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魑魅魍寮へようこそ!  作者: 山田えみる
第六章:『箱庭』と『観測』の物語
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結局なんだかんだで居心地がいいのよ、魑魅魍寮は。

 『ぃぁ(王子様)?』

 『そう。王子様。ともえもいい子にしていたら、きっと逢えるわ。ああ、わたしの人生はこの出逢いのためにあったのだと思ってしまうほどの、運命』

 『ぃぁぃぁ(わくわく)』

 『だから、長生きしないとね』


 ※


 「ともえ、ともえ!」

 「ぃぁ」


 百鬼夜高の制服、その左胸の部分にそらなきの一撃を受けたのだろう、大きな虚無が広がっていた。小谷間ともえ、彼女は人間だ。ぼくと同じ。ただ神性存在である稲荷いのを宿したのだけのただの人間なのだから、心臓がなければ生きては、いけない。


 ――どうしてやることもできない。

 ぼくに与えられた神具ちからは『神憑』。罪深い神を自動的に殺す人格と、法則改変を赦さない大鎌だけだ。冷たくなっていく身体を抱きかかえてはみるが、ぼくにはどうしようもなかった。


 「尾裂課長、あんた、何かできる?」


 彼も首を振るばかりだった。それもそのはず。この狐狗里こっくりには、失った管狐を求めてやってきたわけで、この段階で、彼もただの人間に他ならない。


 「はじめくん、不思議と痛くないんだよ……」

 「喋るなって。どうにかしてやるから」

 「どうにもならないって。だから、はじめくんとお喋りがしたい」


 そういうともえの表情は見たことがないほど安らかなもので、ぼくは頷くほかになかった。胸に穿たれた虚無――、システムから忘れられた部分は、じわじわと肉体を侵食していくのがわかった。


 「わたしはね、ほんとはヒトですらないの。肉塊。ほんとうなら生まれて数年も生きられるモノではなかったんだけど、呪術と科学でむりくり生きながらえさせられていたの」


 ともえは語る。

 聴覚と嗅覚と知性だけはあったから、病院のベッドの上から動けずとも、母親が物語を読んでくれて、それで外の世界を想像していたということ。特に興味があったのが、恋。


 「だからと手を繋いだり、誰かとキスをしたり、セックスしてひとつにまじわったり。そういうことって、肉塊のときだと絶対にできないことだったから、憧れがあったの。あのころのわたしはまともに話すことすらできなかったから」


 そして、『外の世界からやってきた』小谷間まどか、姉と山田教授の助力によって、神性存在とコンタクトを取り、稲荷いのの力を借りて、肉体を得た。


 「入学一日目にはじめくんとぶつかったよね、通学路で。ほんとに漫画みたいなことがあるんだって、すごくどきどきした。それで同じクラスだったでしょ?」


 その後、たまたまおうまを散歩させていたねーさんと出逢って、裡なる『鬼斬り』稲荷いのが暴走、魑魅魍寮を巻き込んだ事件となった。


 「それからはもう大騒ぎ! ね! 姦姦蛇螺の事件に始まって、毎日毎日いろいろな事が起こってさ、魑魅魍寮に引っ越したりもして、もう十分、楽しんだんだなぁ」

 「そんなこというなよ」

 「わたしは満足しているんだよ、はじめくん。肉塊のころに憧れていたこと全部叶っちゃった。えへへ」


 そのころには胸の虚無は広がりすぎていて、ほぼ胸から上と下半身が断絶しているような状態だった。じわじわと、侵食の手は弱まるところを知らない。その断面からは眼を逸らして、穏やかなともえの表情を見つめていた。


 ぼくにもっと力があれば。いや、そもそも尾裂課長との旅行なんて認めたりしなければ。そらなきが転送されるのがあと一秒でも早ければ。どうしようもない思考がぐるぐると頭のなかを回る。


 「だから、そんな怖い顔をしないでよ」

 「でも――」

 「わたしの王子様なんだから、ね、笑って?」


 小谷間ともえ。

 彼女の中の『鬼斬り』稲荷いのを封印できるのはぼくだけで、ぼくに取り憑いた『神憑』を封印できるのは彼女だけ。魑魅魍寮で暮らし始めるにあたって、他の住人に危害が加えられないように、常に意識しあう仲だった。


 同じ高校、同じクラス、同じアルバイト先で、同じ寮で暮らす。15歳のぼくらにとって、何らかの感情が芽生えないことのほうがありえなかった。ぼくの中の九十九ねーさんが占めていた部分が、徐々に塗り変わっていくのを感じていた。


 ここで失いたくはない。

 大人げなく泣き叫びたかった。


 願ったことすべてが叶う世界じゃなくとも、『意志』が『法則』を曲げることができる世界。けれども、その『法則』自体から、より上位の力で忘却されている彼女を救う手立てはなかった。


 「……いやだよ」

 「えへへ。こんな顔のはじめ君を見られたの、ラッキーかも」


 抑えきれなかった涙が、ともえの頬に滴る。


 「のじゃ」

 ぴょこっと狐耳が生え、瞳孔が絞られる。


 「純朴な青年をかどわかすのもそれくらいにするのじゃ、ともえ」

 『えー、でもでも』

 「そろそろ真面目にせんと、本格的に消滅するぞ」

 『ぃぁ。ごめんね、はじめくん』


 呆然とするぼくを尻目に、稲荷いのは尾裂を呼びつける。


 「なんじゃ、お主は泣いてくれんのか」

 「稲荷とうか師匠には随分ひどい目に合わされましたし……」

 「ぷー」

 「冗談ですよ。いますっごく安心をしています。それで私はどうすれば」


 すでに首から下は消滅しかかっている稲荷いのは、ひとつ息を吸い、吐いた。そして諦めたような、優しい表情で、尾裂にこう告げた。


 「わらわを使役せよ、尾裂」

 「は?」

 「お主の管狐はお主の間抜けな勘違いによってすべて失われた。そして狐狗里こっくりはすでに滅ぼされてしまった。管狐がなければお主はただのヒトと変わらん。じゃから、わらわを使役せよというのだ」


 神性存在はヒトの手中に堕ち、ヒトの命令に従う存在となる。そして稲荷いのを使役することによって、小谷間まどかの受肉をもう一度行い、その器に2人の魂を移し替える。


 「じゃが、山田はじめ。この世界は都合のいい小説の世界ではなく、利益には等価の代償を求める無慈悲な世界じゃ。ひとつ、小谷間ともえの肉塊としての身体はこれで失われる」

 「……、少し悩ませてください」


 「ふたつ、尾裂に使役された稲荷いのの業、という扱いになるから、いわば孫受けのようなもの。尾裂にエロいことを要求されたら、わらわとて拒否はできん。よいな」

 「あ、それはいいです。夏姫さんに即言いつけますんで!」

 「よいよい」


 虚無は広がり、下半身はもはや投げ出された脚の膝から先しかなく、上は顎にかかろうとしている。痛みはないとはいうが、その恐怖は想像を絶するものがあるのだろう。稲荷いのですら、少し、震えていた。


 「尾裂課長、お願いします」


 ※


 「そんなことがありました」


 尾裂課長、はじめ君、小谷間ともえ(稲荷いの)が魑魅魍寮に帰ってきて、尾裂課長から報告を受けた。


 ここは魑魅魍寮、共同食堂。彼らに加えて、おうま君、ヒトーさん、小谷間まどか、柊憂姫、榎夏姫、楸紅葉、椿桜姫と、まさに勢揃いだった。


 みんなの視線が、わたし、山田九十九に集中する。


 「魑魅魍寮で起こった事件はさっき説明したとおり。結論として、この場所が割れてしまっている。そして、四季姫たちや尾裂課長が企てていた出雲崩しも露呈されてしまっている。山田穢見ルの放った『ぬらりひょん』とおうま君の『八尺瓊勾玉やさかにのまがたま』の効力はもって一週間」


 「こちらから出て行く他ないというわけですね」

 ヒトーさんが無表情のまま、そう喋った。


 「そらなき。百鬼夜行絵巻のエンドマーク。『あらゆる物語を終わらせるモノ』。正直、太刀打ちのしようがない相手だわ。でも、ここにはヒトーさんがいる。2人の魔女がいる。忌み子もいるし、神性存在も鬼もいる」


 まるで集められたかのように。それこそがきっと穢見ルの言っていた、魑魅魍寮の住人の共通点。みな、出雲中央政府に一言ある者ばかりだった。


 尾裂課長が口を開く。

 「私は狐狗里こっくりの仇を取るため。そして夏姫とともに暮らせる世界を創るために」


 はじめ君が口を開く。

 「ともえを傷つけたそらなきを一発殴ってやらないと」


 小谷間ともえが口を開く。

 「はじめ君が行くなら、わたしも出雲に行く。新婚旅行って夢だったんだよね」


 彼女に狐耳がぴょこりと生えて、いのが口を開く。

 「わらわはそらに一言いうために。それにいまのわらわは尾裂様の言いなり奴隷じゃからのー」


 小谷間まどかが口を開く。

 「山田教授からLINNEがあってね、出雲で待ってるって。きっとこのことと関係がありそうだから、わたしは行きます」


 ヒトーさんは口を開かない(口はないから)。

 「私も征きます。『箱庭の魔女』の末裔を守るのが私の使命ですから」


 柊憂姫が口を開く。

 「母さんの仇を取るため。そもそもこんなシステムがなければ、あんなことも起きなかったのだわ」


 榎夏姫が口を開く。

 「憂姫のために。それに尾裂さんとのこともね」


 楸紅葉が口を開く。

 「何のためにいままでスパイしてきたと思ってんだ。行くぜ、道案内は任せろ」


 椿桜姫が口を開く。

 「わたしは戦闘向きじゃないけど、楸が行くなら」


 最後に、おうま君が口を開く。

 「九十九の魑魅魍寮を守るために」


 「結局なんだかんだで居心地がいいのよ、魑魅魍寮は。出雲の奴らもうるさくないし、年がら年中騒がしいし、ね?」と憂姫が付け加えて、わたしは胸に暖かなものが宿るのを感じた。


 わたしは立ち上がった。

 「それじゃあ、わたしは『観測ラプラスの魔女』の力を存分に発揮して、そんな魑魅魍寮を守るため」


 と高らかに宣言をしたが、12人すべてから『ダメ』と言われた。


 「えー」


 ※


 「よ、やってる?」

 「ぽぽぽぽ」

 「魑魅魍寮のやつらが動くらしい。征くかい、八尺様」

 「ぽ。ぽぽぽぽ!」


 六本の腕をわきわきさせながら、下半身が大蛇と化している異形の少女は、マスターの出したウィスキーに手を伸ばした。


 思えば千年。この姿になってからのほうがはるかに長い年月を過ごしているが、もともとは未開の部族の少女だった。ヒトだった。非人道的な実験に巻き込まれて失敗し、特E生物とみなされ、ガルガンチュアのスタッフとして搭乗していた。


 姦姦蛇螺。

 こどもたちによく怯えられていて、そのせいで悪い子を叱るのはほとんどわたしの役目だった。八尺様も同じ境遇の出。世界が滅びてからは出雲政府と反りが合わずに、市井に紛れていた。


 「いっちょ、暴れてやりますか!」


 コン、と2つのグラスが小気味のいい音を立てた。

穢見ル「正直、姦姦蛇螺忘れてた」

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