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魑魅魍寮へようこそ!  作者: 山田えみる
第六章:『箱庭』と『観測』の物語
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自分たちにできないことを、子どもに押し付けようとする。それってすごく身勝手じゃないかな!?

 狐狗里を訪れた尾裂課長と小谷間ともえは、それを見下ろす丘で立ちすくんでいた。「え、なに。なんなんですか、これ……」と声を震わす小谷間ともえに、尾裂課長は一言も発することができなかった。


 集落が、滅ぼされていた。

 火は上がっていない。が、滅ぼされていた。死体はここからでは確認ができない。が、滅ぼされていた。アイスクリームディッシャーでも使われたかのように、里の地面は大小さまざまに抉られていた。


 気配がした。

 咄嗟に振り返った2人の前には、闇色の外套を纏った少年が立っていた。表情は窺い知れない。が、ただならぬ存在感がそこにはあった。

 小谷間ともえの瞳孔が引き絞られる。


 「何者じゃ、お主」

 「『物語を終わらせるモノ』」


 芝居がかった礼をしながら、その少年は「以後、お見知り置きを」と呟いた。


 小谷間ともえの肉体を借りた稲荷いのが眼を細めた。得体の知れない少年はそのフードを上げ、黒いクレヨンで塗りつぶしたような相貌を露わにした。瞳にあたる部分だけ、塗り忘れたかのように、白く、深い。


 「とうか。久しぶり。たしか貴方は2人の魔女おとなを排除しようとしたとき、ボクを叱ってくれたよね。あれは痛かったなぁ。そうそう、あれはたしか」

 「……、なにを?」

 「千年前」


 稲荷いのの瞳が大きく見開かれる。超巨大移動都市ガルガンチュアがまだ遊園地へ至るバスであり、世界が滅びた直後の混乱期、稲荷たち一部の神性存在スタッフは、こどもたちと対立していた。


 『すべてを忘れて、楽園を築く。この『箱庭』は楽園であり続ける。報酬ポイントシステムを掌握し、ボクたち出雲中央政府により、『信仰』を税とし、『恵み』を与える』


 それに賛同した神々は八百万の神々として、出雲中央政府の律した法のもとで、政府に参画した。そして、魔女の排斥や報酬ポイントの悪用に反対した稲荷らは封印されることになった。


 「お主は急ぎすぎじゃ」

 『急がなくちゃいけないんだよ。ボクに残された時間は短い。それまでに彼女の犠牲に見合う秩序を立ちあげなければならないんだから……』


 結論として、出雲中央政府の統治は多少のほころびを見せながらも千年の平和をもたらした。穢見ルの話では、内戦で滅んだ『箱庭』も少なからずあるという。それに比べれば……、と稲荷いのは自分を納得させていた。


 ただ、あのときのあの子を誰かが止めなければならなかった。


 「すめらぎ、そら。懐かしいの」

 「いまは『空亡そらなき』さ。この魑魅魍魎が跋扈する箱庭世界の隠しデータ、使わせてもらった。百鬼夜行のエンドマーク」

 「出雲中央政府に楯突くものを抹殺するためか」

 「そう」


 少年は、その異様な視線を尾裂に向けた。ただの住人である彼は反射的に一歩後ずさってしまう。稲荷師匠は何か心当たりがあるらしいが、彼には話している内容はまったくわからない。そんな正体不明の敵だったが、警戒しなければならないと、数多くの経験がそう告げていた。


 「そら、何をそんなに怖れているのじゃ?」

 「怖れて?」

 「外の世界が滅び、数年に渡る混乱期を見たお主の使命も分かる。そして出雲中央政府を立ち上げたお主の才覚も評価できる。が、急ぎすぎじゃ。相容れないものを排斥しようとするのは、わらわは千年経っても納得できん」


 「『鬼斬り』がよくそんなことをいう」

 「『鬼斬り』じゃから、そんなことをいうのじゃ」


 『鬼』――、ガルガンチュアのスタッフに課せられた評価ポイントの欠陥。『信仰』と『恐怖』の区別がつかない故に、『恐怖』でポイントを稼ごうとするスタッフは、鬼となり、力を食い荒らす。それに対するカウンターパートとして、『鬼斬』は存在した。


 「たしかにわらわは暴走した神々を滅ぼす役目じゃった。溢れる力に溺れてもはや意思疎通も不可能なやつらを、切り捨てるだけじゃった。自分を正当化する気はない。わらわと同じ過ちを――」

 「だから、大人スタッフは嫌いなんだ。自分たちにできないことを、子どもに押し付けようとする。それってすごく身勝手じゃないかな!?」


 そらなきの拳がうなり、それを受け止める稲荷いのだった。そのころには既に小谷間ともえの姿ではなく、完全な狐神として覚醒を果たしていた。金色の毛に覆われた腕が、そらなきの拳を受け止め――。


 「なんじゃ」


 稲荷いの、尾裂課長の視界には、一瞬、その衝突がブレたようにしか見えなかった。ぽすっ、と情けない小さな衝突音がしたと思ったら、緑青の円環が爆ぜ、稲荷いのの右腕、肘から先が消失していた。


 「痛みも、ないのじゃ」


 跡形もない『破壊』でも魔法による『消滅』でもない、『消失』。断面からは血も流れていない。狐狗里の抉られた大地を思い起こさせる。


 「どう? 『箱庭』に『忘れられる』感触は。これが物語を終わらせる力。秩序に反する者を消去し、この『箱庭』に平和をもたらすために遺された力!」

 「そんな高尚なものじゃないさ。当時のスタッフの悪巫山戯わるふざけじゃろうて」


 『箱庭』のシステムから認識されなくなる能力を持った、最期の妖怪、『空亡そらなき』。表に出ることはない、隠しデータ。それをどうやって掘り起こして実現させたのかは知らないけれど、稲荷いのには、もらったばかりの玩具を自慢する子どもにしか見えなかった。


 ――にしても、これはどうすればよいのか。

 わがままをいう子どもを、千年前のあのときのようにひっぱたいてやりたいが、あまりに状況が悪すぎる。彼も一撃でわらわをすべて消し去ることもできたじゃろうに、こうしてデモンストレーションをして楽しんでいる。


 構えてはみるが、右腕がなければ様にならない。


 「稲荷とうか師匠」

 「下がっておれ。尾裂。お主に何が出来る」

 「ですが……」


 四季神事件の際に、狐遣いである彼は管狐をすべて消耗した。そのため管狐の補充も兼ねて、かつて抜けだした里に帰ってきたのだ。その里が滅ぼされている以上、彼はただの人間以上でも以下でもない。


 そらなきが嗤う。

 「まるでとうかならどうにかできそうな言いぶりだ」

 「そうじゃな。悪い子は十日はおしりぺんぺんじゃ」

 笑ってみせる。


 笑ってみせるが、稲荷いのはどこまでいっても、このガルガンチュアに配属された神性存在スタッフの一人だった。システムを覆すような規格外の力に対抗することは、『鬼斬り』といえど、規格内の存在では難しいことだった。


 構えてはみるが、右腕がなければ様にならない。

 ――じゃが、弟子の一人でも逃がせれば、様になるじゃろ。


 『とうか、ボクはこの『楽園』を守りたい。力を貸して』

 『とうか、この世界にはまずなにより秩序が必要なんだ』

 『とうか、残念だよ。君ならわかってくれると思ってた』


 人間でも神でも魑魅魍魎でもない『なにか』になってまで、お主は頑張り続けなければならなかったのじゃろうか。そこまでして、その『秩序』は守られなければならないものじゃろうか。


 ――わらわにはわからんけれども。


 そらなきの漆黒の面の二点の白がぐるりと動き、稲荷を捉える。拳が握られ、構え方も何もなっていない、へなちょこなパンチが繰り出される。


 この世界から『忘れられる』。

 それでもまあいいか、と稲荷はそう諦観していた。もう千年。たった数十日の行程のために設定された神性存在スタッフとしては頑張りすぎた、と思っていた。もっといろいろ見たかったのだが、それはきっと贅沢というものだろう。


 『すまんの、ともえ。巻き込んでしまって』

 『ううん。いののおかげでいろんな体験もできたし。なんだかんだではじめ君、夜は激しかったんだよ』

 『なに、ともえ! わらわはまだ処女じゃというのに……』

 『え、千歳なのに……。ぃぁ、今度一緒にしょう!』

 『何を馬鹿なことを言っておる!』


 「さよならだ、とうか」


 そらなきの声で現実に引き戻される。


 「さよならじゃ、そら。すめらぎ、そら。わらわはわりとお主のことが好きじゃったのだがな。このあとの『物語』が味わえないのが残念じゃ」

 「『物語』なんていらないよ。『秩序』があればいいんだ」


 そして、拳が、触れ。


 「山田流封印術其の九十九『魑魅魍令』!」


 背後の樹の枝に潜んでいたであろう山田はじめが突っ込んできたのはそのときだった。手には毀れた『神憑』が握られている。拳は、いのに触れる前に、その防御に当てられた。


 「ち、やっぱり神様じゃないから消せないか」

 「はじめ。お主、どうして」

 「尾裂課長がともえに手を出すると、困るから。ぼくが。だから、ついてきたんだけど」


 真っ赤になりながら、頭をかく。


 「ともえはぼくが守るよ」


 そういって、山田はじめは大鎌を構える。


 ああ、また死に損なってしまったと稲荷は苦笑し、裡なる存在と入れ替わろうとかと思ったが、彼女は眼をまんまるに開いて放心していて、それどころではなかった。

よいお年を。

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