそうだ。
『わりぃ、職場の子と飲み会終わりにもにょもにょしてさ……、デキちゃったみたいなんだよねえ』
3月31日の夜更けに送られてきたこのLINE。わたしはそれで家を飛び出して、飲めないアルコールを飲みながら、寒い街を放浪していた。そこをひょん君に見つかり、この魑魅魍魎が跋扈する世界に転送された。
それ以来、膨大な着信とメッセージ受信があったようだけど、確認はしていなかった。椅子に座ったまま固まっているわたしの脇をすり抜けて、少女はiphoneを電子レンジの上から取り上げ、わたしの目の前に置く。
「触れるのすら怖い?」
「……ええ」
「そう。でも、わたしにはその封を開ける資格はないから。あるのはあの世界でもこの世界でもあなただけよ、山田九十九」
画面には新着情報として、彼の名前が表示されていた。
「……わたしが、開く。わたしが『観測』する。わかった。わかったわ。あなたに任せようとはしない。でも、でもね、お願い、そのままそばにいて、それだけで――」
「わたしは最初からずっとそばにいるよ、お母さん」
震える指が画面に触れる。
姦姦蛇螺「出雲マジ遠い……」




