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魑魅魍寮へようこそ!  作者: 山田えみる
第六章:『箱庭』と『観測』の物語
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いまは千年前じゃないよ。いまは、いまだ。

 「まだ生きていたか、『失敗作』」

 「九十九はぼくが守るよ」


 魑魅魍寮の玄関先で繰り広げられている、おうま君とそらなきの戦いは終わる気配を見せようとしなかった。そらなきの能力のこの世界に『忘れられる』攻撃も、おうま君の能力『すめらぎ流』も、それぞれが一撃が果てしなく致命的なものにもかからわず、実力が拮抗しているのか、決定的な一撃を与えられずに消耗が続いていた。


 「どうしてつくもを狙うの!?」

 「この箱庭に魔女おとなはいらないからさ。千年前、出雲中央政府の体制に反対したスタッフはすべて排除した。魔女もだ。彼女は異物、ボクの『秩序』には必要ない」

 「自分勝手なことを!」

 「自分勝手はお前らだ。せっかくヒトが千年かけて作り上げてきた『秩序』を壊そうとしている。ボクがどれだけ自分を殺して、この世界を創りあげたと思っているんだッ!」


 展開していた皇流結界術『八咫の鏡』にピシリとヒビが入る。青色の円環の力を持ってしても、そらなきの一撃には完全には耐えられないということか。歯を食いしばって耐えるおうま君を、その祖先は異形の姿で見下ろした。


 「ボクの偉業が理解できないか、失敗作」

 「神様にでもなってつもり?」

 「神様にでもなったつもりだ。そうでもしなければ生きていけなかったさ。お前は知らないだろう、千年前の混乱を――」

 「いまは千年前じゃないよ。いまは、いまだ」


 そのとき、そらなきは何を思ったのか、『八咫の鏡』を侵食している腕を引き上げて、距離を取った。表情は読めない。が、笑ってはいないような気がする。漆黒の面に、2つの白点。


 わたしは尻もちをついたまま、彼らの異次元の戦闘を見ているだけだったが、おうま君の小さな角がぴしりと軋み、大きくなったような気がした。


 「管理人、大丈夫ですか」


 後ろから声をかけられる。ヒトーさんだった。わたしを支えるように後ろから抱きかかえてくれた。バイザーの隙間からは、見慣れた眼鏡の女性、小谷間まどかが覗いている。ヒトーさんの顔が耳元に近づき、まどかが囁いた。


 「四季姫はとりあえず出てこないように言ってあります。あと魔女について言及されているので、わたしの存在も内緒でお願いします」

 「さっすが。ありがとう」


 ヒトーさんがヘルムを掻いた。


 「だから、安全のために出てくるなと言ったのですが……」

 「ヒトーさんに何かあったら危ないでしょう? ヒトーさんはわたしが守るよ」


 ヒトーさんの苦笑が見えるような気がした。


 「それにしても、九十九さん、あれは?」

 「どこまで本当かわからないけど――、千年前に出雲中央政府の体制を創りあげたやつらしい。そらなき、って言ってた」

 「そらなき。『空亡』ですか。山田教授から聞いたことがありますが……。なんでも、百鬼夜行絵巻のエンドマークだとか」


 『物語を終わらせる』と彼は言っていた。


 「ここに2人の魔女おとなが隠れていたのか」


 おうま君と距離を取ったそらなきは、こちらを見つめていた。どうやらまどかさんの姿を隠したところで探知されるようだった。彼女は、ヒトーさんのバイザーを上げる。


 「この魑魅魍寮に何の用ですか」

 「ボクの創りあげた『秩序』を壊す兆候を見つけた。だから滅ぼす。狐の里に言った奴らも同様だ、ボクのコピーが向かってる。そもそもこんなシステム上の認識を逃れている領域があること自体、不愉快だ。それに――」

 「それに?」

 「『失敗作』は処分しないとな」


 不意の一撃だったが、おうま君は対処できていた。行き場を失ったエネルギーの奔流が弾けて、わたしは吹き飛ばされそうになるが、ヒトーさんが支えていてくれていた。


 おうま君の角が伸び、身長も僅かに成長しているように見えた。


 「ぼくが失敗作?」

 「そうさ。『空亡』実装のための人柱。が、隠しデータゆえの調整不足で、『信仰』が『畏怖』に代わって、『鬼』に堕ちてしまった。『鬼斬り』稲荷とうかに処理を頼んだつもりだったが、あいつ、逃がしたんだな」

 「母さんも?」

 「お前の母親はボク自ら処断したよ。『あの子を処分しないでください』だとさ。『失敗作』を活かしておくリソースはいまの人類にないってのに――」


 そらなきの嘲りに、おうま君はじっと耐えていた。8歳程度の体格だった彼は、すでに10代前半の少年の肉体に成長していた。角も伸び、立派な鬼といえる。


 人見知りのために顔を赤くしていた赤鬼だったが、いまは激情のために紅潮している。手のひらは血が滲むほど握られている。


 「うああああああぁ! 皇流鏖殺術『天叢雲剣』!」


 わたしは『観測』した。最高峰の純度のエネルギーで編まれた、絶対両断の剣。出雲中央政府の正統後継者にシステムが許した、規格外の神の力だ。


 でも。

 「皇流結界術『八咫の鏡』!」


 そらなきもその出自からして、皇流の技を使うことができるのだ。『矛盾』の逸話のように、法則改変が齟齬をきたして空間がピリピリと爆ぜていく。


 決して出逢うことのなかったはずの2つの技は無効化され、弾かれて、爆炎の向こうからそらなきの漆黒の上でおうま君に伸びるのが見えた。おうま君は明らかにまだ皇流の技に慣れてはおらず、膝をついて息を荒げていた。


 「おうま君!」


 わたしは駆けていた。気がつけば、おうま君の前に立ちふさがっていた。『観測の魔女』の力が通用しないことも、この身体の状態も、もう関係なかった。


 「魑魅魍寮はわたしが守るよ」


 『九十九!?』

 山田 穢見えみルが叫んでいた。本当に何をやっているんだろう、と自分でも思うほどだから、彼女にとっては信じがたい行動だったのだろう。内心でごめんと謝るが、どこかやっぱり後悔はしていなかった。


 「つくも、どうして」


 おうま君が眼を丸くしていた。ああ、おっきくなったね、おうま君。ほんの半年程度だったし、お外にも行けなかったけど、家でだらだらしているのが楽しかったんだ。


 ――もし、わたしに子どもができたらこういう感じじゃないかって勝手に重ねあわせていたんだ。


 楽しかった。うん。

 稲荷いのの件はごめんね。外に連れ出してきっかけを作ったばかりか、しっかり守ることができなくて。これで赦してくれると嬉しいな。


 「ちがう、ちがうよ。つくも。ぼくはだから君を守りたくて……」

 「ごめんね」


 そらなきの腕が迫る。わたしはいつにも増して満たされた気持ちで、それを迎え入れる。死を。消失を。抱え込んだ様々なものが解けて、自由になる瞬間を。


 『九十九』

 穢見ルのどす黒い声が聴こえた。


 『それは赦さない。わたしが赦さない。他の魑魅魍寮の面々がハッピーエンドを迎えたとしても、お前だけはここで幸せに終わることは赦さない』

 「……は?」

 『この現実から逃しはしない』


 途端にわたしの身体のコントロールが奪われて、全身に魔女の力がみなぎるのがわかった。髪の毛がざわついて、瞳が猫のように絞られる。


 「お前は――」


 そらなきの表情が歪む。


 「来なさい」


 彼女わたしがそう呟くと、詠唱もなく、2つの青い円環が瞬時に紡がれる。そこから飛び出してきたのは、和装の小人が2人。ひとりはよく見知った、魑魅魍寮の座敷童『ひょん』だ。もうひとりは見たことはないが、青色の和装のひょんに対して、紅色の和装の少女だった。


 「ぬらり!?」


 ヒトーさんの中のまどかさんが叫んだ。


 「我が名は『ぬらり』!」

 「我が名は『ひょん』!」


 そして彼女わたしが唱える。


 「山田流封印術『ぬらりひょん』!」


 それはわたしでも知っている魑魅魍魎の名前だった。妖怪の総大将という解釈が間違っていることも知ってはいるが、この『箱庭』が子供向けに造られていたことを考えると、あえて周知であるその解釈を組み込んだのかもしれない。


 右からぬらり、左からひょん、そしてそらなきの背後には巨大な老人の姿がビジョンとして現れる。『観測』したものが意味を持つこの世界で、それは妖怪の総大将という威厳を放つ、凄まじい存在感を持っていた。


 妖怪の総大将と妖怪を終わらせるモノ。わたしは見守ることしかできなかったが、そらなきはその『山田流封印術』に苦しんでいる様子だった。が、ぬらりもひょんも、穢見ルでさえも、歯を食いしばって、汗を垂らしている。


 「……ああぁ、苦しいよ。苦しい。ねえ」


 そらなきの眼がわたしを射抜く。


 「自分が何をしているか、わかっているの?」


 そらなきのその言葉に、穢見ルが立ちすくんだ。『意志』の焔が揺らぐのが目に見えてわかった。ぬらりもひょんも彼女わたしを困ったように見つめている。


 「わ、わたしは……」


 口をわなわなと震わせる。明らかに『封印術』の弱まりを感じて、そらなきが笑みを浮かべる。穢見ルはため息をついて、諦観するように、振り返った。


 「いまよ、やって」


 おうま君は頷く。


 「皇流封印術『八尺瓊勾玉やさかにのまがたま』!」


 ぬらりとひょんを巻き込んで無数の青色円環が転換し、そらなきの身体が空間ごと光に包まれる。意図を理解したのか、彼は嗤った。


 「相変わらず愚か者たちは物事を先延ばしにすることだけは得意なんだな。いいよ。ここは策に乗ってあげる。でも、必ず滅ぼす。いまのうちに辞世の句でも考えておいてよ」


 しゅん。

 小さな音を立てて、彼はこの空間から消えた。


 「とりあえず出雲中央政府に飛ばして封印した。といっても数日が限度だと思うけど」


 おうま君が立ち上がって、わたしを支える。裡なる穢見ルが口を開いた。


 『ぬらりひょんの効力も数日ね。期限は一週間ほどということかしら』

 「おうま君、背、伸びたね」


 そんなことを言ってみると、少年から青年のあいだほどの姿に成長した彼は、気恥ずかしそうに微笑んだ。


 「つくもを守らなきゃって。あとこの角の成長はきっとあいつのせいだと思う」

 「そらなきの?」

 『基本的にあいつは怖がりなのよ。自分が組み上げたものが些細なきっかけでおじゃんになるのを、いまでも怖がっている。忘れた? 鬼の力は『畏怖』に依るものだと』


 ぐー。

 おうま君の腹が鳴った。


 「とりあえずご飯が食べたいな」

 「お、さすが成長期! でもはじめ君がいないから、わたしが作っちゃいましょうか」

 「……夏姫に頼んで。お願いだから」

 「ひどい」


 ※


 『神憑』の大鎌はまさしく何の役にも立たなかった。


 狐狗里こっくり。滅ぼされた狐遣いの里。反出雲政府の拠点。管狐を失った狐遣い、神性存在を身に宿した少女を守るために、山田はじめはやってきたのだが、このそらなきという相手はあまりにも異次元だった。


 ――人間じゃないからボトルネックも突けないや。


 数度の斬撃はすべて防がれて、避けた攻撃で地面が裂ける。システムに忘れられるという特性の意味はあまり良くわからないが、この攻撃は世界から『消失』するのだと肌で実感できた。


 「もう終わりか、少年」

 「うるさいな」


 『神憑』だけは存在の絶対性から消え去ることはなかったのが救いだった。ああ、かっこよく出てきたわりに情けない。苦笑しながら、腕を躱して、大鎌を振りぬくが、指の先で止められる。


 「……やば」


 刃を握られる。


 「捕まえた」


 反対の腕がぼくの頭部目掛けて迫り来る。走馬灯すら見る暇なく、ぼくは死を覚悟した。もう少しだけともえに言っておきたいことがあったんだけど、仕方がない。


 「はじめくんはね、」

 「ともえ?」

 「わたしが“わらわが”、守るんだよ“守るのじゃ”」


 眼前に立ちはだかったのは、彼女だった。神性存在を身に宿した少女。鬼斬りの力も何もかも、このそらなきには通用しないことを知っていて、立ちはだかった。振り返って、彼女はぼくを見下ろした。微笑んでいた。


 「すごく楽しかったよ、はじめくん」

 「とも――」


 そのあとの断末魔は、意外にもともえのものではなかった。尾裂課長でもぼくでもない。そらなきが苦しんでいた。誰が展開したかわからない円環に包まれて、ぱしゅんと消える。


 しばらくは現状が理解できずに、呆然としていた。そらなきが再び現れる気配がないことがわかって、彼女はへたりこむように倒れた。


 それを支える。

 「ともえ、いの、何があったかわからないけど、助かったよ。とりあえずこれで一安心だ、な、」

 「……そうだね、無事でよかったよ、はじめくん」


 彼女の左胸には大きな虚無が広がっていた。

今年も早いもので残すところあと364日ですね。

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